第42話…「野盗とか魔物に襲われてる馬車を助けたら、美少女が求婚してくるモノじゃないの?」


――――「ドゥノイ平原(昼過ぎ・快晴)」――――


 森を出発してから三日目、今の所は大きな問題は無い。

 逆に言えば、小さな問題ならあった。

 道中、山を1つ越えた訳だが、そこまで高い山ではなかったものの、なかなか険しく急勾配で、横に長い山だったため、猪突猛進で超えるのも、迂回するのも、どうやっても時間がかかる結果になり、目的の街まで予定よりも1日遅れての到着となりそうだ。


「ヘレズがフラグとか言うから~」

「いやいや、この程度じゃフラグ回収になってないって。

 回収するなら、ドンッと大きいモノじゃないと」

「物騒極まるわ」


 いいじゃんいいじゃんッと、ヘレズははしゃいでいる。

 まるで遊園地に来た子供のようで、実際にあるモノ以外に、こう言うモノがあるかもしれないから楽しみ…と、夢を膨らませているような、それに似た雰囲気をアレッドは感じた。


 ヘレズはフラグがフラグが…と、縁起でもない事を期待している。

 ソレをアレッドと共に対峙する状況に楽しさを求めていた。

 彼女と問題に挑み、ソレを解決する…。

 それはまさに、ファンラヴァのパーティを組んで敵を倒す図そのものだ。


 とはいえ、そんな問題に首を突っ込みたいと、アレッドは思わない。

 問題も旅の醍醐味…と何処かの誰かは言うかもしれないが、それは断じて違う。

 ヘレズが望むような問題事を、アレッドは望んではないのだ。

 そう…、この旅が1日遅れているような、予定と違って遅れる…程度の問題ならいい。

 それもまた、のんびりとした生活の中の出来事と言えるだろうから。


「あっ…ご主人様、ここから南西方向に魔物の群れがいるわ。

 何かを追いかけているように思えるのだけど…どうする?」


 アパタが、少しだけ体を乗り出して、アレッドへと報告をした。


「フラグ回収キタコレッ!?」

「魔物が狩りとかしてるだけなじゃないの?」


 魔物といえど獣である。

 普通の動物とは違うと言えば違うし、魔力さえあれば存命できる存在だ。

 とはいえ、獣だからこそ、食べ物を求め、肉食なら肉を求める。

 別段、魔物が狩りをするというのは、おかしな話ではない。


「いえ、そう言う訳でもないようよ?

 追われているのは人だと思うわ。

 それも馬車に乗った。

 ソレに追っている魔物も少し雰囲気が違うわね。

 なにかある」

「何かある…か」


 不安を感じるような事を付け足され、正直、助けに行く気が削がれるアレッド。

 またこのパターンか…と、アパタ達を助けた時の事を思い出す。


「まぁでも、魔物も次々と倒しているみたいですから、優秀な護衛が付いているみたいね」

「それは何よりだ」


 アパタ達の時のような、危険度の高い状態でないのなら、わざわざ助けに行く必要もない。


 アレッドはジョブをボウハンターに切り替える。

 今までジョブを変えて、装備が変更された時、一瞬だけ体が光に包まれていたが、今回はそういう事も無く、見た目に変化は起きずに、ジョブだけが切り替わって、周囲の索敵を始めた。

 事前に汎用性が高く、使い勝手のよいボウハンターや、ナイトリーパーの装備の見た目を、製作系ジョブを含めて、アイテムミラージュで同じ見た目に変更しておいた結果、光る事はなくなった。

 あの光は、装備が変更される時に、魔力によって装備を変化する際に光を放つからだそうだ。


 ジョブ変更による装備変更において、得物を出していない限り、見た目では変化に違いが無くなって、相手に気付かれない内に、戦闘スタイルがガラリッと変わる様になり、意表を突けるようになるわけだが、アレッドはそんな事が必要にならない事を切に願う。


