第44話…「初めは魔物駆除業者みたいなモノ、今はまさに万事屋ギルドだ」


――――「トラシーユ領都(日暮れ・快晴)」――――


 神父アモンの保証の元、アレッド達は、問題無く、領都の門をくぐる事ができた。


 領都に着いた頃には、日は傾き始めており、街を覆う巨大な外壁は、大きな影を作って家々や人々を暗く浅い闇へと落としている。

 しかし、街にはそんな影さえも吹き飛ばしそうな、活気…と呼べるモノが満ち満ちていた。


 知らない街に来たというのに、どこかアレッドは懐かしく思いながら、その領都の街並みに見入る。

 その姿は、そこに住まう人々、並んでいる店、みんな違うというのに、その造形から服装から、どうにもファンラヴァを彷彿とさせた。

 差し詰め、ファンラヴァで、アップデートによって新しく街ができ、そこに初めて足を踏み入れたようなそんな気分だ。


 そこには、知らない世界があり、知った世界が広がっていた。


 木造の建物がメインだが、所々に石造りの建物もある。

 その石造りの家々は、総じて大きく、何かの店が入っているようだ。


 下水等の施設がないのか、鼻につく臭いがあるのを除けば、馬車が通れる程にメインの通りは道幅も広く、両サイドの建物は店が並ぶ。

 その道の中央には屋台が並んで、呼び込みの掛け声が響き合い、賑やかな事この上ない。


「では、まずハンターギルドの方に向かおう。

 旅であちこちを見回るのなら、各国に支部があるハンターギルドの資格を得るのは、メリットが多い」


 ハンターギルド、ソレはファンラヴァにも存在したシステムだ。

 ゲーム内では、魔物の討伐をメインとしたクエストを受注したり、貴重品の納品をしたりして、ギルドポイントを稼ぎ、そのポイントで限定の装備やアイテムと交換する場所だった。

 ゲームではそういう理解だったが、設定での話なら、簡単に言えば、ギルドは仕事の斡旋施設である。


 元を辿れば、その始まりは魔物の討伐だ。

 アレッド達は、迷いの森で、魔物に囲まれながら、それらを狩って生活しているが、実際はそう簡単な話でもない。

 普通の一般人では、低レベルの魔物を集団で倒すのがやっとだ。

 だからこそ、少し魔物のレベルが上がるだけで手に負えなくなる。


 だからこそ、その手に負えない相手を、手に追える相手に倒してもらおうと、魔物と戦い慣れた傭兵に、討伐依頼を出し、傭兵がソレを職にしたのがきっかけだ。

 戦争など、大きな戦いが無ければ真っ当に生活の出来ない傭兵たちが、こぞって手を出し始め、情報が飛び交い問題も多々起きるようになり、ソレを管理し始めたのが、ハンターギルドの元祖だ。


 最初の需要は、魔物の討伐だったものの、年月が経つにつれ、商人の護衛やら用心棒と、やる事も徐々に増え、今では森に素材集めに行ってほしいだとか、家の掃除をしてほしい、力仕事ができる人間を求む…など、魔物討伐以外の仕事が増え、一言でハンター…狩る者と言うが、その仕事の種類は多岐に渡る。

 ハンターという呼び名は、もはやただの名残りといってもイイだろう。


 各国から仕事の依頼を集め、管理している事から、ハンターギルドの支部が世界に点在しており、そんなギルドの人間としての肩書を得られるハンターギルドの資格は、都合の良い身分証としての役割を担っている。


