幕間…「あっちゃんが大地に立ったその日より…前編」


――――「????(昼過ぎ・快晴)」――――


 ソレは、今から数ヶ月前…、アレッドがヘレズによって、この地に降り立った日の別の場所でのこと…。


 快晴のその日、朝の肌寒さもさほど感じない、季節が変わっていくのが、肌で感じられるようになってきた今日この頃…。

 昼間には冬の寒さなど感じさせない暖かさが包み込み、日差しこそ直接当たれば、暑さを感じなくもないが、それでも昼寝をするには十二分な心地良さだ。


 だというのに、この場にいる連中ときたら…と、その者は、気だるげに周囲を見渡した。

 大きな長方形のテーブルを囲い、業務に耽る男達、ソレを気だるげに見る人種の女性は、はぁ…とため息をつく。

 ただ一言退屈だった。


 女性は、暗緑色の腰まである長髪で、目の色も髪と同じ暗緑色色だ。

 今は不機嫌気味でジト目になり、耳にいくつも付けているピアスやら装飾品が、その不機嫌さを悪い方へと印象付ける。

 若干引き締まった体ではあるが、それには不釣り合いにも感じる重装備の甲冑を、腕と足に装備し、周りの男達が仕事をする中、まるで自身には関係がないと言わんばかりに、テーブルに組んだ足を乗せ、周りよりも幾分か豪華な椅子にふんぞり返っていた。


「姉さま、いくらいるだけでイイと言われている身であっても、その態度はいかがなものか…と思いますよ?」


 女性の態度に、その後ろで控えていた2人の内の1人、騎士の女が小言を言う。

 女騎士は、周りの男達に負けずとも劣らない高身長で、スラッとした体形に加え、その耳は種族の特徴として細長い。

 若干ウェーブのかかったセミロングの髪は赤紫色で片方を耳に掛け、その目の色も赤紫色で、少々キリッとした目つきの加わった出で立ちは、男性を差し置いて女性人気が高かった。


「別にいいだろ? そもそも出たくないって言ってんのに、形だけでも出てくれって言ったのはそっちだ。お礼は言われても、文句を言われるいわれはねぇよ」

「それはそうですが…」


 女騎士は、ソレを言われるとキツイ…と言わんばかりに困った顔をする。

 売り言葉に買い言葉…、いつもと同じように返してはいるが、そんな顔をされるのは本意ではない彼女は、はぁ…と深いため息をつきつつ、テーブルから足をどけ、姿勢を正す。


「わかったわかった。そんな顔するなって、ちゃんと聞いてやるから」

「ありがとうございます」


 安堵したように顔をほころばせる女騎士と同様に、周りのテーブルについていた男衆も、安堵の声を漏らした。


「それで? 何の話だっけ?」


 女性が首を傾げ、その問いに対して、鼻の下にだけ髭を残した眼鏡男が、慌てて資料を手元に手繰り寄せる。


「は、はい。では私から、話…今回の議題の1つは…ですね。我が国「ディシヴル王国」の周囲…特に、王都の北西部に位置する一帯において、魔力濃度が上がり、魔物の出現頻度が増えている事に対しての、対策と対応にについて…の話になります」


 薄い額に汗を滲ませながら、緊張で言葉が詰まる中、何とか言い切った眼鏡男は、ホッとしたような面持ちで、椅子に座る。


「出て来た魔物をただ倒すだけじゃダメなのか?」

「はい、ええ…、倒しても、魔力濃度の問題が解決しない事には、…その、魔物が出現し続け、いずれ溢れかえった魔物が、一団となって暴走…スタンピードを起こす可能性が出てきます」

