第40話…「異世界に来たのだから、何でもできる…と思ってた時期が、なくもなかった」
――――「ラピスの精霊湖(昼過ぎ・雨)」――――
ザーザーと、それなりに強い雨が降り続け、暑い雲のせいで、昼間だというのに、暗く感じる今日この頃。
アレッドの豆腐ハウスは、そんな薄暗さを飛ばす程に賑わっていた。
「あっちゃんッ! ポテチップスの増産を要求するッ!」
そして、恐らく一番騒々しいのは、残念な事に創造神ヘレズ様だった。
ゴロン…とアレッドのベッドに獣人の姿で寝転がり、漫画片手にポテチップス…ジャガイモの薄切り揚げをつまむ。
人にもよると思うが、アレッドの思う、インドアの人間にとっての至高のぐ~たら状態だ。
「食べ過ぎ。
ジャガイモなら、結果的に大量にあるが、塩は無いんだぞ?」
「別にいいよ、味付けしなくても~。
だからお願~い」
「太るぞ?」
「ふとる?
あははッ!?
僕が太る訳ないじゃんッ?
僕、神ぞッ?
だから~~~、お願~~い?」
ヘレズは、ツンツンッとアレッドの頬を突きながら、上目遣いを贈って来た。
チッ…可愛い奴め…と、感情に任せると首を縦に振ってしまいそうになる。
しかし、食糧とは大事なモノだ。
その食糧問題についての話し合いだって、この場でしている訳で、優先順位を間違えないためにも、ココは心を鬼にする必要がある。
だからアレッドは、ただ一言、だ~め…と、ヘレズの顔を見て言うのだった。
「ケチっ!」
そもそも、この場にヘレズがいる理由だが、とうとう休暇を貰えたらしい。
魂の洗浄、死んだ魂の、その一生の中でついた汚れを落とし、記憶も何も無い、真っ新な状態で、次の人生に送り出すモノだ。
アレッドの前世の世界でその物の消失によって、洗浄しなければいけない魂が途方もなく多く、ひたすら洗浄をし続けて、ようやく終わった。
正確には、まだまだ洗浄待ちの魂はあるのだが、今まで頑張った褒美として、しばらくは代役を立ててもらえるとの事。
何なら、残りの洗浄分、全部やってくれるのだそうだ。
とはいえ、ソレで終わりという訳じゃない。
今、この瞬間も、どこかの世界で、命を落とし、魂の洗浄を必要とする存在が、出続けているのだ。
ヘレズは、仕事と、魂の洗浄の事を称するが、あながち間違いじゃない。
魂洗い…、皿洗いみたいなモノか…とアレッドは思う。
もちろん洗うモノは命そのモノで、重いのだが。
スケールが大きい、そもそもスケールが…なんて言葉で評する事自体間違っている。
まさに未知の領域、いや、神の領域だ。
考えても無駄で、そういう場所が存在する…と、それだけわかっていればいい…と、アレッドは考えるのを止めた。
前世の記憶を持ちつつ、別の世界に転生した事で、パラレルワールドだとか、色んな世界がある…というのも、ヘレズの仕事同様に、そう言うモノだ…と理解し考えるのを止めている。
という訳で、ヘレズは今、絶賛長期休暇を満喫中だ。
その過ごし方たるや、毎日毎日、朝食後にポテチップスなりなんなり、お菓子類を所望し、ぐ~たら寝そべりながら、漫画を読んでいる。
かと思えば、アレッドには精霊湖から出ないように言い聞かせ、そのおかげで、この1カ月、アレッドは迷いの霧の外に出ていない。
戦闘の可能な住人が増えた事で、アレッドが外に出なくても、狩り等はできるので、困る事も無かったのが救いだ。
ちなみに、ヘレズが読んでいる漫画は、彼女が、創造神の力を使って、アレッドの前世の世界で読みふけったデジタル書籍を、紙媒体で全て再現したモノだ。
彼女曰く、紙媒体の漫画というモノを、触ってみたかったという事らしい。
デジタル書籍自体は、元々読んでいたらしいので、面白い事は知っていたようだ。
ソレを作り読む…、そして読み終わった漫画を消すでもなく、アレッドの豆腐ハウスの壁いっぱいに天井まで届く本棚を一面に打ち込み、そこにドンドンと補充している。
アレッドとしては、もう手に取る事も無かったであろう漫画を読む事ができて、それ自体を疎ましく思う事はない。
むしろ、本来の家…パーティハウスを作った暁には、この豆腐ハウスを改築して漫画屋にでもしようと画策中だ。
