第29話…「あまりに力量差があると、まるでこっちがイジメてるみたいじゃないかッ」


――――「迷いの森(昼過ぎ・曇り)」――――


 前に一度試してみたりはした。


 自身の脳筋気質もあって、速さがあったとてどうするものぞ…と、手数の多さよりも、一撃の重さを重視して、他のジョブに目移りするばかり。


 でも、こうなってしまえば、速いというのはシンプルではあるが、これはこれで確かに脅威の一言だ。

 自分で投げた短剣が相手に刺さった直後に、数十メートルはある距離を移動して、自分はその剣を相手から引き抜いている。

 その事実に、アレッドはただただ、自分で自分に驚いていた。

 まさかここまでか…と。


 もちろん今の速さは、戦闘スキルありきの速度だが、ソレを抜きにしたって…。


 ゲームで速さを見るのは、そこまで魅力というモノを、アレッドは感じない

 だが、ソレを実戦で体感して思う。


「速いってのは、イイもんだな」


 相手に手傷を負わせられるのなら、早く動ければ動けるだけ、痒いところに手が届く。

 相手よりも優位を取れる…、その快感は、リアルではゲームに勝る中毒性を帯びているのかもしれない。


 表情は真剣そのもの…、しかし、アレッドの心中は、すこぶる興奮していた。

 それはある種、自身がやっている事に対しての、精神を壊さないための自己防衛の1つだ。

 相手は敵、自身に害ある事を成さんとするモノ…、でも、心中穏やかに事を成そうとするには、ラミアは人の姿が過ぎる。


 そもそも、魔族とて、この世界では人として分類される種だ。

 人らしく見える部分があり、そして、この世界では人である存在。

 そんな相手の命を、こちらに義があったとしても、奪うというのは、精神に負荷がかかり過ぎる。


 だからこそ、見る部分を変え、自身の能力に意識を向けて、その能力の驚異に体を興奮させ、他に考えられなくさせた。


 ソレは人としての防衛本能か…、それともその必要性を体自体がわかっているのか…。

 同じようでいて違う…、無意識下のソレに、気づく事なく、アレッドは目的を果たそうと剣を振るう。


 この魔族軍が野営した結果できたであろう開けた空間、警戒し、囲うように位置についていた他のラミア族が、長の危機に動こうとしているが、その時には、その首目掛けてアレッドの短剣が振るわれている。

