第22話…「あの人を見た時のこの胸のときめき、まさか?」


――――「ラピスの精霊湖(昼過ぎ・晴れ)」――――


 コボルトたちが精霊湖にやってきて、速いもので1カ月が過ぎようとしている。

 季節はすっかり夏の始まりを告げていた。

 精霊湖のすぐそばだからこそ、風が吹けば涼しさを感じるが、そこはさすが夏と言うべきか…、暑い。


 羊のコボルトたちも、そんな毛を蓄えていては、流石に熱中症になるという事で、刈り取ってしまっていた…。

 その刈り取った毛は、加工して、今では毛の無くなったコボルトたちの服へと変わっている。

 その毛刈りは、羊コボルトたちにとって季節の風物詩として、コレをやってこその夏…と、この瞬間夏を迎える事ができた事に感謝していた。

 同時に、冬に向けての防寒服の製作を開始する季節とも言える。


 現状、この精霊湖では衣類の数が少ない。

 物の売買をする環境も無ければ、材料も無いため、有り合わせのモノで、今あるモノを補強する形が最も有用となる。

 元ある服を、修繕して修繕して、場を持たせている状態だ。

 スイ道のおかげで、服を傷ませる事なく汚れだけを取る事は可能となっているが、それでも、普段から着続けているがために、痛みはしていく。


 そんな中での羊毛…、つまりはウールの取得は大きい。

 まぁ羊コボルトたちのなけなしの体毛だ…、字面にすると何とも気が引ける。

 量がそんなに取れないがために、彼らの服を作ってしまえば、残るモノは無い。

 むしろそれだけではちょっとだけ足りないから、獣の毛皮を加工して服にしている。

 見た目は可愛らしいが、どこかワイルドだ。


 建物類は、森の中である以上、木材は潤沢に存在するからいい、食材も、森の恵みや畑の実験でできたモノで事足りる…、最悪アレッドのアイテムボックスから取り出す事も可能なので、困る事はないだろう。

 しかし衣類はそうも言っていられない。

 クンツァやコボルトの男達は、衣服に無頓着というか、着る事ができればいい…というスタンスでいるが、他の女性陣は、ソレを快く思っていなかった。

 当然だ。

 オシャレをするつもりは無くても、ボロボロの服を着続けるのは良くない。

 いくらスイ道のおかげで、清潔感があっても、ボロボロの衣服では、気分も萎えてしまう。

 気が滅入ってしまえば、仕事に支障が出るし、下手をすれば病気になりかねない。


 アパタ曰く、大人達は最悪このままでいいとしても、子供にはそんな苦い思い出を作ってやるべきではない…との事だ。

 ただでさえ辛い思いをして、ココにたどり着いているのに、これ以上追い詰めるのは国だろう。


 アレッドも、もしアレッドが…自分の娘が、追剝に会い、ボロボロの服を着て薄汚れた道を彷徨っている事を想像すると、胸を痛めるなんてレベルではない。

 涙を流し、想像だというのに、架空の追剥をした連中に怒りを覚えた。

 当然、その怒りは、ぶつけるモノがなく、空しいだけなのだが…。


 何にせよ、夏が終われば秋が来る…、そしてその次は冬だ。

 衣服に無頓着と言えど、防寒対策はしっかりとして行きたい。

 そのためにも獣を狩って、毛皮をより多く入手したり、それこそ衣服を作るために、綿…コットン、その材料を探すのも手だ。

 いっその事、人里に出て、直接仕入れる…という事も、視野に入れるべきか…と、アレッドは考えていた。


 という事で、精霊を除けば、この精霊湖にいる人間は全員が魔族、何か取引をするなら、南ではなく北の魔族領に行くのがベストか…と、アレッドは考えたものの、相談に乗ってもらっているアパタには、すぐに否定される。


 今は、昼食を終え、日課は午前中だけで、ゆっくりする日、アレッドとアパタは、調理場の食事処で休んでいた。


「魔族領で、ここから一番近いのはデモノルスト、私達の故郷だけど、あそこは武闘派の国で、武具とかは比較的安いけど、衣服とか、戦いに直結しないモノは物価が高いの。それを踏まえて取引するにしても、まともな品揃えなのは、王都まで行かないと駄目ですね。しかも、趣向品としての衣服ばかりです。無駄に豪華で煌びやかなドレスとか。男性物も似たようなモノです。庶民が普段使いするようなモノは売ってません。あの国では、そういうモノは、自分で作るモノ…と暗黙のルールになっています」

