第36話…「俺に構わず先に行けッて言った奴が、めっちゃ楽しそうなんじゃが?」


――――「????平原(夕暮れ前・曇り)」――――


 剣戟音が、バキンッガキンッと鳴り響く。


「ハッハーーーッ!!」


 竜族の男ズィートは、自身の攻撃が、弾かれ、防がれる度に、自身の熱が上がっていくのを感じた。

 既に何合打ち合ったのか、分らない。

 戦闘スキルでない攻撃を含めれば、もう10や20では数えきれないだろう。


「あぁ…楽しいなぁッ!!」


 この瞬間の彼の頭の中には、自身の責務なんてもは影も形も無くなり、ひたすらにこの戦いを楽しんでいた。


 目の前のドラゴンを模した鎧に身を包む精霊、体形からして女の体だろうが、いやいやどうして、彼の知る女というカテゴリから外れている。

 武に優れた女はいくらでもいるだろう。

 国を背負う女戦士だって、探せばゴロゴロしているはずだ。

 しかし、こうして己と得物を交え、一向に終わりの見えない戦いを繰り広げられる奴が、果たしているだろうか。


 ズィートは自身の力に誇りを持っている…。

 マスタージョブを納めた自身の力は、右に出る者はいないのだと、並みの方では足元にも及ばないと信じていた。

 …そう、並みの兵ならば…だ。


「お前はどうだッ!? 精霊ッ!!」


 目の前の敵は、どうやら精霊らしい。

 精霊だからこその結果か?


 違う。


 精霊は確かに、並みの人間よりも優れた力を持つと聞く、特に魔力の循環能力に関しては、並外れているという話だ。

 魔力の扱いに長け、その量は無尽蔵だと…。

 だがそれ以外は…、結局の所、体は人のソレと同じとも聞いた。

 獣人族の体を持つ精霊なら、その身体能力は獣人族のソレで、竜人族なら竜人族のソレだ。


 故に、この目の前の相手が、精霊であり、秀でた能力を有する部分があるにしても、この戦いぶり…、並みの兵でない事は明らかだ。

 女だから…など関係ない…くだらない…と男は唾を吐く。


 こんな瞬間、下手をすればもう無いかもしれない。

 ソレを無下にするなど考えられなかった。


「国の為、悲願の為、その先行投資に…と退屈な役目を引き受けたが、まさか来るかどうかもわからん鬼を待たずに、別の楽しみが舞い込んでくるとはッ!」

「鬼?」


 自身に突き出される槍を防ぎつつ、ソレを後ろへと受け流し、迫った相手にそのまま体当たりで体をぶつける。

 ふら付いた精霊…アレッドに対して、槍を振り下ろす。


「【ビートテイル】」


 一際力を込めた槍を受け止め、動きが止まったアレッドに向かて、連続で槍が振るわれた。

 右から薙がれたと思えば、今度は上から、かと思えばまた右から、すると次は真逆の右から…。

 乱雑に飛んでくる槍撃に、アレッドは歯を食いしばった。


 防ぐ防ぐ…防ぐ…。

 体勢を崩され、一撃目で一瞬とは言え動きが止まり、距離を取る事さえ許されなかった。

 距離を取れていたなら、同じ【ビートテイル】でもなんでも、攻撃を相殺できたが、コレは無理だ。

 共通して、戦闘スキルは、普通に同じ攻撃をしようとしても、攻撃スピードが上がり、威力も増す。


 真正面から全力で防ぐとしても、全部は無理だ。

 無傷では済まず、防ぎきったとしても、腕など、どこかしらに余波が残る。


「ぐッ…」


 ドスッと、彼女の横腹に、男の横薙ぎが入った。

 叩き飛ばされ、鈍い痛みと共に、うぷっ…と吐き気を催す圧迫感が襲う。

 受け身を取るが、その時には、目前までズィートが迫り、相手の【スパイクファング】が飛び込んできていた。


 相手の三叉の切っ先が、アレッドの心臓付近をヒットし、ガリガリガリッと貫く事ができずに鎧に突き立てられる。

 【スパイクファング】は言うなれば突進技だ。

 相手の飛び込む力に加えて、その体重、スキルを使う体の力に、スキルの力そのものが加わる。

 ソレはもはや、トラックに轢かれるのと同じ衝撃を受けているようなモノで、両者ともに、後ろへとすっ飛んでいった。



 ヒヤッとした…が、相手の刃が届き切らずに、頬を垂れ落ちる汗を、アレッドは指で拭う。

 今まで、やってきた戦いは、言うなれば無双して敵を薙ぎ倒していく形だったが、今、自分が体験している戦いは、まさに1対1の格闘…、無双するどころか、自身が押されている。