 アレッド達は、街に入り、神父と別れた後、荷車を皆が馬車を預けている場所に預け、ナインザの案内の元、ハンターギルドに向かっていた。

 ハティも諸事情により付いて来てもらっている。


 全く関係ない話だが、アレッド達の前を歩くとナインザは、中々に背が低い。

 アレッドの身長は前世の女性の平均身長程だが、頭一つ分とはいかないまでも、アレッドよりも低く、より見た目相応の子供らしさを感じてならなかった。


 話を戻そう。

 ギルドは、ハンター登録するだけでなく、その人間が使役する動物や魔物も登録する事ができる。

 というか、ギルドにて使役しているモノに関しては、登録する義務がある。


 動物はまだマシだが、魔物の類は、総じて討伐対象となるのが、世界の決まりだ。

 未登録は野生のモノとして判断され、街中にいようものなら、即討伐対象になる。


 アレッドの従えているハティは、魔物でもないし、動物でもない、月光狼という神獣の類だが、神という単語の付く存在であるため、ソレを説明した所で誰も信じる事はない。

 その辺にいる魔物とは違う。

 だからこそ、ハティとしては、とても不本意ではあるだろうが、魔物としてギルドに登録し、この領都内で自由に身動きできるようにするのが目的だ。


「お前達は、今どの程度お金を持っているのだ?」


 ギルドに向かう途中、ナインザはこちらに振り返る。


「やっぱり登録にはお金が必要だったりするのか?」

「ああ。

 ギルドへの登録だけなら、さほどかからないが、魔物の使役登録となると、それなりにな。

 あと、登録の場合、ハンターランクを1つ上げる必要もある」


 ナインザは苦笑した。


「ハンターが人の入れ替わりが激しい職だ。

 一定以上の人員を確保するために、登録料を安く設定して、門戸を広く取っている。

 誰もが学を持ち、頭を使って店を開ける訳でもないからな。

 小金稼ぎでもできるようにと、敷居を高くしていないのだ」


 再度、ナインザはアレッドにお金はあるかと尋ね、無一文者である事を隠すつもりもないから、彼女は腕を交差させて、バッテンを作る。

 ナインザはソレを見て苦笑をした。


「ハンターは体が資本だ。

 いくら魔物を使役するスキルを持っていたとしても、万が一、その主が死ぬ…なんて事が起きれば、スキルの効果が消え、使役していた魔物が暴れ出す…なんてこともある。

 ソレを防ぐために、魔物を使役する本人自体にも、戦闘能力を持たせる意味も込めて、魔物の登録料は高く設定されているのだ

 加えて、無謀に魔物に挑まないように、その素材の買取も、初期のハンターランクではできないようになっている」

「なるほど、まずは自分の身は自分で守れるだけの力を付けて、その身1つで登録料を稼いで来い…て感じか」

「その通り」


 万が一にも、その辺の魔物に、アレッドが負けるなんて事は起きえないし、俗に言う使役とは、ハティとの関係は異なる。

 ハンターギルドが懸念しているような、魔物の暴走など起こり得ないが、ソレを証明する事は出来ない。


「登録はともかく、ウチら、今お金を持ってなくてね。

 旅の途中で倒した魔物の素材とかを売って、その資金で買い貯めしようと思ってたんだ~。

 でも、そうなると、登録したては素材も売れない…じゃどうすれば…」

「なるほど、ソレなら早急にハンターランクを上げる必要があるね」

 別に素材を売る行為だけなら、ハンターである必要はないし、ランクを上げる必要もないのだけど…。

 素材を、ソレを求める場所に、直に売り込めばいいだけだからね。

 でも、どこの馬の骨ともわからない輩が持ち込んだ素材を、喜んで買う人間はいないって話だ」

「信用は大事…か」


 持ち込まれた素材が盗難品だったりしたら、お金を出したのに、没収されて損失だけ残る…なんて事もあるだろう。

 考えだしたら、キリがない。


「ギルドは、卸された素材の状態をチェックする専門の従業員がいるから、問題が起きづらい。

 でも、ギルド側の中抜きがあるから、素材を売る側は直売りの真っ当な相場よりも安くなり、買う店側は多少割高になる」

「まぁ問題に対して保険料を払っていると思えば、その形態はアリ…か?」

