第8話 王女とメイド

「おはようございます」

 うん。今日は気分が晴れていて気持ち良い目覚め。楽しい夢を見たのよ。私には無縁の——

 私の人生はルーチンワーク。毎日同じことの繰り返し。決められた通りに行動し、夜を迎えて寝るだけ。


 メイドがいつも通り本日の日程を読み上げている。

 おはようの後には「良い天気ね」とか、たわいもない話が続いても良いのに——このメイドはまるで機械。私がどのような反応をしようと変化は無いのよ。

 私はずっと昔にメイドに挨拶を返したり相槌を打つことをやめたのよ。機械に応答するのは無駄なのよ。


 メイドを見ているだけで楽しい気分は一気に沈む。

 あの子——リヤンが迎えに来てくれればいいのよ。

 リアルな夢だったのよ——


 目の前に現れた黒い羽根を持ち、黒いもやを漂わせている何か。


 まさに、こんな感じのが現れて——

 夢じゃなかったのよ! 迎えに来てくれたのよ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 リヤンの魂が囚われていることを知る。

 王女なんて名ばかりの、ただの傀儡かいらいである私に出来ることは無いのよ——


 ルシファーは、リヤンの魂が戻るまで肉体の活動を維持させて欲しいと願った。


 私にも出来る。答えを考えるまでもないのよ。

 快く受け入れた。


 普段なら、メイドは日程を読み上げた後すぐに退室する。普段と違うことといえば、リアンが私のベッドに横たわっていることくらいなのよ。


 リヤンは、王女の部屋に現れた部外者——

 報告されたらリヤンの身が危ないのよ。

「誰にも言わないで」


 メイドは無反応。何も言わずに退室する。

 やっぱり機械——何を考えているのかわからない。リヤンとの関係、何故ここに居るのか、気になることは沢山あるはずなのよ。私なら質問する。それなのにメイドは尋ねもしないのよ。


 幼少の頃からずっと私に傍にいる。それなのに、ずっとこんな態度を続けている。直して欲しいところがあるのなら言えばいいのよ。嫌いなら嫌いって言えばいいのよ。


 報告されたら困る。退室したメイドを尾行する——


 行き先は調理場。紙に何かを書いて料理人に渡す。メイドが退室したのを確認し、料理人に近付く。

「今メイドが渡した紙を見せるのよ」

 口頭で言わせると嘘を吐かれるかもしれない。だから自分の目で確認したいのよ。

「食事を多めにするよう書かれています」

 見せられた紙にはそのように記されている。

「良かった。よろしくなのよ」


 見失わないよう、すぐに調理場を出て後を追う。

 私にとって、ここは家。私が城内を歩くのは日常的なこと。堂々と尾行を続ける。


 メイドはテキパキと寝具、パジャマ等の日用品を集めて回っている。おそらくリヤン用なのよ。報告するつもりならば、そんな物を集めて回らないのよ。


 部屋に戻り、寝ているリヤンの隣りに腰をろす。

 しばらくするとメイドが両手に荷物を抱えて戻ってきた。私に会釈えしゃくをし、何も言わずに片付けを始める。


 何故「ただいま」くらい言わないのよ——

 私は気付いたのよ。


 原因は私——


 私が発してきた言葉は要望のみ。彼女の言葉に対して最後に応答したのはいつだったか思い出せない。

 見ているだけで気分が沈む。それは表情にも現れているはず。いつも怒っている人になんて話し掛けたくないと思うのよ。


「おかえり」

 メイドに声を掛けてみたけれど無反応でつまらない。


 ルシファーがここに居る理由は——

 ねえ、ルシファー。そこに居ても暇でしょ。

 私の身体を使いたければ貸すのよ。


 耳から入ってくるルシファー。何故か身体を私の思い通りに動かせる。

《少し眠らせてもらうのじゃ》


 うん。おやすみ——


 ルシファーの器になっても何の変化も無い。

 中に入っている実感は無い。することが無いからベッドに横になり、メイドを眺める。


 あんたも休めばいいのよ。


 メイドが首を左右に振っている。何かを探しているような——


 何を探しているのよ?

