31.大切なものは意外と近くにある

 

「私の料理はカーシャ仕込みなんだ」


 そう言ってウィズが胸を張った。

 ドヤ顔の美女のなんと絵になること。



 料理。

 おれにとって食事は栄養補給だけのものだった。

 この世界に来る前から、カップ麺とカレーぐらいしか食べた記憶が無い。

 それは言い過ぎか。



 でも、頓着が無かったのはホント。


 確かにカーシャさんの料理は美味かったな。

 ルーデの伯母さんのも美味かったけど。



 宴の席で食べたパイやスープは絶品だった。

 どれも手が込んでいて、専門店の味を家庭に落とし込んだような。

 特徴的な味付けなのに飽きが来ない。

 加えて、食べても胃もたれしないし、なんだか身体の調子が良い気がする。

 栄養とかもちゃんと考えられているんだろう。


 たぶん。



「ここって食にこだわりすごいよね」

「そうか?」

「だって、結構凝ったもの作るし、料理も種類も多くて調味料とかスパイスも色々揃えてあるし」


 カーシャさんが調理場ですごい数の調味料を細かくパラパラしてるのを見た。

 おれの昼食にそんな手の込んだものを作るなんて、おれのこと好きなんだろうかとちょっと思ったりしたぐらいだ。


「食べ物に関してはみんな確かにうるさいな。あと、たまにカサドラルやシーアに行くと香辛料とか流行の料理の情報なんかをカーシャが仕入れて来るんだ」



 カサドラルからは酒、鉄、家畜を仕入れ、シーアからは反物や香辛料、塩、薬を仕入れるという。

 どちらの国も長い歴史と文化を持ち、王朝が代わり国名が変わっても引き継がれてきた。その中にはもちろん食の文化もある。

 買い出しに行く際、露店で売られているもの、酒場で流行っているものなどを食べたり聞いたりしてくるそうだ。


 必要な香辛料や調味料を買うのはどうしているのかと聞いたら、代わりにこの近くで倒した魔獣の毛皮や爪、牙、魔石なんかを売っているそうだ。



 狩りは肉の確保だけでなく、資金源でもあるわけだ。




「おれも行こうかな」



 今の魔力なら相当な重量でも一回は転移できる。


 わざわざ片道2週間もかける必要ない。


「いいのか? 村としては助かるけれど」

「うん」

「よかった。ありがとう、キョウシロウ!!」


 ウィズがうれしそうに声を弾ませた。


「まさに適任だ。キョウシロウはしゃべりも達者だし、商人にピッタリだ」

「商人かぁ」


 実は前の職もそんな感じだった。



 大手メーカーの高級家電のパチモンを売る営業マン。



 当然あまりいい思い出が無い。

 向いてたとも思えないけどなぁ。


「あ、嫌ならいいんだ。どうせ委託先に引き渡すだけだ」

「いや、手伝うよ」


 どうせ取引内容はバルトが決めるだろう。

 でも慣れてきたらおれもやってみたい。

 好きだからではなく、役に立てそうだから。


 少なくとも原価が安い以外に取り柄の無い、デメリットを上げたらキリの無い商品を売り込むよりは簡単だろう。


「そうか。楽しみだな」


 異国へ行く予定を話し、彼女は楽しみだと笑顔。

 これはまるで彼女と旅行の計画を立てているような。


 ヤバい、明日辺り『おれたち付き合ってるよな』とか口走っちゃいそうだ。


「ウィズはどっちに行きたいの?」

「ん~、やっぱり北のカサドラルかな。シーアには小さいころに住んでいたけど、獣人の待遇は良くない。カサドラルでは差別も無いらしいし」

「へぇ~」


 獣人の多くは奴隷になっていると聞いた。

 獣人たちと住んでいて、なぜ彼らが奴隷にされるのか謎だが、この辺の話題はさすがのおれもデリケートなので聞けない。

 只人の方が多いからか、只人が文明力を独占しているからか、その両方か。

 明確なヒエラルキーと暑さ、香辛料の多さがシーア帝国の特徴のようだ。


 一方カサドラルはドワーフが主体。

 ドワーフが酒好きだから、酒文化が進んでいるらしい。

 獣人は広大な穀倉地帯に欠かせない用心棒的な扱いで、結構な好待遇を受けるそうだ。


 だからシーア帝国から逃げて、カサドラル王国に移民する獣人が多い。


「そうだ、キョウシロウはカサドラル語が話せるんだろ?」

「え? うん」


 不思議なもので、元々使っていたかのように使いこなせる。

