第30話…「イエスッ! ロリータッ! ノーッ! タッチッ!! ダゾ?」


――――「迷いの森(昼過ぎ・曇り)」――――


 短剣の走った時の手の感触は、アレッドの手に違和感を覚えさせる。

 獣や魔物を斬った時のような、皮を裂き、肉を斬り、骨を断つ感触が順に伝わる事が無く、手に走ったのは、ひたすら肉に刃を通した時の感触だ。


 敵として、獲物として捉えていた相手の存在が感じ取れなくなる。

 視界は今なお濃霧に覆われて、全くもって役に立ちそうにない。


 ナイトリーパーの【標的認定】は、獲物を倒す事ができれば解除され、発動するには視認する必要がある。


 今斬ったのが女で、まだ妖精がいるはずだ。

 アレッドの視界が正常な状態になっていない以上、コレが妖精の仕業である事はわかる。


 アレッドは、女を斬るために加速した体を止めながら、ジョブをボウハンターに切り替える。

 変わると同時に手元に出した弓に、【魔力矢製造】した矢をつがえ、続けざまに【ホーミングアロー】を放つ。

 見えないのに矢を放てるのは、違和感があってしょうがないが、アレッドが放った矢は、確実に獲物に当たった。

 確証はないが、【野生の本能】で感じ取っていた敵意が弱まっている事からして、相手がそれ所ではなくなった事がわかる。


『なん…なんで、なんで、見えてないはずなのに…』


 そして聞こえてくる妖精の声から、当たった事を確信し、アレッドはホッと胸を撫で下ろす。


『くそ、何なんだよ。なんで、そんな当たり前みたいに、こっちに来れるんだッ』


 アレッドは、妖精の不満を聞きながら、妖精の方へと歩いて行く。

 ラピスと同じで、妖精の声は耳で聞くのではなく、頭の中に直接聞こえてくる。


 なんで攻撃を当てられたのかと言えば、それは戦闘スキルのおかげ。

 なんでそっちに歩いて行けるのかといえば、これもまた固有アビリティのおかげだ。

 つまりは、ヘレズの作ってくれた体様様な訳で、自慢は出来ないが、声だけでは場所がわからない妖精の場所まで歩いて行ける。

 歩いている間に、妖精の仕掛けたらしい濃霧も晴れて、視界がクリアになっていた。


 妖精の方へと行く途中で、首を斬った女の方を見る。

 アレッドは、どうにもその斬った時の感触の違和感が拭えなかった。

 そして、その違和感は亡骸を見てすぐに解決する。


「なんだこれ」


 その亡骸があるべき場所に、あのラミアの女のソレは無く、あるのは、妙に粘着質でブヨブヨとした固形物の部分もある液体だった。

 しかしよく見れば、固形物が肌色だったり、触れてみれば人の肌のような弾力がある。

 この液体の正体が、あの女だった…というのが、アレッドとしては一番しっくりくる結論なのだが…。

 全てがこの世界に適応していないアレッドとしては、こういうものか…と思える反面、そんな非常識な…とも同時に思えてしまう。

 それだけ、あの女は普通に喋っていた。


 疑問を抱えたまま、アレッドは一旦その液体の事は横に置き、イオラたちの方へと向かう。

 妖精へ弓を射る時、あの妖精はその瞬間もイオラたちの方へと移動をしていた。

 アレッドが思うに、イオラたちを人質か何かにするつもりだったのではないか…。

 結果として、それは儚くも失敗に終わった訳だが…。


「姉さ…」

『あっちゃん、やり過ぎないように言ったよねッ。イオラがショック受けないようにしてって言ったよねッ』


 アレッドが2人の無事を確かめるよりも早く、ラピスの声が頭の中に飛んでくる。


「え? あ、はい。・・・ごめんなさい…」


 ラピスの白蛇は、イオラの目元付近に巻き付いて、さながら目隠しをしているような状態だ。


『わかってるならいいけど、倒すのがスライムだからって、この子のお母様の姿の相手の首を飛ばすのはやり過ぎよッ?』

「す、すいません・・・てスライム?」

『そう、気づいてなかった? まぁ、あそこまで人の姿になって、声まで出せて真似られるスライム、そうそうお目に掛かれないから仕方ないとは思うけど』

「スライム…スライムか…」