「無難にモノのやり取りをするなら、コレが1番良い方法だ。

 どの街、どの国に行っても、この形だけは変わらない。

 特にこの街では、素材を売るなら、尚更やった方がイイかな」

「この街では?」


 ナインザは、こちらに視線を向ける事無く、人差し指を立てて、くるくると回す。


「周りを見てもらえるとわかると思うけど、あまり治安は良くないからね」


 そんな彼女の言葉に、アレッドは改めて周囲を見渡してみる。

 街に入って活気がある…そう感じていたが、改めて見ると、その在り方は、アレッドの思う平和的な活気とは少々違うようだ。


 行きかう人間の大半は、一般人というには、ゴテゴテと装備を身に着けているし、逆に街を守る衛兵にしてはしょぼく見える。

 時折、豪華な装備に身を包む者が散見されるが、衛兵が身に着けるには、今度は質が良すぎた。

 清潔感が無いとは言わないが、不衛生に感じる者も多い。


 そんな連中が、ガヤガヤと大声で話し合い、笑い罵倒する姿が目に付く。

 臭いがあると感じていたが、酒臭さも鼻へと香る。


 夕暮れ時とはいえ、この時間で酔いつぶれて道端で寝ている者もいれば、喧嘩に発展しかねない言い争いをする者も…。

 日の入り前でこれなら、彼らは昼間から酒を呷っていた事になるのだろう。


 今アレッド達が歩いているのは、領都に入って、門の目の前にある大通り、いわゆるメインストリートに近いモノだ。

 その門が正門ではないようだが、門の前の通りは、ある種その街の顔とも言えるモノのはず。

 ソレを思うと、ナインザの言う通り、治安はよろしくなさそうだ。


 街が近づいた時、街の人口がなかなかに多かったため、索敵で感じる人の多さに、アレッドは人混みに酔う…ではないが、気分を害し、早々にジョブをボウハンターから製作系ジョブにしていた。

 それも良くなかったのだろう。

 製作系のモノにした事で、戦闘能力が低下し、戦闘ジョブで感じるような、視線だとか、自分に対して向けられる感情を、上手く感じ取れなかった。

 今は自覚したからこそアレッドは気付く、ただ歩いているだけだというのに、周囲からちらほらと視線を感じる。


「色々と訳アリなのさ」


 訳アリで済ませていい状態なのだろうか…、アレッドは急に不安を掻き立てられ始めた。


 大通りを抜け、広場に着くと、その広場に面した建物の中で、一際大きな石造りの建物がある。

 そこが目的地であるハンターギルドだそうだ。


「なかなかの世紀末感だぜッ!

 僕、ちょっとワクワクしてきたぞッ!」


 到着したギルドに入ると、街の雰囲気を見ればこそ、想像通りと言うべきか、ギルド内もなかなかに酒臭く、そして汗臭く、ギロリッと入って来た人間を値踏みするかのような視線が、外の比じゃない程に肌に刺さる。


『おいおいッ「奴隷譲」ちゃんが新しい女の子を連れてきたぞ!』

『しかも奴隷のメイド付きとは粋じゃねぇかッ!』

『竜人に獣人、おい、あのメイドよく見たら魔族のサキュバスじゃねぇか?』

『マジかよッ、通りで別嬪な訳だ』

『俺達の相手をするためにわざわざ来てくれたってか』

『サキュバスだけじゃねぇ、他の女もなかなかイケる感じだぜ』


 受付にたどり着くまでに、なかなか吐き気を催すような声が聞こえてくるモノだ。

 品が無いとは、こういう事を言うのだろう…。


「お~お~、これはなかなか、期待を裏切らない感じだな~。

 どう思うかね、アレッド君や?」

「どう思う…て。

 男に変な目で見られて気持ち悪いな~て感じ?」

「ん~~50点ッ!

 客観的に自分を物理的に見られないし、仕方ないかもしれないけど~、ダメだね~」

「・・・何がだよ…」

「つまらん回答だって事だよ、アレッド君や。

 考え方を変えようジャマイカ。

 あっちゃんはあっちゃんでも、その体、見た目は今どんな感じかね?

 周りの男連中は、一体どんな相手に下卑た目を向けているのかな?」


 ヘレズに言われ、アレッドの頬がピクッと動く。

 同時に、ソレを想像して怒りが沸々と沸いた。


「娘が可愛いのは世界の常識だが、こんな連中の相手なんぞ、絶対にやらせねぇよ…ライトさん?