「スタンピードか…」


 魔物の大暴走…いわば百鬼夜行のような…、魔物の大行進。

 女性はソレを経験した事がある。

 思い出しただけで、口元が緩むというモノだ。


「なんだったら、オレが言ってもいいけど…」

「駄目です」


 女性が、その問題に自分が行く…と、手を上げようとした矢先、後ろの女騎士が声を上げる。


「姉さまは、そんな時間ありません。この後も、兵の実戦訓練での指導もありますし、危険です。もし大事があったらどうするのですか?」

「大事って…、オレがその辺の魔物に殺されるタマかって。この国で1番強いってのに…」


 女性は、そんないつもの決まり文句みたいな言葉は求めていない。


「だからこそです。世の中には絶対なんてありませんから。それに、この国は迷いの森と隣接する国、森から溢れ出る魔物への対処が必然的に必要になりますし、5年前の魔族領との戦争の件もあります。下手に姉さまが手を出して魔物を狩っては、今後の兵の能力向上の妨げにもなります」


 魔物は動物と違って、生殖行動だけでなく、魔力から生まれ出る生物だ。

 そのため、迷いの森の魔物の量は比較的に多く、そんな魔物が縄張り争いに負けて、定期的に森から溢れ出る事がある。

 迷いの森でなくても、魔力があれば魔物が生まれ出る条件が揃うので、ソレも加わって、ディシヴル王国の西側は、他の人間領の地域と比べ、特に魔物の量が多い事で有名だ。


 魔物の量が多いという事で、そんな魔物を狩る狩人や傭兵の数も多いのだが、それはそれこれはこれ…であり、国の兵は、必然的に魔物との戦闘技術が求められ、能力を上げる必要性が出てくる。

 魔物の大量発生…スタンピード、確かに一大事だが、少しでも多く、その魔物の大量発生を、国を守る兵達に経験させるのは、重要課題なのだ。


 当然、その女性が出れば解決だが、元々ダメもとで言っていたのか、女性にとって想定通りの流れに、女騎士の説明には深く反論するでもなく、つまらなそうに手を振った。


「わかったわかった…行かないよ」


 女性は、フンッ…と不服そうにため息をつく。


「「精霊」様のお力を借りられれば、早期解決が図れるでしょうが、問題を解決するだけが全てではありませんので」


 女騎士の言葉に付け足すかのように、男衆の方からも声が上がっていった。


「そうですぞ精霊様。もちろん、最終的に、我々の力だけで解決が難しい場合は、助力を求めるつもりではありますが、今回は我々の力を見ていてください」


 そう…その女性は「精霊」である。

 その力は、この視界の中にいる男連中とは比べ物にならない程に強力であり、この国中の兵士が束になろうとも、勝つ事は叶わないだろう。


 この精霊こそ、魔族領にある国…デモノルストとの戦争に際し、どこからともなく現れ、魔族を蹴散らし、その鬼人の如き戦いぶりから、「鬼」と恐れられた存在である。

 その戦いの際、彼女のの傍らには、彼女の後ろに仕える2人以外に、もう1人、獣人種の少女がいたという証言が、戦場にいた兵の中から上がっているのだが、その存在を目にした者はほとんどいない。