 液体を調べるのは後回しにしようと思っていたが、ソレは思いのほか早く解決した。

 アレッドの知っているスライムは、前世の記憶を除けば、我らが住処のスイ道のスライムだけだ。


「確かに、スライムは色んな形に成れるけど、あんな事も出来るのか」


 生活のお供となり、暇な時には、なぜかボディビルのポージングばかりしているスライムが…。


「すごいなスライム」

『スライムの擬態能力に加えて、何か別の力も使ってると思うけど、あのスライム自体、かなり強かったはず。あっちゃんと比べたら、可哀そうだけど』


 ラピスの話では、あのスライムを使って、イオラの母の姿を取っていた者が、スキルとかを発動させていたらしい。

 発動するモノは、ソレを使用できるスライムを操っていた者が扱えるモノに限られ、その威力などはスライムに依存するそうだ。

 アレッドに効かなかったのは、相手にとって誤算だっただろうが、火の玉1つ1つが人を殺められる威力で、命を奪えなくても重傷を負わせられるときたら、わざわざ自分が表に出るのも馬鹿馬鹿しく感じるというモノ。

 行動に命が掛かるのなら尚更だ。


『ところであっちゃん、あの妖精、逃げるよ?』

「はい?」


 液体の謎がわかって抱えていた疑問が無くなったかと思えば、次の問題だ。

 ラピスの言葉に、急いで妖精の方を見る。

 矢が刺さって地面で倒れていたはずが、そこには魔力矢しかなく、丁度妖精から抜けて矢の形が崩れている所で、あるはずの妖精の姿は無くなっていた。


「どないして?」

『あの妖精は、成熟した実体のある体と、実体のない未成熟の体を使い分けられるみたいね。珍しいけど、成熟したばかりの妖精が時々できるって聞いた事ある』

「そういう事はもっと早く言ってほしかったな…」


 アレッドは、マップを開きながら、出来る限り【野生の本能】の索敵範囲を広げる。

 しかし、一定以上の距離を確保されたのか、それとも索敵に引っ掛からない状態にでもなれるのか、妖精らしき反応はなく、周囲にある反応はどれもその辺にいる動物類にしか見えなかった。

 ナイトリーパーアの【標的認定】なら、ターゲットし続けられただろうが、そんなものは後の祭り、考えるだけ無駄と言うモノだ…と、妖精を探すのを諦め、アレッドは索敵を通常の状態に戻して、イオラたちの方へと向き直る。


『まぁあの妖精相手なら大丈夫よ』

「その心は?」

『もうあの妖精の魔力は覚えたから、もう霧を越えて湖の方には入って来れないから』

「ソレは心強いけど…、霧の外で逆恨みのやり返しにあうのは怖いな。ウチはともかく、この一件が終わった後で、コボルトたちとか、護衛のハティとか、自分以外が狙われるのは」

『そういうと思って、契約獣の1匹に跡を追ってもらってるから、しばらくはソレで警戒しておいて、何かしようとしたら、その時はその時に対策を考えればいいよ』

「お~」


 思いのほかきっちり詰められていて、アレッドは感嘆の声を漏らす。

 思わず拍手も送りたいぐらいだ。


『おかあさま…おか…さま…』


 だが、妖精が消え、自分達を襲いに来そうな存在が、一旦いなくなったとはいえ、問題が全て解決したわけでもない。

 ソレを思い出させるように、先ほどからうわ言のように聞こえてくる少女の声が、目先の問題に、アレッド達の目を向けさせる。


「イオラ? 大丈夫か?」


 目元を覆うように巻き付いていた白蛇はほどけ、再びアレッドの首に巻き付き、アレッドはイオラの肩を揺すって、その名を呼んでみるが、一向に目を合わせる事はなく、虚ろな目を泳がせるだけだった。


「どうなってるのコレ」

『妖精の洗脳が中途半端に終わってるのかな~』

「ずっとこのまま?」

『ううん。イオラたちをドラゴンモドキから助けた時と同じ、異常状態をスキルで解除すれば、元に戻るはず』

「なるほど」


 アレッドは、返事をすると同時にジョブを変更する。

 血濡れた鎧に身を包んだ容姿にアレッドが設定しているジョブ「ヒーリングマジシャン」、回復支援が豊富なヒーラーだが、装備武器によっては回復性能を下げる代わりに、戦闘も熟せるようになるジョブだ。

