第21話…「物騒な話より、美女美少女と、キャッキャウフフな話をしたいに決まってる」


――――「ラピスの精霊湖(丑三つ時・曇り)」――――


 夜食として食べる物と言えば、・・・それは人によってまちまちだが、ことアレッドにとって、夜食と言えばインスタントラーメンと決まっていた。

 問題は、そんなモノ、この世に存在しないという事だ。

 そう、文字通り存在しない。


 昔、原始世界で科学を起こす漫画を彼は読み、やりようによっては、インスタントラーメンをこの世界に誕生させる事ができるのを、彼女は知っているが、そこまでして食べたいモノでもない。


「一生食べられないと言われると…、食べ飽きた味でも、無性に食べたくなるな」

『ん? 前世の話?』


 ぽつりと思わず口から出たアレッドの言葉に、唐揚げを頬張っていたラピスは首をかしげる。


「そう、保存食の麵料理」

『麺料理…、スパゲッティとは違うの?』

「近いモノと言うなら、そっちよりもうどんとかに近いかな」

『うどんッ、うどんか~。あの弾力のある麺が病みつきになるわ』

「麺が命って言うしな~…、いや、喉越しだったか? それとも、汁?」


 何にしても、汁物の麺類…と考えれば、ラーメンに近いモノはある。


「話をしてると、食べたくなって来るな…ラーメン。学生時代なんて、毎日ラーメンを食べてたし、インスタントはともかく、普通のラーメンぐらいだったら、作れるかな?」

『むむッ? 興味をそそられる話だ。製作本には載ってなかったと思うけど』


 何か食べたいモノがあるか…とアレッドからラピスに聞く時、大体アレッドが料理職人状態の[簡易作業セット]に付いる製作本を見てもらう。

 アレの内容は、使用者の製作ジョブが何かに依存するため、使用者であるアレッドのジョブに沿った内容になる。

 …と言う事から、アレッドに食べたいモノがない時は、度々製作本を見せ、その中から食べたいモノを選ばせていた。


 製作本の内容は、ファンラヴァの製作可能物に依存する。

 食の良さに目覚めてからというモノ、暇があれば製作本を眺めていたラピスは、その中に記載されている大まかな料理の種類や、メジャー所の料理は覚えていた。

 そんな彼女でも、ラーメンというモノは知らない、何故ならその製作本の中に…、ファンラヴァの世界に…、ラーメンと呼べるモノは存在しないのだから。

 ゲーム内で、和風テイストの世界は存在したが、ラーメンが存在する世界…とまではいかなかった。

 うどん、蕎麦はあるが、ラーメンは無い。

 記載はあっても、素材の問題から、蕎麦は作れないが。


「料理は製作本に載ってるモノが全てじゃない…て話」

『そう…そうだよね~。あっちゃんが作ったこのマヨネーズも、製作本には載ってなかったもんね』


 ラピスは、フォークに突き刺した唐揚げへ、たっぷりとマヨネーズを付けて頬張って見せる。

 それはもう、唐揚げの味よりも、マヨネーズの味ばかりしそうな食べ方だ。

 こちらの引き気味の視線を気にする事なく、ラピスは、はふはふ…とその熱気を口から吐き出して、幸せそうな顔を浮かべる。


『ん~、あっちゃ~ん』


 次々と唐揚げを頬張っていきつつ、ラピスはアレッドの後ろに回り、肩へと手を置く。

 何とは言わずとも、彼女が何を言わんとしているのかはわかる。


「らーめんか…、しょうゆ、みそ、塩、豚骨…、メガ盛り…、多岐に渡る料理だけど、とりあえず、どのラーメンでもいいから、ウチも久々に食べたいな~」

『ら…ラーメンには、そんなに多種多様なラインナップがッ!?』

「うん。あとは上に乗せるトッピングで彩りも組み合わせが色々あって、組み合わせも無限大だ」

『そんなに…』


 二人してヨダレを垂らす光景は、どこまでも間抜けだった。


『それで、あっちゃんは今何を作ってるの?』

「これ? これは「スープパスタ」でも作ろうと思って…て、すんごい目がキラキラしてるじゃん…」


 ラーメンに対してのヨダレを手の甲で拭った直後、ラピスは物欲しげな視線をアレッドに向ける。

 ラーメンが無いからこそ、汁物麺料理として作った…、カロリー等はお察しだ。


『あ~あ~…あ~…』


 ラピスが、どこぞの顔の無いキャラクターみたいな声をもらして、手をそわそわさせている。

 鍋の中で揺れられる麺やスープと、自分が食べたいと言って作ってもらった唐揚げが盛られた皿を交互に見ては、悔しそうな顔をした。


「・・・食べる?」

『いいのッ!? やったぁ~ッ!』


 満面の笑みで喜ぶラピスの姿は、まさに大きな子供である。

 しかし、子供も、色んなことを見て、知って、そして大人になっていく…、今まで自分の領域に引きこもって、外を知らなかったラピスにとって、今はまさに見て知る期間、成長途中の子供と同じ…とも言えるだろう。


