第28話…「綺麗な花には棘があるっていうけど、コレはもう棘というレベルではないね」


――――「迷いの森(昼過ぎ・曇り)」――――


 目が合った。

 イオラが母と言った女と、アレッドの目が合い、その瞬間、背後で魔法系スキルが使用された光が放たれる。


「どう転ぶかな」


 瞬間、全身に文字通り電流が流れたような感覚が襲った。


 ビリッと確かにしたが、大して痛くはない。

 感じたのは、弱い電気をパチッと流して、相手を驚かせる玩具のような…、急にやられたらびっくりするなぁ~程度の痛みに成りきらない痛みだ。

 だが、苦痛とは別に、異常はしっかりと、アレッド自身を襲った。


 夜に目が覚めた時に感じる金縛りとは違う…、体が固まって動かなくなるのではなく、全身の力が抜け、動かなくなる。

 視界がグルッと周り、彼女の体は、木の上から地面へと落ちた。

 反射的に、アダッ…と痛みを主張しようとしても、口からは言葉の1文字すらこぼれない。


 いざ地面へ落ちると、鈍い痛みが真っ先に落ちた頭に響く。

 体を襲った痺れは、全身の力を抜き、普段無意識的に行っていた体を強化すら解除した。

 それでも通常よりもだいぶマシなモノ、それすら既に感じなくなっていたが、アレッドとしては久々に感じた苦痛に、ある種の感動すら覚えている。


 これは断じて、アレッドがエムと言う訳ではない。

 痛みを感じない、ソレはある意味で願っても無い事だ。

 そんな生活をアレッドはこの数カ月送って来た。

 もちろん、ナニとは言わないが、何かしらの苦痛を味わう事はあるだろう。

 しかしそのほとんどを感じなくなっていると、自分の体の強さを実感すると共に、自分という存在がわからなくなる。


 アレッドの場合は、前世が人間だったからこそ、人間から外れる事は、夢見心地に興奮すると同時に、ごく少ない割合であっても、自分が自分の知らない何かに変わっていく事への恐怖が同居している状態だった。

 そんな中で感じる痛みは、彼女にとって、人間らしさを実感するモノだ。

 精霊に…、言い方を変えれば超人になった自分の人間らしい部分、ソレを実感できて、今のアレッドは感無量…と言った所だろう。


 とはいえ、ソレが日常生活の中で得られたものなら問題はないが、地面で倒れるアレッドの周りには、明らかに彼女へ敵意を向けている者達が、ゾロゾロと姿を見せ始めている。

 その様子に一番気が気じゃないのはラピスだった。


『あっちゃん!? あっちゃんッ!! 大丈夫!? ねぇ! 大丈夫なのッ!?』


 頭の中でガンガンッと鳴り響く声に、アレッドは、自身の人間らしさに浸る時間を妨げられる。


『大丈夫大丈夫だから…、落ち着いて…』


 ひとまず、口が動かず喋る事ができない彼女は、しゃべりたい事を頭の中で念じる。

 ラピスのこの会話は、お互いの意思疎通を図るためのモノ、電話が繋がっているようなもので、その通話手段は口頭でも、頭の中で念じるでも…何でもいい。


『も~ッ! いくら何でも無茶をし過ぎッ』


 先ほどよりも、声のトーンは下がったが、それでもまだまだ声が大きい。


『大丈夫…、ウチは、ヘレズを信じてるから』

『え、あ、いや、お母様は確かにすごいけど、何でもできる訳じゃないし、「わざと」相手のスキルを受ける事なんて、想定してないッ』

『まぁそうだろうよ』


 ヘレズは完璧な存在じゃない、他でもない本人がそう言うのだ。

 謙遜や自己評価が低い訳じゃなく、ただただ、それが事実だろう。


『でもこうでもすればわかるじゃん…、体の事も、相手がこっちに敵意を持っているのかどうか。本意か不本意か…ね』

『いやいや、そうはならないとお姉ちゃんは思うんだけど…』

『・・・まぁ大事になったら、その時は頼むよ』

『あっちゃん、お姉ちゃんね。あなたに頼られるのは嬉しいわ。妹の頼みだもの、叶えてあげたいって思うけど…、だけどね、こればかりは言わせてほしい。結果が思った方向にいかなかったからって、他力本願は良くないと思うな。しかもそれが前提にあるなんて』