 アレッドは、ヒーラーとしてよりも戦闘面での運用ばかりだったので、それに合わせて見た目もこんなになっている。


 ジョブを変えたアレッドは、早々にあの時と同じように、イオラの洗脳状態を解除した。

 すると、すー…と、まるで眠りに落ちる幼子のように、虚ろだった目が閉じて、力なくその場に倒れる。

 ソレを咄嗟に受け止めたアレッドは、ジョブを再び周囲警戒も兼ねてボウハンターに変え、以前の洗脳解除時のように意識を無くしたイオラに安堵した。

 もしかしたら…と、考えだしたらキリがないが、ひとまずはこれで良し…と息をもらす。


「イオラはこれでイイとして…、どうやって運ぼうか…」


 アレッドは、少女を姫様抱っこするように抱えた。

 ラミアの蛇の下半身は、人間の足と比べて長いため、このままでは地面をズルズルと擦りながら移動する事になる。

 蛇の部分を肩に掛けるか…と考えて、アレッドは首を横に振ってやめた。

 動きづらそうだ。


「姉さん、この前みたいに水蛇で運ぼうか。そうすれば運べるモノが増える」

『そうだね、そうしよう』


 アレッドは、チラッと、倒れているラミアの兵士の1人を一瞥した。

 触らぬ神に祟りなし、藪蛇…、この際言い方は何でもいいが、必要以上に首を突っ込むのは、余計ないさかいを招き込むだけだ。

 湖を、必要以上に危険にさらしたくはない。

 だが、そもそも、既に神に触っている、藪を突いている…、イオラやクンツァ、アパタやコボルトたち、十分に関わって、最後まで面倒を見ると決めている。

 そうである以上、イオラの件は放っておく訳にはいかない。

 アレッドは、はぁ…と軽いため息をつく。


 相手の狙いはイオラで、何かしらの作戦に必要…、その事を知らずにいられたなら、外は危ないからもう出ちゃだめだぞ…と注意して、こちらも意識して事が済むまで目を離さなければいい。

 でもそうはならなかった。

 面倒を見るという事は、決して命を助け、安住の地を与えるだけで完結する言葉じゃない。

 既に負ってしまっている傷も見てやらないといけないし、ソレを癒す助けにもなってあげなければ…。


 だから情報が欲しい。

 アレッドは、倒れているそのラミアの兵士の方へと近寄る。

 血反吐で口元を赤く染めた兵士は、ひゅー…ひゅー…と、弱々しい呼吸をしながら、虚ろな目を空へ向けていた。

 戦っている時、カウンターで思い切り殴った相手だ。

 他のラミアと違って、瀕死にはなったが、当たり所の影響で命拾いしたのだろう。

 他の連中と同じように殺すつもりで戦っているつもりだったが、アレッドも人の姿を持つ相手に対して、どこか加減をしてしまうモノがあったのかもしれない。

 刃物と違い、拳だったのも、生き残れた理由の1つだろう。

 とはいえ、このまま放置していたら、そう長く持たずに息を引き取る事になるだろうが。


 アイテムボックスの中から、回復薬を取り出して、その一滴を兵士の口の中に垂らす。

 全て与えれば、ある程度動けるようになるだろうが、子供1人抱えている状態では、そんな事をされても困る。

 そもそも抱えた状態でしゃがむのだって大変なのだ。

 この体でなければ、しゃがみ込む前に体が悲鳴を上げている事だろう。


 弱々しかった呼吸が落ち着いて、虚ろだった目に、幾ばくかの光が戻る。

 ソレを見て、アレッドは質問をした。

 イオラを狙った目的は何だ…と。


「ちゃんと誠意をもって話してくれるなら、ソレが嘘じゃなかった時、ウチは君を、全力で助けてもイイと思ってる。ここは迷いの森だ。いくら君達が魔力を抑えて、魔物に気付かれずにいたとしても、これだけ血が出れば魔物や動物はいくらでも寄ってくる。辛うじて喋れるだけの元気がついても、そんな獣たちから逃げる力はないだろ?」


 どうやって魔力を抑え込んでいるかは、この際どうでもいい。

 優先するのはイオラの事だ。


「もちろん。この場凌ぎで嘘を吐いても、嘘だとバレれば、結末は同じ事になる。簡単な選択肢だ。このまま死を選ぶか、今回の事を悔い改めて、今後は誠実に生きていくか…」


 兵士は、覇気の無い顔でアレッドの顔を見続けて、小さく首を縦に振った。


 という訳で、兵士は淡々と、己が知っている事を話し続けた。

 相手も一枚岩ではないのか、というよりも、背に腹は代えられないとか、自分の命より大事なモノは無いとか、そんな所だろうが、素直に話してくれる内容を、アレッドは聞いていく。

