笑う角には夜明け羽ばたく

ウノ リュウヤ

プロローグ ~ いつもの朝 ~

ちゅんちゅん…


おぼろげな意識に雀のさえずりが聞こえてくる。

寝返りをうち窓に目を向けると、ほんのりと白けてくる空が広がっていた。

そのまま白む空をぼーっと眺め夢うつつの中にいたが、しばらくして掛け布団を剥ぎ、窓を背にしてベットの上に腰かけ、いつものように一日の予定を考える。


(今日は大学…休みか。課題も無いしどうしようかな。)


窓から差し込んできた日の光がじんわりと徐々に背中を暖める。

腰かけてから程々に時間がたっていた。


(休日だし、ゆっくり考えるか。)


一先ず朝食をとることに決め、着替え一階の居間へ向かうことにした。

手を伸ばして、そばに用意しておいたシャツとスラックスをとる。

就寝前に翌日の着替えを、ベット横のキャビネットに用意しておく事がいつのまにか習慣になっていた。

シャツに袖を通し、スラックスを穿いて寝間着をたたみキャビネットに置く。

軽く伸びをしてまだふんわりとした心地のまま部屋を後にした。


階段を下り、まずは洗面所で顔を洗う。

少し寝ぐせではねている髪を整え、それから廊下を歩いて居間への扉を開けた。


「お早うございます。フサ様」


「おはよう。」


テーブルには湯気が立ち上るあたたかい緑茶が用意してあった。


「あっ、緑茶ありがとう。…ちょうどいい温かさだ。」


イスに座るその前に、緑茶で満たされている湯呑を手に取りすする。

眠気をすっきりとさましてくれる、猫舌の自分にはちょうど良い温かさだった。


何事も万事丁度よく整える、我が家の一切を仕切るこの人 ――最知サイチ カオルは唯一の使用人であり執事で、この家になくてはならない人物だ。

幼いころから我が家を支えてくれている。

親しみを込めて自分はカオルさんと呼んでいる。


フサ様、まずはお席に着いていただいて…」


「ごめん。行儀良くなかったね。」


ちゃんとイスに座りそれでも緑茶はすすりつつ、右手側に置かれた封書を確認する。

毎朝届いた郵便物の仕分けは、いつのまにか自分の役目となっていた。

殆どの封書は父に宛てられたものだが、祖父宛てのもの、たまに自分宛ての手紙も届く。

っと確認し仕分けしていると、トキ フサと自分に宛てられた手紙を見つけた。

消印は無く、差出人の名を見ると北見商会キタミショウカイと書かれている。


北見商会キタミショウカイから…また靜正シズマサの手伝いかな?)


そんな予想をしながら、机に用意してあるペーパーナイフを手に取り手紙の封を開けた。


北見商会 ――国の財閥の一つで、開国以前もかなり手広く商いをしていた大店だった。

開国の折には、当時の当主北見キタミ 正一郎ショウイチロウがさらに手広く手堅く商いをし、今や国に貸付できるほど一大財閥となり爵位を賜ったと若き現当主、北見キタミ 靜正シズマサから教えてもらった。

そして北見家と時家は開国前から縁があり、両家は今も交流が続いている。


フサ様、靜正シズマサ様の仕事依頼のお手紙ですか?」


「たぶん。いつものちょっとしたお届け物の手伝いだと思う」


封を開けた中にはペラっと紙が1枚、” 今日午前9時に北見商店前へ 靜正 ”と一行だけ書かれていた。


靜正シズマサはとても忙しく、時たま自分に商会の仕事、届け物の依頼をしてくる。

その時は決まって消印のない手紙が我が家の郵便受けに、北見商会の従業員によって届けられている。

郵便局に行く暇もないらしい。


「…今日、9時に北見商店に行けばいいみたい」


細かなことは書いていないが、おそらくいつもの依頼だろう。

最初に仕事を依頼されたとき、学生の自分でもいいのかと思っていた。

聞いてみても「フサにやってもらいたい仕事」と靜正シズマサは多くは語らず。

届け物するだけで何も自分ではなくてもいい気がするが、おつかいの駄賃は世間一般より少し高く学生の身にはありがたい。

我が家も爵位はあるが北見家とは違い時家はお金はない。

趣味の読書、本の購入費にあてられるのは正直とても嬉しい。


「いつものことですが靜正シズマサ様はお忙しい方ですね」


そう言いながら、カオルさんは目玉焼きやパンがのせられたお皿を目の前に並べていく。

カオルさんは依頼理由が不明瞭だからか最初は反対だった。

が、実際小さな商店や神社お寺に届け物をするといった仕事内容で危険は無いと判断してからは、「これも経験ですね」と快く送り出してくれる。


「角フサも学業で忙しくしておりますのに、あいかわらず突然なのは少々困りますね…」


「まぁ…いつも急だけれど、こちらが空いてそうな時をみて連絡が来ているし、それに…簡単な仕事とはいえ良い経験になるよ」


「良いことです。がしかし、体を休めることも大事ですよ。今晩のお食事はお好きなライスオムレツに致しますから、楽しみにして帰ってきてくださいね」


ライスオムレツは西の方から来た料理の中で一番好きだ。


「ライスオムレツを楽しみに夕方くらいに帰ってくるよ」


「承知いたしました。お話しの合間に朝食の準備が整いました。お出かけなさる時間までゆっくり朝食お楽しみください」


「ありがとう、䭳《カオル》さん。いただきます」


さっそく朝食をいただく。

パンを手にとり食べながら、あらためて今日の予定を考える。


(8時半くらいに家を出発すれば、ちょうど約束の時間に北見商店に着くな…)


少しちぎったパンを薄いうぐいす色のスープにつける。

スープに浸したパンは初めて食べる味だったが、とても美味しい。


(いつもの届け物の仕事であれば、多く見積もっても午後3時には終わるから…4時には家に着くな)


今日の予定をざっと大まかに立て終え、このうぐいす色のスープをおかわりする時間は充分にありそうだ。


カオルさん。1時間後くらいに出発するね」


「承知いたしました」


「それと今日も美味しい朝食をありがとう。スープ美味しいよ。食べたことのない味だけど、あたらしいレシピ?」


「ありがとうございます。お気づきになりました?これはアスパラガスという野菜で最近手に入れられるようになったばかりで、調理方法も少なかったのですが‥‥」


カオルさんとの会話と朝食。

和やかな時間はあっという間に過ぎていった。

きづけば家の前の通りを人が行きかう音は増していた。

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笑う角には夜明け羽ばたく ウノ リュウヤ @ryu-ya8

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