第38話…「逃がした獲物は大きかった…と嘆くのだなぁッ!…と夜空に叫びたい」


――――「????平原(夕暮れ・曇り)」――――


 太陽は傾く所か、もう地平線の彼方に沈む間際だ。

 元々、天気が曇りだった事もあり、周囲には闇が溢れ始めている。


 剣戟から火花を散らしながら、戦いは続いていた。

 ヘレズが魔族軍から、ラミアの女性を助け出してから、幾ばくかの時間が経っている。

 その作戦の結果、引っかかった魔族たちと、クンツァたちとの戦いが森の中で巻き起こっているが、それは今もまだ終わりを見せていない。


「ふぅ…はぁ…」


 そして、流石のアレッドも、まだまだ戦えるとは言え、息は切れ始めていた。

 早い所、この場を切り上げて、クンツァ達の方へ馳せ参じたいものだが、目の前の男がそれをさせない。


 ズィートもまた肩で息をして、戦いの疲労委が見え隠れしている。

 あくまでアレッドの目的は、この男の相手をする時間稼ぎ。

 早々に戦いに方を付けて、クンツァたちの援護に向かうというのは、作戦に含まれていない。

 そもそも、こういう作戦で行こう…と言ったのはクンツァであり、それ程までにズィートの力は強大で、援護は期待できないと思われていた。

 それでも、失敗前提の作戦など、立てる意味は無いから、向こうは向こうで大丈夫だろう…と、アレッドは信じている。


 とはいえ、ズィートが強い事はわかった…が、勝てない事を前提にされているのは、彼女としては少し癪だ。

 結果、クンツァの予想通りに、未だ勝つ事は出来ず、戦いが続いているので、文句の1つもつけやしない。


「ほんと強いね、あなた」


 できる事は、その強さを称賛する事ぐらいだ。


「お前もな。・・・だが、期待していた程じゃない…」

「手厳しい…」


 クンツァの報告通り、この男は馬鹿が付く程の戦闘狂いだ。

 あくまで、アレッド達はちょっかいをかけた側であり、総大将が出ざるを得ない状況は、これから戦争を起こそうと考えている連中からしたら、迷惑極まりない行為だと思う。

 しかし、この男は、そんな事は気にしていないかのように、この戦いを楽しんでいる。


 ヘレズがラミアの女性を助ける頃までは、クンツァのスキルの影響もあって、混乱を極めていた魔族の軍も、今はそんな事も無くズイズイ~と、早められた作戦の通りに、この場を去って、そのほとんどを彼方へ行っている。

 つまり、ココに残っているのは、この男と、森の中にクンツァを追って行った獣族だけだ。


 万に近い魔族を相手にする必要が無くなったと考えると、一応少しだけ安堵できる。


「さっき、ラミアを連れて行った獣人族…、アレも精霊か?」

「・・・」


 何と返せばいいのか、正直答えづらい質問だったから、アレッドは言葉が出てこない。


「まぁいいか。アレが精霊だったなら、森にのこのこと入っていった連中は死んだな。大して時間も掛からず、こっちに戻ってくるだろう。さすがに、精霊2体の相手は荷が重い」


