第27話…「厚意は甘んじて受けるが、攻意は倍返しにするぞッ?」


――――「迷いの森(昼過ぎ・曇り)」――――


「お母様ッ!」


 ガサガサッと物音がして、その方を見た時、少女の目に、何よりも見慣れた人物が映った。

 自然と出た言葉に釣られるように、少女の目から涙がこぼれる。

 近くの草むらから出てきたのは、ラミア族の女性数人だった。


 その中の1人から、イオラは目を離せずにいる。

 最後に会ってから、どれだけの時間が経っただろうか。

 湖で生活するようになって1カ月、その前からとなると、2カ月…いや、3カ月は、離れ離れだったかもしれない。

 物心つく前も後も、それだけの長い期間、離れる事の無かった相手は、少女にとって、体の一部と言っていい程に、掛け替えのない存在だ。

 だからこそ、その姿を見ただけで感極まってしまう。


 黒髪のショートボブで、若干釣り目気味だが、その微笑みは何よりも、誰よりも優しさに包まれていた。

 しかし、その優しさとは反対に、若干ながら褐色気味の肌の、所々にミミズ腫れや裂傷が目立ち痛々しさばかりが目立つ。


「イオラ…」

「お母様…ひどい怪我…」


 娘の方へと近づく母親に力は無く、よろよろと足元の不安定な歩きを見せ、よろめいた所で、従者と思しき隣にいたラミアに支えられる。


 それは、少女の覚えている母の姿とはかけ離れていた。

 里の皆に指示を出す母は、いつも凛々しく、気高く、格好良い…、その記憶の中とは対照的に、今は弱々しい。

 その姿を見れば当然と思えるが、だからこそ、ずっと会いたいと思っていた相手が目の前にいるのに、触れる事も、声を掛ける事も、はばかられた。


「私の事はいいの。あなたが無事ならそれでイイ」


 母の伸ばした手が、イオラの頬を撫でる。


「あなたが元気でいてくれたなら、こんな仕打ち…、何の事はないのだから」

「うん…うん」


 頬に触れる母の暖かさに、さらに大きな涙が流れ出る。


「おかあさま…おかあさま…」


 手でいくらその涙を拭っても、とめどなく流れ出る涙が、視界に映る母の姿を歪ませた。


「あいたかった…あいたかったよ~…」

「ええ。私も会いたかった。必死に逃げて来た甲斐があったわ」


 親子の感動的な再会…と言えばいいのか。

 泣く我が子をあやす母、その輪に、割って入る者はいなかった。


 いなかったが、その光景を訝しむ者はいる。

 距離にして50メートルも離れていない距離、遠目から観察していたアレッドは、不審そうな…納得のいかなそうな表情を浮かべながら、その成り行きを見守っていた。


「お母様…て聞こえたけど、本当かね?」

『私にはわからないわね。感動的な再会にしては、脈絡もなく唐突…て感じはするけど』

「そうだな。まぁ現実はそんなもんだとも思うけど…」


 イオラが何を求めていたのかは、アレッド達にはわからない。

 子が母親を求める事に疑問は抱かないが、こんな状況で偶然再会できるモノだろうか。


「というか、あの人達が近くに来てたのなら、教えてほしかったな」


 イオラの事よりも、今はアレッドにとって、もっと気になる事がある…、何かよからぬモノが来たのか…と、咄嗟に出した武器を、その手に握ったまま、手持ち無沙汰に振り回した。

 今の所何も無かったからいいが、もしアレが敵意を持った何かだったら、「いくらナイトリーパーでも」、間に合わなかったかもしれない。


『え? う、うん。ごめん、お姉ちゃん、別に手を抜いてた訳じゃないのよ?』


 アレッドとしては、こちらのお願いに、ラピスが手を抜くとは思ってはいないが、ほうれんそうがちゃんと機能しなかった事に、幾ばくかの不満は抱く事になった。


『怒らないで怒らないでッ! わざとじゃないから、ちゃんと魔力探知ができる子を置いて警戒してたから、信じてッ! ほら、向こうにもあそこにも、ちゃんとやってたから』


 あそことか何処とか、そんな事を言われても、今のアレッドにはどこに何がいるのかわからないのだが、周囲に視線を動かした時に、これ見よがしに何か光るものがチラついたから、恐らくその辺にラピスの言う子達がいるのだろう。