 とはいえ、そこまで難しい事はない。


 ラミア族の中でも魔法スキルに長けたイオラの母を、人間領に殴り込みに行く今回の戦で、戦力の1つとしていたが、母親がソレを拒み続けたのが事の発端だそうだ。

 隷属化の首輪を使って、言う事を聞かせてはいるが、ソレも効果が薄い。


 クンツァたちの時も、アパタはドラゴンモドキから助けてもらった後も、アレッドに対して反抗しようとしたが、クンツァは首輪の力を制していた。

 イオラの母親もそうしているのだろう。


 隷属化の首輪の効力を高め、より強く支配する事も出来るが、ソレをすると本人の力が弱まってしまう。

 隷属化を維持するために、本人から魔力を奪って動かしているからだ。

 効果を高めれば高めるだけ、必要になる魔力量も増える…。

 そんな時に、イオラについていた妖精が現れ、イオラの生存とアレッド達の事を知らせ、娘を人質に、首輪の力を強めずに言う事を聞かせる事が考えたらしい。


 話を聞いてみれば、何とも胸糞悪い話だが、力がモノを言う魔族領…、であるなら、力を持って相手を無理矢理に従わせる…なんてことも、別に手段としては不思議ではないのかもしれない。

 アレッドもまた、そういう事をして嫌われる国を、前世のゲーム等で、何回か目にしてきた。

 ゲームでなくても、凶器をチラつかせて言う事を聞かせようとする人間は居た…、人も…そして国ですら、率先して行っている所もあったぐらいだ。

 やってる事はドン引きだが、そういう世界で生きてきたのなら、それもまた処世術の1つなのかもしれない。


「他所は他所、ウチはウチ…だが」


 思っていた以上に大きな面倒ごとに首を突っ込んでいたものだ…と、アレッドは深いため息をつく。


「重要な事だから、もう一度確認するけど、イオラの母親は、生きていて、今もあの魔族の軍隊と一緒に居る、それは本人の意思ではない…て事でイイかな?」


 アレッドの質問に、兵士はコクッと頷いた。


「そうか…」


『あっちゃん、ハクちゃんに来てもらったよ~』


 兵士から話を聞いて少し経ってから、森の木々を縫うようにして、白い大蛇が姿を見せた。


「あっちゃん様、状況はッ!」


 一緒にクンツァやアパタ、そしてハティも出てきて、ハティの背にはイオラの事を一番心配していたコボルトのヨミアの姿もあった。


「面倒な事にはなってるけど、イオラは大丈夫だよ」


 何かあった時の為に、ラピスがクンツァたちを護衛に寄越したようだ。

 状況の説明をしつつ、アレッドは自身の腕の中で眠る少女の顔を見る。

 そして近寄ってくるヨミアの見えやすくするために、しゃがんで見せた。


「安心しました。この子が1人で霧の外に行っていると聞いた時は、心配でしたが、怪我が無くて本当に…よかった」


 本当にそう思う…と同意の意味を込めて、アレッドはヨミアに対して頷き返す。

 こうして眠っている姿だけだと、可愛らしい少女の寝顔にしか見えないが、子供が抱えるには大き過ぎて、そして重いモノを抱えていたと思うと忍びないし、気づいてやれなかった自分が情けなく思えた。


 何はともあれ、大蛇にイオラを乗せて、情報をゲロったら助けてやる…と約束した兵士も乗せる。

 兵士には動けないにしても、死の淵からは戻って来れる程度には回復薬を、追加で呑ませた。


 幼い子供の寝顔、その顔に付いた汚れが、少女の頑張りを物語っている。

 できる事なら、もっと力になってやらねばいけない。

 その汚れを指先で拭き取ってあげながらそう思った…その時…。


『イエス、ロリータ、ノ~…タ~ッチ…』


 突如として、肩に何かがのしかかり、耳元で吐息が掛かる勢いで、そんな言葉がささやかれた。


「うわぃッ!?」


 妖精に何かされた時よりも、声は大きく、驚きの声を漏らし、アレッドは体を震わせる。


 戦闘状態でもなかったし、ボウハンターによる索敵にも、敵意アリとして引っかからなかったその何者か。

 完全な不意打ちに驚きを隠せないのと同時に、その声は、どこか怒りを帯びているようにも感じる。


「僕がせっかくこっちに来れたのに…、連絡してもしてもしても…しても反応なくて、いざ来てみたら、君はロリ少女とお楽しみ中でした…てか? そうですかそうですか」


 断じてそんな事はない…、アレッドが反論するよりも早く、肩に痛みが走り始める。


「アダダダッ!」


 身近な存在で、おいそれとアレッドに痛みを与えられる人間はいない。

 痛みを訴えるアレッドの姿に、湖の住人は驚きの顔を覗かせ、アレッドやラピスは、その声の主を見て、別の意味で驚きに包まれた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る