第八話「桜ふふむ ーさくらふふむー」②

「お二人は知り合いなんですか?」

「えぇ。侍女だった頃の同期よ」

「えっ!」

「そんなに驚くことじゃないでしょ。他国に転職するなんてよくあることよ」


(よくあることなんだ……)


 多分、平和条約が結ばれているからだろう。

 古代から中世の日本を思わせる世界だけど、国同士の距離感は現代に近い気がする。国というより、都道府県のような感覚かもしれない。


 ただ、僕が驚いているのはそこではない。


「いや、そうじゃなくて。その、口調が……」

「あぁ、そういうこと。大丈夫。この子の前で気張る必要ないから」

「そうですか」

「お望みなら敬語にするけど」

「そのままでお願いします!」


 常時敬語の僕がいうのもおかしな話だけど、桜さんに敬語で話されるのはどうも気が引ける。そういう意味では李々さんに少し感謝だ。


「侍女というのは、ながひめのですか?」


 話を脱線させてしまったので、戻す形で李々さんに話を振った。


「はい。最近まで桜ちゃんと共に、夜長さまの侍女としてお仕えしておりました。今は紆余曲折を経て、蛍さまの従者になりましたが」


 李々さんが、再び愛らしい笑顔を見せた。どうやらこれは営業スマイルらしい。


「……夜長姫のことも、知ってるんですよね」


 李々さんが目を丸める。そりゃそうだろという顔だ。自分でもそう思う。夜長姫の直接的な関係者だと聞いて、少し緊張してしまった。


「えぇ。仕事上のお付き合いしかなかったので、死んだところで痛くもかゆくもありませんけど。むしろ、桜ちゃんにまとわりつく羽虫が消えてせいせいしました」


(不敬罪だ!!)


 まとわりついたら羽虫ということは、僕も間違いなくそこに含まれている。ちょっと自分が可哀想になった。

 もっとも、夜長姫が巫女ではなくなり、鬼女と呼ばれるようになった今だからこそ、堂々とぞうごんを吐けるのだろうけど。


「それで、なんの用? ただ雑談しにきたわけじゃないでしょう?」

「うん。おうさまから、葉月さまをお呼びするように仰せつかったの」

めしはまだ戻ってないそうね」

「そうなの。それで仕方なく、李々がお出迎えにきたっていうわけ」


(仕方なくですか……)


 営業スマイルでも、毒を盛り込むのは変わらないらしい。羽虫だからだろうか。


「ところで葉月さま」

「はい?」

「もう少し桜ちゃんから距離を取ってくださいませ。そのままでは、腕を伸ばせば爪が触れてしまいますから」


(えぇ……)


 爪が触れるのも駄目らしい。

 爪なんか、これまでにもう何回も触れている。僕、羽虫確定じゃん。


「無視していいわよ、葉月。なんなら、巫女の権限で縛り上げても構わないわ」

「あ、それはいいです」

「えー。どうせ縛り上げられるなら、桜ちゃんにされる方が良いなぁ」

「私にはそんな権限も趣味もないから。いいから早く案内しなさい」

「はぁ……仕方ないなぁ。こちらでこざいます」


 李々さんは溜め息をつくも、すぐさま愛らしい笑顔に切り替えて歩き始めた。とりあえず、僕も彼女の後に続くことにした。



「あ、いたいたー!」



 背後から聞こえた声に、僕たちは足を止めた。

 鹿しか君が手をぶんぶん振りながら、慌てた様子で駆け寄ってきた。


「はぁ……はぁ……」


 あちこち走り回ったのか、立ち止まるなり息を整え始めた。よく動き回る彼だが、今日はいつもに増して慌ただしい。


「どうしたの? そんな汗だくになって」


 そんな彼を前に、桜さんは特に顔色をかえることなく口を開いた。


「それが、彩雲確保に手こずっちゃって」

「はぁ……懲りずにまた逃げ出したのね」

 