 アレッドは、相手の戦闘スキルが当たった胸付近に触れた。

 ガリッと削られたような痕が残っている。

 ゾクッと背筋が凍るような気持ちだ。

 自分は今、鎧に救われたのだと、その時、ようやく頭が理解する…理解が追い付く…。


「参ったな…こりゃ…」


 どこかで自分は、身体能力だけなら、この世界で最強格なのだと思っていた。

 自分よりも何倍も大きな魔物と戦って圧勝できるし、攻撃を受けても傷を負わない…、そういう考えを抱いても仕方ない環境にいて、今回も今まで通りに終わるだろう…と思っていたように思う。


「上には上がいるって?」


 ラピスに負けた時みたいに、単純な力だけじゃない、からめ手で負けるんじゃなく、同じスキルを使った文字通りの真っ向勝負…、それで負けた。

 同じスキルで相殺している様でいて、こちらの方が力負けしている感覚が、彼女にはある。

 ソレが気押されているからか、それとも事実か…、それを判別する力を持っていないだけに、不安を感じてしょうがない。


 何より、この鎧を付けていなければ、今の一撃で終わっていたと思うと…、いやでも死を想像してしまう。


「…死ぬのは、ごめんこうむりたい…」


 一度死を体験した身だが、死というモノ自体には大した恐怖を、正直抱いていない。

 怖いのは失う事だ。

 好きだったモノを、二度と見る事ができなくなって、触れる事も出来なくなる事…、好きだった人と会う事も出来なくなって、声を聴く事も出来なくなる事…、それ程怖いモノは無い。


 鎧に残った傷に触れ、アレッドは想像してしまった。

 今、手元にある自分の帰る場所を失う可能性を…。

 ラピス達に会えなくなる可能性を…。


 2度目は無いのだ。

 ここで、こうして地に立っている奇跡は、まさに奇跡であり、二度と起こり得ぬ事、他でもないソレを成したヘレズが言うのだから、その事実は揺るがない。


「・・・余裕こいて、イケる…と思い込んでたさっきまでの自分を、思い切り殴り飛ばしたい…」


 おっぱじめてしまっては、もう逃げ道は無い…、ゲームのように逃走機能があったとしても、コレは遭遇戦ではなくイベント戦であって、逃げる事は絶対に許されないしできない。


