第四話「花の宴 ーはなのえんー」 (前編) ②
「あの、失礼を承知でお願いし――」
「聞かん」
「言う前から!?」
「聞いたところで、それをどうにかできる立場ではない。聞くだけ無駄だ」
「ですよね……」
(できれば、この願いだけでも聞いてほしかったんだけど……)
「どうしてもというなら、会議の際に意見として述べればよかろう」
「え、いいんですか!?」
「他の巫女は知らんが、我が国の姫様は
「ありがとうございます!」
『人殺しなのよ、私は』
あれから数日、ずっと馬車に揺られてきたが、桜さんとはなかなか二人きりになれず、話の続きはできていない。
(桜さんが、夜長姫を殺した……)
事情も、動機も、僕にはまるで分からない。
だけど、不思議なことに、僕は桜さんを怖いとは微塵も思わなかった。それよりも、桜さんを失ってしまう不安が一気に膨れ上がった。
衛兵が言っていたのは『夜長姫が蘇ったかもしれない』という話だ。
でも、桜さんまで一緒に連行された。
考えてみれば、おかしな話だ。てっきり、町の人に危害を加えたからだとばかり思っていたけど、本当は違うのではないか。
(あの場では騒ぎが悪化するのを危惧して言わなかっただけで、本当は――)
僕の意思では、この状況をどうこうすることはできない。唯一できることと言えば、桜さんの助命を嘆願するくらいだ。
だから、助命できる余地が僅かでもあるのなら願ったり叶ったりだ。
「三郎様、そろそろ」
三郎さんが「今行く」と一言返すと、足音が早々に遠ざかっていった。
「巫女がもうじき揃う。行くぞ」
「あ、はい」
三郎さんを待たせるわけにはいかない。ひとまず、両手を差し出した。
「なんだその手は」
「え? 僕は囚われの身なんですよね? 手、縛らないといけないんじゃ……」
「……寝起きの姿を、
「あ、すみません!!」
囚われの身以前の問題だった。これはちょっと恥ずかしい。
「それにまずは朝食からだ。基本だろう」
「…………」
「なんだ?」
「あ、いえ。優しいんだなって」
「はっ?」
「気にかけてもらえるとは思っていなかったので、驚いちゃって」
「……仕事だ。貴様の健康管理を怠れば、僕の不始末となる。そんなことがあれば、姫様に恥をかかせてしまうだろ」
「ふふっ」
「だからなぜ笑う!?」
「なんだか、あなたとは仲良くなれそうだなと思って、つい……」
三郎さんが、小さく舌打ちをした。思わずやってしまったのだろう。少し慌てた様子で口を閉ざし、半ば投げやりのように吐き捨てた。
「勘違いするなよ。僕は、貴様と仲良しごっこをしに来たのではない」
「ですよね。あの、『三郎さん』って呼んでもいいでしょうか?」
「……勝手にしろ」
「あ、ちなみに僕は葉月っていいます。葉っぱと月で『葉月』です」
「知るか!!」
結局、三郎さんは怒りっ放しだったけど、久々に普通の会話を楽しめた。桜さんといい、三郎さんといい、昔からこういう実直な人にはどこか惹かれるのだ。
(こんな状況じゃなかったら、普通に仲良くなれたかもしれないのにな……)
そう思うと、少し残念だった。
案内された先は、日本庭園を思わせる中庭だった。広大な屋敷も日本風だ。
中つ国に着いた時も思ったけど、静国とそんなに変わらない。
西が和風なら、東が中華風で、中つ国は両方が入り混じった独特の雰囲気といった感じを想像していたけど、別にそうではないようだ。
屋敷の前には、十数人が向かい合わせに整列して座っている。彼らの視線の先には、二枚の
その一つに、桜さんが座っていた。僕と同じく、後ろ手を縛られている状態で。
「桜さ――――っ!!」
「喋るな」
三郎さんの唸るような小声と同時に、背中に猛烈な痛みが走った。振り返ったらまたつねられそうなので止めておいた。
桜さんの横に、同じように座る。
気になって視線を横に向けようとしたが、すかさず三郎さんの声が制止した。
「巫女の御声がかかるまで、絶対に顔を上げるな。視線を動かすことも許されん」
耳打ちをしてから、三郎さんは自分の席に着いた。やっぱり三郎さんは優しい。
とはいえ、土と莚しか見えないこの状況は、もどかしくて仕方なかった。
(せめて、桜さんの顔色を見た――)
「
透き通った声が、僕の思考を
三郎さんの忠告がなかったら、顔を上げてしまっていたかもしれない。
程なくして、簾を上げる音がした。
「皆さん、顔を上げてください」
澄んだ声に従って、恐る恐る顔を上げた。
(……あれ?)
