クラスメイトがバイト先に赤いきつねを買いに来た

バナナきむち

クラスメイトがバイト先に赤いきつねを買いに来た

「いらっしゃーせー」


そろそろバイトやめようかな。

店内の雑誌コーナーで立ち読みしている中年のおっさんを眺めながら、そんなことを考える。

あ、こっちきた。


「、、、」


「180円になります」


不愛想な客だって気にならない。

店長もバイト仲間もみんないい人だ。

偶に怖いお客さんもいたりするがそんなことが理由でこのバイトをやめたいわけじゃない。

高校生になり、コンビニでお小遣い稼ぎのためにバイトを始めて1年が経ち、俺は2年生になった。俺は今、焦っている。


つい数分前の出来事が、猛烈に俺を焦らせている。



「は? お前彼女できたのか?」


放課後、いつものようにバイトに向かって歩いていたときだ。

今まで部活動一筋だった友人の拓哉が隣のクラスの女子と手を繋いでいる現場に遭遇してしまったのは。


「あ、ああ。実はな」


若干気まずそうに言う友人の姿が目に焼き付いて離れない。

小学校から同じ学校で過ごしてきた友人、いや親友である俺に彼女ができたことを隠していたのだ。それは気まずいだろう。

日曜日に一緒にゲーセン行った時もそんな素振り見せなかったじゃないか。


いや、もう友とは言うまい。

奴は裏切り者だ。


気まずそうにしている間も奴らの繋がれた手は決して離れることはなかった。


気恥しそうに裏切り者の背中に隠れながら、こちらに会釈をしてくる隣のクラスの誰々さん。

これから2人でカフェに行くらしい。


「えーっと、お前は今からバイトだったよな? 頑張れよ」


苦笑いしているがもはや煽りにしか聞こえない。

こいつらは、俺が1度として経験したことのない放課後デートとやらに向かうのだ。




今頃はお洒落なカフェであーんしたりさせたり、イチャイチャしてるのだろうか。

陰キャの俺には一生縁のないかもしれないことをあいつは今堪能しているんだ。


「うらやましい、、、」


「どうした?」


「あ、店長。お疲れ様です」


いけないいけない涙が。

バイト中だというのに心の声が漏れてた。

店長に変な心配されてしまう。


「お疲れ様。疲れてるなら、休憩に入るか?」


「いえ、めちゃくちゃ元気です」


平日は少ししか働けないんだ。こんなことで休憩して給料が減ったらたまったもんじゃない。


「そ、そうか。それならいいんだけどな、無理はするなよ?」


そう言い残して、再びバックヤードに戻っていく店長。

未だ独身らしいけど。

付き合ってる人とかいるんだろうか。


いやまあ、俺には他の人を気にしてる暇なんてないんだけど。折角の青春を無色透明無味無臭のまま終えていいのか?

ダメに決まってるだろ。

俺も彼女が欲しい。

そんで可愛い彼女と放課後デートとかしたい。


けどなあ。

俺、高校に入ってから同じクラスの女子とも殆ど話したことないんだよな。

そもそも一番の問題というか、最初に解決しないといけない課題は、俺に今好きな人がいないということだ。

尤も、相手を知る機会がなければ好きになりようがないだろう。


可愛いと思う人は学校に何人かいるが、それが『好き』かといえば違うような気がする。


結局のところ俺みたいなのは、今日も変わらずバイトに精を出すしかないのさ。

わかってましたとも。


ウィーン


お客さんも来たし、馬鹿なこと考えてないでバイト頑張ろう。

バイトに捧げる青春があったっていいじゃないか。

泣けてくるのはなんでだ?


「いらっ、、、え?」


俺の思考とともに挨拶も止まってしまった。


「い、いらっしゃいませー」


慌てて言い直すが、頭の中は軽くパニック状態だ。

俺が学校で可愛いと思っている人の筆頭。


学校で最も清楚な美少女。二次元から迷い込んだ女神。

艶のある黒髪ロングで、正に絵に描いたような清楚なお嬢様。

様々な異名で謳われる学校一の美少女、現在俺のクラスメイトでもある高梨麗華さんだ。

な、なんであの人がこのコンビニに?


知り合いがバイトしてるところに来るのが嫌でわざわざ学校から一駅離れてるコンビニでバイトしてるのに。


「お願いします」


彼女は、レジに立つ俺に気付いた様子もなく、店内を軽く物色した後に商品を持ってきた。


どうしよ、軽く挨拶とかした方がいいのかな。

同じクラスではあるが、今まで一度として話したことはないから必要あるのか悩むところだ。

いや、ここで話さずしていつ話すんだ。

そんなんだから、高校2年にまでなって女子と話したことないんだぞ。


「あ、あはは、どうも」


「、、、?」


、、、。

、、、あれ?


「どうかしました?」


もしかしてこれ、気付かれてない?