 まさに瞬殺…と思われたが、女の目は、しっかりとアレッドを見据え、驚愕という色の中に敵意ある攻撃的な色が垣間見え、アレッドを睨みつけていた。


 あと少しで短剣の刃が、その首を切り裂こうという時、アレッドの動きを追えるだけの目を持つ女だからか、その刃を、寸での所で後ろに躱される。


「精霊、どうしてッ!?」


 薄皮は切れた…が、不思議と赤い鮮血が垂れ落ちる事はない。

 アレッドとの距離を取るべく女が後退した時、ドサッと、アレッドの横で、首に短剣が刺さったラミアが倒れた。

 ごぼごぼっと、その喉から血を噴き出し、肺を赤に染めながら意識を失っていく。


 ソレを気にする事も無く、アレッドは目の前の女を見据えた。

 確実に首を取ったと思えたのに、そうならなかった方にこそ、アレッドは驚いている。


『せ、精霊様…』


 アレッドの後ろで、イオラが体をふらふらと虚ろな目をしながら、その背中を見ていた。

 その姿をチラッとだけ見たアレッドは、脳裏に洗脳の2文字を過らせる。


「大丈夫か?」


 普通ではないその状態に、普通に心配になるアレッドだが、そんな気を知らずに、少女は女の方へ手を伸ばして、お母さん…お母さん…と母を呼ぶ。


 その絵面は、どう見て母と子の対面シーンには見えない。


『チェッ! あと少しで洗脳が終わったのに』

「諦めなさい。死なないとしても、斬られたら痛いわよ?」

『うぇっ』


 女の方でぷかぷかと浮かぶ妖精は、自分の首に触りながら、舌を出す。

 緊張感が欠如しているように見えた。


『それで? これからどうするの?』

「予定変更…と行きたいけど、こっちもアレを持って行かないと、「ゾィート」様に怒られるのよねッ」


 女が右手を横に薙いだその刹那、その周囲に赤く光る球体がいくつも出現し、そこから一斉に火の玉が放たれる。

 それに対して、後ろの少女を庇うように、アレッドは前へ出た。


「戦闘スキル【魔力ナイフ製造】【投器乱刃】」


 アレッドの短剣を持っていない方の手、その指の間に計3本の魔力でできた投げナイフが作り出され、ソレを飛んでくる火の玉に向かって投げつける。

 ソレも2回。

 投げられたナイフは、1本1本がそれぞれ別々の火の玉に飛び、それらを撃ち落とす…、それでも撃ち落とせなかった火の玉が、容赦なく飛んでくるが、ソレはアレッドが短剣で斬り落とした。


 【魔力ナイフ製造】は言わずもがな…、【投器乱刃】は投擲物を、命中率を下げずに、複数個同時に投げられるスキルだ。


 撃ち落とされた時、斬り落とされた時、それぞれドカンドカンッと爆発し、爆炎が視界を塞ぎながら襲い掛かるが、戦闘状態に入ったアレッドに対してでは、その程度の火力では毛を焼く事さえできはしない。

 せいぜいススで汚すのが関の山だ。


「ラピス姉さん、イオラの事お願いね」

『任せて。出来る限りその子がショックを受けない方向でね』

「善処する」


 首に巻き付いていた白蛇が、しゅるすゅるとアレッドから離れ、今度はイオラの首へと巻き付いた。

 その様を確認する事なく、アレッドは軽いため息をつき、今度は確かな敵意を持って、妖精や女達を見た。


 視界の端が、ほんの少し光ったかと思えば、アレッドの方へ、横から再び火の玉が飛んでくる。

 【投器乱刃】は間に合わない…、それ等全てを振り払うには、数が多過ぎだ。

 ナイトリーパーの速さは、あくまで足を使った移動速度の話で、スババッと何でも早く熟せる訳ではない。

 アレッドは、飛んでくる火の玉自体をどうにかするのではなく、飛んでくる火の玉とは逆の方向へと跳んだ。


 ドカンドカンッと砂埃を巻き上げる爆炎が、今までアレッドのいた場所を飲み込む。

 イオラを巻き込む事前提なのか…と思える程に、炎が広がっていく。


「…ッ?」


 そして着地したアレッドの足元を、今度は青白く光る球体が、いくつか彼女の周囲を飛んだかと思えば、足元が凍てついて、アレッドの足を氷漬けにし、動きを封じる。

 そこへ畳みかけるように、抜いた剣を振りかぶったラミア族の戦士が襲い掛かった。


 アレッドの体が光り、ジョブが変わり、装備が変わる。

 腕と足に、ゴツゴツしさはのこるものの、動きやすさを重視したような甲冑が付けられ、それ以外に鎧と呼べるモノは付けておらず、比較的薄着だ。


「うらあぁーーッ!」


 足が地面へ氷漬けされているにもかかわらず、お構いなしに足に力を入れる。

 バキバキッと氷が砕ける音が響き、亀裂が四方へ走り、最後にはバキンッ!と氷は砕け、迫ってきていたラミアの戦士1人の顎が、蹴り上げられたアレッドの足の直撃を受けて、こちらも粉々に砕けた。