平安貴族のような身なりの五人が、座敷の奥で鎮座している。
その内の一人が男性の恰好をしていた。しかも、他の四人と違って、僕と同じように髪を一つに束ねている。
(男装でもしてるのかな。でも、なんか……)
「この度は、遠方からはるばるお越し頂きありがとうございます」
中央にいる女性が、穏やかな口調で挨拶を述べた。驚くほど透き通った声の人だ。簾を上げさせたのも彼女だろう。
夜長姫に似ていると言われる僕のように分かりやすく愛らしい顔でも、桜さんのように鋭く目力があるわけでもない。
少し目が垂れている以外に表立って目立つ特徴はないが、遠目から見ても均等に整った顔立ちだ。大和撫子という言葉がしっくりとくる。
透んだ声に見合う控えめな美しさと、大人の穏やかさを持つ女性だ。
不意に女性と目が合った。女性が小さく笑う。
ただ微笑んでいるだけなのに、なぜだろう。目が……離せない。
「はじめまして。私は
見惚れたのではない。目を離してはいけないような気がしたのだ。
笑顔なのに、なんか……ちょっと怖い。
「あなたの名前を教えてくれる?」
「僕……あ、私ですか?」
「いつものように話しても大丈夫よ。まずは、肩の力を抜いてみましょうか」
「あ、はい……」
緊張を
気を取り直して口を開いた。できる限り、平静を保つことを心掛けながら。
「……葉月です。葉っぱと月で、葉月です」
「まぁ、綺麗な名前。殿方なのよね?」
「はい。見えないかもしれませんが」
「見えないわね」
(即答ですか……)
綺麗な微笑みで、容赦なくバッサリと斬られてしまった。僕自身がそう感じるから、なおのことグサッとくる。
「お久しぶり、桜ちゃん」
黄林姫の視線が、今度は桜さんへと向いた。
心臓の鼓動が、一気に跳ね上がった。
「ご
丁寧に挨拶するその姿からは、町で見せた大胆さも、自身の命が
(桜さん、黄林姫とも知り合いなのか)
夜長姫と面識があるのなら、不思議な話ではないだろうけど、それでも驚きを隠せなかった。僕からしたら、ついこの間まで、雲の上の存在だった人たちだ。
「連絡が取れなくてずっと心配していたのよ? どう、元気にしてる?」
「おかげさまで」
「相変わらず、口数の少ないこと。遠慮せずにもっと話していいのよ。積もる話も、たくさんあるでしょうし――」
「黄林。前置きが長すぎるわよ」
鎮座する巫女の一人から鶴の一声が上がる。
僕と同じ年くらいの少女だ。少し離れているところから見ても分かるくらい、苛立ちを露わにしている。感情豊かな人なのだろう。
顔だけでもう、勝ち気な少女だった。
華やかな顔立ちに、夜長姫や桜さんと同じく大きな目だけど、作り物のような愛らしさもなければ、相手を怯ませる鋭さや迫力もない。なんとも年頃の少女らしい幼さと生気に満ち溢れている。
みなぎる生気に
少女らしさが見受けられる一方で、巫女というより貴族的な空気を
「その娘には、言わないといけないことが他にあるでしょう」
「あら、せっかちねぇ。かおちゃんは」
「その呼び方止めろって言ってるでしょ!!」
「この子は
「勝手に人のこと紹介するな!!」
公式の場であることも忘れて怒鳴る彼女を、隣の大人しそうな巫女がおどおどしながら引き留めた。どうやら、相当気が短いらしい。
『かおちゃん』こと花鶯姫が、不意に睨みつけてきた。思い切り睨まれているのに、全然怖くない。なんでだろう。
「改めて紹介させてもらうわ。私は花鶯。
「あ、はい……」
彼女は怖くないけど、下手に恨みを買うつもりはない。ここは大人しく素直に頷いておいた。かおちゃんって、可愛いと思うけどな。
「さてと……せっかくの流れを切っちゃうのもあれだものね。この際、全員に自己紹介をしてもらおうかしら」
(この状況で自己紹介!?)
もっと緊迫した雰囲気を想像していただけに、少し拍子抜けした。
いや、この後のことを考えると油断は禁物だ。
「じゃあ、
「え、え!? あ、ははい!!」
小さな肩が、遠目からでも分かるくらいに跳ね上がった。花鶯姫を引き留めようとした、おどおどした巫女だ。
並び順的に彼女だろうと思ったけど、大人しそうな彼女にとっては不意打ちも同然だったのかもしれない。ご愁傷様です。
見るからに小柄で、小動物っぽい。
真っ直ぐで柔らかそうな髪、今にも震え上がりそうな声、自信なさげに下がった眉尻など、貴族的かつ堂々とした花鶯姫とは正反対だ。
朱色の着物を身に
「わ、私は……っ」
しかも極度のあがり症らしい。
(大丈夫かな……?)
初対面の相手なのに、なんだか心配になってくる。僕も小さい頃、似たような面があったからかもしれない。
「け、蛍です。け、
たどたどしいながらも、
「今のが自己紹介? もっとちゃんとしなさいよ。みっともない」
「すみません、こんなで……っ」
容赦のない花鶯姫に、蛍姫が平謝りする。もう泣きそうだ。顔なんかさらに赤くなって、遠目から見ても沸騰しそうなくらいだ。
「……背筋を伸ばして、もっと胸を張りなさい。あんたは一国の巫女なんだから」
「え……? あ、はい!」
花鶯姫がぷいとそっぽを向く。どうやら、気は強いけど面倒見のいい人らしい。
(……きいちゃんに似てる)
妹もすぐ怒るけど、かなりの世話焼きなのだ。どうりで、睨まれても全然怖くないわけだ。それどころか、気の強い巫女が可愛く見えてきた。
「次は俺か」
(…………え?)
次に口を開いたのは、平安貴族の男性のような恰好をした巫女だった。
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