 アレッドは、ヘレズ作のスマホを取り出して、時間を確認する。

 周りは未だに暗く、時間をハッキリと確認する事ができないが、スマホが表示する時間は朝の3時を回っている…、もう少しで空が白け始め、すぐに日の出だ。


「もはや夜食というより、老人の朝食だな…こりゃ。食べてるモノは老人が食うには重いモノばかりだけど」


 苦笑を浮かべながら、自身の横に座り、テーブルにがっつくように前のめりになって食事を取るラピスを、アレッドは少々呆れつつ見た。

 ジョブの力はあれど、自分が作ったモノを、美味しそうに食べてもらっている姿は、嬉しいと言えば嬉しいのだが…。


「そんなに腹が減ってたんだな…」


 その姿は、まるで普段ご飯を貰えず、久方ぶりに食事ありついた人みたいで、全く悪い事をしていないのに、アレッドは申し訳なく感じ始めた。


『んぐんぐ…ゴクッ。…昨日は朝ごはんだけで、昼と夜を食べてなかったからね』


 口元を汚しながら、どこまでも必死にスープパスタを頬張るラピスの姿は、新しくやって来た住人達には、絶対に見せられない光景だ。

 威厳もクソもない…。。


『私は知りました。いくら忙しいとはいえ、食事を抜いた時の虚しさは、ご飯抜きと言われるよりもつらいという事を…』

「ご飯抜きなんて言った事あったっけ?」

『例え話です。でも、想像するだけで恐ろしい言葉よ、ご飯抜き…。そしてそれ以上に怖いのは…、自分でご飯を抜く事…。食べられたご飯が食べられないなんて…、自分でこんな幸せを捨てたのかと思うと…。うぐぐ…』

「あはは…。言わんとしてる事はわかるけど…、姉さん、どんどん食道楽の道に進んでるね…」

『食事は全てに通ず…よ。身体の健康、心の健康、そして満腹からみなぎる力、ご飯は偉大』


 そして、一人前のスープパスタは、あっという間に、ラピスの皿から姿を消した。


 最初こそ、ちょっと小腹が空いたから…と、始めた調理だが、時間は過ぎて、空は明るみ、森からはチュンチュンと野鳥の寝起きの鳴き声が響き始める。


『ソレで、話を戻すんだけど』


 食後の薬草茶を啜りながら、ふっと思い出したかのように、ラピスは口を開く。


 日の出の時間を過ぎて、もはや眠気は明後日の方向に飛んでいってしまったアレッド、改めて寝直すのも億劫になり、朝食…には重いので、昼食用に唐揚げを上げている。

 揚げたても美味しいが、葉野菜と共にパンへと、少し時間が過ぎて、味がじっくりと身に染み込んだサンドイッチというのも、なかなかに美味いモノだ。

 そんな事を思い浮かべていたアレッドは、ラピスの話に首をかしげる。


「どの話?」

『・・・私が、森の警備を強めたって話です~ッ!』


 ラピスは、忘れられていた事に、不服そうに頬を膨らませた。

 しかし、アレッドが忘れていたのも仕方ない…、大事な話よりも、料理をしていた時間の方が長く…気持ちがイイ程に美味しそうに食べてくれるのだから…。


「あ~あれね」

『も~』

「ごめんごめん。それで、色々と見つかったみたいだけど、特に、ウチ達が気に掛けておいた方がイイ事はある?」


 コボルトたちと同じように、[隷属化の首輪]を付けた人たちの亡骸を見つけた…、ラピスはそう言ったが、死体が見つかるだけなら、魔物のはびこる森の中じゃ、特別…と呼ぶほどではない。

