第46話…「別に倒してしまっても構わないね?…と、耐久試験に勝ちに行く」
――――「トラシーユ領都・ハンターギルド訓練場(昼前・晴れ)」――――
ハンターギルドの裏手に併設された訓練場。
そこはハンターの鍛錬の他、ハンターランク昇格試験も行う場所となっている。
とはいえ、このトラシーユ領は、すぐ横に迷いの森があり、他の地域と比べて魔物の数も多く、そして強い。
そんな魔物を討伐する目的で集まったハンターばかりなため、今更訓練なんて…と、利用する人間はほとんどいない。
訓練場の使用用途は、ランクの昇格試験ばかりだ。
ハンターランクを上げなければ、魔物の素材を売る事は出来ないとはいえ、その狩り事態を規制する決まりはない。
表向きは、駄目だ…と言われていても、狩りを行っている者はいる…、金にはならないが。
他に訓練場が利用されない理由としては、そもそもの話、ここに集まっているハンターは、他の土地で力を付けた人間ばかりだから。
迷いの森から溢れる魔物は、他の魔物よりも一枚上手で、他よりも強く、難易度が高い。
ゲームと違ってリトライ無しの殺し合いをするのだから、初めから強い魔物とやり合おうと思う人間はいないだろう。
いるとすれば、ソレは自分を見る事の出来ない愚か者が、ただの馬鹿、この街は、そうでもないそこそこに腕の立つハンターが、腕試しか、一攫千金か、求めるモノはバラバラでも集まるのだ。
そんな場所だからこそ、この街でハンター登録を行うのは、全く無いわけではないが、珍しいと言える。
将来的にハンターになる事を考えてだったり、家の為の稼ぎだったりを考えて、資格を得ようとする子供がいるぐらいだろう。
そう言った理由があって、大人が新規でハンター登録をするのが珍しかった。
しかもそれが、女性3人ともなれば、悪目立ちもする。
登録の時間帯が、日の入り直前で人が集まり、良くも悪くも目立つらしいナインザと共に現れればなおさらだ。
結果、アレッド達の昇格試験が行われている訓練場は、普段の閑散とした雰囲気を彼方に投げ捨てて、昼前だというのに多くのハンターが集まっていた。
訓練場の広さは、グラウンドの200メートルトラックがギリギリ入るかな?というくらい。
ハンター達は、人が2人並んで通れる程の幅しかない2階のギャラリーに集まって、ガヤガヤと酒を煽っている。
その視線の先では、身長が2メートルを超える大身種の男が地面に倒れ、その上にヘレズが立っていた。
オオォォーーッ!という歓声と共に、ヘレズは両手を点に突き立てている。
初期ランクの昇格試験の内容は至極単純だ。
自身が昇格しようとしているランク帯のハンターと手合わせし、一定時間戦い続ける事。
制限時間は3分程だが、もちろん、相手を倒してしまっても構わない。
これが高ランクになってくると、また内容も変わってくるのだが、今回の試験は、当然の事ながら、ヘレズが相手のハンターを瞬殺する結果となった。
試験開始と同時に、【武速脚】で瞬く間に相手の股間を強襲、あまりの衝撃に相手の顎が前へ出た所で、回し蹴りで相手の顎下から頭上へと蹴り上げてノックアウト。
武器を使うまでもないと、10秒も経たぬ内に、その試験は終わった。
別にハンターの世界に女性がいない訳じゃない。
完全実力主義の世界で、戦い抜けるのなら、女だろうが、子供だろうが、老人だろうが、誰でもござれの世界だ。
しかし、そういう世界ではあるのだが、やはり珍しいモノではある。
少なくとも、この場に集まっている女性ハンターと比べれば、ヘレズの姿は、少し触れれば簡単に砕けてしまうガラス細工のような華奢さを感じるモノだ。
ギャラリーで行われていた賭け事では、ヘレズが合格できるかで行われていたが、皆が皆、無理だろ…という方向で叫ばれていた。
合格できる方に賭けていた人間なんてごく少数だ。
相手に勝つ、ノックアウトする…なんて、尚更少ない。
だからと言うべきか、ヘレズの勝利宣言と同時に、ギャラリーでは驚きの声の後に、やるじゃないかッと歓声が沸き上がった。
「拙者の目に狂いはなかったようだな」
その歓声が飛び交う方から、ナインザが満足げ歩いてくる。
「儲かった?」
「ソレはもう、良き収穫だとも。
後でご飯を奢ってやろう」
アレッドの前世と比べれば、娯楽の数は多いとは呼べない。
だからこそ、こういった賭け事は、そんな数少ない娯楽の1つとして必要だ。
ナインザも、自信満々にヘレズに賭け、膨れた財布袋をアレッドに見せつける。