俺の顔を見て、訝しそうに首を傾げる始末だ。


「失礼しましたっ」


わかった、そもそも俺のことを知らないパターンだ。

そういや今まで一度も話したことなかったわ。

まあ俺なんかが学校一の美少女に認知されてるわけないか。

いや、でも、腐ってもクラスメイトだぞ!

なんで顔すら覚えられてないんだ!


「千円お預かりします」


まあプロのコンビニ店員はどんなことがあろうとも表情を崩したりしないのだ。

高梨さんが来店した時、思い切り崩してたがあれは無かったことにする。

俺はプロなのだ。


そういえば、高梨さんは何を買いに来たんだ?

顔を覚えられてないのがショックすぎて見てなかったが、彼女の買った商品は。


「お湯お願いします」


赤いきつねだった。


「はい、、、? あ、かしこまりました! 少々おまちください」


え、ここで食べるの?

いや別にどこで食べたっていいけどさ。

まさか高梨さんが学校帰りに買い食い、、、。

噂じゃ家が厳しくて学校が終わったらすぐに習い事に行くとか聞いたことがあるんだが。


高梨さんは俺がポットでお湯を注いだ赤いきつねを大事そうにイートインスペースに持っていった。


あ、本当にここで食べるんですね。

めっちゃいい匂いがレジまで香ってきた。



「隠してて悪かった。お前には言おうと思ってたんだけどさ。こういうのはほら、俺だけの問題じゃなくて相手のこともあるだろ? だからそう簡単に言えなくてさ」


「いや別に気にしてねーって」


俺は裏切り者のことを気にしている場合ではないのだ。


友達と談笑しながら弁当を食べている高梨さん。

その様子は至って普段と変わりない。ついでに俺に気付いた様子もない。


高梨さんが俺のバイト先に来た翌日。

今は昼休みで、各自昼食をとっている。


まあ昨日は偶々来ただけでもう来ることはないだろう。

あの清楚で有名な高梨さんがそう何度も学校帰りに買い食いをしに来るとは思えない。

多分、偶々お腹が空いてたんじゃないかな。



「いらっしゃいませー」


予想に反して、高梨さんはまた来た。


もしかしてあれか?

同じクラスだけど態々話しかけるような相手じゃないと思われてる?

うわ、その可能性について考えてなかった。


けどそれなら二日連続で来たりしないだろうから違うか。

なんだかホッとしたが、顔を覚えられていないということに変わりはない。


高梨さん、今日は緑のたぬきか。

特別赤いきつねが好きってわけじゃないんだな。果たしてどっち派なのか気になるところだ。


「お湯お願いします」


どこか予想はできていたけど今日も食べていくんですね。

イートインスペースまでお湯の入った緑のたぬきを持っていく高梨さん。


しばらくして、スマホのアラーム音が聞こえてきた。

しっかり3分計った模様。


「ふーっ、ふーっ」


ずーーっ


蕎麦をすする音が店内に響く。

めっちゃいい匂いしてきた。

緑のたぬきはあのお揚げが美味いんだよなぁ。

何も食べられないバイト中に空腹を刺激されまくる。


「ふぅっ」


食べてる姿も可愛いとかどうなってるんだろうか。

それはさておき、昨日初めて来たのにもう常連の風格があるのは何故だ。

ま、まあ明日は流石に来ないだろ。



高梨さんはあの日から、休日を除いて毎日来ている。

どうやら、その日の気分で赤いきつねと緑のたぬきを食べ分けているらしい。


因みに今日は赤いきつねだ。

そして、相変わらず俺の存在は認知されていない。

毎日顔を合わせてるんだから、いい加減俺に気付かないもんかね。


ちゅるちゅるっ


うどんの麵を可愛らしくすすりながら食べている。


それにしても美味しそうに食べるよな。

見てるだけでこっちまでお腹が空いてくるんですけど。本当ならお客様のことをじろじろ見るのは褒められたことじゃないが、他にお客もいないし、いいだろう。

当の本人は赤いきつねに夢中で気付いてないし。

店長に注意されたらクラスメイトだと言い訳しよう。


「ふふっ」


本当に好きなんだな。


まあ、こんな青春もありかな。

バイト、もう少し続けるのも悪くないかもしれない。



俺は今、頭を抱えている。

常に顔を右斜め前に向けながら。


事件は帰りのホームルームの時間に発生した。

予告もなしに、先生が席替えをすると言い出したのである。

それだけなら事件などではないし、学校でよくあるイベントの一つに過ぎない。

俺もバイトにさえ遅れなければ問題無しだと思っていたが、くじ引きの結果、隣の席になってしまったのだ。

高梨さんと。


いや、この状況は大変良くない!


学校帰りに寄るコンビニ店員の顔なんていちいち覚えてないと思うが、学校一の美少女がコンビニで赤いきつねと緑のたぬきを買い食いしているのを俺が知っていることが本人にバレるのは良くない気がする。


だから、高梨さんもわざわざ学校から少し離れたところにあるコンビニまで食べにきてるんだろうし。


「明日からよろしくね」


「あ、はい」


顔を見せるわけにはいけない。

やっぱりあそこのバイトやめようかな?

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