第48話…「アクシデントあってこその昇格試験…だと思わんかね?」
――――「トラシーユ領・平原(昼前・曇り)」――――
昇格の為に達成しなければいけないクエストは、「迷いの森周辺に生息するフォレストウルフ4頭の討伐及び素材の回収」、依頼を完了した上で、目標数を超過して討伐した数に応じて追加報酬もあるのだとか、もちろん上限は設けられているが。
もちろん追加で討伐するかは、依頼の受注者の判断に任されている。
ナインザ達の口ぶりからも、そこで無茶をして危機に陥るかどうか、依頼の続行の有無の判断能力を見るのだろう。
アレッド達がその気になれば、その辺にいる魔物を狩り尽くす事も出来るが、領都を出発する前に、やらないからな…とヘレズには念押し済みである。
フォレストウルフは、森に満ちた魔力によって生まれる狼型の魔物だ。
森に溶け込む迷彩柄のような体毛をしていて、夏場は緑系、冬は、雪が降る地域なら白、振らない地域なら濃い茶色と、住む地域によって変わる種で、大陸全土に分布している。
そんな魔物の上異種に、「チーフフォレストウルフ」という魔物がいるのだが、フォレストウルフの大きさが一般的な大型犬程度なのに対し、チーフになると一回りも二回りも大きくなり、超大型犬も真っ青なサイズになる。
チーフフォレストウルフは、ナインザと初めて会った時、彼女がハティの事を、ソレだろう…と予想したのが、アレッドの中では記憶に新しい。
フォレストウルフの話的に、ハティにはそんな色とりどりな体毛になる機関などないのだが、彼女としては、その体の大きさを見て判断したそうだ。
実は、チーフはフォレストウルフと違って森に溶け込むような迷彩色の体毛を持たない。
その体は常に濃い茶色をしている。
代わりに、チーフフォレストウルフは歳を重ねると、体に苔が生えるようになり、最終的には地面に根付いて木になるという話だ。
迷彩色の体毛を持たない理由は、チーフは狩りをしないから。
狩りをするのは、もっぱら下のフォレストウルフ達だ。
もちろん、力はチーフの方があるのだが、ソレは群れを守るために振るわれるモ。
フォレストウルフは、チーフを筆頭に、群れを形成し、狩りを担当するフォレストウルフ、子供や妊娠中のモノを守るチーフフォレストウルフ…と、役割分担をする種だ。
「だからこそ、フォレストウルフを見たら、まだまだ10頭以上いると思え」
…とナインザは言った。
G的存在じゃないのだから、そんな言い方をしなくても…と、思う部分こそあれ、わざわざ役割分担をするのだから、単独行動をする事をするメリットはないとも思う。
あるとすれば、ソレは1頭が囮となって、獲物を誘い込み、待機している仲間が囲む…と言った具合か。
やり過ぎればチーフが出てくるし、群れで狩りをするから、単独撃破も楽じゃない。
1頭1頭が弱いからと、油断はできないとなれば、試験の内容としては妥当だ。
今まで、アレッドは狩りをするにしても、能力のゴリ押しでやってきた節がある。
そう言う点でも、改めて慎重に動く事の大事さを学べるとあって、話を聞いていてなかなかに楽しい…が、そんな時間もとりあえず終わりのようだ。
「左前方から、迫ってくる何かがある」
ボウハンターで索敵をしていたアレッドが、自身に向けられる敵意を感じ取る。
「ターゲット来たこれ?」
ヘレズは荷車から身体を乗り出して、アレッドの報告した方向を見やる。
この辺は見通しの良い平原が続くが、森…とはいかないまでも、木々が生い茂る林はチラホラと散見される場所だ。
加えて、土地開発がされていない場所、道以外は基本的に雑草が生い茂っている事が多い。
雑草は誰に邪魔をされるでもなく、元気いっぱいに成長しているため、なかなかに背も高く、こちらに迫ってくる相手も、ソレに隠れているようで、アレッド達の位置からは、その姿を確認する事は出来なかった。
迷いの森が近い事もあってか、この近辺の植物の成長は早く、そして大きく育つ。
横の雑草地帯も、場所によっては、大人が少し屈むだけで、すっぽりと隠れられる高さがあった。
大して年季の入っていない経験談だが、索敵で感じているモノからして、こちらに迫ってきている相手は、それなりに大物だ。
ナインザ達から聞いたフォレストウルフのサイズと比べると、それよりも確実に大きいだろう。