「この流れに持ってくるために、今回は絶対に出席しろ…て言いやがったな?」

「・・・何の事でしょうか?」


 ジトッとした目で、後ろに控える女騎士を見るが、当の彼女は知らんぷりだ。

 適当にスタンピードの話を聞きつけ、勝手に出て行かれるのは困る…という事。

 とにかく、勝手はしない…という言質が欲しかったのだ。


「そこまでしなくても、ちゃんと言ってくれれば…」


 言ってくれれば勝手はしない…なんて、ソレは彼女にとって決まり文句であり、おまけに約束に対しての破り文句でもあった。

 いつものようにソレを言おうとして、彼女の口が止まる。

 それは、女性だけじゃない、その後ろに控える女騎士も同じだった。

 まるで猫だましでも喰らったかのような…、意表を突かれた驚きの表れ…。


「前言撤回だ」


 女性は、独り言を零すかのように、そんな事を口にし、ニッと笑みがこぼし、ギザ歯がチラッと見える。

 ワクワクと、さっきまでの退屈そうな雰囲気とは打って変わって、好物を前した子供のように、胸を躍らせながら、椅子が倒れる勢いで立ち上がた。


「今回の件、兵を派遣するなら好きにしろ、オレも用ができた、勝手に行かせてもらう」

「えッ!? ちょッ! 精霊様ッ!?」

「お前ら、行くぞッ!」

「はい、姉さま」


 男衆に動揺が広がる中、女性は誰にも自信を止めさせないかのように、意気揚々とその場を後にする。

 女騎士も、さんざん女性の勝手を諫めていながら、その瞬間だけは、今まで言っていた事が嘘のように、素直に言葉へ従い、言ってきた事とは真逆の行動をとった。


「んがっ!?」


 女騎士は、女性を追おうとして、その隣のもう1人が動かない事に気付き、ゴツンッと少し強めに頭を叩く。


「イタイ…」


 ソレは女性…というにはあまりに「小さい」少女だった。

 いかにも魔法使いです…と言わんばかりの出で立ちで、少しだけ地面に擦れる長さのローブを引きずって、頭には先が折れた大きな尖がり帽子をしている。

 その髪は赤紫色で肩を少し超えるぐらいの長さのおさげを三つ編みにし、その目は髪と同じ赤紫色だ。

 小さい…というのは身長の事で、その身長は女騎士の半分…と言った所。

 子供に見られるが、そう言う種族で大人だ。


 頭を叩かれて、痛みから手で抱える少女は、少しだけ涙目になりながら、女騎士の方を恨めしそうに見るが、すぐに何かに気付いたのかパッと目を見開く。


「うそ? マジ?」

「大マジ…みたいです」

「やったッ! やったやったッ!」


 くつくつと笑う少女は、自身の抑えられない感情に任せて、両手を上げてピョンピョンと跳ねる。


「ねぇッ!? やったねッ、お姉ちゃんッ!」


 そして、もう誰も座っていない倒れた椅子の方へと視線を向けた。

 先ほどまでそこに座っていた女性は、既にこの部屋を出ている。

 目の前で起こった事だというのに、少女は何も見ていなかったのか…、その事実に女騎士は、はぁ…とため息をつく。


「姉さまはもう行ってしまいました。それより君…、また寝てましたね?」

「・・・ん~」


 女騎士は、腰を屈めて少女の顔を覗き込む。

 帽子のせいで、幾ばくか陰ったその顔の、そばかすの上の目が、女騎士の視線から逃げるように泳いでいた。


「口元、ヨダレがついていますよ?」

「…ッ!?」


 その言葉に、少女は、すぐさま手の甲でソレを拭い取る。


「・・・?」


 しかし、それこそ、女騎士の罠。

 拭ったはずのヨダレが手の甲には一切ついておらず、口元も濡れてはいない。


「立ちながら寝るとは、器用だこと…」


 女騎士の眼はとても冷たいモノだった。

 少女は、チラッチラッと見ていたその目に、恐怖を感じ、背中へ悪寒が走る。


「寝てないッデスッ!」


 そして、苦しい言い訳をしながら、なりふり構わず部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見ながら、再び女騎士はため息をつく。


「あ…あの精霊様、会議はいかがいたしましょう?」


 残された男衆は、1人だけ残った女騎士に、困惑した視線を向ける。


「こうなっては姉さまの方はどうしようもありません。ですが、話は先ほど決まった通り、我々の手出しが無い前提で、兵を編成し、魔力濃度の変化の調査並びに、増えるであろう魔物の討伐をお願いします。自分達だけで手に負えないようでしたら、我々ではなく、まずはギルドの方へ依頼し、こちらへの援護要請は最後に」