 動物も魔物も、弱肉強食の摂理の中で、喰って喰われてを繰り返すモノだ。

 だが、ラピスの見つけたソレは、弱肉強食であっても、作為的なモノである。

 たまたま森に入った人が魔物や獣に襲われたのとは訳が違う。

 その先がある。


『霧の中にいる限りは、別段注意しなきゃいけない事はないよ。気を付けた方がいいのは、霧の外に出る人。狩りとか山菜や薬草摘みとか、当番制で外に出てるでしょ? その人達は気を付けた方がイイ』

「一応、ハティが一緒に居るけど…。危なかったらすぐに戻って来いって言ってある」

『ハティ君は賢いし、ちゃんとあっちゃんが言った通りの事ができるし、獣は勿論、この辺の魔物相手に後れを取る事はないけど』


 アレッドがハティと行動を共にする時、戦闘が必要になる場面は、大体アレッド自身が問題を片付ける…、そのため、彼女自身がハティの戦闘を見る事が無く、その強さを説明されてもピンとこない。

 そもそも、ハティは、ファンラヴァでは戦闘を共にするキャラではなく、あくまで移動用の足だ。


 ストーリー上で、ハティ…月光狼がボスとして登場する事があるものの、その個体と体の大きさも違って、ボスよりもハティの体は半分以下のサイズ…、色々な要素が積み重なって、アレッドの思うハティの強さが、漠然として、確固たる形を得ない。

 今後、移動のためだけじゃなく、戦闘も任せてもいいかもしれない…と頭の隅で考えつつ、今の話の問題をアレッドは目を向けた。


「その言い方だと、ハティでも危ない状況になるかもしれない…て事?」

『ハティ君だけなら、問題じゃない。勝てなくても逃げ切るだけの力はある。問題は、コボルトたちが一緒に居る事かな。あの子がいくら強くても、多勢に無勢な状態で、守るモノを後ろに抱えてたら、戦い続けるのも、逃げ切るのも、どちらも難しい』


 ラピスは、真面目な表情で、首を横に振る。

 彼女はハティの戦闘能力に、ちゃんとした理由を持って、信頼を置いているようだ。


「多勢に無勢…か」


 そんな場面での戦闘など経験した事のないアレッドは、その難しさを体感した事はないが、彼は、そういう状況を想定したゲームのストーリーや映画は、プレイした事もあるし、見た事はある。

 ゲームでは、護衛対象が簡単に地面を舐める事で苛立ちを募らせた苦い経験があるし、ボロボロになりながらヒロイン等を守ろうとするシーンは、アクション映画等で少なくない。


「とりあえず、怪我人は見たくないなぁ~」

『でしょ~』


 怪我人が出ないようにする…、やはりソレに尽きるというモノだ。


「それで? その多勢に無勢な状態になる可能性があるってのは、どういう事なん?」

『よくぞッ、よくぞッ聞いてくれたよッあっちゃんッ!』


 ラピスは腕を組み、誇らしげに胸を張る。


『いや~、こればっかりは、私も苦労した。途中から本当に何かあるのか?…て不安になりながら探し続けたよ』


 そして見つけた。


 見つけたモノは、[隷属化の首輪]の付けた死骸の他に、これもクンツァたちと同じように護衛を付けた集団だったらしく、辿って来た道に転がっていた魔物達の死骸だ。

 そういった死骸がいくつもいくつも、森のあちこちに転がっていた。


 クンツァたちは、本当に運が良かった…、アパタが魔物の群れを一掃するために放った魔法を、偶然アレッド達が察知…、ソレが無ければ、彼女たちもラピスの見つけた死骸と同じ末路を辿っていただろう。