 ズィートは、しっかりと得物を構え直す。


「獣人族の精霊が戻ってくる前に、しゃぶりつくそうか」

「…ッ!」


 それは瞬く間だ。

 一瞬で肉薄してきたズィートの槍が、自身の目玉目掛けて飛んできているかのよう鋭さもある。

 その攻撃を受け流したかと思えば、上から振り下ろされる槍を、体を横に向けて避けるが、今度は槍の先ではなく、逆の石突きの方が、振り下ろされた。


 槍が回転されて縦横無尽に攻撃が襲い掛かり、頭の理解が及ぶ前に、別の攻撃が飛んでくる。


「フーッ!」


 息つく暇もないとはこの事かというように、次から次へと飛んでくる攻撃に、集中し過ぎて、思わずなんとかできた呼吸にも力が入る。


 振り下ろされる槍に対して、振り上げる槍。

 弾き切れずに鍔迫り合いになる得物同士、思わず力が入った瞬間には、クルッとアレッドの槍の横を抜け、ズィートはさらに肉薄すると、その腹へと蹴りが打ち込む。


「…クッ!?」


 ドスンッと頭まで響く蹴りは、アレッドを何メートルも飛ばす。

 すぐにズィートの方へ視線を戻すが、既にそこにはいない。

 視界の端…、ハッと上を見れば、そこにあった敵の姿、【エアリアルグラウンド】でアレッドに突っ込むその瞬間だ。


 ズンッ…と突っ込んでくるその瞬間の、ズィートの速度は並ではない。


「はや…ッ!?」


 突き攻撃は横薙ぎとか縦薙ぎとか、そういった種類の攻撃と比べて間合いが取りづらい。

 見えるのは槍の切っ先のみで、攻撃の軌道が見えづらいからだ。

 それに加えての速度のある突進。

 真正面から受け止めるのは危険と咄嗟に感じて、【イルーシブムーヴ】で回避行動をとった。

 そこから、【エアリアルグラウンド】で反撃しようと、アレッドが思っていたのだが、体が地面に引き付けられるかのように、【イルーシブムーヴ】の動きに反して、体が地面に落ちる。