「じゃあ、布とか、そういうモノを買うってのは?」

「ソレも厳しいですわね。布も、そう言った服を特注するための趣向品です」

「・・・」


 使えない国だ…、アレッドは溜め息をついた。


「なので、デモノルストの庶民の服は、狩った魔物の毛皮を服に仕立てるのが一般的で、自分達で服を作れる羊のコボルトたちは、むしろ珍しい分類です」

「何たるワイルドッ」


 アレッドは頭を抱えた。


「なので、北のデモノルストで衣類を用立てるのはお勧めできませんわ。それこそ、大陸の反対側へ行かなければ、魔族領では、庶民的な服は手に入らないかと」

「じゃあ、行くとするなら、南…か」

「はい、南の人間領なら、ウールからコットンまで、幅広い種類のモノが安価で手に入るかと」

「そうか~…。・・・て事は、行くならウチ1人で…て事になるね」


 ソレは寂しい…と、アレッドは肩を落とす。

 前世なら、遠出といっても、自転車、車、電車に新幹線、果ては飛行機と、いくらでも移動の便があった。

 しかし、ココではそうも言っていられない。

 何よりアレッドの気を引かせるのは、この森に来るまでの数日間の旅だ。

 ハティも居たし、ビルもいたし、寂しさはある程度和らげる事は出来ていたけど、誰かと話をしたい…というのは贅沢な悩みだろうか…。

 贅沢というか、ハティ達に失礼な用に思えるが…。

 1日2日なら問題ないだろう。

 でも、いつ人のいる場所に着けるかわからない…、魔族領の方なら、まだアパタ達に土地勘があるけど、人間領ではそうはいくまい。


 うんうんと唸るアレッドを見て、アパタは思わずクスッと笑った。


「どうかした?」


 面白いと思える事をしているつもりの無いアレッドは、アパタの浮かべる笑みを訝しんだ。

 そんなアレッドの姿に、いえいえ…と楽しそうな笑みを崩す事無く、アパタは手を振る。


「あっちゃんは、寂しがり屋だと思って。私達に一緒に居てもらえるように必死になっているように見えるのが、なんだかおかしくてつい」

「別に…。孤独なのは嫌だと思うけど…」


 できた繋がり、ソレを失った時の悲しみを知っているからこそ、手放したくないと思うのは当然の事だ。

 自分の自己中的な考えで救ったとはいえ、一緒に生活をして1カ月、悪い人達じゃないとわかっているし、人数が増えた事で、ふとした瞬間の孤独感も、大体誰かしら近くに居るので薄まった。

 誰かの生活の空間を一緒にしている…、それは精神的にも癒されるのだ。

 アレッドはソレを今更手放せない。


 手を出したからには最後まで面倒を見る。

 その気持ちが変わらないのは勿論の事、仲良くなり、大事に思うようになって、自分の手の中からこぼれ落ちてほしくないとも思うのだ。

 だから必死になる。


「知人の為に頑張るのは、おかしな事じゃ…ない」


 自分の気持ちはわかっているはずなのに、口にしてみると気恥ずかしい。

 少しだけ言葉が詰まりそうになって、頬が熱くなるのを感じながら、口を尖らせながら、そっぽを向く。

 そんな精霊の姿を見て、アパタは、さらに口元へ笑みがこぼれた。


 アパタから見るその精霊は、不思議な存在だった。

 見た目は竜人の女性であり、本人の証言と、クンツァの証言から、精霊である事が確定している。

 精霊は、神より世界の安定の任を解かれた後、この世界の生物の形を与えられ、世界の住人として生活する事になっていると聞くが、その精霊からは、そんな大任を任されたような雰囲気を感じなかった。


