第45話…「無一文は不安の根源、それでも部屋は明るく、時間が回るのじゃ」


――――「トラシーユ領都・○○宿(日暮れ・快晴)」――――


「あの女…、仮にもそこの顔にもなる受付の身だというのに、相手に対して礼儀というモノを知らないのか…?」


 ナインザに紹介された宿「宿り木亭」にチェックインした所で、アパタがフンスッ!と、溜めていたモノを吐き出すように口を開いた。


「ギルドがアレでは、この街のハンターの行動の理由も納得というモノ。

 ご主人様、あまり長居はお勧めしないわ」

「すごいお怒りっぷりだ」

「あっくんの事を馬鹿にする態度をずっと取られるようなら、私の怒りはいつか戦闘スキルになってこの街を襲う事になるわね」

「やめてね…」


 いつの、どういう事がきっかけで、彼女が自身の事をそこまで思ってくれるようになったのかは、アレッドは知らない。

 他人に想われる事自体は嫌な気こそしないものの、誰かに飛び火するような行為は、勘弁してほしいと願う。


 メイドとして外を歩く時は、出来る限り感情を外に出さないように努めているアパタ。

 ソレがきっかけで、ストレスが溢れ出るような事があれば、どこかしらで発散させなければ…と思うアレッドだった。


「まぁ、長居しない方がいい…ていうのは、こっちも同意見だけど」

「明日になってみない事には、なんも計画が立たんにゃ~」


 ヘレズはベットの上でゴロゴロしながら、他人事のように漏らす。


「いやもうフラグがビンッビンッで、目が離せぬ」


 面倒くさそうな面持ちのアレッドとは対照的に、楽しそうなヘレズだった。


「明日はハンターランクを上げる試験がありますし、話によれば、能力を証明する試験と、実際にギルドが発行しているクエストを完遂できるか、その2つをやり遂げなきゃいけない。

 1つ目は長くても1日あれば終わるけれど、2つ目は、クエストによって時間も掛かるわ」

「交通の便が無いから、遠い所まで行けって言われると、数日もザラだってナインザが言ってたね。

 できる事なら、サッサとランクを上げて、素材を売って資金の調達と、ハティの使役登録をしたいんだけどな~」


 素材をギルドに卸すには、ハンターランクを上げる事が必要だ。

 ギルドでは、初期ランクの初心者ハンターに無茶をさせないため、討伐系のクエストを受注させない決まりがあり、受注ができなくても、金稼ぎをする名目で、初心者ハンターがクエスト無しで魔物を討伐しに行かないようにするため、持ってきても素材を卸せない決まりがある。


 アレッド達の目下の問題は、その素材を売れないという点。

 そしてそこに付随するように、ハティの登録問題やらが出てくる。


 ナインザに言われていた通り、主人側にも戦う能力がないと、登録ができない決まりだ。

 ついでに言えば、契約にはお金もいる。

 ハンターランクを上げる試験にも、受験料というモノが存在し、金がかかる。

 結局、ココにも金問題の汚さがチラつくのだ。


 金の亡者か…と文句の1つでも付きたい。

 現状、ハティは仮登録中であり時間制限付き、ソレを過ぎれば、街中にいようが討伐対象と見なされる。


「ギルドに到着した時には、ランク昇格試験の受付時間外で、明日になって、それがなくても、結局しばらくは無一文者なのが、申し訳ない」


 別にアレッド自身が生活を支える大黒柱という訳ではないが、金が無い状態というのは、なかなかに不安が頭の中を渦巻いて、ビクビクと周りが怖くなるモノだ。


「湖の方なら、別に金銭は無用な長物だったから気にならなかったけど、人間社会に戻って、お金が必要です…て言われると、お金がない事が否応なく怖くなる…」

「あっちゃんは怖がりね~」

「ウチは自分の好きにはズカズカ行きがちだけど、これでなかなか小心者なんだよ」

「あっくん、もし心細かったら、添い寝してあげるから、いつでも言ってね?」

「ぐ…」


 アレッドは頬が熱くなるのを感じる。

 サキュバスとしての固有アビリティの影響もあるかもしれないが、コレは自身の男としての劣情も含まれているだろう。

 森を出てからの日々は、遠慮でもしていたのか、そう言ったアプローチが無かった事もあって、久々のソレは、なかなかに不意打ちである。


 節度は大事、親しき中にも礼儀ありとも言う、だからこそアレッドは一応線引きをしているが、いつかその線も蒸発してしまいそうで怖い。


「幸い、ハンターランクを1つでも上げれば、素材の売買ができるらしいし、さっさと上げて、ヒモな状態とおさらばしたい所だ」


 現状、アレッド達はハンターとしてギルドで登録は完了している。

 しかしそこには、安いとはいえ、ギルドへの登録料が発生しているのだ。

 そもそも、この宿り木亭だって、宿屋である以上、お金が必須である。

 そして、それらのお金を持っていないアレッド達は、建て替えてもらっている状態だ。


 他のお金が入用な場所でも立て替えてもらっているし、誰にお金を出してもらったかといえば、それはナインザである。


 アレッドからしたら、あの人は見た目子供にしか見えないが、人の感覚的には見た目不相応の年齢らしく、ハンター歴もランクもそこそこな、中堅ハンターらしい。

 そして、お金もなかなか持っているようだ。

 しかしアレッドとしては、子供にお金を出させているようで罪悪感が半端ではない。


『せっかく有望そうな者がハンターに成ろうとしているのに、金が無いからと後回しにされるなど、目の前でお宝が持って行かれるのを、何もせず、指を咥えて眺めているに等しい。

