第41話…「フラグも立てて、いざ買い出しッ」


――――「迷いの森外・平原(朝・快晴)」――――


「とういう訳でやってまいりましたッ!

 森の外ッ!」


 ヘレズは、空から降り注ぐ太陽を、両手を広げて体いっぱいに浴びる。

 そしてわ~わ~っと元気よく駆けながら、尻尾をゆらゆらと揺らした。

 その光景は、何とも心地よさそうだ。


「ただ森から出ただけなのに、えらいはしゃぎようだな」


 そんな後ろ姿を、呆れながら見るのは、旅装束に見えるように見繕った装備を着たアレッド、ジョブは鍛冶職人で製作職、腰にはご丁寧に初期武器に近い直剣を足す冴えている。

 そのステータスでもその辺の一兵卒には負けない強さだ。

 その後ろには、メイド服を着たアパタが続き、その横をハティが並ぶ…が、森を抜けた直後、ヘレズに触発でもされたのか、全力ダッシュで、目の前に広がる平原を走り出す。


「・・・、ハティを見てると、まだまだだな。

 ヘレズのはしゃぎ具合が足りない」


 精霊湖は大半を湖が占める空間だ。

 ただ歩くだけならいざ知らず、流石に人を乗せて動ける体の大きいハティからしてみれば、力一杯走るには、いささか狭いのかもしれない。


「あっちゃん様に限って、万が一…などという事はないでしょうが、道中お気を付けください」


 アレッド達を追って、遅れて出て来たクンツァは、胸に手を当てながら、深くお辞儀をした。

 見送りは必要ない…とアレッドは言ったのだが、どうしても…と彼は聞かず、ここまで付いて来ている。


 色々と話を積めたあの雨の日から一週間、今日はいよいよ人里へ買い出し出発日だ。

 買い出し班は、アレッド、ヘレズ、アパタの3名、移動に際しては再びハティの力を借りる。

 とはいえ、流石に月光狼に人間が3人も乗るのは厳しいので、馬車…程大きくはないが、人が2人ぐらい乗れるリアカーのようなモノを、ハティに引いてもらう事にした。

 人が2人も乗ればその車の半分以上は埋まってしまう訳だが、それでも空いているスペースへ、適当に荷物敷き詰めたから、他人から見れば、なんちゃって旅人に見えなくはないだろう。


 相手が月光狼を知っていて、そんな奴に車を引かせるなんて…と思われれば、意味のない偽装だが。


 なんでもこの迷いの森は、ディシヴルという王国の国境にあるらしい。

 人間領が存在する大陸の、西側の端も端だ。

 ここからいくら西へ移動したとしても、延々と森が続き、最終的には海に行き当たる。

 森の中には人が住んでいる形跡はほとんどない。

 人がいるとすれば、ココから東側だけだ。


 人里が無いのに、そんな方向から人が来れば、怪しまれるのは必死…という事で、人間領をグルっと回る旅をしながら「ハンター」をしている…という設定を、ノリノリでヘレズが考えた。

 迷いの森に棲んでいます…とか、正直に話しても信じてもらえないそうで、そういう言い訳をする事にした。


 商人とかをしてもいいんじゃないか…という提案をアレッドはしてみたが、売り物になりそうなモノを多く持っていては、良からぬ連中に目を付けられるからダメだ…と、ラピスに釘を刺された。


