第37話…「巨人はぶっ倒してやるッ!」


――――「????平原(夕暮れ前・曇り)」――――


 戻れと言わんばかりの咆哮が軍勢の方から聞こえる。

 戦場において、その咆哮が、作戦の合図だったりするのだろう。


「ふんふ~んっふ~んっ」


 獣人種の彼女…ヘレズには、咆哮の意味は分からないが、代わる代わる鳴き方の違う咆哮が聞こえてくるのに、この万に近い軍勢の流れは変化せず、指示が意味を成していない事がわかる。


「ふふんっふんふ~んっ」


 鼻歌交じりに、軽快な足取りで、軍勢の周りを走るヘレズは、その中にいる目的の人を探していた。

 予定通り、クンツァのスキルの影響で、軍勢の一部はおびき出され、その密度が減っていく。

 これで探しやすくなる…というモノだ。


「いくら何でも無茶し過ぎだっちゃね~」


 チラッとスキルを使った当人に視線を向ければ、遠くで走るクンツァの姿が見える。

 その後ろには千か二千か、数えるのも面倒になる獣族の群れが、彼を追っていた。


「その度胸は買ってあげようじゃないか」


 彼の姿を見て、何故だかヘレズは、誇らしく感じる。


 クンツァのその行為は、何が原動力になっているのだろうか。

 下手をすれば死ぬ…いや、下手をしなくても、死ぬ可能性が十二分にある作戦を請け負う…、それどころか、その作戦自体、立案したのは彼だ。

 自身で策を立て、危険な役目を自分で請け負う胆力。


 作戦の有用性とか、成功確率とか、ハッキリって度外視したモノだ。

 単純な数だけで比較するなんて、正直時間の無駄であり、数ではなく、戦力で見た時も、アレッドとヘレズがズバ抜けているだけで、その他2名は、平均的な力で言えば確かに強い方かもしれないが、アレッド達についてこれるか…と言えば、苦しいモノがある。


 ソレは2人ともわかっている事だ。


 この戦いで、アレッドとヘレズが死ぬ事はないだろう。

 ヘレズは勿論として、アレッドもヘレズは絶対に死なないと信じて疑わない。

 実際どうなるかは、神のみぞ知る…ではなく、神すらも知らない…になるのだが。


 そんな中で、こんな頭のネジが飛んでいる作戦に、名乗りを上げているクンツァとアパタに、ヘレズは敬意を払おう。

 面白い奴らだ…と笑えてくる。


 なにより、全ては偶然の産物ではあるが、そんな彼らを内輪に引き込んだ友アレッドを、褒めちぎりたい。

 流石はあっちゃんだ僕が楽しめるモノを持ってきてくれる…と、本人にそんな意図はないが、それらが誇らしく思える。

「やっぱ、あっちゃんと一緒に居ると楽しいなッ。」

 別に、アレッド自身は特別な事をしていないし、前世でも、別段特別な人生を送って来た訳でもない。

 強いて言えば、前世のあのシェアハウスの環境は、いささか特殊であったと言えなくもないが、それでも、彼の人間関係に、特別な何か…は存在しなかった。

 たった1つ、神と出会った…、それだけだ。

 ただそれだけだが、その1つだけの事が大きい…、大き過ぎる。

 そして、ヘレズにとっては、その関係、絆、縁が、とても大事なのだ。


 彼女にとっての宝物。

 関係を持ったのが、たまたまゲームの中で、仲が良くなったのがアレッド達だった…、ただそれだけ。

 でもその関係に起因する…関連する事が、何でも楽しく感じる。


 この場でやろうとしている事も、アレッドに関係した事で無かったら、手を差し伸べる事をしなかったし、そもそも知る事さえなかった。

 彼にできる事は、探せば他の人でもできた事…、それもそうではあるが、彼でなければだめなのだ。

 ヘレズにとってかけがえのない、本当の意味での、最初のお友達でなければ。


「さぁッ! み~つけたッ!」


 軍勢の中、目に入ったのは、檻の付いた荷車だ。

 顎のデカいドラゴンモドキが引く荷車に、乗せられた1つの人影、離れてはいるが、探しているその人だ。

 遠くから見える範囲で、アパタから聞いた外見的な特徴が似ているし、話を聞く限り、自由を制限されているであろう事から、その檻の中にいるのが、目的の人物で間違いない。


「いっくぞ~ッ!」


 その探し人を【標的認定】でマーキングし、足を踏ん張って、【武速脚】で一気に突っ込んで行った。

 一気に魔族の軍勢との距離を詰めたヘレズは、今度は普通に全速力で走り出す。


 【武速脚】は、強力なスキルではあるが、速さを得る代わりに、すごく疲れるという至極単純なデメリットがある。

 普通に走るより、同じ距離を【武速脚】で走るのとでは、その疲労は数倍だ。

 その瞬間に感じるであろう疲労、その回復は、いわばゲームで言う所のリキャストタイム…とでも言えばいい。


 ゲームにとってはスキルを連発できないようにする制限で、この世界ではその制限がない分、そのスキルによって生じる負荷が、体に影響を及ぼす。

 だから、疲労…負荷を度外視すれば、間隔を開けずに同じスキルを連発できるが、ただし、負荷を考慮しない使い方は、下手をすれば、負荷に耐えきれず、体が壊れる。


 筋肉が断裂する?