『目の視覚共有は、一度に複数の子とできないから、視認じゃなくて、魔力探知で対応してたんだけど、あの人達、すっごい魔力反応が小さくて、小動物並みにしか魔力を感じないの。人の…しかもラミアにはあり得ない事なの…。だからお姉ちゃんの事失望したりしないでぇ~…』


 なんか必死だ。

 初めて会った時の殺意マシマシな状態を考えると、身内への甘さを感じずにはいられない。


「別に怒ったりしないって。姉さんが頑張ってるのは知ってるから。・・・でも、姉さんが用意した子達でダメか。弱ってる1人だけならともかく、全員気付かなかったとなると…、意図的に魔力を抑えてるって事になるのかな?」

『たぶんそう。今の魔力量じゃ、イオラよりも少ないし、到底、人とは言えない感じね』


 落ち着きを見せ始めたラピスは、使用する契約獣を増やし、イオラの母親らしいラミア族たちを調べ始める。


『そうだね~。軍の連中を見つけた時から魔力反応がおかしいぐらい小さくて疑問だったけど、たぶんあの首輪のせいじゃないかな?』

「首輪?」


 ラピスの言葉に、アレッドは目を細めてラミアたちの首元を凝視する。

 綺麗なラインを浮かばせる鎖骨の上に、不気味さを感じさせる黒い何かが付いているように見えた。

 そういう装飾を付けているにしては、なかなかにゴツゴツしい。

 周りの従者らしきラミア達は、鎧を着こんでいるが、どれも女性的なラインが崩れないように、シュッとした軽やかさを感じるモノを身に着けている。

 ソレと比べれば、首元にあえてつけるにしては、大きめで、色もミスマッチだ。


 命を預ける中で、見た目を気にしてどうする…と言われれば、アレッドには何も言い返せない。

 ゲーム上とは言え、ファンラヴァの世界で見た目も考慮しながら装備を誂えてきた身としては、見た目がミスマッチだから、アレはギルティ…とは言えないのだ。


「せっかく体のラインの出る鎧デザインなのに…。あの首輪は無骨だよね。付けるにしても、もう少し目立たないヤツの方が…」

『急に何を言い出すのよ…。とにかく、あの首輪が怪しいわ。そうでなきゃ私の子達が、気づかない訳ない』

「そ、そうですね」


 白蛇の首を絞める力が強まり、若干の息苦しさを覚えながら、冗談の含んだ雰囲気を止める。


『一応索敵範囲を狭めて、より細かく魔力を察知できるようにしたけど、あそこにいるラミア達とは別に何人か、この周辺を囲ってるみたい。ちなみにあっちゃんの丁度後ろに3人ぐらいいるかな』

「はは…。ウチに気付いてるのか、それとも、向こうに用があるのか…」


 ラピス曰く、他は1人1人が距離を置いて位置についているのに対し、アレッドの後ろにいるのは、そう言う事をしていない…との事だ。

 ここだけ複数人で、しかも後ろを取っている…、確実にアレッドの事に気付いての配置だろう。


「ん~…。【無影】は万能ではないとはいえ、クンツァたちの能力を加味すると、そうそう見つけられるようなモノではないと思うんだけど…。索敵に長けた奴でもいたかな…」


 アレッドは後ろを確認したい気持ちを、グッと胸の奥に押し込む。

 相手がこちらをどうしたいのかがわからない内は、下手に刺激して刃傷沙汰になっても困る。


 イオラが母親を求め、母親も娘を求め、その再会を完璧なモノにするために、警備を厳重にした…と言うのなら、こちらが下手に場を荒らすべきじゃない。


 イオラの母親が遠目から見ても、痛々しい赤が目立つのに対して、他の連中がそういう雰囲気を感じないのが不自然ではある。

 その母親が、他に危害を加えないようにするため、命に代えて体を張った結果か…、それとも別の理由か。


 イオラは、愛しの母の手の温もりを感じながら、なかなか止まる事を知らなかった涙が、ようやく落ち着きを取り戻し始めていた。

 ここまで相当苦労したのか、母から香ってくる匂いは、土や泥、血の臭いや、汗の臭いばかり。

 産まれた時から、嗅ぎ続けた母の匂いが、一切香って来ずに、自身の気持ちを安心させる材料が少なく、時間がかかってしまった。


「お、お母様、その…あのね…」


 自分は元気にやっていた…、大変だったけど、頑張っていた…と、もし母親に会えたなら…こういう事を話そう…自慢しよう…と、頭の中で考えていたのに、いざ母を前にしてみて、まるで神風でも吹いたかのように、綺麗さっぱり抜け落ちていて、なかなか口から出てくる事はなかった。