 自身の容姿では、人里に付いて行けないラピスは、いつも以上に過保護になっていたように見える。

 そもそも、女3人の旅など、ラピスの言うよからぬ連中…の格好の的のように思うアレッドだったが、それ以上は言わなかった。

 どうしたって、精霊湖に住む男連中は、アパタのように人間領にはそぐわない見た目だ。

 中身がイイ人達だったとしても、連れて行くのは難しい。


 とにもかくにも、そんなこんなで、とりあえず細かい事は行ってから考えよう…という事になった。


「出来るだけ早くに帰るつもりだけど、何かあればラピス姉さんに相談してください」

「はい。

 霧のおかげで、不埒者が入り込む事はないでしょうが、このクンツァ、かの地を絶対に汚させぬように尽力すると誓いましょう」

「ははは、そこまで力を入れる必要はないけど…、うん」


 目の前のクンツァはいつも通りに、力強く胸を張っているが、魔族軍との戦闘の時には、無理をさせた。

 いや、無理をさせた…なんて、生温い話じゃない。

 人数差があり過ぎた戦いだ。

 死んでいても何もおかしくはなかった…というか、普通死ぬ。

 後からヘレズやラピスが参戦する事になっていたとはいえ、思い切りが過ぎる。


 結果として、クンツァは全身傷だらけ、深い傷も1個や2個じゃない、血はダラダラ、両手と片足は折れて、最終的に木剣槍を口に咥えて戦う始末だった。

 良く生きていたな…とアレッドは思う。

 ヘレズがいなかったら、絶対に承諾しなかった作戦だ、無茶が過ぎる。


 最終的には、スキルで釣れた魔族軍の半数も倒せなかったが、クンツァの全然倒れぬ猛将ぶりと、ヘレズの容赦ない圧倒的な強さを見せつけられ、竜族の寝返りに加え、ラピス操る水蛇の登場がトドメとなって、敵は敗走していった。

 森の中へ逃げて行った者もいれば、森から出ていったモノもいる。


 アレッドも、戦闘狂いと戦ってはいたが、全体的な戦いぶりは、クンツァの方が主人公していた…というのは、ヘレズが不服げに述べた感想だ。


 その戦いでは死ななかったものの、それもアレッドが回復で来たから、しかも一気に回復させるのは体に負荷がかかり過ぎる…という事で、重症度の高い箇所を治し、後は自然治癒に任せた。

 重傷部分は治っているとはいえ、それでも全体を見れば、傷はまだまだ多かった。

 アレッド自身は、自分が同じ立場だったら、ヒーヒーッと泣きわめいていただろうと思う。


 という訳で、正直、度が行き過ぎて、その時のクンツァの重症具合はアレッドには測りかねるモノ、まさにドン引きレベルで、現実味さえ薄れるモノ、しかし、それだけの傷を負ったのを見てしまったからこそ、彼女は、彼にできる限り無理をしてほしくないとも思う。

 クンツァが、想像以上にヤバい強さではあったが、それでも、死ぬ時は誰であろうと死んでしまうのだから。


「ご心配痛み入ります」


 アレッドの気持ちを知ってか知らずか、クンツァは良くも悪くも、いつもと変わらなかった。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


 再びクンツァが深々とお辞儀をするのを見届けて、後ろでアパタによって車を引く準備を終えていたハティに乗って、再びクンツァに手を振りながら、アレッド達は出発した。


「しゅっぱーーつッ!」

「ぱーつッ!!」



――――「ドゥノイ平原(昼前・快晴)」――――


 この世界に来た時、迷いの森に向かって、延々とハティに乗って走り続けた平原は、「ドゥノイ平原」というらしい。

 何も食べる物がない…という意味を持つ平原だ。

 それを聞いてアレッドは納得してしまった。

 確かに何も無い平原だったな…と、今となっては昔のように感じるその日々を思い返す。


「…にしても、思いのほか近くに街があったんだな」


 この世界に来た時、最初こそ物珍しさから、どこまでも続く平原を、見ていたアレッドだったが、ソレも森に行くまでの道のりの半分を過ぎていた頃には、飽きた光景となり見なくなっていた。

 だからこそ見落としがあったのかもしれないが、その道中で、街のようなモノを目にした記憶を、アレッドは持っていない。


「近いって言っても、森から馬車で3日も掛かる距離だじぇ~?

 十分遠いって」

「そうだけどさ、このスピードで3日…て言われても、マジで移動すれば、下手すれば1日で着ける距離とも言える訳じゃん?」


 アレッドは、自分が乗るハティを眺め、そのうなじを撫でる。


 荷台を引くハティは、まさに馬車並みの速度、時速10キロといった所だ。

 森への大移動の時は、もっと速く走れたし、前世の自動車や新幹線といったモノを知っている身としては、どうしても遅く感じてしまう。

 1日8時間ほど移動する予定でいるが、それでの3日掛かる距離は、新幹線なら1時間だし、車でだって渋滞に巻き込まれさえしなければ、半日でとかからない。

 アレッドは久しぶりに文明の利器を恋しく感じるばかりだ。


 この旅も、のんびりできて、コレはコレで…と感じなくはないが…。


「まぁ、目新しいモノを見たいって意味では、早く早くって急く気持ちもわからんでもないけど」

「ヘレズは、今から行く街には、行った事があるのか?」

「いんや、無いよ?