「は、はい」


 女騎士の指示に、この場の男衆は全員、安堵したように息をもらし、頭を下げる。

 彼女もまた、精霊だ。

 そして、先ほど出て行った少女も…。


「そうそう、姉さま含め、私達3人は、しばらくの間、この王都を離れます」

「えっ!?」

「決まった時間…そうですね、日の入り頃に、その日の会議等をまとめた報告書を、いつもの手段で送ってください。緊急時は時刻関係なく報告するように」


 自分が言いたい事を言いきった女騎士は、そそくさと、先に出て行った2人の後を追って部屋を出る。

 取り残された男達は、静かに閉められる扉を、ただ唖然と見続けるのだった。



 国の為の仕事大いに結構。

 しかし、そのせいで天気の良い昼下がりに、室内に籠って会議で唸り続けるなど、全く持って、彼女の性には合わなかった。


「ふふ~ん」


 部屋を出た女性は、鼻歌交じりに、自身のテンションを抑える事も無く歩く。

 無駄にだだっ広い廊下を歩く中で、そんなハイテンションな彼女の姿を見て、通りすがりにすれ違う者達は、一様に驚きのあまり二度見していった。

 普段の彼女だって、テンションを上げることぐらいある。

 しかし、大半は何処か不機嫌さを漂わせ、テンションが上がるのも、そのほとんどが戦闘の中であり、今のテンションの高さとは種類が違う。

 今の彼女のテンションは喜びに振るえるモノで、どこか幼さを滲ませて可愛らしい。


 建物の外へ出ようとする頃には、付き人をしている2人の女騎士と少女の精霊が追い付いて、いよいよ行動に起こす時となった。


『あら、精霊様はいつになくご機嫌ですね』


 そこへ、純白の衣に身を包み、顔を何かの紋様を施された布で覆い隠した女性が現れる。


「何かありましたか?」

「ちょっとな。相棒を殴りに行く所だッ」


 そんな事をニカッと無邪気さの見える笑みで言うモノだから、純白の女性は精霊から返って来た言葉に困惑の声を上げる。


「お気になさらず、「聖女」様、さほど大事になる事はありませんから…多分」

「え…大事って…。精霊様達はこれからお三方で、喧嘩でもなさるのですか?」


 この精霊3人は、いつも行動を共にしている。

 ソレは女騎士と少女が、女性の面倒を見る…という役目を帯びているからだが、今では普通に中も良いので、共に行動し、戦場を駆ける姿から、相棒…仲間という認識が定着した。

 だからこそ、困惑を隠せず、戸惑いながらも喧嘩はよくありません…と女性は説く。


「あぁ、コレは誤解を招くような言い方でしたね」


 心配そうな仕草を見せる女性に対し、女騎士はスッと前に出て頭を下げる。


「心配なさらず、殴り合う…と言っても挨拶のようなものですし、私達3人同士でやるモノでもありません」

「そ…そうですか? ですが、精霊様方が荒事に進んで向かって行くのは…。どうか、御身をご自愛ください。あなた様方に何かあれば、わたくしを含め、民草が心配し、不安にもなります」

「はい。わかりました。姉さまが無理をしないよう、私がしっかりと目を光らせておきますので、どうか心配なさらず」

「…はい「ネリア」様。それではわたくしはこれで失礼します。何があろうとも、お三方の無事のご帰還を祈っております」


 そうして、純白の女性は、その場を後にする。


「終わったか?」


 その姿を見送るでもなく、精霊の女性は、我慢しきれぬ様子で、今か今かと生き生きとした目を女騎士に向けた。


「一応あの方は、それなりの重鎮ですので、もっと礼儀を重んじて行動してほしいモノなのですが…」

「そういうの承知でここにいてくれって、向こうからお願いして来てんだから、こっちが気遣う必要はねぇよ」

「ねぇよッ!」


 女性はシッシッと面倒ごとを払うように手を振って、ソレを真似して少女も同じ事をする。

 そんな2人の姿を見て、女騎士はまたため息をついた。


「そんな事より、行くぞ」


 気を取り直して、女性の号令と共に、3人は期待や興奮を胸に抱きながら王都を出る。


「待ってろよ、相棒ッ」


 空を見上げ、女性は、嬉しそうな笑みを浮かべながら、青い空に向かって、手を伸ばすのだった。


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