『おいおい、そんな事はいいから、さっさと行こうぜッ。こんな所でちんたら思い出話に花を咲かせたってしょうがないだろ』


 もじもじと、言葉を詰まらせるイオラに、痺れを切らした妖精は、詰め寄る様に母親の方へ近づいて行く。


「そう焦るものではないでしょう」


 母親は、寄って来た妖精を煩わしそうに手で退ける。


「それよりも、まず確認しなければいけない事があります」


 母親からは優しそうな微笑みが消え、真剣なモノへと変わる。

 その眼は鋭く、相手を目で射殺さんとばかりに、力が入っているようにも見えた。


「イオラ、あなたが、精霊の庇護を受けたというのは本当ですか?」

「う…うん。森で、ま、魔物に襲われてる時に、精霊様に助けてもらったの。そ、それで、えと、行く当てがないなら、ココで生活すればいいって、他のコボルトさん達と一緒に、精霊湖に住まわせてもらってるんだ」

「コボルトたち…、他には誰かいるの?」

「ほか? うん、いるよ、竜族のクンツァさんとか、あとサキュバス族のアパタさん」

「へぇ…、クンツァにアパタも」


 母親は、その口元に笑みを浮かべる。


「…お母様?」


 笑みは浮かべていても、そこに優しさはなく、いつもと違う雰囲気の母親に、怪訝そうな表情を浮かべるイオラ。


『全く、長い付き合いだってのに、僕の言ってる事、信じないんだもんな。そんなだから「姪」に嫌われるんだろ?』

「妖精の分際でうるさいわね。別に嫌われてなんかいないわよね、イオラ?」


 母親の口元は笑っていても、全く笑っていない目が、イオラを見た。

 自分の思い描いていた母親ではない…、人が変わったような顔をする目の前の女性に対して、少女は体をビクッと震わせる。


「お、お母…様?」


 でもその見た目は自身の知る母親と瓜二つだった。

 その声も、出で立ちも、何もかも一緒で、困惑を禁じ得ない。

 姪…、イオラにとって従妹に当たる子…、身に覚えがない、会った覚えがない…。


『自分がそうした方がいいって言ったくせに、投げ出すの早かったな、オイ』

「だって、やっぱり面倒だもの。それに、アレを演じるだけで、一呼吸おう毎に虫唾が走るのよね。しかも、イイ男に対してならまだしも、アレの面影のあるコレに向けるのも…。その気持ち悪さに吐かなかっただけ褒めてほしいわ?」


 いつの間にか、口元に浮かべていた笑みすらも消え、イオラを見る目は嫌悪に満ちていた。


「民に優しく、力を暴力ではなく善行の為に使い、そして、弱者を引っ張っていける強者になるべし…」

「・・・え?」


 母親…女が口にした言葉は、イオラにとって聞き馴染みのあるモノだった。

 ソレは母親が常々口にしていた言葉だ。

 同じ顔で、同じ声で、同じ文を口にしているのに、同一人物とは思えない程に、耳が、体が、入ってくるその言葉を拒絶する。

 咄嗟に塞いだイオラは自身の耳を塞ぎ、眼には恐怖が満ち満ちていった。

 その様子を見て、女は訝しみながら、妖精の方を見る。


「あら? あなたもあなたで、手を抜いてるじゃない?」

『お前がいつまでも、ぐ~たらぐ~たらやってるからだろ?』

「だからって洗脳を解く必要はないじゃない。「連れて行く」時に暴れられても困るんだけど?」

『そんなの、眠らせるなり、麻痺させるなり、やりようはいくらでもあるじゃん』

「動かなくなったらなったで、ただの重い肉に成り下がるだろ」


 女は不機嫌に深いため息をつく。


「な…何を言っているの?」


 そんな女の様子に、イオラは混乱したように視線を向ける。


「なに? 洗脳解いたんじゃないの?」

『お前の性格の悪い思い付きで、長々とジワジワ溶け合わせた洗脳だぞ? 洗脳を解いたって、この数カ月の記憶が無かった事になる訳でもなし、洗脳状態の記憶と解除された記憶が、ごちゃ混ぜになって、そりゃ混乱もするよ』

「あ~。そう、数カ月ねぇ~。ここ最近は、引継ぎもままならないまま、南に攻め込む準備に入って、いつまでも忙しくしてたから、時間の感覚が狂っちゃってるのよね。もうそんなに経ってたか」