 知ってるだけ」

「知ってるだけ…か、どんな街?」

「名前は覚えてないけど、迷いの森までのドゥノイ平原を含めて…なんだっけ?

 「トラシーユ」?てこの領にある街で、迷いの森に1番近いから、魔物を狩ったりする専門職のハンター業が盛んだったはず」

「ハンター?

 一狩り行っちゃう系のヤツ?」

「そういうヤツ」


 ふ~ん…とアレッドは相槌を打つ。


「あっちゃんもハンターになっちゃう?」

「ハンターって単語は魅力的だな。

 内容次第だけど、ソレでお金が稼げるのなら、この買い出しにも色が付くし」

「手持ちのモノを売れば、十分足りると思うけど、財布の中が素寒貧よりかは、がっぽりと太ってくれた方がいいもんね~」

「当然、装備だのなんだの、出費が無いんだから、ガッポガッポと財布には厚くなってもらわないと」

「ゲームじゃ万年貧乏だったからね~、あっちゃんは」


 ゲームでは…と言わず、今も絶賛貧乏状態だが…と、口には出さないが、誰にも見られていない顔は苦い笑みを浮かべた。


 悪い思い出という訳ではないが、話として花を咲かせる話題でもない。

 アレッドは1つため息をついて、んん~ッと咳ばらいをしてから振り返る

 ヘレズはいつもの、ファンラヴァの初期装備の見た目でいるが、アパタは魔王軍との戦闘以来のメイド服姿になっていて、見慣れぬ目新しさと似合いの綺麗さで、アレッドは見惚れる…ではないが、その姿を見て少々頬が熱くなるのを感じた。


「アパタは、大丈夫か?

 ウチら程頑丈じゃないから、疲れたら言ってよ?」

「はい、大丈夫ですあっ…ご主人様」


 そう言って、ニッコリと微笑みを寄越すアパタに、軽くドキッ心臓が高鳴る。


 メイド服…に加えて、その白黒の服に不釣り合いな首輪…。

 アパタの首には、魔族軍の兵が付けていた[隷属化の首輪]を、ただの首輪に改良したモノを付けてもらっている。


 本人は、本物の首輪でもイイと言いながら、アレッドが主人になってくれるなら…とも付け足した…が。

 魅力的に感じこそすれ、隷属…奴隷というモノへ、前世の論理感を持ち合わせているアレッドとしては、良くないモノとしての印象が強く、本人が言い出している事といえど、アパタを自身に隷属させる気にはなれなかった。

 隷属化のせいで、ひどい目に合っているのを、アレッドはこの目で見て、そして自身が助けたのも、ソレを拒否する理由だ。


「にしても、奴隷メイド…か」


 決められた設定に、思わず苦笑をしてしまう。


「違う違う、あっちゃん、ソレは違うよ。

 奴隷メイドじゃないから。

 凄腕の魔法使いで魔族な護衛の奴隷メイド…だから、間違えちゃあかんよ?」

「長いっての」


 ヘレズにはヘレズなりの譲れないモノがあるらしい。

 しかし、彼女の言っているモノでは、流石に設定の盛り過ぎだ。


「間違っちゃいないけど…」


 魔族であり、強い魔法使い…、まだ実感としては薄いのだが、アパタは優秀な魔法使いという話だ。

 必要はないが、アレッドとヘレズの護衛という役目もあるし、見た目は確かに奴隷メイド。

 間違ってはいないが…。


「やっぱ長いな」


 一応3人の役周りは、アレッドがこの面子の主人で、ヘレズも護衛という位置づけだ。

 その身分的には、ヘレズこそ主人だろ…とツッコミを入れたが、彼女としては、主人だと後ろに控えてなきゃいけないので、楽しみが減る…と嫌な顔をしていた。

 どうしてもというなら、護衛のフリをする戦い大好き主人とでも思っておいて…との事だ。

 身近にもいたらしい戦闘狂…。


 何はともあれ、長くなるか、それとも短く済むか…、旅は始まったばかり。

 アレッドは、この旅路にて問題が起きませんように…と願うのだった。


「見事の建築だな、ソレ、フラグ経ってるよッあっちゃんッ!」

「黙っとれ」


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