 【野生の本能】にて、敵の位置を把握して、ソレをマップに反映して状況を確認する。

 アパタの言う通り、南西方向で何かが追われているように見えなくもない。

 距離としては、ココから500メートルは離れていて、丁度その方向には雑木林があることから、その先が見えない。


 視認できず、状況確認ができないがしかし、アパタの言う通り、マップに表示されている魔物と思われる表示が、消えていっているのも確かだ。

 追われている側の方が、数が少ないというのに、余程優秀な護衛が付いているのだろう。


「まぁウチらが助けに行くほど切迫はしてないか」


 魔物か何かに追われているとはいえ、それ以上の何かが接近してくるという様子もない。

 確証はないが、大丈夫である事を祈ろう。

 念のためジョブをボウハンターのままにして、アレッドはマップを閉じる。


 だが、物事というのは、そう思ったようにいかないモノだ。


「・・・」


 アレッドは、思わず不機嫌な目を向ける。

 マップで確認した時には、進行スピードに進行方向、接触する事はないと思っていたが、追われている側の進む方向が変わった。


 視線を向けたその先には雑木林、そしてガシャンッと勢いよく飛び出す馬車が一台、馬車と並走する馬が3頭。

 馬には人が乗り、誰もがそこそこ重そうなフルプレートの鎧を身に纏っている。

 その中で1人だけ、そんな鎧を着ていない人間が1人、軽装で、和風チックな装備を纏った者がいた。


 アレッドの目を引かれたのは、ソレが子供にしか見えなかったから、余計に目がいく。

 少し褐色気味の肌に、やや白に近くも見えるポニーテール、耳は尖がってやや長い、ソレは長耳種の少女だった。


 その少女や、他の連中と目が合ったように感じたけれど、確信に至るには、その一瞬は刹那過ぎる。


「設定盛り盛りのサムライ少女キターーーッ!!」


 ヘレズが、テンションを上げながら、勢いよく立ち上がる。

 ソレと同時に、獲物を追っていた連中も、雑木林から現れた。


 ドヒュンッ!ドヒュンッ!と火の玉も飛んできて、ドンッドンッと馬車の近くの地面に着弾して小さな爆炎を上げる。

 続けて雑木林から飛び出してきたソレは、前足が異様に大きく発達したたてがみの無いライオンのような魔物、その背は騎乗者がいて、鼻が高く、そして尖った餓鬼のような小人だ。


「ゴブリンライダーですね」


 ソレを見て、アパタが教えてくれた。


 魔物を使役するゴブリンで、自分達の非力さを、魔物で補う魔族であると。

 一応、コボルトの分類にある種族であるが、その中でも1番好戦的で、ゴブリンと呼ばれている人型のコボルトだ。


「恐らく、この前の戦いで逃した魔族軍の者ね」

 人間領に魔族が全くいない…という訳でもないけれど、アレが騎乗しているのは「ベアハンドタイガー」。

 魔族領に生息する魔物よ」

「そうか、・・・・・・そうかぁ~」


 全くもって自分は悪くないというのに、あの魔族軍の連中が人を襲っている…という、そんな状況を知ってしまうと、どうしても罪悪感が肩に乗って仕方がない。


 獲物を追っていたゴブリンたちも、何人かがアレッド達に気付いており、ギャーギャーと、鳴き声にも似た声で合図を送りあり、追っていた何人かが、方向転換をしてこちらに向かってくる。