 そして、死んでいった者達は、一様に南を目指し進んでいる。

 しかも、何回も時間を置いて森に入れられているのか、新しい死骸が見つかる度に、南へ南へ…と日を追う毎に、新しい死骸は前の死骸よりも、着実に南下していた。

 どういう理由があってそんな事をするのか、アレッドには見当がつかないが、ただ胸糞悪さだけが胸へと募る。


 そして1週間…2週間と、警戒と共に探索した結果、ラピスは見つけた。

 不自然なまでに魔力を感じない集団を。

 その数は100や200では桁が足りない量。

 集団と評するのは間違いだ…、それはもう軍隊だった。

 川辺の少し開けた場所に陣取って、それでも収まらない者達が森の中にひしめき合っている。


 鎧を着こむ獣族や巨人族と言った魔族、バサバサッと自慢の翼をはためかせて調子を確認する有翼族。

 そこにいるほとんどが、不自然なまでに魔力を感じない中、それもまた不自然なまでに魔力を感じないものの、魔力を体内で循環させている事がハッキリとわかるラミア族…。


 軍隊の周りに寄せ集められるかのように、雑に置かれた到底戦士とは言えない鎧すら着ずに小汚さの残る、小さい体付きの魔族の集団。

 そんな小汚さが残る者達は周辺だけでなく、軍隊の中に種族もバラバラで、まちまちと集められているのも見える。


 そんな集団とは対照的に、軍隊の中心に、見た目からも強靭さを感じさせる竜族の集団もいた。


 その竜族の集団の中には、軍隊を監視するラピスの契約獣の存在に気付くモノもいて、その場の雰囲気はピリピリと穏やかさの欠片も無かった。


 到底森の中へ狩りに来ました…とは言えない状態、それはまるで…。


「戦争でもしにきました…て言ってるようなもんだな…」


 苦笑を浮かべるアレッドを横目に、言い切ったラピスは薬草茶を啜りながら、うんうんと頷く。


 3桁に留まらず、完全武装した部隊が4桁を越える数でいるとなれば、確かに多勢に無勢だ。

 それでも、単体なら逃げきれるとラピスに言われるハティは、どれだけ強いのか、アレッドはそこにも興味が湧くが…、今はそんな事を言っている場合じゃない。


「流れから言って、南の人間領に攻め込む気満々…て感じか。その通り道にここがある…と。穏やかじゃないな」


 精霊湖を囲う迷いの霧がどれだけの効果を発揮できるのか…、アレッドはその力を体感していないから、不安はあるけれど、ラピスが一切心配していない所を見ると、大丈夫なのだろう…と1人得心する。

 精霊樹はとても貴重で良い物、程度をアレッドはハッキリと理解していないが、ラピスの不安の無さは、過去に貴重な素材として、精霊樹を欲した連中が、軍隊を寄越した事もあるからだ。

 もちろん、その者達は精霊樹にたどり着けず、迷いの霧を越える事ができなかった。

 つまりは実績がある。

 不安など、感じようはずもない。


 何にしても、軍隊がアレッドにとってのマイホーム付近を通過する可能性がある。

 彼女は、その穏やかでない状況に、1人ため息をついた。

 大丈夫…と言われても、胸に抱く不安を和らげるべく、揚げられた唐揚げを頬張り、またため息を1つ。


「・・・おいし…」


 今度は別の意味でのため息だ。

 食事は人の心を豊かにする…、まさにその通りだ…と感謝の気持ちを胸に…不安の横に抱いた。


 軍隊の件、そう言う事なら…と、分った事を、今後クンツァたちと共有していく事が必要であり、ソレはまた今度…、今できる話はこれでおしまい…とひと段落した。


 穏やかじゃない話が終わり、一息付けた頃…、ザザザッとアレッドは何かの気配に気づく。

 その方向を見ると、木陰に隠れるように、アレッド達の事を、ラミア族のイオラが覗いていた。

 アレッドは、目が合う度にスッと視線を外す少女に、何か知らぬうちに地雷でも踏んでいるのか…と不安に感じ、同時に苦手意識を抱き始めている。


「お、おはよう。どうかした?」


 まだまだ日が昇ったばかりの時間、誰かが来るとは思っていなかったアレッドは、苦手意識も加わって、どこかぎこちない笑みを浮かべる。


「な…なんでもない…です。目が覚めちゃって…、精霊様達は何を?」

「え…と、コレは、皆のお昼ご飯を作ってる所…かな?」

「お昼ご飯? こんな時間に…?」

「うん…。うん、そう思うのが普通だよね…」


 何ともぎこちない会話…、お互いがお互いと、どう接すればいいのかわからず、探り探りに会話し、目に付いたモノを質問する様子。

 そんな見てられない光景に、両者を交互に見たラピスは、はぁ…とため息をついた。


『あっちゃん、女に免疫の無い思春期男子か何か?』

「…う」


 ラピスの言葉に、ビクッと体を震わせるアレッド。

 この場合、思春期男子というより、親族の集まりで久しぶりに会った姪っ子とどう接していいかわからない大人…という図の方が、なにかと言えばしっくりくるが…、結局のところ、どちらも同じだ。

