第四話「花の宴 ーはなのえんー」 (前編) ③

 黒髪を僕と同じく一つにまとめている。他の巫女たちより一回りほど大きいけど、背が高いだけで全体としては細身だ。

 肌は死人のように白く、顔色が悪い上に目が死んでいる。顔自体は整っているのに目付きがだるげなのが少しもったいない。


 細身に白い肌のせいか病人が無理して鎮座しているようで、蛍姫とは別の意味で心配になってくる。灰色がかった白い着物も、あの巫女がまとうと死装束のようだ。



 その巫女の声が、あり得ないほど低かった。



(巫女……なんだよね?)


 驚愕のあまりその巫女から目を離せず、がっつりと目が合ってしまった。巫女がちょっと不快そうに目を細める。


「……なに?」

「あ、いえ、その……」

「彼、男ですよ」


 気怠げな巫女の隣から、声が上がる。

 あまりにもとうとつな発言に、思わず「へ?」と変な声を上げてしまった。

 

「よく勘違いされるのですが、巫女は女だけじゃありませんよ。まぁ、基本的に女子なので、総称としては『巫女』や『姫』になりますが」

「――――!!」

「男性の場合は『女』の代わりに『子』の字がてられますが、読みは同じく『巫子みこ』です。そして、敬称は『姫』じゃなくて『殿どの』となります」

「――――!?」


 さらに唐突すぎて、僕は返す言葉を失った。たった今、僕が疑問に思って口にしようとしたことだったのだ。


 『巫女は女性のみじゃないのか?』と。

 『姫と呼ばれているんじゃないのか?』と。


「横槍を入れてしまい、失礼しました。どうぞ続けてください」

「……おちやわらかの巫子」


 気怠げな自己紹介を聞いて、確信した。変声期とかじゃない、少年の声だ。

 声だけじゃない。細くて白いけど、男と言われた方がしっくりとくる。


(そりゃあ、違和感があるはずだ……)


 そういえば、高札にも『落葉殿』と書かれていた。赤線が引かれた『夜長姫』のインパクトが強すぎて、すっかり忘れていたけど。


「もういい? じゃあ、次」


(いや、自己紹介終わるの早っ!?)


 落葉殿は特に了承を取ることもなく、隣の巫女にさっさとバトンタッチした。たった今『巫子』の説明をしてくれた巫女だ。



 一言で表すなら、黒い巫女だった。



 他の巫女たちと同様の着物だろうけど、黒い。花の模様が申し訳程度にあしらわれているものの、喪服感が歪めない。髪も真っ黒でもはや全身黒ずくめだ。

 容姿に関しては、可もなく不可もない。もっと言えば、これといった特徴がない。せいぜい蛍姫の次に小柄そうというくらいだ。服と装飾を変えてしまえば、なんの違和感もなく町中に紛れてしまえるだろう。


 ただ、表情の変化がまるでなく、何を考えているのか全く分からない。



「私はすみ。静国の巫女をしています。以上」



 自己紹介が三言で終わってしまった。落葉殿以上の圧倒的早さだった。


(公式の場じゃなかったら、無言になって気まずくなるタイプだな……)


 さっきの落葉殿についての説明といい、良くも悪くも淡白な巫女だ。一番掴みどころがないというか、不思議な感じがする。



「黄林様、一つおうかがいしても宜しいですか?」



 桜さんの凛とした声が、賑わっていたこの場の空気を塗り替えた。とても縛られている側とは思えないくらい、堂々としている。


(やっぱり、カッコいい……)


 僕に、こんなに強い人を守る力が果たしてあるのだろうか。


 いや、あるかどうかじゃない。

 絶対に守るんだ。そう、決めたんだから。


「えぇ、どうぞ」

「先ほどからこう様のお姿が見えませんが、何処いずこにおられるのですか?」


(あ……っ!)