その姿に、アレッドは思わず苦笑いを浮かべた。
「よくヘレズに賭けたね。
ウチは負けるなんて思ってなかったけど、ナインザさんは何処にヘレズの勝機を見たの?」
「大した理由はないが…、そうだな。
あの大身種の男、名前は知らないが、ハンターをしているにしては、体だけで、無駄な贅肉が付き過ぎている。
アイツも別の場所からこの街に来た口だが、もう何年か経つのに、未だにランクが上がらずにランクが2だ。
それでいてギルドの酒場では、酒を飲み、大量の食べ物を胃に流し込む光景をよく見る。
クエスト以外で儲かる何かがあるのだろう。
そんな相手に、魔族のゴブリンを軽く倒すヘレズ君が負けるとは思わなかったのだ」
気絶して運ばれていく大男をナインザは指差し、アレッドも釣られるようにソレを見る。
大柄な種族故にガタイはいいが、二の腕とか、お腹周りは、なかなかにブクブクだ。
だらしない体である。
それでも体は大きいのだから、下手をすれば簡単に人を1発で殴り殺せるだろう。
ソレを持ってランク2になったが、種族的有利なんてモノは、この世界では当たり前で、その上で何を積み上げられているか…という事だ。
種族的有利、ファンラヴァには存在しなかったモノだ。
気を付けておこう…と、アレッドは頭の片隅に置いた。
「ではご主人様、次は私なので、しばし、お傍を離れる事を許してください」
ペコリとメイド服のアパタはお辞儀をして、下へと降りていく。
ギャラリーでは、再び先ほどと同じ賭けが始まっているが、ナインザが動く事はなかった。
「今度は賭けないの?」
「欲をかき過ぎは、死地への近道ってね」
「死ななくても、装備が質に入っちゃうかもね、シチだけに」
「そう言う事だぁ」
さて、アパタの戦いはどうだろうか。
アレッドは訓練場に視線を落とす。
「お姉さん、魔法使い?
その格好で拳闘士なんて事はないよね?
まぁなんでもいいけど、お金貰ってるし、手抜きとかしないからごめんね」
アパタの相手は、ヘレズとは対照的に、細身の女性だ。
手にしている短剣から、ヘレズと同じ、ナイトリーパー系の戦闘スタイルだろう。
「失敬なッ!
メイド服の至高は、片手で対物ライフルをぶっ放し、掴んだ相手を離さない猟犬。
別に肉弾戦ができない訳じゃないだろうにッ!」
「…気持ちはわからくもないけど、それはあくまで個人的な意見だね」
試験を終えて、戻って来たヘレズは、アパタの相手の言葉に少々不服そうだ。
「すぐに終わらせてやるッ!」
試験開始の合図と共に、女性はアパタに肉薄する。
落ち着きを見せるアパタが、スッと相手の方へ手を向けた瞬間…。
「Aスキル【パラライズショット】」
その手が光り、勢いよく迫っていた相手が受け身も取れずに転ぶ。
そうなった時には、既にアパタは次へ動いていた。
相手との距離を取りつつ、魔法スキル発動の呪文を唱え始めている。
しかも、それがただの呪文詠唱ではなかった。
「大いなる緑、恵みの象徴たる父よ、我、その恵みに願うのは…」
『大いなる土、文明を象徴する大地よ、我、その文明に願うは…』
「立ち塞がる愚か者を吹き飛ばす事のみ…」
『侵略者を打ち払う矛のみ…』
呪文を唱えているのはアパタだけだというのに、アレッドの耳に届く詠唱が二重に聞こえる。
まるで、アパタが2人いて、同時にスキルを発動しようとしているかのようだ。
「我が魔力を持って、全てを吹き飛ばす風よ吹き荒れろッ!」
『我が魔力を持って、全てを射抜く礫を撃ち放てッ!』
転んだ相手が起き上がった所で詠唱が終了、Aスキルが放たれる。
ヘレズの時と同じく、手も足も出ないとはまさにこの事だ。
屋内だというのに、立っているのもやっとな暴風が吹き荒れる。
相手は再び転ばないようにと、何とか踏ん張るが、そこへ追い打ちをかけるように、もう1つのスキルが飛んできた。
手の平に、簡単に収まる程度の小さなサイズではあったが、相手の額目掛けて、石の礫が放たれてクリンヒットする。
ドスンッと鈍い音と共に、相手の力が事切れて、吹き荒れる暴風に運ばれ、ゴロンゴロンッと転がりながら、壁にぶつかって止まった。
「戦闘スキルの【詠唱省略】には驚いたが、まさか戦闘スキルの【二重詠唱】も使えるのか。
流石、魔法系のスキルに優れたサキュバス族といった所だね。
まさかマスタージョ…」
感心するナインザの声が、周りの歓声に覆いかぶされていく。
その歓声に耳が痛くなるのを感じながら、仲間の圧倒的な結果に、アレッドは誇らしさを感じた。
「ご主人様ッ!