 この知識チートはたまに混乱する。


『あれ、このフレーズどこで使ったっけ?』


 使ったことないのに使えると不思議で最初はたどたどしいが、少し話せば流暢になる。


 ちなみにこの村ではルンガルシフやガドガ、アンブロシスがカサドラル出身だ。

 獣人がいない時はカサドラル語で話している。


 普通に話したらすごい驚かれた。

 何でも獣人語はシーア語と共通点が多いのに対し、カサドラル語は土地柄全く違うので両方話せるようになるのはかなり時間が掛かるそうだ。


 ちなみにカサドラル語はバルトも全く話せないという。



「たまにでいいから、カサドラル語を教えてくれないか?」

「いいよ」



 願っても無いことだ!


 言葉を教える。

 それはつまり、会う口実ができる。


 その上、密接な関係を築ける。


 こちらからお願いしたいくらいだ。

 お金を払えと言われたら払うよ。


「キョウシロウ」

「ん?」


 お金払う?


「ありがとう」

「どうしたの、そんな改まって」



 ウィズは立ち上がって、おれの手を引いた。


 



 そのまま二人で歩く。


 



 訓練場から村の中央とは逆側にでる裏道。

 途中で舗装を放棄されたような中途半端な道だ。

 板が敷いてあったり、砂利が敷かれていたり、ただ固められた土だったり。


 ここから先は畑が広がるだけだ。



「キョウシロウは全然自分のことを話さないな」

「そう?」


 話せないことも確かにある。


 それは仕方のないことだ。


 おれは『君の猫耳を触りたい』と性癖暴露して嫌われたくない。

 


「不意に訪れた幸運は、いつしか音も無く消えていくもの。私が見ているこの夢のような現実も幻となって消えるのだろうか」


 何かを心配している、不安気で悲しそうな声だった。



「どうしたの?」

「キョウシロウはフラノに幸運を運んで来てくれている。与えてもらってばかりで、どうお返しすればいいのかわからない。キョウシロウは自分のことを話さないから」


 確かに村や村の外のことやウィズの話ばかりで、おれ自身のことは話していなかったかも。


 でも耳触らせてって言ったら引くよね? 


「大げさなんじゃないかな?」

「大げさなものか! 霊薬をもたらし、森の医薬をもたらし、魔鉱石をもたらし、スキルの秘儀をもたらし、10年進展しなかった村のリーダーたちの関係を進展させた。キョウシロウは神か何かなのか?」



 ウィズにはそう見えているのか。

 確かに、なんだか恩着せがましくなっているのかもしれないな。

 過剰な贈り物は逆に迷惑。



 ウィズがおれを仲間だと言ったり、今後の約束をしてきたのは、そういうことか。



 おれは自分がここにいるありがたさを口に出していない。


「ウィズはん」

「はん?」

「美味しいごはんと快適な暮らし。役目と気の置ける仲間。それに、ただぼんやりと話していることが許される時間。ほどほどに頼られて、退屈しない毎日――」


 それとウィズと話してるこの時間も。


「おれの方こそ、与えてもらってばかりだよ。ありがとう」



 充実している。


 ここには全てある。


 きっとどこを探してもここ以上の居場所なんて無い。



 口に出すと恥ずかしいから、言えないけど。


「‥‥‥キョウシロウはおじいさんみたいな考え方をしているんだな」

「そう? ここがいいところで、ここを護るためならちょっとは無理してもいいかなって思うぐらい大切だよ」


 勢いで『一番はお前だぜ☆』とか言っちゃおうかな。

 無理かな。


「そうか」

「そうだよ。大丈夫、例え出て行けと言われても執拗に居座り続けるからね」

「そうかそうか」



 ウィズの声に不安気な悲しい震えはない。


 なんでここまで歩いて来たのか尋ねたら、『さぁ?』と首を傾げられた。


 彼女の声が弾んで聞こえるから文句はないけどね。

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最強スキル『転移』を極めることにした。 よるのぞく @blood6

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