第43話…「旅は道連れ世は情け、目的地に着いても続けて情け」


――――「ドゥノイ平原(昼過ぎ・快晴)」――――


「私、トラシーユ領、領都にある教会にて、神父を務めております「アモン」と申します。

 この旅は、魔族に襲われている我々への助力、感謝いたします」


 神父を名乗る人種の老人は、頭を下げる。

 どこの馬の骨ともわからない相手に対して、ちゃんと頭を下げられるのは、第一印象としてはなかなか悪くはない。

 しかし、助けたと言っても、通りがかっただけで、矛先がこちらに向いたのを払っただけだ。

 お礼を言われるほどの事はしていないから、むしろお礼を言われると、アレッドは申し訳なさを感じなくもなかった。


「いえ、ご丁寧にありがとうございます。

 ウチは、アレッド。

 2人は、護衛のライト、メイドのアパタ。

 身内3人で、旅を始めたモノです」


 相手に名乗られたのだから、アレッド達も名乗った。

 ヘレズは、そのままヘレズと名乗らせるには、名前が強すぎるので、アレッドの、アレッドサンドライトから名前を取り、部外者がいる場所では「ライト」と呼ぶ事に決めてある。


「女性3人で旅…ですか。

 いや、ゴブリンを倒した手腕を見れば、アレッド様とライト様の腕が良い事は、火を見るより明らか…ですかな。

 さぞ、ランクの高いハンター様なのでしょう」

「あ~…、いえ、ウチらはハンターじゃないですよ?」

「え?

 そうなのですか?

 旅をなさっているとおっしゃっていたので、身分の証明としてハンターになっていると思ったのですが…。

 アレッド様は、どこか位の高いお家の生まれなのでしょうか?

 ・・・あいや、申し訳ありません、流石に踏み込み過ぎた質問でした」


 何がどう踏み込んだ話なのか、アレッドにはわからないが、家柄…なんて彼女には無い。

 ヘレズの子としての位で、モノを差していくなら、良い家柄どころか、権力は世界最高峰だが…。

 とはいえ、ソレを振りかざして話をするつもりはない。


 メリットはあろうが、それ以上にデメリットと手間がありそうだ。


「ウチは、田舎のちょっとお金を持った小金持ちの村長の娘ってだけですから、そんなに畏まらずに」


 あ~だこ~だと説明するのも面倒なので、ここはとりあえず老人…神父の話に、ノリを合わせておく。

 下手に全乗っかりすると、絶対にボロが出るから、嘘半分真実半分で、精霊湖…て田舎村の、村長(ヘレズ神)の娘…てだけだ。


「そ、そうですか。

 しかし、魔族の奴隷をメイドとして持てるとは」

「やっぱ魔族って高かったりするんですか?」

「いえ、さすがに値段までは存じません。

 神に仕える身として、神の作りし命を道具に変えるなど、あるまじき事でございますから。

 役職柄か、位の高い方とあう機会が多く、そういう話を、小耳に挟んだというだけです。

 一応言っておきますが、懺悔室で聞いた話ではないですよ?」


 神に仕えていると言っているにしては、なかなか軽い人なようだ。


「んんッ。

 無駄話はここまでにして、お三方はこれからどうするのですか?