がんばってーーッ!」
続いてアレッドの試験だ。
ヘレズにアパタと、見た目に反して強すぎる力を披露し、きっとその主人も、相当な実力者に違いない…と、暇なハンター達は話し合う。
『いや、そんなに強いなら、そもそも護衛なんていらないだろ。
実際はそんなに強くないんじゃないか?』
『でもよ、あんな強い2人のご主人様だぜ?
強くなきゃ、アレを従わせるなんてできるもんかよ』
『片方は奴隷だ、力が無くたって従うさ。
ソレに言う事を聞くかどうかなんて、仲が良けりゃ大体うまくいくだろ。
俺は負ける方に賭けるね」
『そりゃいくらなんても浅慮ってもんだろ。
俺は姉ちゃんの方に賭けるぜッ!』
他人事だからと、盛り上がりを見せる場外に、アレッドの口元には苦笑いが浮かぶ。
「やーやーお嬢さんッ、ご機嫌麗しゅうッ!?」
そしてアレッドの昇格試験の相手が現れる。
軽装備ではあるが、その体はガチガチッに仕上がった男。
まるでポウッ!と叫びそうなポーズで挨拶してくるが、なかなかに反応に困る。
「今回の試験のため、ギルドが雇ったハンターは、実は先ほどの2人だけなのだよッ!
この街はそもそも低ランクのハンターが少なくてねッ!
さらに上のランク3ハンターも、今は全員出払っていていないので、この度はハンターランク4以上のハンターの中から、私「泣きのインカロ」がッ、相手仕りますぞッ!」
こんがりと焼けた肌に、目元はゴーグルか何かをしていたのか日焼けせずに焼け具合が薄い、笑った口元から零れる真っ白な歯が、口元の焼けた黒い肌と相まって、何とも眩しく見える。
暑苦しい人だ。
「この度、急な依頼だったため、マイ装備が無いのだが、そこはご了承ください。
一昨日、クエストから帰って来たばかりでね、装備は鍛冶場に修繕を依頼したばかりなのだ。
でも心配はいらないぞ?
私も、ハンターになって長くてね。
腕には自信があるから、私の胸を借りると思って、本気で打ち込んできてくれたまえッ!」
見た目の日焼けよろしく、明るい性格らしいインカロ。
二つ名らしい「泣き」の意味が、そのままの意味なのか、それとも何かしらの隠語なのか…、謎な人物だ。
『おいおい、インカロが相手かよ』
『さすがに初期ランクの譲ちゃんにはきついんじゃねぇか?』
『いや、俺は姉ちゃんを信じる。
昨日のクエスト報酬全額を譲ちゃんに賭けるぜッ!』
「安心したまえ、私は大人なので、ランクに見合った手加減をするつもりだ」
アレッドに対してはいらぬ気遣いだが、外聞的にはソレが普通だろう。
初期ランクハンターが、そのまま戦闘不慣れな素人と言う訳ではないが、ランクは一応力の証明でもある訳で、上のランクの人間が下ランクの人間と本気で戦った…など、下手をすれば自身の評判を下げるだけだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
何はともあれ、気を使ってもらっているのなら、それを無下にも出来ない。
お言葉に甘えて少し本気でやろう…と、アレッドは、密かにジョブをナイトリーパーに変更する。
さっきから外野が、無理だ無理だ…というので、ソレに対しての反骨精神に、ちょっとだけ火が付いた。
「大丈夫…、ちょっと本気を出すだけ…」
それに、ナイトリーパーは直剣…片手剣は得意武器ではなく、その攻撃の威力は落ちるはず。
外野に一泡吹かせるためとはいえ、相手に万が一の事が無いように、アレッドは何度も深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
とりあえず、最後まで自分に賭けると言っている人間にはイイ目を見せてあげよう。
「さあッ!
来なさあぁーいッ!!」
試験開始と共に、インカロが大声を上げる。
その瞬間には既に、アレッドは【武速脚】で、彼の目の前まで肉薄していた。
「…ッ!?」
ランク4のハンターの力量がいかほどのモノかアレッドは知らないが、そこそこの力があるのかもしれない。
インカロは、その一瞬を確かに目で追えていた。
アレッドの振った木剣が、その腹にめり込んだ時に目が追い付いているから、全然間に合ってはいないが…
それに、加減した【武速脚】は、本気のソレよりも幾分か遅い
ガシャンッと壁に叩き飛ばされるインカロ。
「ご…合格…ッ!」
埃が舞う中で、ぐったりと倒れた彼は、親指を突き立てた腕を振り上げて、一言、そう言い放ち、意識を失った。
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