『気楽なもんだね。こっちはずっとずっとず~っと洗脳状態を維持してたってのに』

「しょうがないじゃない? あの女がいつまでも侵攻反対で、準備もろくにされてなかったんだから」


 女は恨めしそうに妖精を見た。

 そっちが苦労したように、自分だって苦労をしていると…、無言で訴えている。


『はぁ~。わかったわかった。お互いさまって事ね、はいはい、分りましたよッ』

「それに、その姿になってるのももやめていいわよ? 洗脳を解いた時点で、姿を偽装する必要もないし」

『え? マジ? やった~』


 妖精がピョンピョンっと跳ねるように上下して、一際高く跳び上がった時、赤い光の玉は、見る見る内に縦に伸びたかと思えば、四肢が生え、人の姿へと変わる。

 大きさとしては、30センチぐらいの少女の姿へ変わり、その背に4本の透明な羽まで生えた。


 妖精の変化に、イオラは目を丸くする。

 先ほどから頭痛が酷く、状況を飲み込めずに、その人の姿となった妖精の姿も、見覚えがあるのに、思い出せない。

 自分の傍に居た時は、その姿になった事は一切なかった…、そもそもその姿になれる事さえ、イオラは知らなかったし、なれないとさえ思っていた。

 でも、その人の姿には見覚えがある。


「あなたは…」

「まったく、アレと一緒で、物分かりが悪いわね」


 困惑ばかりしているイオラに嫌気がさしたのか、女はグイッと少女に近づくと、その頭へと手を伸ばした。


「まぁいいわ。最初はアレの心を折るための道具として切り捨てたけど、まさか生きていたとはね。それに加えて精霊と縁を結ぶなんて…。いよいよ自分にツキが回って来た事を実感できるわ」


 女は不敵に笑う。


「じゃあまずは、さっきからこちらを覗いているネズミを始末しましょうか」


 その眼は、蛙を前にした蛇…、獲物を今まさに喰らおうとする蛇の眼で、女はアレッド達のいる方を見た。


 やはり…と言うべきか、相手方にアレッドの位置はバレており、背後を取っていた相手が動く。

 親子の感動の再開…であってほしかったこの場面は、一瞬にしてピリピリッとした戦場のソレへと変わった。


 一瞬、アレッドの背後で光が放たれる。

 同時に、電流でも流れたかのように、全身へビリビリッとした衝撃が走り、その瞬間、体に一切力が入らなくなった。

 そうなれば、バランス感覚も何も無くなり、木の上に留まる事も出来ず、アレッドの体は、力なく地面へと落ちる。


「妖精、ネズミを確認してきて。人間領の人間のスパイではないでしょうけど、念のため。もしコレと一緒に精霊に保護されたヤツなら、何かの役に立つでしょ」

『保護されたヤツ…て、コボルト以外が僕に気付かれずに追跡なんて不可能だよ。クンツァかアパタじゃないの?』

「なら、尚更いいじゃない? ドラゴンモドキの動きさえ封じるスキルだもの。動けない内に[隷属化の首輪]でも付けて、これから始まる戦争の道具として、あの方に献上するとしましょう」