「これはフラグ回収の予感ッ」


 ヘレズが、意気揚々と荷車から飛び降りて突っ込んで行く。

 アレッドはそれを目で追ってため息をついた。


 こちらに攻めてきたゴブリンライダーは3騎、馬車を追って行ったのは5騎。

 向こうは、今までやり過ごせて来た中で、敵の数が減るのなら願ったり叶ったりだろう。

 でも全てが終わった訳でもないし、魔族軍関連の問題なら無関係でもない。

 大丈夫だろう…とアレッドは思いつつも、ヘレズがあっという間にゴブリンの首を1つ取る中、こちらに迫ってきていたゴブリンライダーの横をすり抜けて、馬車を追った。


「ヘレズが望む展開は望んでいないのに…」


 わざわざこちらにも手を出されては、アレッドとしては無視できない。

 襲われた身として、事情を聞く権利ぐらいはあるはずだ。

 そのためには、まず襲ってる側を無力化しなくては…。


 ヒュンッヒュンッと音を鳴らし、射られた魔力矢が、ゴブリン達が乗る魔物を射抜く。

 走る力を失った魔物達が転倒し、ゴブリン達は地面へと投げ落とされた。


「ハティ、アパタをお願いね」

「ウォフ」


 ポンポンっと月光狼のうなじを叩き、ハティが走っている状態で飛び降り走り出す。

 落獣し、地面を転がったゴブリン達は、苦悶の表情を浮かべながら立ち上がろうとしていた…がしかし、その動きの鈍い瞬間が、首の飛ぶ瞬間を招いた。


 アレッドは、腰に携えた直剣を抜く。

 装飾などは一切ない、いたってごく一般的な[アイアンソード]、アイテムボックスにあったなけなしの素材…[鉄鉱石]を使って作ったモノだ。

 性能もまたごく一般的、可もなく不可もなし。

 だが、ゴブリン程度を倒すだけなら、おつりが来るぐらいにはなっているだろう。


「スキル【ファーストエクスキュート】」


 グッと足に力を入れ、前のめりになってゴブリンへと突っ込む。

 一気にゴブリンへと肉薄したアレッドは、力一杯直剣を横に薙いだ。

 ふわッとゴブリンの頬を暖かい風が撫でるその刹那、続けて襲い掛かるのは横に薙がれた鉄の刃、彼の者の視界は、一瞬にして空を仰ぎ、地面しか見えなくなった。


 スキル【ファーストエクスキュート】は、突進して、その突進による力と、自身の総体重を全乗せして薙ぐ、突進型斬撃。


 アレッドが使ったのは、戦闘スキルではなく、その劣化版のAスキルだが、コレがもし戦闘スキルとしての完全なスキルとなっていたら、相手に斬撃が当たらなかった場合、斬撃が飛び、攻撃範囲を伸ばす。

 使い様によっては、突進攻撃と、斬撃による中距離攻撃の、2種の攻撃に化けるスキルだ。


 ゴブリン達は、自身の体を襲う落獣の苦痛など忘れ、仲間の首が飛んだというその一点に、驚きの表情を浮かべた。

 その見開かれた目が見るのは、その一瞬で、追っていた獲物の事など見えなくなり、アレッドの方だけに向く。


 雄叫びの如く、ギャイギャイッと叫びながら、歪で、手入れの届いていない片刃の剣を振り回しながら、アレッドへと襲い掛かる。


 アレッドのジョブは、未だにボウハンター、直剣は主武器ではなく、その威力には減衰が掛かる。

 だがそれでも十分だ。

 ジョブが製作系ジョブで、戦闘系ジョブと比べて、身体能力が半減していたとしても、こんなゴブリン達が相手なら後れを取る事はない。


「スキル【トゥライスエクリプス】」


 アレッドを倒そうと畳みかけてくるゴブリン達も、彼女としては願ったり叶ったりだ。

 Aスキルの【トゥライスエクリプス】によって放たれる三回転斬りが、襲い掛かって来たゴブリン達の、そのことごとくを瞬く間に切り倒した。


 ドサッドサッと、地面に落ちていくゴブリンの亡骸に、アレッドは思わず合唱をする。


『ご主人様~~ッ』


 そこへ、馬車が逃げて行った方向から、ハティが引く荷車に乗ったアパタが、馬車と共に大手を振って向かってきていた。


 ヘレズの方も、当然だが、問題無くゴブリンを打倒し、合流した所で、馬車から頬骨が若干浮き出た老人が下りて来た。

 白黒の服を身に着たいわゆる神官とか、そういう雰囲気を纏った人だ。


 そんな人間が、両サイドにフルプレートの白い鎧を着こんだ兵士を置いて、こちらへと歩いてくる。


「こういうお助けイベントをやった時に出てくる人間は、聖女とか、美少女であるべきだと、僕は思うのだけど、あっちゃんはどう思うかね?」

「黙らっしゃい」

「え~~。

 でも、あっちゃんだって美少女が出てきて、私を助けてくれたあなたと婚約しますッ!…とか言ってくれるテンプレ好きでしょ?」

「だーまーれッ」


 嫌いではないが好きでもない。

 そんな場面を見ようものなら、漫画だろうが小説だろうが、そんな事あるかッ…とツッコミを入れる側の人間だ…と、アレッドは頭の中で叫ぶ。


 護衛の騎士みたいな人間を持つ人間が、そうそういる訳が無い、きっと偉い人だ…と、アレッドはそう思いつつ、虎の尻尾を自ら踏みに行くような事を口走り続けるヘレズを肘で突く。


「黙らんかいッ」


 買い出しに来ただけで、半ば旅行気分である彼女は、問題なんてごめんこうむりたかった。

 問題は起きないに越した事はない。

 お礼を言ってくる老人に対して向けるアレッドの笑みは、どこかぎこちなかった。


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