 それに、助力の恩もあるし、出会ったのも何かの縁、お前達ならすぐに稼げるようになるだろうから、その間のお金の面倒は拙者が見てやる」


 あのギルドの受付で、そう言い放ったナインザの姿は、アレッドの脳裏に焼き付いていた。

 正直、容姿に似合わず格好良かったと言ってイイ。


「まさか、金になるだろうって、魔物の素材をメインに持ってきていた事が仇になるとは…」


 初心者ハンターは素材を売れない…、それはあくまで魔物の素材はという注意書きが追加で入る。

 初心者ハンターの稼ぎは、薬草などの採取系や、街の中で完結する武を必要としない仕事に限られるが、薬草等は、初期ランクの星1でも、ギルドに卸す事が許可されているのだ。

 そして、アレッドのアイテムボックスには、その辺でお金になりそうな素材が無かった。


 最初にヘレズに入れてもらった食材系は、あくまで自分達用で手を出すつもりはないし、装備類もまた同じ、残るは大量のシャンパンボトルと、前世で未整理だった事で残りっぱなしだった魔物の素材のみだ。

 ボトルは売れなくもなさそうだが、何故だかアレッドは率先して手放す気にはなれなかった。

 自分で呑んだ事はあるし、湖でも、何回か皆に配ったりもしている。

 それこそ、魔王軍とのいざこざの後、新しく加わった者達も含めて全員に10本ずつ配ったほどだ。


 別に手放す事自体は問題ないが、コレを売るという行為に、何故だかブレーキがかかった。


 理由は単純、ネタでアイテムボックスの1ページをそのアイテムで埋め尽くしたとはいえ、あの一瞬には無駄とはいえ達成感があり、思い出がある。

 金の為に…と顔も知らぬ者にくれてやるのが嫌だった。


 数があるとはいえ、有限の代物、コレを使うのは最後の手段、それっぽい理由を並べても、要はわがままである。


 湖で配った時、皆お酒が飲める…と喜んだものだ。

 皆お酒が好きなようで、魔族領にいた頃も、コボルト達はお酒を家々で自作していたのだとか。

 家ごとに何をお酒にするかも違ってくるし、家の数だけ酒の種類があったそうだ。

 野菜などの研究が終わった後で、何かその辺で湖らしいモノとして、作ってみるのも悪くないかもしれない。


 ドンッドンッ!と部屋のドアが叩かれる。


「はい、ただいま」


 真っ先に反応したのはアパタで、自身の身だしなみを整えて、ドアを開ける。

 ドアの先にいたのは、扉の枠に収まらない、上半分が…いや横も、見切れた巨体だった。


「いま大丈夫かい?」


 聞こえてきた声は、まだ聴き馴染みのない声だ。

 その相手は、アレッド達に顔が見えるように、体を屈める。

 巨体の正体は、この宿の女将だった。

 扉の枠に収まらない体に、黒いエプロンをして、全体的に黒が占める割合が多いせいか、その姿は熊と一瞬だけ見紛う。

 そんな彼女は「大身種」(だいしんしゅ)の女性だ。


 大身種は、その名の通り、大きな体を持った種族の事だ。

 巨人族程ではないが、人間と比べたら男女ともに、成人の平均身長が2メートルを超える巨漢種族である。

 大半は、大きくてガタイがイイ…程度に収まるが、この女将の場合は、元ハンターらしく、鍛え抜かれた筋肉に加え、結婚生活での幸せ太りで、相撲取りも真っ青といった状態だ。

 とはいえ、元々体が大きい種族だからこそ、動きにくいとか、手が後ろに回らないとか、そう言った問題はないらしい。


「どうかなさいましたか?」

「食事はいらないって事だが、あなた達、今まで旅をしてきたんだろ?

 女所帯だし、いろいろと大変だろうから、お湯を沸かしてきてやったんだ。

 本来、水代に湯沸かし代と、金を取るものだが、あなた達はナインザの紹介だからね。

 今日はサービスってとこさ」

「あら、ありがとう」

「なに、イイって事さ。

 この街は何かと物騒だから、何かあったらワテらに言うんだよ?」


 ドンッと自身の胸を叩き、女将はダッハッハッと笑う。


「それに、飯はいらんて事らしいけど、お金が入ったら、1回でイイから、宿の飯も喰ってくんな?