 ラピスの声のトーンは、落ちに落ちて、ちょっとしたお怒りモードだ。

 アレッドのやった事を考えれば当然と言うべき事なのだが…。


 敵だから…と、問答無用で斬りに掛かるのは、アレッドの本意ではない。

 無用な殺生はしたくなく、今回の場合は、急なスキルの行使とは言え、状態異常…行動阻害の類での攻撃だ。

 完全な敵対行為…とは、アレッドの意識としては当てはまらない。

 問答無用で殺傷能力のある攻撃をされていたら、話は変わったのだが。


 正体不明の相手よりも優位に立つために…、まずは相手の行動を奪う。

 実に合理的だ。

 まだ話し合いの余地がある。


 でも、自分の身をもって確かめるというのは、現実でありゲームでない世界でやる事では決してない。

 ラピスの心配ももっともだ。


 しかし、野生動物の…今まさに自分に襲い掛かろうとしている獣を前にした時のような殺気を、背後から全く感じていなかった事もあり、アレッドは不必要な敵対行動は避けたかった。

 ソレに、ヘレズの事を信じている…というアレッドの言葉も、彼女がスキルを避ける事をしなかった理由だ。

 もちろん、ソレがスキルを避けない理由になるかと言えば、そうでもないのだが…。

 つまりはアレッドの自分よがりな行動である。


 ぴーちくぱーちく…と、イオラと一緒にいた妖精が、母親…の可能性がある女と、アレッドを持ち上げたりなんたりして話をしているが、耳に入ってくる言葉は、何もかもが物騒でしょうがない。

 会話が進めば進むだけ、彼女達と、アレッドの敵対関係が強固なものになっていく。


「族長についてくれば戦果に色が付くと思ったけど、流石に話が簡単に進み過ぎだな」

「いいじゃんいいじゃん、麻痺スキルを使うだけで褒美がもらえるのよ? これだけ美味しい仕事、他には無いって」

「そりゃ~そうだけど、あの女の娘を森の中に放って、スキルとかを使って追い立てるのもなかなか面白そうじゃない?」

「バカ、あのガキは、あの女の起爆剤、命を奪ったら逆効果よ。あの女の前でいたぶって、泣き声の1つでも上げさせれば、あの女も思いのままにできる。ソレが作戦だ。忘れるなよ」

「そうだけどさ~」


 妖精と女がお互いに離れた距離で話し合っている間に、手持ち無沙汰になったラミア族の兵が、無駄話を漏らし始める。

 死の森と自分達で呼称しているが、森に入って1カ月以上が経過して、問題無く抜けられている事もあって、その危機感は完全に無くなっていた。


「もう本体は森を抜けている。私達が戻ると同時に本格的な侵攻を開始するとの事だが…」

「あんなガキも、こんな女も、私はどうでもいいわ。そんな事より、本体の方で男達に言い寄られていた方がマシってもんよ」

「言い寄られたってロクな男はいないけどね」

「言えてる」

「大将に言い寄られたら二つ返事でオーケーするんだけど」

「やめときなさいって、相手が悪すぎるわ。相手なら族長で事足りてるわよ」

「ちぇッ、お情けの1つでももらえたら、私の家も安泰なんだけど」


 周りにいるラミア族の女の1人がアレッドの方を見る。


「でも、この女、精霊って話じゃない? 精霊はその血肉1つ1つが、一種の宝、力を増強させる薬になるって話よ?」

「マジ?」

「そうそう。だから、首輪をして言う事を利かせられる時に、いくらでも血でも指でも爪でも、何でもいいから貰っておけば…」

「へ~。金になるし、自分に使えば、それだけで力が溢れるってか?」

「そういう事」


 ケヒヒッと女達は笑う。

 なかなかに物騒な話だ。

 他人に対してどうも思っていない…と言わんばかりの会話である。


 アレッド自身が、彼女達から感じる自分という存在の価値は、罠にかかった獲物…肉と同義とすら感じるモノだ。

 ここで可哀そう…の一言でもあったら、アレッドの思う部分も変わってくるだろうが、そうはならないらしい。


 弱肉強食の世界で生きてきたモノの性とでもいえばいいのだろうか。

 他人は所詮、いつか食う獲物…。


「あなた達は、この精霊、食べるならどこがイイ?」

「背骨とか? 鍋でじっくり煮込んで、その髄を啜りたい」

「私は~…、そうだな~…、乳房とか? じっくり焼いてさ、めいっぱい脂肪を落として食べるの。あの脂っこさが苦手っていうヤツがいるけど、むしろ私は濃厚だと思うし、あの噛む度に感じる弾力が、なかなか…」