 迫ってきていた刺突を寸での所で避けながら、地面にめり込まんばかりに踏み込んで、カウンターの拳を振り抜く。


 動きを封じたはずの相手によって、瞬く間に2人の兵がやられ宙を舞う光景、ソレを女は冷めた目で見ている。


「戦闘スキル【武速脚】」


 再び体が光り、アレッドのジョブがナイトリーパーに戻ると、残像すら残す速度で、迫ってきていたラミアの兵の目の前まで移動し、通り過ぎ様に、その首を斬る。


 【武速脚】は、たったの1秒、自身の移動速度を何倍にも膨れ上がらせる技。

 もちろん、1回の使用の後に、使用不可状態になる訳だが…

 それでも、たった1秒であったとしても、その瞬間の、瞬き1つ取る間に、離れた相手が目の前に来ては、並みの兵では対応なんでできる訳もない。

 ソレを傍から見ていた兵も、何が起きたかわからずに、思わずさっきまでアレッドがいた場所と、今まさに倒れようとしている味方を交互に見て…、何なら二度見してしまう。

 そうこうしている間に、体に深々と投擲されたナイフが刺さる。


 蹴り上げられた兵、叩き飛ばされた兵、双方が地面へと落ち、動かなくなるまでに、新たに2人、そしてまた1人…と、敵は倒されていった。


「あと1人」


 そして、最後の…あの女を、アレッドは最後の獲物として、その目に映す。

 あからさまに不機嫌な顔を覗かせながら、アレッドを睨みつける女は、再びいくつもの火の玉を撃ち出した。

 しかも今回は、ソレが連射される。


 アレッドは、さっきと同じ対処を…取らない。

 今度は後ろに守るモノは無く、撃ち落とす必要もなかった…。

 無数に飛んでくるモノを撃ち落とす事はさすがに難しい、それこそ至難の業だ。

 アレッドは、構わず突っ込んで行く。

 移動スピードが速ければ、そこに比例するように、ナイトリーパーの回避率も上げっていった。

 自身への直撃コースになる火の玉だけを、短剣で斬り落とし、それ以外が地面で爆発して爆炎を上げる。


「とんだ化け物ねッ!」


 女の目前まで迫ったアレッドの足元に、緑色の球体が浮遊する。

 色は違うが、何か仕掛けてくる…と考えたアレッドの動きが鈍った。


 光る球体が空高く爆風を巻き起こし、砂塵を上げながら、四方へかまいたちのような斬撃を飛ばす。

 しかしそれ自体に大した威力はない。

 常人なら肌を切る事もあるだろうけど、事アレッドに至っては、そんな事はなかった…が、その砂塵は竜巻にも似たモノに見え、思わず身構えてしまう。


『ふぅ~っ』


 そこへ、耳元へと吐息が吹きかけられた。

 ゾクッと、不意打ちに対して、気持ち悪さや、くすぐったさ、その場違いで慣れぬ感覚に体を悪い意味で振るわせて、思わず吹きかけられた方の耳を、アレッドは手で塞ぐ。

 恨めしそうにその方を向くが、何も見えない。


『これであなたは僕の虜、後はスパッとね』


 視界一杯に、が何故か濃霧が満ちている。

 気温の変化も無く、天候の変化もなく、肌に感じるモノも何も無く、ただ視界が濃霧で覆われ、1メートル先も見えなくなった。

「なんだこれ…?」

 視覚だけの変化、実際にその濃霧は存在しない…、根拠も何も無いが、何故かその瞬間、アレッドはそう思った…結論付けられた。


『アハハッ!』


 頭の中に響くのは、ラピスとは違う…別の声。

 相手を嘲笑うかのような、自分の優位を信じて疑わない、余裕を孕んだ笑い。


『あっちゃんッ!』


 次に聞こえるのはラピスの声だ。

 何かを訴えかけるような声が聞こえた…次の瞬間、自身や、その周囲から爆発音が響き、そして体が吹き飛ばされた。

 視界はなんの変化も無いのに、音と共に、衝撃で体が吹き飛ばされる感覚…、視界不良で上下左右がわからなくなるも、倒れる事無く、アレッドは受け身を取る。