 桜さんが眉間にしわを寄せて、溜め息をついた。


「そうなんだよ。用意した肉はもう平らげちゃったし、三郎さんがますます怖くなるしで、もうてんてこ舞いだよ」

「全く……あの餌代のせいでこっちは切り詰めないといけないのに」

「もういっそ毒でも混入させたら?」

「さすがに殺処分は駄目だよ李々ちゃん!」

「まぁ殺処分はないにしても、いざとなれば薬を盛るくらいはするつもりよ」

「わぁ! さすが桜ちゃん!」

「あ、そっか。桜ちゃんって薬師なんだったね」


 そして彩雲君は、もはや当たり前のように獣扱いされていた。しかも薬を盛る方向に話が進んでいる。まぁ、無理もないかもしれない。


「それで桜ちゃん、今、大丈夫?」

「えぇ。お館様をお送りしているだけだし、李々もいるから問題ないわ」

「ありがとう! 助かるよ!」

「え、待って! 李々も――」

「あんたは駄目よ」


 桜さんの一言で、李々さんの愛らしい顔が絶望に染まった。


「そんなぁ! 李々だって従者なんだよ!?」

「あんたの仕事は、葉月様を花鶯様の所までご案内することでしょう?」

「うぅ……じゃあ、案内が終わったら速攻でそっちに行くから!!」

「はいはい」


 桜さんがぽんぽんと、今にも泣きそうな李々さんの頭を撫でる。

 なぜか今生の別れみたいな雰囲気だ。桜さんは慣れているのかもしれないけど、僕と鹿男君は二人して困惑するほかなかった。


 とりわけ、桜さんを引っこ抜いた鹿男君が困り果てていた。


「李々ちゃん、なんかごめんね」

「絶対に許さない」

「えぇっ?」

「お前なんか、胃が引っ繰り返るまでのたうち回って死ねばいい……」


 仕舞いにはじゅを吐き出した李々さんを前に、鹿男君は素直におろおろしていた。彼には少し毒が強すぎるんじゃないだろうか。


「気にしなくていいから行くわよ」

「あ、うん!」


 桜さんが真顔で歩き出す。瘴気を放つ李々さんには慣れっこなのだろう。


 それに続こうとした鹿男君が、チラリとこちらを振り返った。

 しょうを放つ李々さんが気になっている様子だけど、彩雲君の確保を優先したのだろう。すぐに前を向いて桜さんの背を追った。


 桜さんの背中が遠ざかっていく。仕事だと分かっていても、ちょっと寂しい。



「…………」

「…………」



 しかも、瘴気を放っている人と二人きりというオマケ付きだ。


「あの……」

「では、ご案内致します」

「へ?」


 思わず変な声を出してしまった。

 何事もなかったかのように、李々さんが微笑みを携えていたのだ。


「こちらです」

「あ、はい」


(早く終わらせたいんだろうな……)


 これ以上怨念をつのらせたくないので、ひとまず黙ってついていくことにした。






    ***






 数分後、僕はひかえてた侍女によって、瞬く間に巫女服へと着せ替えられた。僕のよく知る、あの紅白の巫女服だ。


 すごく巫女っぽい。いや、巫女なんだけど。


(彩雲君がここにいたら、またオカマだとか言うんだろうな……)


 かくいう僕も、巫女服を着ていることに少し抵抗があったりする。

 それに正直、『巫女』と呼ばれることだって、未だに違和感が拭えない。どれもこれも慣れるしかないんだけど。


 違和感を覚えつつ、李々さんにつれられて目的の部屋まで来た。


「少々お待ちください」


 ふすまの前で、李々さんがうやうやしく微笑みかけてきた。さっきまで瘴気を放っていた人とは思えない、にこやかな笑顔だ。


「花鶯さま、李々でございます。葉月さまをお連れ致しました」

「そう。ご苦労様。入っていいわよ」


 高らかな声を合図に、李々さんが襖を開いた。



(あれ?)