豆腐ハウスが変わったと言えば、今この家には、本棚の他に、ベッドが2つになった。
その使用者は、ラミアであるイオラの母ラチアだ。
精霊湖の住民の中で、一番治療系のスキルを持っているのがアレッドであるため、万が一に備えて、意識の戻らない彼女を置いておく場所が、この豆腐ハウスに決まった。
イオラも、せっかく会えた母親と離れ離れにするのは申し訳なく、寝泊まりをこの豆腐ハウスにして、寝る時はアレッドのベッドを使っている。
アレッドは、ヘレズと一緒に、床寝だ。
流石に八畳の部屋に人数分のベッドを敷くのは無理、狭くなりすぎて中で生活なんてできる訳が無い。
神や精霊に床で寝させる事に、かなりの止める声が上がったが、アレッドはヘレズと共に、自分達が床で寝たいからいいのだッ…と住民たちの訴えを退けた。
子供の頃にベッドではなく布団で寝ていたアレッドは、すごく懐かしい気持ちになり、ヘレズも、憧れていたモノ体験できてご満悦だ。
部屋の狭さも、漫画屋に先行して、広さ改善の改築…いや、増築をする予定を作った。
あくまで予定だ。
なので、今、アレッドはとても窮屈な状態に息が詰まりそうである。
今、この豆腐ハウスには、アレッド、ヘレズ、クンツァにアパタ、イオラに、ラチア、総勢6名がいる。
ヘレズとラチアはベッドの上、イオラはハウスの隅っこで漫画を読み、残りの3名が話し合いをしている…という状態、まさにすし詰めだ。
ベッドが2つもある八畳の部屋…、流石に狭すぎる。
「という訳で、後ろの自称神様の食料の消費量が増えたから、どうにかしたいと思って言うのです」
『自称とはなんじゃいッ!?』
頭をポンポンとチョップしてくる神様を気にも止めず、アレッドは、自身と向かい合って座るクンツァとアパタを交互に見た。
この村での、ご意見番のような立ち位置になった2人、コボルトたちとか、新しく住み始めたワーウルフとか竜族、彼らにももちろん意見は聞くが、総合的な今後を見据えた話し合いをする時は、決まってこの2人と、アレッドは話をしている。
「肉類に関しては、以前にもお話した通り、ワーウルフという戦力が来てくれたおかげで、狩りの効率から戦果まで、以前の倍を超えるモノになっております。
まだまだ冬までには時間もありますので、冬越しの食肉の確保は問題ないでしょう。
同時に、毛皮を加工して行けば、寒さ対策にもなるかと」
食料の消費は増えたが、同時に食料の確保も量が多く取れるようになった。
これは素直に嬉しい事だ。
「うん、お肉はむしろ消費よりも備蓄に回せる分が増えてるまであるからね。
最初はどうなるかと思ったけど、ワーウルフの人達が来てくれて、単純に助かったよ」
「ワーウルフは、古来より狩猟民族として優秀でありますから。
我も生きるために狩りの知識はありますが、やはり本職の者達には叶いませんな」
「ウチも…、相手の場所がわかるからって、追いかけ回すやり方しかしていなかったから、全く効率的ではなかったしね」
実際、ボウハンターの【野生の本能】による索敵のおかげで、相手を見つけて、確実に仕留める…という形をアレッドは取れていたが、獲物を仕留めるまで、そこまで時間は掛からないにしても、ソレに付きっきりになり、アレッドは狩りに拘束される。
全くもって効率でない方法を取っていた。
家の製作から、畑の実験、ついでに稽古、やる事が多いから片手間になり、時間を取る事ができない。
結果的に、成果があまり得られない日々を送っていた。
しかしワーウルフ達は違う。
その他の種族とはケタが違う嗅覚によって、獲物を見つけて仕留める能力は、狩りにおいて猪突猛進なアレッドに引けを取らない。
とはいえ迷いの森は、敵の能力が高い事から、その方法を取れるかは、獲物次第だ。
獲物を見つけたって、安全に狩れる事ができないなら意味が無い。
という訳で、彼らは罠を張り、自分達が狩りをしない間に、獲物を捕まえたりした。
アレッド達も、罠を張ったりしたが、結果は芳しくなく、より確実な方法を取った結果、猪突猛進という今に至る。
罠の有効性がワーウルフによって、ぐんッと上がったので、安全面も上がるというモノだ。