 ソレは前世で何となくアレッドが、彼女とダラダラと話をしていた時の話、ヘレズ曰く、ラミアはサキュバスと同じで女だけの種族、だから子孫を増やすためには、他種族の男を引っ張って来なきゃいけない、その為に、その見目麗しさは、サキュバスに次ぐ美形でなくてはならない…との事だ。

 文字だけのチャット会話だったのに、ラミアとか女しかいない種の話を力説していて、妙にアレッドの記憶に残っている。


 そんな固執した具現か。

 今アレッドを取り囲んでいるラミアは、武装して物騒な印象こそ受けるが、なかなかに美形だ。

 一番になれなくても、全員モデルとして普通にやっていけるだけの美しさがある。

 にも関わらず、その口で交わされる会話は物騒極まりなくて、アレッドの額からは、冷や汗が一滴垂れた。


 見目麗しくても魔族は魔族という事か…。

 逆に、サキュバスであるアパタの誘惑が、ひどく恋しく感じた。


『このラミア共…、あっちゃんを食べるだのと、よくもぬかしてくれたわねぇッ!』


 直接的に手を出せないとはいえ、アレッド的にも心中穏やかではいられない会話に、ラピスもまた苛立ちを隠しきれないようだ。


「んあ? なんだよその眼は?」


 ラミア族の女は、自身が向けられているアレッドの視線に気づく。


「この世は弱肉強食だろ? 恨むなら捕食される側に回った自分の力の無さを呪いな。安心しろ、もし殺す事になっても、この麻痺をマトモに喰らったら、今日1日はずっと肉塊としての生活しかできない。それに殺す事になっても痛みはない。それすらも、この麻痺は奪うからな」


 アレッドとしては、別に睨んでもいないし、恨めしそうな気を込めてもいなかったのだが、ただ見られているだけ…というのにも、彼女には癪に障るらしい。


 別に彼女達を、アレッドは恨むつもりはない。

 前世の価値観や倫理観、その他諸々で照らし合わせたら、そんな事許される訳がない…と言えるモノだが、この世界に至っては、アレッドは何度も魔物達に命を狙われているし、弱肉強食の下、襲って来た魔物達を食べ、自分から狩りにも行った。