 骨が折れる?

 昏倒して何日も目覚めない?

 限界突破してそのままお陀仏?

 可能性としてはゼロではない、そんな疲労、必要に迫られない限り、負う必要はないのだ。


 【無影】の影響もあって、軍勢は後ろから迫る脅威に気付かない。


「いっちょド派手に行くぜよ」


 狙うは大物。

 そして軍勢の中で一番の大物と言えば…。


「その首もらい受けるッ!」


 巨人だ。

 ヘレズ的に、これぐらいはあってほしい…と思う程の大きさはないが、その身長は7メートルといった所。


「僕の相手をするなら、50メートル級を用意しなッ!」


 目の前にいる巨人は、巨人族の中でも平均的な身長である。

 50メートルほどの巨人は存在しない…。


 クンツァのスキルによって、未だに場は混乱し、指示の為の咆哮も意味を成さない。

 進む事も、戻る事も出来ず、さらにクンツァへの殺意ばかりが溢れ出て、その場にくすぶっている魔族たち。

 ジョブの中でトップクラスのスピードを誇るナイトリーパーを相手に、レベル差だけでなく、遅れまで取ったなら、それはもう覆す事の出来ない敗北を意味する。


 魔族は、ヘレズに気付く事も出来ず、その胴体を、まるでバターでも切るかのように、容易に大きく切り裂かれた。

 【武速脚】で一瞬にして移動しつつ、その間に、4人の魔族の首を取った。

 そしてその直後、あっという間に巨人の下まで迫る。


「どっこいせーーッ!」


 ヘレズは短剣を握り直し、巨人族のアキレス腱目掛けて、その刃を振るった。

 ざっくりと、そしてパチッ…とも、バンッ…とも聞こえるような、むしろ何かが破裂したかのような音を響かせながら、巨人族のアキレス腱が切れる。

 しかも両足が瞬く間に…。


 巨人族は意味が分からなかっただろう。

 自身の頭に聞き慣れない音が鳴り、自身の意思とは裏腹に、立ち続ける事も出来ずに、体が倒れていく瞬間というモノは。

 巨人が体に異変を感じて、痛みに悲鳴を上げた時には、体は、大量の仲間を踏み潰しながら、うつ伏せに倒れていた。

 そしてその悲鳴も、すぐに止む。


 巨人族が倒れた時には、既にその背中をヘレズが走り、痛みに大声を上げている最中に、その首を後ろから真っ二つに斬り飛ばす。


 それは別にスキルとかそういうモノではないが、到底その短剣の刃渡りでは、巨人族の首を一度で飛ばす事は出来ない。


 ヘレズは、魔力を剣に纏わせ、ソレを鋭利にし、伸ばした。

 ドラゴンナイトの【ニードルテイル】、魔力による攻撃範囲の延長、その応用…とでも言えばいい。

 スキルとして形ができてない技は、言うなれば型を使わないクッキー制作のようなモノだ。

 普段からとある事情で形状を変化させる…という事に成れていて、尚且つ魔力というモノを熟知しているヘレズだからこそできるゴリ押し。


 さて、巨人族を倒し、魔族連中の注目を浴びているヘレズだが、その視線は目標にだけ向いていた。


 それにしてもこの状況で、混乱が起きているとはいえ、兵がここに留まっているという事は、何度も上げられた咆哮は、止まれだとか、行くなとか、そう言った関係の言葉だったに違いない。

 獣関係の魔族など、我先にとスキルの影響で本能を刺激されて飛び出したというのに、その影響下でありながら、衝動を御せる指揮者がいる事に、ヘレズは幾ばくか楽しさを覚える。