とにもかくにも、以前よりも、効率も安全面も、狩りの素人感は無くなったと言っていい。
「野菜も種類が偏っている事を気にしなければ、十分な量を確保できているからな~」
「やはり問題なのは…、調味料…、それと小麦粉などの主食に成り得る食材ですね」
アレッド達の話に、うんうんと頷きながら、アパタは人差し指を立てて付け足す。
「そこなのよな~。
美味しいご飯は、その日の元気の活力。
そこを手抜きにしては、出せる力もなくなってしまう。
そして、その美味しいご飯に欠かせないのが調味料…なのだが…」
ソレは減る一方だ。
「ハーブとか、わかる範囲でならこの森でも取れるけど、やっぱり専門家でもいない事には、あっても気付かないから」
小麦とかだってそうだ。
小麦粉は当然として、小麦がどう言うモノかも、アレッドは知っている…つもりである。
しかし、自然界に自生しているのを探せ…と言われれば、その難易度はケタ外れに跳ね上がるというモノだ。
アレッドの知っている小麦は、あくまで農業で栽培されている…モノであり…光景であって、自然界のそれの知識は全く無い。
当然、クンツァやアパタにも聞いてはみるが、両者ともに首を横に振る。
一応神様にも聞くが…。
「知りませんッ!」
胸を張って即答された。
「これはやはり、人里との交流を考えるべきだと、ウチは考えるのです」
今ここに無いとはいえ、この世界に存在しているのなら、ゼロからソレを探すより、持っている人の所へ行くのが手っ取り早い。
物だけでなく、その知識だってついてくる…はずだ。
この世界に来て大分経ち、正直今更な部分はあるが…。
「やはり、何かをするには先立つモノが必要なのだッ!」
アレッドはグッと握り拳を作る。
何も、人との接触禁止売買禁止のハードコアモードで生きて行かなければいけない…なんて事はないのだ。
「単純に生活していく分には、この精霊湖も結構充実してきたと思うし、安定もしている…はず。
でもそれだって、良い生活と比べれば最低限、目指すは裕福な暮らし…だ。
だから、冬支度を機に、もっと前に出てみるべきだとウチは思うのです」
「ソレがイイでしょうな」
「はい。
人の町に買い出しに出るというのは、以前からあっくんに相談されていた事ですし、私もその意見には賛成です。
その時は是非、私をお供に渡しをお連れください」
とりあえず、この場の面子的には、町へ買い物に行くのは肯定的なようだ。
そもそも否定される理由もないが。
「じゃあ、そう言う方向で話をしていこう。
一応ウチが精霊湖を出る訳だし、問題が起こる事はないだろうけど、一応みんなにも話して、欲しいモノをリストアップして…。
ちなみにウチが欲しいのは、大体は食糧、塩とかの調味料全般、後は野菜の種類を増やす為に種とかかな。
あと小麦粉と、コレは欠かせない…お米が欲しい…。
なんなら、精霊湖で育てる用の苗とかもあればいい」
前世が、主食お米な国で、生まれて育ち、そして最後の瞬間まで口にしていた食べ物、御米。
これを欠いた状態でずっと生きていくなんてあり得ない。
アイテムボックス内のお米も、あまり食べないようにしてはいるが、欲求に負けて食べては、その数を減らしていく。
なんとか、アイテムボックスのお米のストックが底を付く前になんとかしたい。
この機会に自給自足の環境を手に入れるのだ。
ふんすッと鼻息を荒くするアレッドを、クンツァたちは微笑ましく見守った。
「これから冬になる訳だし、今更、お米の苗とか、無理じゃん?
あれって、春とかに準備するんだよね?」
思いついた…と言わんばかりの声にヘレズがツッコミを入れてくる。
確かにその通りだ。
この時期にお米の苗なんてある訳がなかった。
ガクッと肩を落とすアレッドだったが、彼女はめげない。
苗が無いのなら、まずは入手経路の確保、栽培の技術の入手だ。
新しい事のする…という事で、前途多難だ。
精霊湖の生活を豊かにする…というより、この瞬間だけは、自分の欲求を強く満たそうとするアレッドだった。
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