 どこまでも人間的で、アパタ達人間との隔たりが無い。


 精霊は、人間とはその生い立ちの違いから、壁を作ると聞く。

 世界の住人になったとて、その力も、価値観も違うのだから、壁を作るのも仕方がない。

 精霊が人間をどう思っているのか、ソレを知る事は人間側にはできないが、彼らに見られている時の人間側は、外から覗かれる鳥籠の中の小鳥…と言った所だろうか。


 アパタは過去に精霊と会った事はない。

 初めて会った精霊がアレッドであり、その次がラピスだ。

 アレッドは何処までも人間的で、次に会ったラピスを前にした時は、アレッドとは対照的に、何故か息の詰まる思いだった。

 今でこそそんな事はないが、あの時にラピスから感じた圧が、精霊が崇められる所以…その一旦なのだろう。


 ただ長い年月を生きて来たというだけの存在じゃない。

 その身が背負ったモノの重さが知れない。

 見た目こそ人魚のラピスが、アパタには何処までも大きな存在に感じた。

 まさに鳥籠の中の小鳥の気分だ。

 そんな巨大な存在からしてみれば、アパタなど、取るに足らぬモノ。

 鳥籠からだし空へと羽ばたかされるのもよし、永久に鳥籠の中で飼殺すもよし、そのまま火にかけて焼き鳥にするもよし…だ。


 だからなのか。

 そんなラピスとは対照的に、見下ろされるのではなく、隣に立ち、同じ目線で話をされているかのような、圧迫感の無い…普通の人間を相手にしているような印象を受けるアレッドに、意識を持って行かれるのは。


 別にアパタは、アレッドに媚びへつらって、精霊様からのお情けが欲しい訳じゃない。

 命を救ってもらい、住む場所を与えられた…、それだけのモノを貰っておいて、それ以上を望むのは、恐れ多い…と、彼女は思う。

 そう思っているはずなのに、アパタはアレッドに惹かれるものがあった。


 サキュバスは、男を誘惑し、その性を喰らい…、魔力を吸う者だ。

 その人ならざる生態は、魔物を祖とする魔族固有のモノ。

 サキュバスにとって男は、伴侶であると同時に、生きるための糧でもある。

 自分以外のサキュバスは、親族でもない限り、男という獲物を自分から奪おうとする敵だ。

 強い信頼関係の元、友好関係を築かなければ、とにかく馬が合わない。


 別に男を喰わずとも、魔力は体内で作られる分で、生きていくだけの量は手に入るし、食事を摂る事でも体を維持する事は可能だが、生存の行為がそのまま快楽にもなるサキュバスは、その手段を選ぶことが多い。


 彼女達の種族は、子供が生まれたとしても、男が誕生する事がほとんどない。

 例外は存在するが基本は女だ。

 そんな種族的原因も多々あって、彼女達は本能的に男を求める。

 より優良な男を捕まえようと進化した魔族故に、その容姿は人に近い種族からしてみれば、高レベルの美貌を備えていた。


 そんな事から、サキュバスは男に惹かれ、他のサキュバスを敵と見る。

 男を求めるのは、生きるためであり、そしてより多くの子孫を育むためだ。


 しかし、何事にも例外はある…、両食いだったり、同性食いをするサキュバスは存在するが、ソレは本当に稀な事。


 アパタは最近、そんな稀な事が頭にチラついては、自身の胸の小さな高鳴りに戸惑いを抱いていた。

 自分は精霊とはいえ女を好きにでもなったのか…と。

 死の淵にあったのを助けてもらい、住む場所を、生きる糧を貰った…。

 相手が男だったら、サキュバスであるアパタは惚れない理由はない…と断言できる程、アレッドは彼女にとって好印象だ。

 それ故なのだろうか。

 その衝撃が強すぎて、アパタは、サキュバスにとっての稀な存在になってしまったのか…。

 自分の想像しえなかった出来事に、いつまで経っても、戸惑い続けた。


 サキュバスは性を力とし、糧とする種族、だからこそ、色恋というのも、しっかりと自覚する事ができる。

 アパタは、アレッドを己のターゲットにしている事を自覚した。


 それからというもの、気づけばアレッドを誘惑する行動をとっている。

 スキルの【魅了】は、気づけば使っているし、夜になれば気付くとアレッドの寝床に潜り込んでいた。

 デモノルストの将として、長い事、戦いに明け暮れていた事もあって、そう言ったモノとはご無沙汰だっただけに、本能的に…これは自分の獲物…と定めてからは、意識的にも無意識的にも、その積極性に、自分の事ながら焦りすら覚える。