 旅の途中という事ですが、進んでいた方向からして領都に?」

「はい。

 迷いの森がどんなものか興味本位で見に行って、食糧などの買い付けとかを、そこでする予定でした」

「そうですか、では相談なのですが…」


 神父曰く、この馬車には、人間領にとって大事な御仁が乗っているらしく、アレッド達の腕を見込んで、領とまで同行してもらえないか…と言う事らしい。

 面倒になると困るので、大事な御仁をこんな少数で護衛?…などと、疑問を抱きこそすれ、アレッドは口からは出さなかった。


「もちろん、先のゴブリンから助けてもらった分も含め、領都に着きましたらお礼をさせていただきます。

 それに、領都に入るには、身分証の提示を求められます。

 無い場合でもお金を支払えば入る事は出来ますが、その場合、身の潔白を証明する上で、長い事情聴取をする事も少なくないとか。

 今日中に領都に着けたとして、3人分の聞き取りが終わる頃には日が暮れ、泊まる宿を探す事も一苦労でしょう。

 お三方は、田舎村の出とおっしゃっていましたが、ハンターではないとの事、身分証はお持ちでないのでは?」


 アレッドは、横に控えるヘレズとアパタに視線を送る。

 当然と言うべきか、2人して首を横に振った。

 頼りにはできないらしい。


「そう…ですね。

 お恥ずかしながら、身分を証明できるようなモノは何も…」


 アレッドは、頬をポリポリと掻きながら、苦笑いを浮かべる。

 身分証明どころか、お金だって持っていない無一文者だ。

 お金も含めて、その街で確保しようと思っていたのだから。


「では、私達がお役にたてると思いますよ。

 これでも領都では顔が効きますし、なにより馬車にいる御仁も、私などと比べようもない上のお方。

 あのお方も、あなた達にお礼をしたいとおっしゃっていますので、私達が身元保証人となり、領都に入る際もスムーズに話が進められるはずです。

 いかがでしょうか?」

「ちなみに…なんですが、身分証が無い、街に入るためのお金も無い…て場合は、どうなるのでしょうか?」

「その場合は、基本は門前払いですね。

 一応、入都料と同等か、それ以上のモノを担保にする事でも領都に入る事は可能です。

 しかし、それでも事情聴取をする事になりますし、担保にするモノの鑑定をしなければいけませんから、お金を払う以上に時間がかかるかと」

「なるほど」


 一応、神父の力を借りずに行った場合の事を聞いてみた訳だが、それが実質選択肢の無くなる話だった。


 金はないが、売るモノなら、アイテムボックスの中にある。

 魔物の素材はある訳だし、ソレを担保にできるなら…と、頭をチラついたが、結局金がかかるのなら、そうならない方を選択するのは、至極当然だ。

 今回は、神父の話に乗ろうではないか…、アレッドは、彼の話に頷いた。



 一緒に行こう…ソレは体の良い護衛依頼のようなモノだ。

 それならそれで、お礼をするから同行してくれ…なんて、回りくどい言い方をしなくても、護衛を願い出ればいいものを…。

 なにかそうできない理由があるのか、アレッドは自分達の前を行く馬車を見ながら訝しんだ。


「・・・なにか?」


 ふと視線を感じて、アレッドは横を見る。

 そこには、馬に乗った少女の姿があった。


 褐色気味の健康的な肌、光の当たり具合で白にも見える薄い金髪のポニーテール、先が尖がって少し長い耳をした、俗に言う長耳種の少女だ。

 髪は癖が強いのか、結び目付近が妙に弾けたように、トゲトゲしたモノになっている。

 和風チックな服装に、軽装ながらも、装備している甲冑も、和風鎧を彷彿とさせた。

 何より、その腰に携えた脇差を含めた2本の刀を帯刀した姿は、否応なくマスタージョブ「サムライ」だ。

 サムライのジョブを獲得していなくても、それに近い剣士だろう。


 得物を持って走る姿、難なく馬を操っている姿、なかなかに洗練された技術が垣間見える。

 それでいて、その容姿は、大人の女性というよりも少女…子供に見え、年齢で言うなら、見た目は中学年の半ば程だ。

 その割には、佇まいが大人らしくしっかりしている。


 ヘレズの言葉を借りるなら、その設定盛り盛りな少女には、さらに1つ設定があった。

 その幼さを感じる容姿には似つかわしくないモノ、どこか見覚えのある首輪がはめられていた。


「気に障ったなら失礼。

 どうも、変わった雰囲気をお持ちだったのでな。

 気になってしまった」

「変わった…というと?」

「旅をするために村を出たと言っていたが、その割には身軽だな…と。

 ソレにその荷車を引かせている狼、体の大きさが自慢の魔物「チーフフォレストウルフ」よりも大きく、毛色も違えば、そのツヤも良い。

 何より神々しさすら感じる。

 只者ではない…そう思ったのだ」


 見た目は少女なのに、その口から発せられる重さは、アレッドの耳にずっしりと残り、自然と緊張感を持たせた。

 すごいギャップである。

 まさに見た目不相応だ。


「それに、そなたたちは、暑くないのか?

