#3 判らない俺と、知ってる「天使」

「レオだ。」


「どうした急に。」


「レオ・ピゥ・アリアス(Leo=Pew=Arirs)。名前だよ、俺の。」


「そういえば確かに名前聞いてなかったっけな。」


「……お前なあ。」


 怪訝というより、最早呆れたような表情をみせるこの看守は、どうやらその名を「レオ」というらしい。

 なんというか、


「名前まで脳筋だな。」

「てめえ本当にぶん殴ってやろうか。」


「やめろよ、昨晩だってなんだかんだ堪えたのには何かしら事情があったんだろ。」

「それが判ってるなら煽るのも良い加減にしろってことだよ!」


 狭い廊下にレオの声がぶつかり重たい反響音が残る。

 音を聞くにおそらくこの廊下は地下なのだろう、昨晩閉じ込められていたろうも半地下牢と言ったところか。


 両手を封じられ投獄されたかと思えば、それが何故か、見当もつかないまま審問。

 正直わからないことが多すぎる。

 ただ一つ、十中八九事実らしい推測と言えるのは______


「なあ、お前。昨晩のこと「堕天使」って言ったな。」


「まあ、言ったよ。」



______俺を拐ったこいつらは「天使」だ。


 でもそれだけだ。

 レオは俺が何かしら知っていると図っているらしいが、俺は本当に何も知らない。

 彼らが天使であるということでさえ、今はまだ推測の域を出ない。

 しかし、思いの外淡々と、振り向くこともなくレオは続けた。


「その堕天使ってのは、あながち間違ってないのかもな。」


「というと?」


「なんとなくだよ。ほら、そろそろ審問署だ。」


 なんというか、これは。

 廊下の先のひらけた行き止まりでは、綺麗に塗装された白い壁が、十二分にゆとりのとられた広い部屋を織りなしている。

 遠目でもわかる気品あふれるテーブルには、一輪の花がさされた花瓶が置かれており、これぞ侘び寂びといった感じだ。

 床は、みるからに大理石だろうな。


「どういうことだ、審問署なんて見当たらないけど。」


「何を言ってる。流石に覚醒前でも見えるだろ?目の前の立派な「審問署」が。」


 いや、どう見ても審問の署ではない。

 神門城とでも言われれば納得してやる。

 だがこれは断じて審問の署とは呼ばせない。


「どうだ、綺麗だろ?」


「いや本当に意味がわからないって。天使の間では異端者を丁重に扱うのが常識なのか?」


「お、やっぱ天使なのは判ってたんだな。ま、そうでもないとよくも知らねえ俺たちを堕天使呼ばわりなんてしないな(笑)」


「……正直それは推測でしかなかったんだけどな。」


 レオは「とりあえず座れよ」と椅子を引くと、俺を先に座らせ、ごく自然なことかのように手錠を外した。


「ちょっと待て、この展開ばかりはマジでわからん。何をするつもりなんだよ本当に。」


「そう警戒すんなって見苦しい。さっきまで通り澄ましといてくれないとこっちの調子が狂う。とりあえずお茶入れてくるからそれまでに落ち着いとけ。」


 落ち着いとけと言われてもな。

 落ち着こうと天井を仰ぐとなんだこれは、吹き抜けの限界がみえない。

 とりあえずだ、


 これは「ただの審問ではない」こと。

 そしてあのレオは「只者じゃない」こと。


 あたりは視野に入れておくべきか……。

 もっとも、「天使単位で見たときのレオ」がどう見えるかなんて推察のしようもないが。


「どうだ、少しは落ち着いたか。」


「落ち着くわけあるか、それどころかどんどん混乱してきてる。」


「はぁ、お前はもっと適応力のあるバカじゃないのかよネグ。」


「あのな、お前昨晩から俺を買い被りすぎなんだよ。大体______は?」


「どうした急に。大体、なんだよ?」


 待て、俺の名前を知ってるのか?

 いや、冷静になれ。知っていてもなんら不思議ではない。

 俺を「異端」とし、ピンポイントで拐ったのだから、名前ぐらい知られているのは妥当だ。


 とは言ったものの、混乱で失念しかけていたが。

 状況がわからない以上、目の前に置かれたティーカップにも手はかけない方がいいだろうな。


「いや、なんでもないよ。というか審問はいいのかよ。」


「それなんだがな、実は______。」


 レオがそう切り出したあたりだった。


 この世のものとは考え難い、少なくとも俺は人生経験上聴いたことのない轟音が部屋中に突如満ちる。

 だがこれは天使じゃ地震のような扱いなのだろうか、目の前に座るレオは「来たか。」とつぶやくだけ。

 しかしこれを地震と例えるには、あまりにかけ離れた事象だったことを、俺はたった今思い知る。


「随分とかぎつけるのが早かったんじゃないか?イームカップルにその嬢ちゃんよ。」


 そう眉を顰めるレオの顔……いや、その前の「空間」が歪み、そして次第に引き裂かれる。


 門。これはまるで門だ。


 何かが来る。

 根拠はないが、その認識で絶対的に間違いがないと断言できるような予感がした。

 そしてその予感はすぐに姿を見せたのだが



「……嘘だろ?」



「残念ながら嘘じゃないんだな〜。」


「やあ、ネグ。驚かせたね。」


「あら、随分大きくなったわねネグくん!」


 得体の知れないその「門」から現れたのは、

 よく知れた存在______




「ロイ……ニー……?」




「久しぶりだね、ネグ!」




 六年越しの幼馴染の姿は、


 「天使」と


 そう呼ぶに相応しいものだった。

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堕天使達のミソロジー 天使天津 @Tenshi_Tenshin

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