 そんなに早足じゃなくても…と。


 同時に、それぐらいでちょうど良いのかもしれない…とも思っている。

 アレッドは体が女性ながら、男にしか効果が無いはずの【魅了】が効く。

 女性だからこそ、本来効かないはずの魅了を受けても、効果が低いのか、それとも別の理由で効果が軽減されているのか、効果は薄いが…。

 【魅了】の効果が薄いからこそ、本来男を落とすまでの時間と比べるのなら、今のペースは急ぎ過ぎで丁度良い。


 アパタは、アレッドを振り向かせ、夜のゴールインを目指す。


 そんなアパタの思惑を知らぬアレッドは、彼女に振り回されてばかりだ。

 彼女と話をしていると、いつの間にか【魅了】のデバフを受け、ついつい本音の中から、彼女を喜ばせようと口を零しそうになる。


 デバフを受けると言っても、本来の効果とは弱体化されているし、解除されない限りの永続効果のソレは、アレッドに対しては数秒…もしくは数十秒の取っ掛かり程度の効果しかない。


 ソレは大体、ファンラヴァ基準の被デバフ時間に依存しているからだ。

 向こうでは毒や麻痺、呪い等は、攻撃を受けてしまうと必ず負ってしまうモノ、魔法で解除するか、数秒の時間経過での自然治癒を待つしかない。

 しかし、短時間で治るからこそなのか、その体は耐性があると言え、効果が薄いのはそのせいだ。


「クンツァとか、もう見た目がまんま魔族だから、人間領に一緒に行く事は出来ないけど、私なら一緒に行けるわよ? 私も一緒に行けば、話し相手になれるし、不安も少なくなるんじゃない?」

「確か…に?」


 アパタの容姿を改めて見て、本当にそうだろうか…と、アレッドは首をかしげる。

 この世界の人間がどれだけの容姿を持っているのか知らないけれど、アレッドから見て、彼女はまさに美人だ。

 確かに彼女の後ろでユラユラと揺れる尻尾を隠しさえすれば、人間に紛れ込む事も、そう難しくはないかもしれないが…はたして…。


「ん~」


 それに…。


「一緒に来てくれるのは嬉しいと言えば嬉しいけどね」


 アレッドは、はぁ…とため息をつく。


「どうしたのかしら?」


 そんなアレッドに、アパタは、優しい微笑みを浮かべながら、その顔を覗き込む。


「知らない土地に1人で行くのは、確かに心細い。そんな所に、ただ話しができるだけじゃない…、ただ一緒に居るだけじゃない…、話の出来る同行者がいるって言うのは、心強い事だよ」

「そうよね? でもあまり嬉しそうに見えないけれど?」

「・・・コレは、ソレとは別…かな?」

「別?」


 アレッドは、自分の頬が熱くなるのを感じた。

 胸の内にある感情を、外へ漏らしてしまう事が、恥ずかしくて仕方がない。

 いつもなら、理性がソレを抑え込んで、恥ずかしい思いをしなくて済むのだが、その時は、胸の奥底に押し込むのではなく、体が自然と外へ出そうとした。


「誰かが一緒に来てくれるって思ったら、安心したというか、ホッとしたというか、体が軽くなった。ウチはいい歳して、アパタの言う通り、存外寂しがり屋なのかもしれない…」