 娘に色目を使って言い寄ろうモノなら、叩き切ってやる…」


 ヘレズが話しかけてきたから、少しでもいつも通りに接しようとしたが、初体験の嫌悪感に、母親に向けようとした笑みは、引きつっていた。


 体はファンラヴァで作った娘のソレだが、中身は前世の男、その価値観や立ち位置は、女では無く男に近い。

 そのために、自分に向けられていた言葉をどこまでも他人事のように感じていた。


 しかし、その矛先は、自分に向けられているのだと自覚する。

 しかも自分が作ったキャラクター…存在…娘に…。


「そんなもんデストロイに決まっていようが…」


 とはいえ、自分がどういう姿をしているのか忘れていたのもまた事実。

 周りの視線とヘレズの指摘で、あからさまに機嫌が損なわれたが、ソレを周りにぶつける事はしない。


「この場で、そんな物騒な事を言うモノじゃないぞ?」


 受付の人間と話をしていたナインザが、こちらへ手招きをしてくる。


「とりあえず、ちゃちゃっと登録を済ませよう。

 とはいえ、大してする事はないのだがな」


 受付カウンターの向こうには、俗に言う受付嬢の女性が座っているのだが、営業スマイルと呼べるモノをどこぞに置き忘れてきたようだ。

 近寄って来たアレッド達を見て、あからさまに面倒くさそうな不服顔を見せる。

 今にも舌打ちが飛んできそうだ。


「こんな辺境の地でハンター登録とは、余程ド田舎に住まわれていたようで」

「んんッ?」


 第一声がソレだ。

 アレッドとしては、営業スマイルなんぞどうでもいいのだが、その態度はいかがなものかと思う。

 ついでに言えば、横でどこか楽しそうに、ウキウキとしているヘレズも、アレッドはどうかと思うし、アパタは、受付嬢のアレッドへの態度に怒りを覚えているのか、眉間に皴が寄っている…、それは別の意味でどうにかしなければいけない案件だ。


「まずはこちらに名前と性別、それと年齢を記入して」


 そう言って受付嬢が差し出してきたのは、羊皮紙と羽ペン、そしてインクだ。

 いかにも会員登録をしようと言う時に出てくる洋紙であるが、すごく記入欄が少ない。


「これが3名のハンター手帳となります」


 続いて出て来たのは、少々分厚い手帳だ。


「その羊皮紙と、この手帳に、あなた達の血で指印をして」


 そして出されるナイフと針。

 まさかの選択式に、アレッドは若干引く。

 気になって手帳を見たが、コレはいわば自身と、そのハンター業の記録を記すモノのようだ。


 ハンターランクは、星1つから始まり最大9つまでの星の数でランクが決まる。

 そんなハンターランクから、名前や年齢等の身体的な情報、あとは受注した依頼の情報や、素材等の売買記録を記録していくようだ。

 いわゆるパスポートだとか、お薬手帳のようなモノだろう。


 アレッドが気になるのは、手帳に記載される身体的な情報の所。

 一応、普通の人間でないアレッドは、大丈夫なのか…と心配になったのだが、自分の横で何の躊躇もなくスッと指を切るヘレズを見て、心配するだけ無駄なのだろうと察する事となった。


 心配だった事と言えば、初めての人里であり、自分がその文明に馴染めるかどうか、アレッドは心配だった。

 特に文字の読み書きに不安を抱いていたのだが、何という事だろう。

 今も渡された手帳や羊皮紙に書かれている文字は、前世の祖国と同じ文字ではないか。

 言葉も、精霊湖の面子も含めて、前世の祖国語で会話ができているし、もしかしたらと期待していたが、実物を見て不安が1つ無くなった。


 ヘレズ曰く、彼女がファンラヴァプレイ時に、アレッド達と同じ言語でプレイしていたから、この世界の人間領と魔族領、両方とも共通語は、アレッドの前世の祖国と同じにしたのだとか。

 しかし、感じは苦手だったようで、基本は「ひらがな」と「カタカナ」の2種を使い分けるようになっているらしい。


 この世界に、言葉の壁というモノは、人の間では、一切存在しないようで、アレッドは一安心した。


 なにはともあれ、ハンター登録で自身がやるべき事はコレと登録料を支払うだけのようだ。

 その支払うだけの部分をどうしよう…と頭を捻るのだが…。


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