 その辺の事は受け入れている。

 今更、この世の弱肉強食の理に、異議申し立てをするつもりはない。


 だから、アレッドに恨みなどはないので、相手を見る目に感情が籠る事はなく、同時に、焦りも無かった。

 何故なら、自身の体が、予想通りの流れになっているからだ。


 体が麻痺し、地面に落ちた時は、自身の肌の温もりすら感じなくなり、地面の冷たさも分らなかった。

 だが、今は違う。

 地面の冷たさがわかるし、それが自身の体温で温められ始められ、その温かさを肌で感じられる。


 そしていよいよ、殺しなさい…などという指示が、ラミア達に届いた。

 最初からわかり合う事はできない関係ではあったが、いざ理解できる言葉で言われると、不安や恐怖が全身を駆け巡るものだ。


 アレッドは、キュッと自身の口を強く結ぶ。

 話し合いの余地もなく、こちらの意思を伺いもせずに、利用するかどうかの話をしたかと思えば、不安材料だから消えろ…と、このラミア族の集団の長らしき女は言い放った。


「やっとだ」

「一応、後で族長にどっか精霊の血の一滴でもいいからもらえないか聞いてみようよ」

「まぁ聞くだけで、多分もらえないけどな」

「形はどうあれ、精霊の討ち取った戦歴だけもらってよしとするしかないかもよ?」

「え~」


 ラミア族の女たちは、残念そうな声を漏らしつつ、誰がアレッドの心臓を貫くか、その首を斬り落とすか、私が私が私が…と声を上げ始めた。


『あっちゃん』

『・・・わかってる』


 ラピスへ返事をすると同時に、ため息が漏れた。

 思い通りに行かないモノだ…と残念さを感じながら、前世での最後もそうだったが、形は変われど、理不尽というモノは、消えないモノだな…と、現実を受け入れる。


「決裂だな」


 アレッドは呟く。


「お前ッ!?」


 アレッドの視線に不満を抱いていた女が、真っ先にその声に気付いた。


 体の自由を奪い、痛みすらも奪う麻痺スキル、そんなモノ、ファンラヴァにあっただろうか。

 ボウハンターの【パラライズアロー】は、一瞬だけ動きを奪い、ソレが断続的に続くモノであって、ずっと奪う事は出来ない。

 ソレにここまで何もできなくなる…感じなくなるモノでもなかった。

 あるとするなら、ソレはプレイヤー側ではなく、敵側…モンスターとか、敵対勢力の攻撃で使用されたモノだ。


 とまぁその脅威を、身をもって味わったアレッドだったが、ラミア族の女が言ったような1日ずっと動けなくなる…なんて事はなく、その体が既に自由だった。


 異変に真っ先に気付いた女だったが、その時にはアレッドの持った短剣が、その喉を切り裂いていた。

 他のラミアも、何事かと一斉にアレッドの方を見たが、その時には既に遅く、今度は声を上げる時間すらなく、その額に投げナイフが深々と突き刺さる。


 ラミア族の女が言ったように、その麻痺スキルは、直撃すれば確かに一日中体に麻痺が残るものだったかもしれない…が、相手が悪すぎた。


 ファンラヴァの世界において、異常状態系攻撃は、喰らえば確実にその効果を受ける仕様だった。

 PvPに挑まなかったアレッドには、その辺の事はわからなかったが、そうでないゲーム上の敵と戦う時、異常状態を及ぼす攻撃は、全て攻撃範囲が表示される攻撃で、ソレを避ければ良し、避けられなければ確定で大ダメージを受けるか、戦いに支障が出る異常状態になる仕様。

 高難易度になると、範囲もクソも無いエリア全域に及ぶ全体攻撃が飛んできたりするが、ソレを対処するためのギミックはあるし、即死でもない限り、どのデバフも数秒で消える持続性しかなかった。


 その効果の持続時間が、プレイヤー側のキャラによるものか、それとも使われる攻撃によるモノなのか…。

 そんな賭けを、アレッドは行って、ラピスから無茶をするなと叱責される事となったわけだ。


 分からなければ検証すればいい…、その考えは決してダメな事ではないが、はっきり言って現実で行うべき行動でもない。

 とんだギャンブラーである。


 相手側のアレッド達への敵意の有無、その行動に対しての本意か不本意かの確認、それらを調べるという意味でも、丁度良いとアレッドは考えたが、事が済んでから思えば、自分で言うのもなんだが…。


「我ながら馬鹿げた事をしたと思うよ」

『まったくよ』


 自分自身の行動に、自分で頭を抱える始末だ。

 これは現実…と理解しているつもりでいるけれど、今だアレッドの頭の中で、ゲーム感覚な部分がある証明である。


 瞬く間に自身の周囲を囲っていたラミア族の女たちが地面へと伏す。

 ソレを見届ける事無く、振り返った先、イオラたちの方へ、全力で突っ込んだ。


 デバフは受ければ確定で負う、しかし、その持続時間は短い…。

 さっきまでの動けなさが嘘かのように、体が軽く、麻痺の欠片すら体には残らなかった。

 その証明に、一度短剣を投げれば、必殺必中の攻撃へと変わり、イオラの母を名乗る女の横にいたラミア族の首へ、深々と短剣が突き刺さる。


 そして、その直後、ジョブ「ナイトリーパー」の真骨頂が光った。


 イオラたちの下まで、数十メートルは離れているというのに、数秒とかからず到達し、自身が投げた短剣が相手に突き刺さった直後に、回収するという早業をアレッドは見せる。

 「ナイトリーパー」の真骨頂、ソレは、ジョブの中でトップを誇るスピードという武器…。


「そっちがその気なら、容赦しなくていいな」


 イオラは、アレッドにとって、もう家族である。

 そんな彼女を害そうとし、自分自身の命すら奪おうとした女へ、アレッドは冷たい視線を送った。


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