『なるほど、いいんじゃな~い』


 ヒヒッと笑いながら、プラプラと浮かぶように飛ぶ妖精が、倒れたアレッドの方へと気か付いてくる。

 同時に、周囲に隠れていたつもりでいるラミア族も、続々とこの開けた場所へと出て来た。


『え? うわっ、マジで。餌を取るだけのつもりが、その餌に大物が引っ掛かったってやつ? メシウマにも程があるでしょッ!』


 アレッドの姿を確認した妖精は、お腹を抱えて笑う。


「ちょっとッ。1人で楽しんでないで、ちゃんと報告しなさいよ!? 誰がいたの? アパタ? それともクンツァ? 私としては、クンツァの方が色々と得なんだけど?」

『どっちでもないよッ! それどころか、もっとイイ。いや、イイなんてもんじゃない、最高だ。コイツがいれば、僕達が精霊湖を手に入れられるかもッ』

「ああ? なんだソレ…。いいから、そいつが誰かさっさと言えって」

『ハハッ、聞いて驚け、コイツはクンツァでもアパタでもない。正真正銘、モノホンの精霊様だッ!』

「はぁ?」


 妖精の言葉に、驚くよりも、ソレを口走った妖精へ、疑いの目を女は向ける。


『いやいや、そんな疑い深い目を向けんなって、マジで。マジだから、ホントに』


 妖精は、小さい体の何処にそんな力があるのか、アレッドの被っていたフードを取って、腕を掴むと、ズルッと持ち上げる。


『疑うなら、そのチビ助に聞いてみ~て。この人はだぁれ?…て。洗脳は解いても、まだその余韻は残ってる。お前は、まだまだそいつの大好きなお母さんだよ』


 女は、心底面倒そうに視線だけをイオラに向け、幾ばくかの沈黙の後、ため息と共に、しっかりと向き直って口元に笑みを浮かべる。


「イオラ、あの人は誰かわかる?」

「え…?」


 女に指差された方向へ、少女の視線が恐る恐る動いた。


 少々距離はあるが、ソレが誰かはわかる。


「あ…あっちゃん様…、妖精さんの言ってる事は、本当…だよ?」


 イオラの証言を聞き、口元しか笑っていなかった女の目が、笑みに満ちる。

 ソレは喜びの笑みであろうが、傍から見れば、下卑たモノにしか見えない。


「ドラゴンモドキすら単騎で圧倒する力、いいわね。実にイイ。精霊の数は2体…、片割れがこちらの手に渡れば、あの方がわざわざ出向いて、精霊を封じる手間を省きつつ、[精霊湖の水]から始まり、精霊由来の品がいくつも手に入る。おまけにクンツァやアパタという戦力も手に入るとなれば…」


 まさに笑いが止まらないとはこの事だ。

 女は思わず自身の口元を手で隠す。

 あまりに醜い…、その顔は、見ていられない程のモノだ。

 顔の良さだけは褒めてやっていいアレの顔も、こんな表情を浮かべれば台無しと言っていい。


「あ~…。ツキが回って来たなんてレベルではないわね。むしろ神がこちらに加担してくれていると言われても、疑わない程よ。妖精、またコレに洗脳のスキルを使いなさい。用意してあった[隷属化の首輪]は、その精霊に使うわ」

『あいよッ』


 妖精が手を離し、ドサッと地面に落ちるアレッドを見つつ、女は傍に使えていた従者に目配せをする。

 従者は、荷物から取り出した首輪を持ち、動かないアレッドの方へと向かって行った。


「・・・いや、待て」


 しかし、従者がいざ首輪をアレッドにはめようとしたその時、女はソレを制止する。


「いくら何でも、話がうますぎる」

『ああ? 何がうまいって? まぁ戦闘能力の高い精霊を無力化できたのは確かにデカい話だけど、そのうまい話しに乗っからない手も無いだろ?』


 妖精は、イオラにスキルを施すのを止め、女の方へと詰め寄る。


『ここまで来てひよってんのか? こんなチャンス、二度と来ないぞ?』

「ええ、そうでしょうね」


 精霊の湖は、ソレはもう国の宝物庫など目じゃない場所だ。

 ソレを目の前に手放しで喜ばない奴など、いる訳もない。


「だからこそ、疑うべき事もある。ひよっているのではなく、当然の慎重さを見せているだけよ。この首輪は素晴らしい出来だと思うけど、絶対じゃない。自分自身の力で御せないモノを、他人の力に頼って御した所で、その身を滅ぼすだけ」


 女は完全に覚めた顔で、アレッドを見る。


「殺しなさい。精霊が庇護すると決めたモノに手を出している以上、そのままにしておいてはこちらが危ない。それに、生きていなくても、その精霊の死体なら、いくらでも使い道はあるはず。惜しいとは思うけど、大き過ぎる力を使って計画外の事をするのは、自分の身を滅ぼすだけよ」


 先ほどまでの表情とは打って変わって、アレッドに興味の失せた女は、イオラへと向き直る。


「コレにもさっさと洗脳を。虫唾は走るけど、私はもうしばらく、コレの母親を演じてあげるわ」

『へいへ…』


 妖精がイオラへスキルを使おうとしたその刹那…。


 シュッと煌めく一閃が、妖精の前を横切った。


 女の近くに居た従者の首に、深々と短剣が刺さる。

 その場にいた者達の理解が及ぶ前に、1人の暗殺者はその短剣をラミアから抜き去った。

 血潮が噴き出るその瞬間、離れた位置にいた従者は、自身が刺すべき精霊の姿を見失い、自身の首から噴き出る血の意味すら理解できずに地へ伏せ、その近くに居た数名のラミアも倒れた。


「そっちがその気なら、容赦しなくていいな」


 その言葉は、冷たく、女の耳元へと響いた。


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