 このぎこちなさは見ていられないのは、誰が見ても同じだろう。


『とりあえずあっちゃん、お茶おかわりッ』


 コツンッと空になった湯呑をテーブルに置きつつ、ラピスは、イオラに手招きをする。


『い…い…い…イオラちゃんッ! 眠れなかったら、私達と話をしようッ』


 ラピスは、新しい住人の名前を、まだまだはっきりと覚えていないようだ。

 かくいうアレッドも、コボルトたちという難関もあって、まだまだ覚えられていない…。


「い、イオラなんかが、精霊様達と…その、お話なんてして、い、いいの?」


 胸元で手をもじもじさせながら、俯き気味にラピスを見る少女は、不安げだ。


『いいのいいの、私達はもう家族…でしょ? ・・・だよね?』


 ラピスはアレッドを見る。


「なんでウチを見る…。まぁ、一緒に生活してる訳だし、そういう関係…と言ってもいいのか?」


 知り合い…仲間…家族…、言い方はあれど、ラピスの言う家族が、どういったモノを指していても、大きくズレている事はないだろう。

 頭を捻ってみたが、それ以外にここの住人の間柄を指す言葉も出てこなかったので、アレッドはとりあえず、彼女の言葉に頷いた。


「それでも、人が集まるなら代表の人は必要だと思う…から、やっぱり一番偉い精霊様達は代表…村長?…みたいな? だから、イオラなんかがお話するのは…」


 少女は、この場に来てしまった手前、断れないといった印象、何とかこの場から去ろうとしているように、アレッドは感じる。

 何が原因かわからない以上、無理に引き込むのも気が引ける…、アレッドは、本人の意思を尊重しようとした…のだが…。


『いいから来なさい』


 ラピスはアレッドの気遣いを察する事無く、頬を膨らませ、ぷんすかという擬音が浮かびそうな顔で、イオラを半ば強引に、自分の横へ座らせた。


『興味がないなら、そもそも起きたからって、ココには来ないでしょ? 少しでも興味を引かれてるなら、話をしなきゃダメ。全ては相手を知る事から。相手を知らない内に否定して、決めつけたら、後悔じゃすまないわよ?』

「・・・説得力あるね」


 アレッドは、ココに初めて来た時の事を思い出す。


『そうよッ。そのせいで私はお母様に怒られたし、もうあんなのはごめん…。私を止めに来た時のお母様の顔はヤバかった…。この世の終わりとさえ思ったわ…』


 ため息をつきつつ、ラピスは何も見えない…思い出したくない…と言わんばかりに、自身の顔を手で覆った。

 いつも陽気なヘレズしか知らないアレッドは、ラピスの見た神様の怒り顔を知らない…、かといって、お母様好き~なラピスを心底怖がらせた顔を見たいとも思わない。

 感情のハッキリと乗った顔は、その瞬間だけじゃなく、しばらく頭から離れないモノだ…、例えソレが、表面上は大して怖いモノじゃなかったとしても…。


『とにかく、イイ機会だから話をして親睦を深めようじゃない』

「え…で…でも…」


 チラッとアレッドを見たイオラは、すぐに視線を外す。


「う…」


 イオラの動きに、アレッドは悲しさを通り越して申し訳なさすら感じ始める。


『とりあえず、何でもいいからあっちゃんに聞いてみて? 何事も最初の一歩から。その一歩さえ踏み出せたら、後はスッと行ける。そうなったら、きっと楽になるから』


 ラピスは、イオラの頭をぽんぽんと投げる。

 アレッド以外の人間だからか、一歩引いた距離感で、見た目通り子供の背を押す大人だ。


「え…と、え…と」


 その場の空気に流されて、イオラの視線があっちへこっちへと流されながら、少女は頭を捻る。


「せ…精霊様の…好きなご飯は、な…なんですか?」


 なんでも…とは言ったが、アレッドの方をチラチラと見ながら飛んできたイオラの質問は、あまりに突拍子のないモノで、アレッドは目を丸くした。


 その質問はこの場に来た時の会話と、大差ないモノ、しかし、ソレは小さくも大事な一歩だ。

 物騒な話の後という事もあって、若干意表を突かれた部分はあるが、こういうのを求めていた…と、アレッドの胸はほっこりと暖かさが宿った。


 いつまでも、こんな他愛なくて小さな温もりでも、零さずすくい上げ、緊張感の無い柔らかな時間を過ごしたい…とアレッドは思う。

 少しでも長く、そんな時間が続けばいい、アレッドは一見して、間の抜けた質問にも、真面目に、胸を張って答えた。


「唐揚げッ!」


 ・・・と。


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