「これはッ!?」


 まるで、何かに地面に押さえつけられているかのような感覚。

 それはドラゴンナイトの戦闘スキルの1つ。


「【トランプリングレッグ】ッ!?」


 【トランプリングレッグ】、それは槍の矛先を中心に、一定範囲を魔力で、上から圧し潰すスキル。

 威力こそ少ないが、【ニードルテイル】の前方の身の範囲攻撃と違い、コレは全方位に効果を及ぼす範囲攻撃だ。

 自身と比較してレベルが低ければ低いだけ威力が増すスキルで、ズィートよりもステータスが高いアレッドには、ダメージは無い。

 しかし、踏みつけるかのような効果は発揮して、彼女の動きを見事に制限した。

 ソレに、ダメージこそないが、その踏みつけるというように、その時の槍の振り落としの重さは、効果範囲に比肩を取らない質量を纏って振り下ろされる。


 その攻撃をする直前は、確かにズィートは突きをする行動をとっていたように見えていたアレッドは、完全に不覚を取った形だ。

 地面に倒れる形で落とされたアレッド、そこへ、ズィートは追撃をかける。

 振り下ろされる槍には【エンガーズクローエッジ】を発動し、その一振りの攻撃は、一撃ではなく三撃だ。

 振り下ろされる攻撃は、また【トランプリングレッグ】…、重量のある攻撃が三連続にあって飛んでくれば、ダメージが無いとはいえ、さすがのアレッドも堪えるだろう。


「…グッ!?」


 振り下ろされる攻撃を横に跳び起きて避けるが、直後に、踏みつけられるような攻撃が三回…、アレッドは体勢が崩れて、再び地面に膝を付く。

 それでも、倒れる事をしなかっただけ合格だ。

 倒れていたら、それだけ次につなげるまでのタイムロスになっていた。


「さすがは精霊、創造神の子…の別名は伊達ではないな。なかなか決めきれない」

「へッ、決めきれなくて結構…ね」


 これだけ時間を稼げているのなら上出来だろう。

 戦闘狂いだからこそ、戦える者が現れれば任務よりも戦いを優先する…、その通りだったが、やはり、負けがチラつくのは気分が悪かった。


 攻撃を受け続け、槍を持つ手がジンジンと痛む。

 足を上げるのだって、重く感じるようになってきた。

 この体になって、こんなに疲れを感じるのは初めてだし、戦闘による痛みも今まで感じて来た中では1番である。


 膝を付いた状態から、立ち上がるのではなく、そこから、クラウチングスタートでもするかのように、さらに前屈みになって跳び出す。

 【スパイクファング】で槍を突き出し、防がれればすぐさま【ニードルテイル】で連続攻撃に移行、そして続けざまに【ビートテイル】だ。

 ズィートは決めきれないと言うが、ソレはこっちも同じ、こちらの攻撃は再び防がれ、相手の攻撃でアレッドは叩き飛ばされる。

 防御はできているので、致命打にはならないが、このままではジリ貧だ。


 追撃の為に、さらに肉薄してくるズィートに対して、少しでも距離を取ろうとするアレッド。

 後ろへ飛び退きつつ、【ピアッシングクロー】で槍を投げつける。

 肉薄していたズィートは、ソレを弾くために体勢が崩れ、今度はアレッドが相手に肉薄していく。


 ファンッと弾き飛ばされて何処へとも飛んでいく槍が、手元へ光と共に戻り、相手が得物を構えようとするのを、槍を振り上げて崩す。

 その手から三叉槍が離れ、ズィートが武器無しとなった。


「ここッ!」

「マダァーッ!」


 突き出した槍の穂先がズィートの胸を捉えた…かと思ったが、男はその刃を白刃取りして見せた。


「マジッでッ!?」


 そこから、アレッドは腹へと蹴りを見舞われ、倒れはしないものの、ズザザッと地面を滑らせた。


 負ける気はしないのに、頭の中に勝てるビジョンが全くと言っていい程に浮かんでこない。

 アレッドの目的は、時間稼ぎ、ヘレズがラミアの女性を連れ出す事に成功した時点で、もう時間稼ぎの終わりは見えているが、ソレを意識してからは、相手と一合一合攻撃を合わせる度に、負けたくないという意識も自然と募っていった。

 ソレは、自分の役目を全うしきれる状態にまで来た安心感から、余裕が生まれたからでもある。


「ハッハッ、お前も、俺と同じ分類のモノであったか?」


 ズィートは笑う。

 随分と楽しそうに。

 アレッドはその意味を理解できなかった…。


 同類…この男と?…と首をかしげたくなる。

 命を奪うあの感触は、今も慣れる事はない…、魔族の連中を攻撃した時も、その手に伝わる感触に嫌悪感しか抱かなかった。

 その戦いで、一体何を楽しめと言うのか…。


 戦っている間の没入感は、負けないために必死になっているからだ。

 とはいえ、学べることも多い、次はどんな攻撃が飛んでくるのか、警戒の中に、新しい事への期待はなくもない。

 知らない事を知れる…、見られる…、それはとても楽しい事だと理解しているが、それをこの戦いの中で感じているかは別だ。


 もっと余裕ができてきたら、もう少し何かが見えてくるモノがあるかもしれない。

 この戦いは目的を達成するための手段で、戦い自体が目的になっていたズィートとは、根本から違う。

 しかし、余裕が生まれ、戦いの中で感じるモノを、しっかりと掴む事ができたなら、ズィートの言っている意味が理解できるのだろうか。


 この戦いは未だ続いていて、戦いの中で、この男が自身を殺しうる存在である事を感じて、緊張状態がいつも以上に高まっている。

 訳が分からなくなっていてもおかしくはなく、アレッドが認識できていないモノの中に、ズィートが感じ取った何かがあるのかもしれない。


『あ~~~~ちゃ~~~~んッ!!!』


 その時だった。

 頭の中に、自身の名前を呼ぶ声が木霊した。

 その声に反応して、一瞬だけビクッと、アレッドの体が固まる。


 ソレを見逃す男ではない。

 ズィートは、自身の手元に得物が無いのもお構いなしに、アレッドの方へと突っ込んで行こうとした。

 しかし、出鼻を挫くように、その動きに横槍が入る。


 ドスンッドスンッドスンッ!…と、森の方から何かが飛んできた。

 ソレはまっすぐズィートを狙う。

 飛んでくる方向とは反対側に跳んだズィートは、ソレを己の手で叩き落す。

 その度にバシャッバシャッと弾け、地面を濡らした。


「水?」


 辺り一帯が薄暗くなってきていて、はっきりとはわからないが、地面が濡れているように見えるし、ズィートの手からはシタシタ…と、水滴のようなモノが滴り落ちているように見える。