「精霊様は、1人は寂しい…と?」

「・・・うん」

「・・・」

「・・・」


 幾ばくかの時間、両者は沈黙し、アレッドは頬どころか、顔全体…いや耳も首も、体全体が熱くなるのを感じた。


「・・・アパタッ!!」


 彼女ならその言葉を受け入れてくれる、そんな根拠のない予感が頭を埋め尽くしていた…、だからこそ、なんで自分の口からこんな事を口走ったのか、理解する。


「精霊様の本音が聞けて嬉しい限りですわね?」


 悪びれる様子も無く、満面の笑みを浮かべるアパタ、その表情は嬉しそうでありながら、悪戯を成功させた子供のような幼さすら感じさせる。

 アレッドはアパタから【魅了】デバフを受けていた。


 ソレはささやかな、本音を零してしまう程度の微量の誘惑…。


 アパタの事を受け入れ、彼女へ本音の話をするただそれだけの事だけれど、アレッドの表情は恥辱にまみれた。

 別に、自分自身が寂しがり屋である事を恥じる訳じゃない。

 人間誰しもが1人で生きていける訳じゃないし、アレッドはその枠に入っていなかっただけの事だ。

 それを他人に聞かれたのも、別に怒る事ではないけれど、自分の弱みを見せてしまった事の恥ずかしさを感じる。

 他人に、そうだね…て言われるより、自分でソレを口にする方が、ダメージとしては大きい。


「もうあっちゃん可愛いんだから~。いいわよ? 私も人間領に行く時は一緒に行ってあげるから? それに、これからも、寝る時は添い寝をしてあげますね?」


 顔を真っ赤にしてうずくまるアレッドの姿は、アパタの加虐心を刺激される。

 その気持ちをグッと抑えた。

 ソレはアレッドに対してプラスに働く事はないと、本能的にわかる。

 やっていいのは、弄る所まで、今回の本音を吐かせるのは、その限界点…と言った所だ。

 それでも、アパタは満足した。

 強くて優しいアレッド、そんな彼女の今の姿もまた…、アパタ自身がアレッドに惹かれる要因の1つと言えよう。


 本来【魅了】は、必ず相手に作用する力…という訳じゃない。

 強力な力ではあるが、威力を発揮するかどうかは、だいぶ限定的なモノだ。

 ソレが、効果が薄いとはいえ、絶対に作用するアレッドは、アパタにとって、どうにも弄りたくてしょうがなくなる対象ともいえる。

 むしろ、そうやって弄っている時の方が、アパタは楽しいとすら思えた。


『楽しそうじゃない? 仲も良さそうね?』


 アレッドの恥ずかしがる姿に、ほんわかとアパタが和んだ所で、テーブルへ隠れるように顔の上半分を覗かせたラピスが、ジトッとした目を2人に向けながら現れた。


「あら、ラピス様、今あっちゃんと今後の衣類事情の事で話をしていたのだけれど、人間領に調達する事になりました。その時は、容姿が人間に近い私が同行する事も一緒に決まりましたので、報告させていただきます」


 ジトッとした目が、軽蔑の目に変わり、アレッドの方へと向いた。

 正直、アレッドは勘弁してほしかった。


 アレッドは前世から引き継いだ男心を弄ばれて傷心中、ラピスの相手をできる気がしない。

 かくいうラピスは、そんな意気消沈する妹を想って、ササッと彼女の近くに寄ると、その胸に抱きしめて、頭を撫でた。


『アパタ? あっちゃんをイジメるのはダメよ!? 玩具じゃないんだから!』


 敵意を向ける…という程ではないが、まるで子供を優しくあやす母のように、ラピスはアパタを責める。


「いえいえ、私はあっちゃんを想ってこそ…。毎日忙しそうに動き回る彼女に、少しでも息抜きをしてもらおうと思ったのです」

『そうなの?』

「ええ。それでラピス様?」

『何?』

「あっちゃんは、思いのほか寂しがり屋です。少しでも寂しくならないように、一緒に居てあげる事を勧めますわ。本人の言質は取りましたから、確かです」

『・・・本当にッ!?』

「はい」

「・・・」


 そんな会話を聞き流しながら、アレッドは、もうすきにしてくれ…と思い考えるのを止めた。



――――「ラピスの精霊湖・迷いの霧付近(早朝・曇り)」――――


 時間は何もせずとも過ぎていく。

 胸に募っていく不安を抱えながら、ラミアの少女は、その霧の中に、入り込んでいった。

 周囲を漂う光に、迷うことなく外へと行くための道を案内してもらいながら…。


「お母様…」


 自身の求めるモノを口に出しながら、しゅるしゅる…と、恐怖を抱える足取りで精霊湖を出て行った。


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