 部屋の中心に花鶯さんが鎮座していた。僕と同じ巫女服姿だ。

 そして花鶯さんと向き合うように、蛍さんが鎮座していた。彼女も巫女服姿だ。緊張しているのか、はたで分かるくらい肩に力を入れている。


 どうやら、蛍さんも僕と同じく花鶯さんに呼ばれたらしい。彼女の従者である李々さんが迎えにくるわけだ。


「それでは、わたしは野暮用があります故、これにて失礼致します」


 李々さんは言うや否や、一秒も無駄にしたくないと言わんばかりに早足でその場を後にした。鹿男君とは別の意味で慌ただしい人だ。


 それを知ってか知らずか、花鶯さんは特に突っ込むこともなく本題に入った。


「早速だけど、あなたたち二人は新入り同士、同じ授業を受けさせるから。とどこおりがないよう仲良くしておきなさい」

「よろしくお願いします」

「あ、はい! よりょしくお願いしま……あ」


 思いっきり噛んだ。

 たちまち、蛍さんの顔がだこみたいに真っ赤に染まった。


「すみません!」

「いえ、そんな。僕もそういうことありますし」


 失礼致しますと、三人の侍女が何やら台のようなものを持って部屋に入ってきた。ペコペコし合っていた僕たちだったが、空気を読んで瞬時に口を閉ざした。


 僕たち三人の前に、台が一つずつ置かれた。台には、鈴がたくさんついた短刀らしきものが、柄の部分を穴に入れる形で立てけられていた。


 侍女たちが退室したところで、花鶯さんが再び口を開いた。



「まず、台に置いてあるほこすずを手にとって」



 言われた通りに、台から鉾鈴と呼ばれた短刀を引き抜いた。


 つばの周りに付いた七個の鈴が、シャランと音を立てた。もう一方の手で、柄の先端にある紅白の細長い布を持つ。凶器というよりは、神具の類いなのだろう。


「へぇ……刃が付いてるんですね。お祭りで見た巫女も似たような小道具を持ってましたけど、あれは全部鈴でしたよ」

「あなたの世界の文化はともかく、刃があるのは当然よ。気を斬るんだから」

「こんな小さな短刀でですか?」

「気を斬るのに、大きさや切れ味はそれほど関係ないのよ。私たち巫女なら、その気になれば素手でも切れるんだから」

「えっ!?」


 気を素手で切るってどういうことだろう。手刀とかだろうか。


「もっとも、切れ味は良いに越したことないわ。要は刃物であればいいの。それに、小ぶりな方が持ち運びに便利でしょう?」

「なるほど。でもそれなら、この鈴とか布って、邪魔になりませんか?」


 鉾鈴を指さす動作に合わせ、またシャランとみやびな音が鳴った。


「鈴は七国を表しているのよ。この世界の秩序が保たれているのは、国が七つあるからこそよ。国は多すぎても少なすぎても駄目。七つという今の状態が、もっとも気を均等に保てるのよ。鈴は、それを後世まで語り継ぐために必要なの」

「じゃあ、この布は……?」

「それは気の色よ。陰陽を表してるの」


 とにかく、と鬼気迫る顔を向けられた。


「どんなに邪魔だろうと使いづらかろうと、鈴も布も絶対にとっちゃ駄目。絶対によ。意地でも道具に合わせなさい」


(そんな無茶な……)


 でも、神具なのだから、むやみやたらにいじったらいけないというのも確かだ。下手なことをしてバチがあたるのは勘弁願いたい。


「それじゃあ早速、授業に入るわよ」

「「はい」」

「視察で舞を披露するわけだけど、今回は、その舞の型を教えるわ」

「「はい」」

「本番では気を斬りながら舞うけど、舞はあくまでも飾り。舞に気を取られて、気を斬ることがおろそかになったら元も子もないわ」

「「はい」」

「そういうわけだから、今日中に基本の型を完璧に覚えるわよ!」

「はい」

「え!?」


 思わず場の空気を乱す声を上げてしまった。


「どうかしたの?」

「あのー、今日といっても、すでに日が落ち始めそうなんですけど。その……一日どころか半日もないのではないかと」

「気を見る練習もしないといけないのよ。舞にそこまで時間をかけられないわ」

「確かに……」


 これはあくまでも、七国の社町を巡る旅だ。仕方のない話だろう。それにしても、かなり駆け足な気がするけど。


「あの、葉月さん。舞自体はそこまで難しくないから大丈夫ですよ」

「え、そうなんですか」

「えぇ、そうよ。基本的に、同じ動作を繰り返すだけだから」

「よかった……」


 安堵の息が漏れた。もちろん手を抜くつもりはないけど、踊りには少々苦手意識があるのだ。これまでの人生で、踊る機会なんてなかったから。


「そういうわけだから、存分に励みなさい」

「はい!」








 数時間後、僕はほこすずを手にしたまま、畳の上で死んでいた。


「だ、大丈夫ですか……?」

「なんとか……」


 確かに、舞自体は難しくない。先ほどの言葉通り、同じ動きを延々と繰り返すだけだ。形だけならすぐに覚えられた。


 きついのは、鉾鈴を持ちながら踊るからだ。


 短剣は小ぶりだとか言っていたけど、この鉾鈴は結構な重さがある。

 ただ持つだけならともかく、柄の先に付いてる紅白の布をもう一方の手で持っていないといけないのだ。それも、畳にこすれないように。


 つまり、舞の間は両手を常に掲げていないといけない上に、手首をひねって鈴を鳴らし続ける必要がある。腕と手首にダブルパンチだ。


 そして意外にも、蛍さんはピンピンしていた。

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