 ダメージも無く、装備にも損傷のようなモノは無い…、それこそ、装備レベルが高いせいで、この程度では傷1つつかない。


「ドラゴンモドキを圧殺するだけあって、頑丈ねッ!!」


 女の声が聞こえると共に、その方向からヒューッヒューッと火の玉が飛んでくる音がする。

 さっきから何食わぬ顔で対処している攻撃だが、その爆発は前世の基準で行くなら、手榴弾の威力を越えるはずだ。

 実際にアレッドはそんなモノを扱った事はないが、映画とかで見るソレよりも威力はある様に見える。

 ガバガバな基準だが、とりあえず人一人を殺すのには、十分な威力が出ているはずだ。


 相手の力量を測れないアレッドだが、この相手はそれなりに強いのでは…と思う。


「…いや、違うか」


 何にしても、対人に慣れていないので考えるだけ無駄だ。

 少なくとも、単純な火力だけ見れば、アパタの方が強い。

 アパタとは魔法のタイプが違うから、それもまた比べるのは間違いではあるが…。

 クンツァとの訓練のついでに、アパタの魔法のスキルを見せてもらったが、向こうは一発大きな魔法を撃ち込むタイプ、そしてこちらは、数で圧すタイプ…。


 同じ魔力消費量でも、1発の威力を抑える事で、発射までのタイムラグを減らし、数を撃てるようにして細かな魔力計算が可能だ。

 ソレに人を殺せる威力が1発にあるのなら、戦場ではかなりの有効打である。


 しかし、ソレも火の玉の1つ1つが、ちゃんと相手に効果があれば…の話だ。

 この飛んでくる攻撃が、自身へ痛手を与えるのなら、もう少し考えた行動をとったかもしれないが…、今のアレッドに、そんな回りくどい事をする考えはなかった。


 警戒はした。

 この視界の濃霧は、妖精の仕業だ。

 幻惑かそれとも別の何かか、とにかくアレッドはそれに掛かった。

 ある種のデバフを受けているのだろう。

 それが効いている事を相手はわかっている…にもかかわらず、決められない。

 同じように火の玉を飛ばし、それ以上の事をしない。

 先ほどの直撃で仕留めるつもりだったのかもしれない…、でもそれができなかったから、さらに数で圧そうとしている


 そしてそれを踏まえてみるに、この状況を覆すモノを、相手は持っていないのだ。


 もちろん、油断をするつもりはないが、千載一遇のチャンスを棒に振って、格上の相手を倒しに行かない理由はない。

 火の玉の直撃後に、再び火の玉の攻撃、決定的だ。

 ソレらを理解した上で、アレッドは警戒レベルを下げた。


 敵を瞬殺できるレベル帯のエリアで、ガチガチなバフ掛けをして、楽に倒せる敵を探すような…選り好みをするようなプレイヤーはいまい。

 それと同じだ。


 アレッドは、視界に濃霧がびっしりと埋め尽くす中、しっかりと、その先、仕留めるべき相手を捉えた。


 ナイトリーパーの固有アビリティ【標的認定】…、獲物と決めたモノをマーキングし、視界不良だろうがなんだろうが、確実に位置を把握する能力。

 そして、戦闘中なら、相手の動きも把握する。

 ゲームでは、レアエネミーを逃がさないために使ったり、今のアレッドのように視界を奪うような相手に使う物。

 向こうだと、視界不良で相手の強力な技を喰らってピンチになる事を避けられるほか、命中率低下も抑えられる…、まさに縁の下の力持ち的アビリティだ。


 【武速脚】で加速し、一気に女との距離を詰める。

 襲い来る火の玉はソレですり抜けたが、別に当たった所でアレッドは気にしないし、そもそも痛くも痒くもない。


 そしてわかる。

 確実にそこにいる。


 対象が1つになる分、能力は凝縮され、ボウハンターの【野生の本能】による索敵能力とは、一線を画すその力で、アレッドは女の、確かにそこにある首目掛け、短剣を走らせた。


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