「巫女がこうして一堂に会する際は、一部の例外を除き、必ず七国全ての巫女が出席する……そういう決まりだったはずです」


 桜さんの言葉で、僕は今さら気が付いた。

 この場の雰囲気に呑まれていたが、巫女が五人しかいない。本来なら、巫女を失ったばかりの月国を抜いても六人はいるはずなのに。




 こう。高札にはそう書かれていた。


 月国とは対称の位置にある『陽国』の巫女だ。




「それなら大丈夫よ。遅刻しているだけだから」

「……またですか」


 桜さんが微かに眉をひそめる。巫女が相手でも、その辺りの率直な対応は変わらないようだ。なんというか、すごい度胸だ。


(ていうか、遅刻なんだ。それも『また』って)


 遅刻魔の巫女って、なんだかシュールだ。


「多分、そろそろ来る頃合いだと思うわ」

「なるほど……今までの無駄に長い茶番は、時間稼ぎということですか」


 率直どころか嫌味を挟むときた。さすが桜さんと惚れ惚れしたいところだけど、見ているこっちとしては冷や冷やする。

 それにも関わらず、『無礼者』の一言も上がらない。三郎さんの言う通り、黄林姫は寛容な人なのかもしれない。


(桜さんと親しそうだし、もしかしたら――)



「――せ――って!!」



 ふと、どこからともなく怒鳴り声が聞こえてきた。そしてなぜか、ひづめのような音もする。あまりにも場違いな声と音だ。


 だんだんと、近付いて――――



「おうわああああ!?」



 つんざくような悲鳴が上がった。

 思わず振り返った次の瞬間、凄まじい地響きと共に土埃が舞った。


(えっ……え!! なに!?)


 手を縛られていて顔を覆えないので、思い切り土埃を顔面に被った。幸い、目や口には入らなかったが、驚きのあまり体が硬直して動けない。


「ん? あぁ、もう始まってた?」


 なぜか馬がいて、赤毛の女性が乗っている。

 どう見ても頭のおかしい状況なのに、僕の思考はそれどころではなかった。



(綺麗な赤毛だ……)



 日光をふんだんに浴びた長い赤毛が、豊かに波打つ。その色鮮やかさと存在感に、一瞬にして目を奪われてしまった。


 そして驚くことに、ハーフを思わせるような彫りの深い顔立ちをしていた。

 東洋人の風貌がほとんどを占めるこの世界において、夜長姫に似ているという僕の容姿でも目立ったのに、さらに輪をかけて浮世離れしている。


 目を引くのは、髪や顔立ちだけではなかった。


 見るからに女性だけど、華やかさではなく、動きやすさを重視した赤い着物だ。イメージとしては大正時代の女学生に近い。平安時代風の着こなしが大半を占める中で、彼女の恰好は明らかに異彩を放っていた。


「おいはなせよ!! ふざけんな!!」


 その姿だけで充分に目立つ女性は、やっていることまで際立っていた。

 馬に乗ったまま、あろうことか僕と同世代の少年を片手で抱えているのだ。それも、暴れているのを物ともせずに。


「はなせっつってんだろ!!」

「はいはい。ほらよ」


 不意に、少年が僕の目の前に落ちてきた。思わず「うわっ!」と声を上げる。


 その拍子に、少年と目が合った。

 今にも噛みついてきそうな目つきだ。人間というよりは狂犬――――



(――――あれ?)



「……あ? なに見てんだ?」

「いえ! なんでもないです!!」


 反射的に目を逸らしてしまった。年下だろうけど、ちょっと怖いかな。

 その様子を見かねたのか、赤毛の女性から「おい」と呆れたような声が上がる。


おどすなよ、さいうん。怖がってるだろ」

「別におどしてねーし!!」


 少年が即座に噛みつくが、女性は一切顔色を変えないどころか、眉尻を下げたまま少年を見下ろしている。二人の関係は分からないけど、格の違いは明確だった。



 の外に置かれたすきに、少年へ目を向ける。


 

 花鶯姫以上に明るい茶髪だ。光の当たり具合では金髪にすら見える。目付きはとんでもなく悪く、一目で八重歯だと分かるくらいに歯をむき出しにしている。もはや狂犬と言っても差し支えないレベルだ。


 明らかに僕より年下だけど、普段の僕はもちろん、普通の人なら警戒して、絶対に関わらないであろう人種だ。


 だけど僕は、警戒心を通り越して驚いていた。




 茶髪の少年が着崩しているのは着物ではなく、学ランだったから。




(それに、その制服……)


「つうか、ここどこだよ!! わけ分かんねーとこ連れてきやがって!!」

「やっかましいなぁ。ぎゃんぎゃんわめくなよ。従者がそれじゃ不味いだろ」

「うっせぇ怪力女!! オレはテメーの子分じゃねぇっての!!」

「格好いい名前つけてやっただろ?」

「頼んだ覚えねーし!! テメーが勝手につけてきたんだろ!!」

「じゃあ、本名で呼んでやろうか?」

「ふざけんな!! クソボケ死ね!!」


 とりあえず、この不良少年の地雷が本名ということだけは分かった。



「へぇ?」



 赤毛の女性が、ぐいと顔を近づけてきた。

 気が付いたら、目の前で足を屈めていたのだ。突然のことに驚いて、思わず「わっ!」と少し後ずさってしまった。


(いつの間に、馬から降りたんだろう……?)