 だが、アレッドは不思議と、死の恐怖も、不安も、それらは等しくあるのに、混乱はしていなかった。

 むしろ頭はスッキリとしているぐらいだ。

 油断なく相手を見ていられるし、体が強張る事も無い。


 アレッドは、自分自身が勝つ事を疑っていなかった。


 死の恐怖、不安…、そんなモノは戦いを楽しむためのスパイスでしかない…、戦いを楽しくするための調味料…。


「す~は~…」


 思っても無いことが頭を過っていく。

 アレッドは深呼吸を重ね、目の前の事にできる限り集中した。



「ではではッ! クンツァ君とやら、いっちょ思いっきりやっちゃってッ!」


 ヘレズは、戦闘スキル【無影】を発動し、全力で気配を遮断する。

 彼女のメインジョブは「ナイトリーパー」だ。

 その上で、アレッドよりも能力が上なのだから、そのスキルの効果も高くなる。


 後ろを走っていたクンツァに対して、意気揚々と手を振ると同時に、スキルを発動した彼女の姿は、彼の目から一瞬消えた…と錯覚するほどに気配が消えた。

 それこそ、そこに絶対に人がいる…と信じ切った上で凝視してようやくハッキリ見えるレベルで、存在感が消えたのだ。

 その事実に、一瞬だけ目を疑うクンツァだったが、その人物が誰なのかを知っているからこそ、驚きはしても、すぐにソレを飲み込める。


 目の前には、アレッド達の戦う戦地から離れていく魔族の軍がいる。

 その軍勢に向かって全力で走り、必要な距離までたどり着いた所で、ザザザッと急ブレーキをかけ、己の肺いっぱいに空気を流し込む。

 痛みを錯覚するほどに膨らませた状態で、全力の殺意を込めた咆哮を、軍勢に向かって轟かす。


「ドゥラアアアアアアァァァァーーーーーッ!!!!!」


 自分の声で鼓膜を破らんばかりに放たれた咆哮…、それはただの咆哮ではなかった。

 戦闘用のAスキル【戦いの咆哮】だ。

 広範囲の相手に対して、強制的に自分を意識させ、殺意を抱かせるモノである。

 簡単に言えば敵視取り、タゲ取り、ヘイト集中etcetc…。

 ソレは自分と距離が近ければ近いだけ、その効果が増すモノで、その咆哮を何処まで強く聞いたかにも依存する。

 咆哮した場所と近ければ近いだけ、その声が大きければ大きいだけ、スキルの影響下になる相手が増えるモノだ。


 クンツァは、たらり…と額から嫌な汗が流れ落ちるのを感じる。

 過去、このスキルを使う機会は、多くないにしてもそれなりの場面で有効に使って来た。

 今回、この軍勢の意識を自身に向けさせるために放ったが、相手の数が数なだけに、二つ名を与えられ武に長けた彼であっても、恐怖で体が震え、生きるのを放棄しそうになる。

 まさに死を覚悟する…というヤツだ。

 今まで、そう言った場面をいくつも経験してきたが、そんなモノが児戯に思える程に、この瞬間に、死を意識させられる。


 クンツァは、くるっと自身へ強烈な殺意を向けてくる者達に背を向け、再び森に向かって走り出す。

 ソレが合図になったかのように、魔族の軍勢も一斉に、動き始めた。


 もともと血の気の多い者達の集まりだからこそ、殺意を刺激され、獲物への執着が強く出る。

 今は軍として、命令通りにこの場から離れてはいけない…、それは仮にも軍に属するこの者達は、誰もが理解していたはずだった。

 だが、あの獲物を借りたい欲求に負け、血眼になる。

 特にソレは獣系の魔族に顕著に表れた。


 軍勢の中から、我先にと、抜け出ていく獣族たち。

 後ろ目に、そんな彼らが迫っているのが見えたクンツァは、より一層の焦りを見せた。

 万に近い軍勢を相手にスキルを放ったのだ。

 自身を追ってくる連中が1人や2人とは、当然思っていない。

 しかし、分っていた事とは言え、千を超える獣族が、一斉に自分に迫っている絵は、恐怖を通り越して壮観だった。


 当然、走るスピードも、彼よりも獣族の方が早い。

 一応距離を取ってスキルを使いはしたが、そんな距離はあっという間に縮められていく。


「チィッ!!」


 彼は、背中に携えた木剣槍を抜いた。

 この数週間、アレッドとの訓練で使い続け、個人的な鍛錬にも使っていた木剣槍はよく手に馴染み、持っているだけで強くなれたと錯覚するほどで、自ずと自分の胸に自信が湧いてくる。

 得物は木であるからこそ刃はついていないが、そんな事関係ない程に滾った。


 迫ってきていた猫の獣族、その接近に合わせて振った木剣槍は、相手が振り下ろす剣を叩き折ると同時に、その顔面を粉砕する。

 空中で、野球のボールのように、叩き返されて宙を舞う仲間に構う事も無く、獣たちは目を血走らせながら迫った。

 しかし、Aスキル【トゥライスエクリプス】が放たれ、その三連続の回転斬りが、10人以上を一斉に薙ぎ飛ばす。


 アレッドと比べれば、その力は大した事はないのかもしれないが、その瞬間の、相手を叩き飛ばした自分自身に、クンツァは驚いていた。

 戦うと決まったこの瞬間の、体の軽さたるや…。

 それでいて今までの全力と、今の全力の、力の増大の仕方たるや…。

 全て驚く事ばかりだ。


 これが普通の戦場だったなら、驚いて立ちつくしていた事だろう。

 しかし、そうもしていられない。

 10人20人叩き飛ばした所で、焼け石に水の一滴…だ。

 この軍勢には、痛くも痒くも無いし、流石に多勢に無勢、今迫ってきている魔族の群れに呑まれれば、さすがにクンツァもはっきり言って死ぬ、人が蟻を踏み潰すが如く容易く死ぬ。

 だが迫る敵の大群を前に、今の彼は焦っていなかった。


 最初こそ怖気づいたが、作戦通りに事は進んでいるのだ。

 もう後続が目前に迫っていたが、彼はまた敵に背を向ける。

 これでは後ろから斬りつけろと言わんばかりだ…が、そうはならない。


 ボッと彼が再び走り出した瞬間の地点に、拳サイズの火の玉が現れる。

 そんなモノで何ができる…と思うなかれ、その拳サイズだった火の玉は、燃料でも投下されたかのように、一瞬にして巨大な炎の柱を作り出し、かと思えば、ソレは横へと伸び、クンツァの真後ろに、巨大な炎の壁を築き上げた。

 見上げる程の壁だ。

 炎でできた城壁と言ってもイイ。

 到底飛び越える事も出来そうにない急に出来上がったその炎の壁に、止まる事も出来ず、そんな炎すぐに通り越えてやる…と、むしろ耐え抜こうと真正面から突っ込んで行った獣族が、瞬く間に火だるまになっていく。


 その炎の壁はただ燃えているのではない。

 相手を燃やす事を効果として付与された炎上系の魔法のスキル。

 放ったのは、森の中で待機し、機は伺っていたアパタだ。


 獣族は力技で抜けられないと知り、迂回を余儀なくされる。

 これで、クンツァも余裕をもって森の中まで退避できるはずだ。


 そして、もう1人、自身の役目を果すのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る