獲物ではない事もあって、手間を増やされた事に、アレッドは少々不満げだ。
何かが違う…、そう感じていたのは、アレッドだけではなかった。
アレッドは、索敵のおかげで感じ取っただけだが、ナインザは感覚的に、異変を嗅ぎつける。
敵意を向けてくる魔物の気配とは別に、その内包する魔力量の影響か、そういった存在が近づいてくると、妙な圧迫感を感じるようになるのだ。
ナインザは、肌にヒシヒシと伝わってくるソレに、思わず腰に携えた刀の鞘を握った。
何が起きても、すぐに対処できるようにする。
相手がいつ攻めてくるかもわからない。
出方を見てもいいが、さっさとクエストを終わらせたいアレッドは、荷車に乗せてある袋を渡してもらおうと後ろを振り向いた。
その時だ。
ヒューッと、アレッドの頬に風が触る。
でもそれは、カミソリを肌に当てられているかのように、ザラザラと重いモノだった。
「…ッ!」
これはマズい…、何かが来る事に気付けたまではイイが遅い。
そう思った時には、荷車に乗っていたヘレズが動いていたし、危険を察知していたハティが、アレッドの方を見ていた。
次の瞬間、目に見えるはずのない風が、三日月型の刃となって、アレッド達に襲い掛かる。
真っ先に動き、アレッドの前に出たヘレズは、彼女への直撃コースにあった刃を、目にも止まらぬ速さで斬り落とす。
何事か…などと、状況を理解できていないような言葉は言うまい。
風の刃が飛んできた方向は、敵意が向けられている方向…、相手が魔法で攻撃してきたのだ。
魔法で先制、ソレで終わればよし、ソレで倒せない前提で、相手の動きを封じつつ、その隙に攻撃、きっとそんな所なのだろう。
今の風の魔法は、アレッド達全員を襲うに余りある攻撃範囲で、その密度もなかなかに濃かった。
普通の相手なら、そんな二段構えをしなくても、今の攻撃1つで終わっていたかもしれない。
しかし、相手が悪い…、その相手は普通じゃないのだから。
攻撃の二段構え、その二段、ヘレズの隙をついて、その巨体は、背の高い雑草地帯から飛び出した。
それはハティよりも大きい…、巨大な狼だ。
濃い茶色の体毛の狼、雑草地帯から抜け出ると同時に、追い打ちをかけるように、再び風の刃が襲い来る。
しかし、今度はヘレズが何かをするでもなく、その風の刃が弾かれた。
ヘレズを飛び越えて、その1人のサムライは、太陽の日差しで…、斬り伏せた魔力の残滓で…、抜刀した刀の刃を煌めかせる。
柄を両手で握り、体を翻すと、真上から巨大な狼の首目掛けて、真上から斬り伏せた。
「ザンッ!!」
刀を振った風圧で、宙を舞う己の体を、ふわっと浮き上がらせながら、斬撃がその太い首を斬り飛ばす。
ズザザッと首を失った巨体が、力無く転げ、首が地面に落ちると同時に、サムライがスタッと着地した。
見事な太刀筋に、素人目ながらアレッドは拍手を贈る。
サムライ…ナインザの技量は、ハンターランクに名前負けしないモノのようだ。
「チーフフォレストウルフですね」
カチンッと刀を鞘に戻しつつ、迫って来た相手を見る。
体毛と、ハティよりも大きな体、話に聞いていた通りの容姿だ。
ハティも超大型犬より全然大きいのだが、この狼はそれよりも上を行く。
「珍しい。
何もしていない私達に対して、フォレストウルフではなく、チーフの方が先に攻撃してくるとは」
ナインザの話に、インカロが反応する。
彼は、横ではなく、アレッドの斜め後ろから、ナインザを倒した狼を眺めた。
何が来ても動けるよう注意をすると共に、先の攻撃に対して、後ろにいるアパタを守る様に動いてくれていたようだ。
ハティから降りつつ、アレッドは首を捻る。
「チーフが戦闘をする時は、敵が群れを襲うと判断した時…なんだが」
周囲の警戒を終え、インカロは剣を鞘に戻しつつ、首の無くなった狼を調べ始めた。
「だいぶ歳を取ったチーフだな」
「そうなの?」
「チーフは最終的に、死ぬと木になって森に帰る魔物だが、ソレを象徴するモノの1つがコレだ」
そう言ってインカロが指差しして見せてきたのは、狼の背中と、胸元だ。
全体的に濃い茶色をしている体毛だが、彼が見せてくれた場所は、茶色ではなく緑色だった。
「体毛が苔化してるのさ」
「これが…」
「チーフは、死が近づけば近づくだけ、体毛が苔化し、ソレが全身に回ると命を落とす。