《声が聞こえたので……》


 ルシファーが私の中に入ったから念話できるんだ。

「私なのよ。違う声に聞こえる?」

《私は耳が聞こえないので、お嬢様の声を知らなくて……申し訳ありません!》


 知らなかったのよ。教えてくれれば良かったのよ。

《担当を外されてしまうのが怖くて隠していました。仕事はしっかりします! ご迷惑はお掛けしませんので、どうか続けさせてください》


 それで、機械のように働き続けてたのね。

 せっかく話せるようになったのよ。隣に座るのよ。


 ルシファーの能力が使えるということは——


 試したいことがあるのよ! 上手くいくかわからないけど今しかできないのよ。裁縫道具を持ってきて。


 メイドが部屋に戻ってきたので鍵を締める。


 あとは記憶頼み——血に魔素を混ぜるには新たに穴を開ける必要がある。上着を脱ぎ、裁縫箱から取り出した針を突起に当てる。


 一思ひとおもいに——押し当ててみたけれど痛いだけで針が刺さらない。出来る気がしない。諦めて針を渡す。

「これを刺してほしいのよ」

 ナルはナンに刺してもらっていた。自分で刺す必要は無い。刺しやすいように心臓側の突起を差し出す。


 反対側の突起にあるピアスをチラリと見るメイド。

《……はい。こちらにも付けたいのですね》

 違うけど、そんな感じ。

 求める結果は同じだから些細な差。


 痛っ——!! 鎮痛効果は無いけれど、足をバタバタさせうずくまる。


 次はあなた。右側に刺すのよ。


 試行しているけれどやりにくそう。

《右手で右側には刺しにくいです》

 言いたいことはわかる。とはいえ左に刺されると位置的に支障がある。


 私が刺すのよ。


 針を受け取り押し込む。痛みを知っているから、躊躇ってしまい一思いに刺せない。

「っ……」

 苦痛に歪む表情。一思いに刺さないと苦痛が続く。覚悟を決め、一気に刺す。


 両手をぎゅうっと握りしめて堪えるメイド。


 記憶と同じようにお互いの突起を口に含み吸う。

 念話できたということは、今の私は魔素を扱えるということなのよ。集中して感じ取れ、私——


 私は悪魔ではないから耳から入ることはできない。他者の身体に入れる可能性がある唯一の方法。

 見ていた。体験した。だから私には出来るはず——


 滲出液しんしゅつえきが邪魔で見えにくい。除去したいと強く思ったら消失した。やり方はわかった。あとは慣れだけ。

 耳の奥にある骨が私とは形と位置が違うことを見付けた。ここが振動しなくて聞こえないのかも——


 私の骨と比較しながら少しずつ動かす。

 少し動かすだけでも疲労が凄く、頭が痛くなる。魔素は力。もっと流し込めれば改善されるかも。

 魔素の量をコントロールする余裕は無い。単純に血を沢山移せばその分魔素を濃くできる。

「噛んで、たくさん血を吸い出して」


 痛っ……。でも操作しやすくなった。これでいい。

 位置は大丈夫。少しずつ形を整え、反対側も同じように形成する。最後に鼓膜の穴を塞いで完了。

「できた!」

「声が……聞こえます」

 良かった。だけどここで満足してはダメ。記憶と同じように最後までやり遂げないといけないのよ。

 咥えられていた突起を指差す。

「この穴を塞いで終わりなのよ」


 ナルは物の形を変えることも出来たのよ。私にも出来るはず。穴を開けるために使った針を思い浮かべた通りのピアスに変形させ、お互いの突起に嵌め合う。


「他に身体の異常はある? 今しかこの力を使えないから、あるなら今治すのよ」

「視界がボンヤリとしています」

 視力が落ちているのね。突起は穴を開けたばかりだから、ピアスを着用していても血を出せる。

「わかった。また突起を噛んで血を吸い出して」


 意識を集中させて目を重点的に見る。

 角膜と水晶体が濁っている——きっとこれが原因なのよ。混濁を除去する。


「くっきり見えるようになりました!」

 尋ねる前に答えを聞けた。目はもう大丈夫。


 それよりも身体中にある火傷と鞭痕が気になる——耳に比べれば修復は容易い。一つずつ消していく。気になるところは全て治した。体内の魔素を全て吸い出して完了なのよ。


「終わったのよ」

 疲労感がすごい。でも、それ以上の達成感がある。


「おはようございます」

「おはよう。良い天気ね」


 私は魔素や能力の制御を出来ない。

 記憶を覗くつもりは無かった。見えてしまった——


「ここに座るのよ」

 メイドの手を引き、ベッドに座らせる。

 直接触れられる場所なら、血を介して魔素を体内に入れる必要は無い気がする。患部に手の平を当てる。


 よし、治せている——全ての傷を消す。

「さて、どうしようか。私はとても怒っているのよ」


 誰に何をされたのか。私は見たから知っている。

 彼女は何も言わない。

「言い方が悪かったのよ。私は用があるから部屋を出る。あなたがついてくるか、ここにいるか、どちらにするかを決めるのよ。行ってくるわね」

 私の袖を握ったメイドは、とても怯えている——

 これから、ずっと自分をイジメ続けている人のところに向かうのだから当然だろう。


 捜索対象者が居る場所には、待ち合わせをしているかのようにスムーズに辿りつける。検知能力の類だろう、手に取るようにわかる。


 早速一人目に遭遇。会釈をしてはいるけれど、内心は酷いものだ。パチンと指を鳴らし消す。

 消すとは言っても私が知っている場所を思い浮かべて転移させているだけ。


 私はリヤンのように魔法陣を描けない。だから悪魔を召喚することはできない。洗脳しても、ルシファーが意識の主導権を握れば解除されてしまうだろう。

 私に出来ることは、もう会わなくて済む場所に身体を移動させることくらい。


 この日、三名のメイドが失踪しっそうした。

 失踪は珍しいことではない。すぐに替えのメイドが充てられ何事も無かったかのように日常を取り戻す。


「おはようございます。良い天気ですね」

「おはよう。日向ぼっこしたいわね」

 メイドの顔は晴れていて、記憶や心を見なくても平穏な日常が始まっていることはわかった。

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悪魔は私に褒められたい あめ玉 @softbunk

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