第7話 煉獄の閻魔

 荒廃した地。炎が燃え上がっている。

 ここは煉獄——


「リヤン、こっちじゃ」

 誰かを呼んでいる。後ろを見たけれど誰も居ない。もしかして私を呼んでいるのか?

「ちょうど良い召喚陣を見つけたのだ。三人で通過するのに十分な魔力量なのだ」

 こいつらは何かを探しているのか。

 一、二、三人。私も含まれているのか。

「今なのだ! 飛び込むのだ」

「待つのじゃ! リヤンの」


 待つように言われたけれど、引っ張られるように吸い込まれていく——


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 気を失っていた。先程とは違う場所で目覚める。


「二体はなかなかの逸材いつざい……しかし、これには使い道が無さそうだ。処分しておけ」

 腕を組み、私を睨みつけている。使い道が無いと言っているのは私のことか。見ず知らずの者にそんなことを言われると腹が立つ。こいつは偉いのか?

 私の感情とは無関係に、何も告げられること無く小さな筒のような物に入れられ、蓋を閉められる。

 何故こんな扱いをされなければならないのか——


よい明星みょうじょう

「שָּׂטָן」

 怒号どごうが響き、あわただしい轟音ごうおんがする。筒の中は暗闇だから、外で何が起きているかわからない。


 しばらくすると轟音が止み、光が入ってくる。

「リヤン、もう大丈夫なのだ」

 筒から出て周囲を見渡すと、部屋だった場所がまるで戦場のように変わり果てていた。


 先程の場所で一緒に居た二体が話をしている。

「ナルはさっき何を言おうとしていたのだ?」

「リヤンの記憶が空っぽなのじゃ」

「そういうものだから問題無いのだ。脳を有する有機生命体ゆうきせいめいたいの記憶は魂には刻まれず、脳に蓄積されるだけなのだ。だから肉体側に残るのだ」

「……ナンは物知りじゃな」

幾度いくどか試行したから知っているだけなのだ。ところで、リヤンはこやつらをどうしたいのだ? 我はリヤンの希望通りに動くのだ」

「私を処分しておけと言った人と、意地悪してくる人は消えてほしいかな」


「ということなのだ。貴様は処分確定なのだ」

 ナンが指を鳴らすと、偉そうな者が忽然こつぜんと消える。


 この光景を、以前にも見たことがある気がする。


〜Phase ナン〜


「我らの敵は皆こうなるのだ。貴様らは敵か、駒かどちらなのだ? 忠誠を誓う者はひざまけ。他は消すのだ」


 立ちすくんでいる者は動転どうてんしているだけだから放っておいても無害。指を鳴らし、忠誠することを拒んだ者のみを消す。


 悪魔は記憶と思考を読めるため、あざむくことは困難。それを知ってか知らずか、跪いたにも関わらず反抗的な思考を持っている者が居る。跪いた時点で誓約が結ばれるため、逆らうことは出来ない。放置しても問題は無いが、禍根かこんを残すと面倒事の火種ひだねにはなり得る。


 我らが次にすることは器選び。如何いかなる思考を持っていようと器にしてしまえば思考は機能しなくなる。

 良さそうな器——飛び抜けて体内魔素量が多い個体が一つ。何やら思惑を巡らせているが無意味なのだ。

「リヤンの器にはこれがぴったりなのだ。耳から入ると器にできるのだ」

 リヤンが耳から侵入し、器が我に話しかけてくる。

「これで良いのか?」

「うむ。今からそれがリヤンの身体なのだ」


「マ、マーリン様……」

 跪いている一兵卒いっぺいそつがリヤンに呟く。

 リヤンは悪魔ではないため、憑依しただけでは認識阻害は発動しない。だが、それでいい。

 ここに居る全ての者は圧倒的な力を目の当たりにし忠誠を誓った。そして絶望した。マーリンとやらが器になった瞬間、この場から反抗的な思考は消失した。


 ここには我とナルに相応しい器は無い。

 良い憑代が見つかるまで憑代無しで過ごすのだ。


 リヤンの憑代となったマーリンには膨大な魔素を用い相応の者を召喚しなければならなかった理由があるはず。憑代になっている者の記憶を読むことはできぬから、ここに居る者に尋ねるしかないのだ。


「我らを召喚した目的は何なのだ? リヤンを処分しようとした理由も説明するのだ。希死念慮きしねんりょを抱いての所業しょぎょうならば、望み通り全員消滅させてやるのだ」


 召喚者にとって本来、我らは敵ではない。にも関わらず此奴らは我らを敵対視てきたいしした。自らの意思で敵対することを望む場合、願望を満たすために敵となり敗北を与える。滅びを望むのならば、その願いを叶える。