 とはいえ、今は要救助者の保護だ。


「戦闘スキル【小心者の逃げ道】」


 スキル発動と同時に、手元に現れたビー玉のような小さな玉を、地面に叩きつけると、一瞬にして周囲に煙幕が張り巡らされた。


 【小心者の逃げ道】、見ての通りに煙幕を発生させる事の出来る、ナイトリーパーの戦闘スキル。

 ゲームでは、相手からの敵視をリセットし、攻撃の命中精度を下げる効果があったが、現実では、煙幕そのまんまの効果だ。


「ついでに【無影】も発動ッ」


 そして、ヘレズは、マーキングした当人の下へ、さらに追加で【武速脚】まで発動して、文字通りひとっ跳びする。

 スキルによって、ヘレズの姿を見失い、そして認識できづらくなり、さらには高速移動…。

 完全に相手に見失わされた彼女は、一瞬にして、ガシャンッとその荷車に降り立つ。

 同時に、その檻も叩き切った。


「お宝、ちょうだいッ!!」


 そして、あっという間に要救助者のラミアの女性を、魔族の手から救い出すのだ。


 女性を抱え、再び発動する【小心者の逃げ道】。

 そこからはまた同じスキルを2つ発動という、逃げる事に特化した鉄板コンボで、魔族軍から離脱する。


 クンツァを追っていった魔族たちのお尻を追う形になって、不思議に感じだ。


「ラミア…運びづらいな…」


 人間なら、上半身と下半身、だいたい半分半分で同じような長さになるが、ラミアは下半身が蛇でそうはいかない…長いのだ。

 普通に抱えてたら、その蛇の下半身の先っぽが、ズルズルズルズル…と地面を擦り続けてしまう。


「まぁ、それで怪我しちゃった時は、その時はその時よねッ!」


 ソレは、神だからこその余裕か…。


 その先では長々と横に縦に長い炎の壁が、わかりやすくボウボウと燃え盛り、作戦が今の所は順調であるとわかる。

 しかし、別の所では、思いのほか上手く行かず、悪戦苦闘のようだ。


 ヘレズはチラッと視線を横に向ける。

 未だ激しい剣戟を上げる戦いが繰り広げられ、もはや耳が慣れて、自然音と化し始めていたソレは、改めて意識すると、まさに爆音の騒音だ。

 そんな時、自分の方へ、騒音の原因、その片割れが叩き飛ばされてくるのが見えた。


「おっと」


 前に進むのを止め、ヒョイッと後ろにバックステップすると、丁度そのまま進んでいたら、確実に衝突事故を起こしたであろう位置に、片割れ…アレッドが飛んでくる。

 同時に、ソレを追うようにもう片方も突っ込んできて、その手に持った三叉槍が、アレッドではなく、ヘレズの方へと向けられていた。


 自分に迫る三叉槍…、ドラゴンナイトのスキル【スパイクファング】…、並みの兵士だったら、理解が追い付く前に串刺しだっただろうが…、こればかりは相手が悪かった。


 竜族の男ズィートは、確かにラミアを抱えた獣人種の女を、貫いたと錯覚した事だろう。

 しかしそうはならない。

 抱えられていたラミアの女性は、天高く放り投げられ、突き出された三叉槍は、女の短剣によって上に弾き飛ばされて、体がバランスを崩してのけ反る。


「あっちゃんもまだまだよの~。ちょっとカッコ悪いぞ~?」

「無茶言うな」


 そして、ヘレズの後方から、飛び越えるように、突っ込んできたアレッドの【スパイクファング】が、相手へと直撃して、鎧を割りつつ、後ろへと叩き飛ばす。


「おっとっと」


 ズザザッと勢い余って地面を滑るアレッドを見ながら、手を空けるために上に放り投げたラミアの女性を、ヘレズは空中キャッチ。


「要救助者を乱暴に扱うんじゃありません」

「テヘッ?」


 あのままだったら、危なかったので、アレッドも強くは言えないが、舌を出して申し訳なさそうにする顔は、どこか腹立たしい…。


 少し離れた位置で、アレッドの攻撃を受けてもなお立ち上がるズィートが見える。


「なかなか苦戦しているみたいじゃのぅ、アレッドさんや」

「悔しい事に…ね」


 アレッドとズィートとのレベルは、大きい差はないが、ズィートの方が低い。

 ステータスだけでモノを言うなら、アレッドが有利になるはずなのだが、ゲームじゃない現実では、カタログスペックだけでは決まらないのだ。


 レベルは低くても、戦う技術、経験、思考、同じ戦闘スキルを使っていたとしても、その熟練度にも差が出ていて、ソレらは全て相手が勝る。

 かたやアレッドの戦闘技術は、自身の経験から来るモノではない…、体に刻まれた経験は感覚として、反射的に使えてはいるが、前世で戦の無い平和な環境で育ったアレッドは、その感覚を使いこなす事ができていなかった。

 思考が体に追いついていないのだ。


 しかし、コレは仕方ない。

 時間を使って経験を積み、自分のモノにしてもらわなくては。

 とはいえ、このままでは負けてしまう。

 今、不意を突く形で、相手に強いダメージを与えられたが、アレッドの装備も相応に消耗が激しいように見える。


 しかし、ヘレズに焦りはない。

 その時が来れば、「アレッドは動く」はずだから。


「ではではあっちゃん僕は行くぞよ」

「おうよッ」


 アレッドの口元は笑っていた。

 ヘレズに焦りが無いように、その笑みは、アレッドにも焦りが無い事を証明している。

 戦いというモノを、この世界に来てから経験するようになったアレッドが。

 初戦で敵前逃亡した人間とは思えない。


「不安はないみたいだね」


 自分が押されている事は、アレッド自体わかっているはずなのに。


「ウチは信じてるだけだ。ヘレズがくれたアレッドって存在をッ」

「…ッ!」


 なんて恥ずかしいセリフを吐くんだ…とヘレズは思う。

 でも、その台詞を聞いて、彼女の頬は、否応なく熱く…赤くなって、笑みがこぼれるのだった。


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