「君が例の『夜長もどき』かな?」

「え? あ……はい」


(鬼女もどきの次は『夜長もどき』ですか)


「私は虹。陽国の巫女だ。君の名前は?」

「……葉月です」

「葉月か。よろしく」

 

 なぜか楽しそうに笑う彼女は、巫女というにはあまりにも豪快だった。少年を抱えながら乗馬し、しかも馬ごと上から降ってくる巫女なんて聞いたことがない。


「話を聞いた時はにわかに信じ難かったが……なるほど、そっくりなんてもんじゃないな。夜長の死に皮でも被ってるみたいだ」


 発想がかなりグロい。

 ブラックジョークだろうけど、この場でその発言は大丈夫なんだろうか。



「――――遅い!!」



 痺れを切らしたと言わんばかりに、花鶯姫が金切り声を上げた。


「遅刻した上に、またそんなはしたない恰好でみっともない真似をして!!」

「あっはは、悪い悪い」


 怒られた当の本人は全く悪びれる様子もなく、へらへらと笑った。人によっては神経を逆撫でされる笑みだ。花鶯姫がいっそう顔をしかめるのも無理はない。


「見ての通り、ちょっと面白い拾いものをしてね。一応、早馬は送ったはずだが」

「限度ってものがあるでしょう!! しかも、そんな変な恰好の野蛮人なんか連れてきて……ここは神聖な場である社なのよ!?」


(学ランは変な恰好なのか……)


「うっせえクソ女!! テメーらの方が変なカッコーだろバーカ!!」

「な……なんなのこいつ。野蛮人どころの話じゃない、口の利き方がなってないわ!! 今すぐ摘まみ出してちょうだい!!」


 とりあえず、虹姫は型破りな人らしい。

 そして、極端に気の短い人が二人になった。


「二人とも、落ち着いて。ここは公の場よ」


 黄林姫の言葉で、花鶯姫は唇を噛みしめながらも、しぶしぶと姿勢を正した。

 相手が口を閉ざしてしまったので、彩雲君の方も黙らざるを得ない。


「ほらほら。虹さんも、早く席に着いてちょうだい。時間稼ぎが長すぎて茶番だって、桜ちゃんに怒られちゃったわ」

「ははっ、それはすまないことをした。三郎、久しぶりのところ悪いけど、そこの元気な子馬をちょっとばかし預かってくんない?」


 悪いと言いつつ、全然悪びれていない。

 巫女の手前だからか、三郎さんの顔付きは従者然としているけど、あの人も割と気が短い。後でこっそり壁とかに蹴りを入れるかもしれない。


「承知しました……来い」

「ちょっ、おいはなせ!!」


 三郎さんは歩み寄るや否や、暴れる彩雲君を難なく担いで運び、自身の隣に座らせた。細身なのに、一体どこからそんな力を出せるのだろう。


「テメーふざけんな!! マジでぶっ殺――」

「黙れ小僧。折られたいのか」


 物凄い形相で放たれた物騒な言葉には、さすがの彩雲君も血の気が引いたのだろう。驚くほどあっさりと声が止んだ。僕まで震え上がった。

 

「さてと……」


 ようやく虹姫が巫女たちの場に上がり、腰を下ろした。黄林姫の隣だ。

 中央に並んだ二人の巫女が、口を開いた。


「皆、待たせたな。黄林、始めてくれ」

「えぇ……これより、臨時会議を始めます」


 黄林姫の声色が、真剣なものに変わった。

 賑やかな空気が、一気に張り詰めたものとなった。巫女の威厳のせいか、僕たちが置かれた状況のせいか、それだけで息が詰まりそうになる。




 僕と桜さんの命運がかった会議が、ついに始まってしまった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る