 聞けば彼らは元・王国騎士団。様々な理由で王国を追放された者が集い、集落を作ったそうだ。

 理由の多くは〝弱い〟から。

「主張通りならば、貴様らは誰よりも弱者の気持ちを理解できるはずなのだ。何故〝使い道が無ければ処分する〟ことがまかり通っているのだ?」


 指示した者は貴族。集落は貴族の私兵により制圧された。敗北した元・王国騎士団は奴隷のように扱われ、指示に逆らえない立場だったと主張する。


 召喚の指示は貴族がした。目的は王国を討ち取れる有能な〝英雄〟の召喚。しかし描かれている召喚陣は悪魔を召喚するもの。悪魔と英雄の召喚陣は似ても似つかぬ全くの別物。間違えようがない。つまりマーリンは意図的に我らを召喚したということなのだ。


「マーリンは弱者ではないのだ。何故従っていたのだ?」

「マーリン様は召喚された英雄だからです。隷属関係にあり、逆らうことが出来なかったのです」


 隷属していたのならばに落ちるのだ。

 マーリンの力でも討ち取れない王国——良い憑代がありそうなのだ。


よい明星みょうじょう

 ナルは我とリヤンの身体を周囲に何も無い場所へ転移させ、間髪入れず無詠唱でリヤンに向け技を放つ。

 しかしリヤンは技を無効化し、無傷——


「マーリンよ。貴様、リヤンを飲み込んだじゃろう」

 ナルはリヤンをマーリンと呼び、リヤンは不敵に笑う。

「流石、元・大天使長ルシファー。堕ちたとはいえ、この程度は見通せますか」

「煉獄に干渉できる者は我らと同属のみじゃ。マーリン……いや、メタトロン。貴様は何が目的じゃ?」

「ただの暇つぶしです。敢えて言うならば、あなたとこんな罠にも気付けない無能なサタンを完膚なきまでに叩き潰すことでしょうか」


「ナルよ。此奴はリヤンでは無いのだな? 敵なのだな?」

「そうじゃ」

「リヤンが『意地悪してくる人は消えてほしいかな』と言ったのを聞いておったか。あれはリヤンの言葉なのだ。此奴はその対象なのだ……」


「良き暇つぶしになりそうですね。我ら天使軍は王国で待っております故、せいぜい楽しませてください」

 と言い残し、マーリンは消えた。


「さて、行くのだ」

「無謀なのじゃ!」

「違うのだ、この世界を出るのだ。悪魔に対して天使軍は叩き潰すまで王国で待つと宣言したのだ。契約は成立した。宣言通り永久に待ち続ければ良いのだ」

「リヤンはどうするのじゃ」

「天使が私欲のために害を為せば堕天するのだ。悪魔を嫌悪している者が、同属の堕天使になることは無いのだ。だからリヤンに危害を加えないはずなのだ」


 煉獄へ転移するナンとナル。

「心配しなくて良いのだ。リヤンは取り戻すのだ」


 煉獄は地獄と天国の中間にある。別名、霊界——

「閻魔よ、久し振りなのだ。教えてほしいことがあるのだ」

「うむ、答えよう」

「煉獄から生きている者の霊魂を勝手に飲み込み、異世界に拘束している者が居るのだ。解放したいのだ。でも、我にはどう対処すべきかわからんのだ」

「嘘をつけば貴様を裁く。其奴は神か?」

「違うのだ」

「嘘ではないようだな。神以外による、そのような傍若無人ぼうじゃくぶじんな行為は許容できん!」

「其方は我が悪魔だから疑ったのだ? 我は教えてほしいと頼んだのだ。疑われたことが悲しいのだ」

「解放したい者は生きていると言ったな。悪魔ではないのか?」

「人間なのだ」

「拘束されるようなことをしたのか?」

「していないのだ!! 其方に裁かれるようなこともしていないのだ。名はリヤン。剥がされた記憶は霊界のどこかにあるから確認すれば良いのだ」

「生きている者の魂を分解したというのか!? なんと非道な……該当する記憶を確認した。この記憶の主、リヤンが居なくなれば貴様らは自由になる。何故解放しようとする?」

「何故理由が要るのだ? 悪魔は理由が無いと動いてはいけないのだ? 何故我を疑うのだ? 我は悪いことしかしてはいけないのだ?」


わしに非があるな」

「そうなのだ。反省するのだ」

「本件、儂に一存いちぞんしてもらえるか。煉獄の責任者として捨て置くわけにはいかぬ。リヤンの解放および十王の審理を執り行い、刑を執行することを約束する」

「約束なのだ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 言質げんちは取った。あとはリヤンを待つだけなのだ。

「罪を裁く神に委ねるとは流石なのじゃ」

「神は天使の保護者なのだ。保護者が責任を取るのは当然なのだ。暇つぶしに付き合う義理は無いのだ」


 十王の審理は煉獄にて行われる。

 審理の場へ赴くことを拒めば極刑が確定し、魂は永久に地獄に縛り付けられる。

 天使軍は悪魔との契約により、我らを叩き潰すまで王国を出ることは出来ない。契約を一方的に破棄する場合、魂は消滅する。


 選択肢は魂の消滅、もしくは投獄の二択のみ——

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