その後は、体が苗床になって木が育つって寸法だ」
「へ~、だから苔化が始まってると、それだけ歳を取った個体って事になるのか」
「そう言う事だぜ、姉ちゃん。
これは余談だが、稀のチーフの体の苔にはな、キノコが生えるって話だ」
「キノコ?」
「ああ。
そのキノコがスゴく美味いらしくてな。
「ウルフマッシュルーム」とか言って、貴族連中が高値で買ってくれるって話だ。
アレッド君たちが、今後どこかでチーフを見つけて、キノコを見つけたりしたら、旅の資金の足しにしたりするとイイ。
このチーフに生えてないのは、ちょっと残念だったが…、もう少し歳が行ってないと駄目なのか…」
ハンターならではの儲け話…と言った所だろう。
とはいえ、フォレストウルフならともかく、そのチーフは基本表舞台に出てこない。
偶然の儲けとしてはいいかもしれないが、ソレをメインに据えるのは無理だ。
そもそも売るよりも、アレッドとしては、そんなに美味しいのなら食べてみたい…という方向に思考が向く。
精霊湖に戻ったら、1度でイイから、そのマッシュルーム、探してみるのもイイだろう…と、今後やってみたい事の1つとして、頭の片隅に入れておく事にした。
「それに、チーフが襲い掛かって来たのは、なかなかに穏やかな理由じゃないのようだ」
体を調べていく中で、インカロは眉をひそめる。
濃い茶色の体毛だからこそ、ぱっと見では気付きにくいが、その体は所々血濡れていた。
魔物同士の縄張り争い…にも思えなくはない。
首には、大きな歯形が見て取れる…が、それ以外にも、切れ味の悪い刃物で斬ったような切り傷もあった。
「どうする?
ウチとしては、予定通りクエストを進めたいんだけど?」
「ふむ…」
イレギュラーだったが、退却が必要な状況にはヒットしない。
アレッドが続行の意思を話すと、ナインザは顎に手を当てて考える。
「私は問題ないと思う。
アレッド君は、だいぶ早い段階からチーフの接近に気が付いていたようだし…、というか私よりも全然早く気付いていたな。
護衛のヘレズ君も、ちゃんと動けていたし」
「拙者もそれには同意見だ。
被害がない以上、失敗の理由を考えるのも面倒だしな」
ナインザは、うん…と頷く。
「よし、予定通り行くとしよう。
だが、その前に…」
そう言ってナインザが視線を送った方向は、チーフが姿を見せた方向だ。
「拙者、フォレストウルフに襲われる事も無く、チーフに襲われたのは初めての経験でな。
この辺は下級のハンターも来る場所だ。
チーフが普通に戦闘に出てくるようになっているのならば、原因を調べたい。
チーフは本来下級のハンターでは、パーティを組んでも勝てる相手ではないからな。
その体の傷が理由の1つだろうが、どこかのハンターが取り逃したのか、それとも他に理由があるのか、何にしても原因は調べておきたい」
「ソレは私も賛成だ」
「じゃあ決まりか」
あくまで目標はフォレストウルフ、アレッド達がクエストを優先すれば、ナインザ達はソレを拒否はしないだろう。
それもまた、クエスト中のアクシデントへの対応力として判断されるはず。
その場合、後回しにして後日またここへ…と、ナインザは行動するだろうが、世話になっている者として、彼女にそんな二度手間はさせたくない。
だからアレッドも、ナインザの提案に、首を縦に振るのだった。
――――「トラシーユ領・森(昼前・曇り)」――――
チーフフォレストウルフが着た方向には、小さな森があった。
いや、そこまで深くなく、太陽の日差しもしっかりと当たりを照らしているから、森よいうより林といった方がいいのかもしれない。
そこで小さな命が、浅い呼吸をしながら、ぼやけた視線を周囲に運んでいた。
周りには誰もいない。
いや、誰もいなくなったというのが正解だ。
最後の最後まで自身を守ってくれていた大お爺様もどこかへ行ってしまった。
もう自身の周りには誰もない。
誰の声も聞こえず、何の音も聞こえない。
自身の呼吸と、弱々しく脈打つ心臓の音が聞こえるだけだ。
その小さきモノは、孤独という寂しさの中、助けて…誰か…寂しいよ…と、声にならない声を叫び続けるのだった。
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