「潮時か…」


 ズィートは森の方を恨めしそうに睨みつけ、そこそこ距離があるにもかかわらず、はっきりとアレッドの耳に届く程の、大きな舌打ちを打った。

 ズルズル…と少しずつ後ろへ後退しているようにも見える。


「逃げるのか?」

「ああそうだ、逃げる」


 アレッドの問いに、口元をニヤつかせながら答える男の姿は、彼女の目に不気味に映る。

 逃げるって事は、不利だとわかっているという事、ならそんな余裕のありそうな顔をするのは、おかしいように感じたからだ。

 そんな不利な状態すら、戦いの楽しさとして見出しているというのなら、戦闘狂いという存在に、ただただ恐ろしさを感じるばかりである。


「すぅ~~~…」


 ズィートは、肺に目一杯空気を送り込む。

 そして、空気が震える程に大きな声で咆哮を轟かせた。


「グオオオオォォォォーーーーッ!!!」


 あまりのうるささにアレッドは顔をしかめる。


「此度の戦い、決着は次に持ち越しとさせてもらう」

「はあ? そんな事、許す訳ないだ…ッ!?」


 目の前にいるズィートとは違う、背後に殺気を感じ、アレッドは振り返る。

 周囲が闇に飲み込まれていく中、うっすらと不気味に輝く剣の刃が、自分へ向かってきているのが見えた。

 ソレを槍で防ぎ、相手を蹴り飛ばすが、それらは続々と森の方から飛び出してくる。


 獣族の群れに加えて、普通に魔物までが森から出てきて、アレッドを襲った。

 迫ってくる相手を蹴散らしている最中、チラッとズィートの方を見たが、男はアレッドの方は気にも止めずに、自身の槍を拾い、その場を去る寸前だ。


「待てッ!」


 アレッドの制止は、当然聞く義理は無く、ズィートは跳び去っていく。


 直に夜になり、完全に周囲は闇に包まれる。

 ドラゴンナイトの跳躍を前にしては、夜の中捜索するのは困難だ。

 ボウハンターの固有アビリティで索敵した所で、発見してもまた戦闘が始まるだけで振り出しに戻るだけ。


「落ち着け、落ち着けウチ…。アイツを倒す事が目的じゃないでしょ~」


 ズィートの事は早々に諦めを付け、襲ってくる獣族をあしらいながら、深呼吸を挟む。


『あっちゃ~~~んッ!』


 湧水の如く現れる獣族を相手にしている中、今度は森の中から水蛇に乗ったラピスや、クンツァとアパタが現れた。


「あっちゃん様ッ! ご無事ですかッ!?」


 所々血を流しているように見えるクンツァを見て、そっちの方こそ無事なのかッ!?…と言いたくなるのを堪え、それ以上に見たければいけないモノに、アレッドは視線を向ける。

 水蛇の周りに群がる獣族の群れがあった。


「いやすっごい敵の数だな…」


 その群れも、水蛇の殺傷能力アリアリの水鉄砲範囲攻撃で、一回に敵の数がだいぶ削られはしているが、まだまだ多い。

 作戦で1000を超える敵を引っ張ったんだから、倒していったとしても、まだまだ相応に敵が多いのも当然だ。


 アレッドと比べて能力はかなり劣るとはいえ、一応はボス級の水蛇の攻撃を受けても、中には倒れず再び迫る魔族もいる。

 なかなかに魔族のレベルも高いらしい。

 それでも水蛇が倒されないのは、ラピスが一緒に居るからだろう。


 ズィートが撤退し、残る獣族を見て、アレッドは、大物が逃げて行った…と、その瞬間は、落胆のようなモノを感じた。

 数こそあれ、獣族の魔族の兵と比べれば、ズィートの方が脅威度は跳ね上がる。

 ソレが去ったのだから、安堵こそすれ、残念に思うような事、普通は無いはずだ。

 しかし、その時のアレッドの胸には、ゲームのエンディングを見ている時のような、終わりを見てしまった喪失感のようなモノを感じていた。


 深入りはしない…、目の前の問題を解決するべく、魔族軍の連中を片付ける事に意識を向けながら、その日は、完全に夜の闇に溶けて行った。


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