 この街のどんな料理にだって負けんぐらい絶品だでな」


 ナインザの話では、この宿は肉料理が有名らしい。

 宿の1階には酒場ではなく食堂があって、そこで出されている肉料理が、安く多く美味いの三拍子の揃っているのだとか。

 ソレを聞いて、アレッドは思わずゴクリッと喉を鳴らした。


 しかし、今は無一文者、女将は後払いでイイと言ってくれているし、ナインザも建て替えると言ってくれているが、厚意に頼り過ぎるのは、良くない事だ。

 今は二人部屋を一部屋3人で利用している。

 食事無しで、出来る限り宿に迷惑の掛からないようにしていた。


 という事で、この辺もアレッド達が、さっさと収入を得たい理由の1つだ。


「あ、そうそう。

 さっきナインザが戻って来てね。

 明日、自分も一緒にギルドに行くから、下の食堂で待っていてくれってさ。

 ソロでいつまでも行く子だと思ってたが、あなた達には何か思う所があるのかね?

 とにかく、あの子が他人と一緒に行動するのは珍しい事だ。

 仲良くしてやっておくれ」


 力強くアパタの方を女将は叩いて、その場を去っていく。

 肩を叩いた衝撃で、アパタの受け取った桶から、お湯が少々こぼれたが、女将はその事を気にも留めない。

 だいぶ大雑把な性格の人なのかとも思うが、そんな部分を差し引いても、面倒見の良い女性だと、アレッドは思う。


 女将曰く、この宿には「宿る三箇条」なる決まりがあるらしい。


【宿る三箇条】

・食事を抜く事なかれ

・酒に呑まれる事なかれ

・自身の心に嘘つく事なかれ


 食事を大事にしている事は、ソレを聞いた時から伝わってきていたモノだ。

 そんな彼女に、食事はいらないと告げた時は、なかなか迫力のある形相をしていた。

 三箇条なんてモノに、食事の事をわざわざ書き出すぐらいだ、余程自信があるのだろう。

 お金が入った暁には、是非とも食べてみたい。


 そんな事を、想いながら、明日の試験の為、アレッド達は、少し早めに就寝する事にした。


「という訳で、この部屋は二人部屋で、ベッドは2つしかない。

 そしてウチらは3人。

 ここにベッド争奪戦を執り行…」

「じゃんけんッ!」


 アレッドが言い終わる前に、ヘレズがフライングをするように、じゃんけんの掛け声を叫ぶ。

 この世界に、じゃんけんは存在しなかったが、湖では余ったモノのもらうためのやり取りを、公平を期す為という事で、じゃんけんを導入した。

 別に流行っている訳ではないが、手間も無くその場で結果が出るという事で、時々住人がじゃんけんに興じる姿をよく見かける。


 問題は、完全な平等にならない事だろうか。

 普通の人間にはそんな芸当できないが、この世界の住人は、アレッドの前世を基準にした、普通の人間…からは少々逸脱している。

 とりわけ、この世界基準の体とはいえ、能力が高いヘレズは、その動体視力も反射神経も、ずば抜けて高い。

 その結果何が起こるかといえば…。


「おっしゃあああぁぁーーッ!」

 3人で撮り行われたじゃんけんは、呆気なくヘレズの勝ちで終わった。

 そりゃそうだ。

 じゃんけんぽんッの掛け声の直後の、あの一瞬の賭け引きを、はっきりと見る事ができて、ソレに沿った動きができるヘレズに、勝てる訳が無い。


 おまけに不意打ちを受けて、反応が遅れて、自分が出したチョキを、アレッドは恨めしそうに見た。

 できる事ならベッドで眠りたいアレッド。

 湖にある自宅のベッドと違って、ちゃんとしたベッドだ、使いたくない訳がない。

 しかし、自分が買ってヘレズとアパタ、どちらかが床で寝るような事にならなかっただけマシだろう。


 不意打ちはあったが、こういう時はじゃんけんで…と決めたのはアレッド自身だ。

 何をするべきかわかっていた以上、負けに文句をつける気はない。


「ぶはははッ!

 ではあっちゃん、一緒にベッドを使おうぞ!」

「何故に?」


 ヘレズから出た言葉は、アレッドが思っていたモノとは違うモノだった。

 勝者の言う事を聞きなされ…とヘレズは言う。

 駄目だろ…と反論するアレッドだったか、マジで母は強しなヘレズには対抗できず、同じベッドで寝る事になった。


 助けを求めようとアパタの方を見るが、彼女は彼女で、悔しそうな顔をしていて、アレッドは諦めた。


 救いがあるとするなら、体の大きなハンターも利用するという事で、宿のベッドは比較的大き目で、幾ばくかの余裕があった事だろうか。


 そんなやり取りの中、夜は更けていく。

 この宿は酒の提供種類が少ないからか、ギルドや、アレッドの思い描いていた騒々しい酒場のイメージとは、ガラッと違う、静かな夜を夜の時間が流れるのだった。


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