 屋根のない馬車?…荷車?…では、この日差しはキツイかろう」


 そう言って、少女は、自分達を空から照らす太陽を、手で眩しさを和らげさせながら眺めた。

 釣られるように、アレッドも上を見る。

 ギンギンに太陽の日差しが降り注ぎ、まだまだ夏は終わらねぇぜッ!と、太陽自らが主張しているかのような照りだ。

 こんな状態で、屋根の無い場所に一日中いようものなら、熱中症待った無し、まさに命の危機が訪れるだろう。

 だが問題はない。


「ウチのメイドは優秀なので、熱に対する耐性を向上させる魔法を使えるんだ。

 だから、まだまだ暑い日が続いているけど、体調を崩す事はないよ」


 という事だ。

 暑さとか、それら以外に、紫外線だのなんだの、前世基準で行けば、まだまだ注意する点もあるように思うのだが、アパタが使ってくれた魔法のAスキルで、その辺は問題ない…とヘレズからのお墨付きも得ている。


「おお、それは羨ましい」


 見た目に反した喋り方に、アレッドの中での印象がグチャグチャになってしまっているが、今の所、彼女に悪人等の悪い印象は受けない。


「あ、そうだ。

 まだ名乗っていなかったな。

 こうして場を共にしたのも何かの縁だろう。

 拙者の名は「ナインザ」と言う。

 以後よろしく頼む」

「こちらこそ」


 自己紹介で笑う彼女の姿は、しゃべり方とは裏腹に、見た目相応の幼さを感じた。


「所で、そなたたちは、領都で旅に必要なモノを買うと言っていたが、もしよかったら、街では拙者が案内しようか?

 安くて美味い食材屋を知っているのだが」

「それは願ったり叶ったりです。

 でも、いいのですか?

 護衛の仕事とかは?」


 アレッドは、馬車の方をチラッと見る。


「あ、いや、あの馬車と行動を共にしているのは、そなたたちと同じ、成り行きに沿ったもので、正式な護衛という訳ではなくてな。

 領都まで同行をしているだけだ」

「なるほど、ウチ達と一緒なんだ」

「ええ。だから、街に着いたら、後日お礼を貰う形にはなるが、基本はフリーの「ハンター」に戻る。

 だから拙者の方の予定を気にする必要はないぞ」

「ソレは助かる。

 皆もソレでオーケー?」


 後ろに振り返ると、アパタもヘレズも、問題無いと頷いた。


「それにしても、ナインザさんはハンターなんだね」

「ああ、見た目はちんちくりんかもしれんが、拙者はこう見えて、なかなかやるのだぞ?」

「へ~、頼りになる~」

「そうであろうそうであろう」


 胸を張ってうんうんと頷くナインザの姿は、先ほどまでの威厳が、少々薄れているように感じた。


「まぁ、わからない事があれば拙者に聞くとイイ。

 伊達にあの街で生まれ育ってはいないし、長くハンターをやってはいないさ。

 なんなら、街にいる間は、拙者が護衛の任についてもイイ。

 アレッド殿にも、護衛の方はいるが、数は多いに越した事はないからな。

 なにより、地の利を知っているという点で、役に立てるはずだ」


 ファンラヴァでの長耳種の設定は、人種の中でも長寿に分類される種族だ。

 その設定が生きているのなら、ナインザの年齢は見た目不相応に大人なのかもしれない。


 ヘレズ達がいるとはいえ、知らない土地へと赴くのは、やはりどこか不安が、心細さが見え隠れする。

 そんな中で、現地人の知り合いができるというのは、アレッドにとって嬉しい限りだった。


 どさくさに紛れて、ナインザが自己アピール…自分を売り込んできているように思ったが、ソレが場合によっては必要な事なのだと、領都に着いて、アレッドは深く感じる事となった…。


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