第6話 怪獣と死闘

 初めてのコスプレ楽しかった。またしたいけれど、イベントでしか衣装を着られないことが残念かな。

「何故イベントでしか着られないのだ?」

 当たり前のように読心してくるナン。

「白い目で見られるからかな」

「何故なのだ。リヤンの記憶で、そのような衣装を着た人間が怪獣と戦っているのを見たのだ」

 いつ記憶を見たのかな。見られたことはまあいい。

 記憶にあって戦っている人間に心当たりがある——

「それはアニメの中の世界かな。この世界に怪獣かいじゅうは存在しないから、戦うために変身する機会は無いかな」

「我の力を持ってすれば顕現けんげんさせられるのだ!」

「異世界には行けないんじゃなかったかな?」

「怪獣には実体が無いから大丈夫なのだ。器に入れて変異させたものが怪獣と呼ばれておるのだ」


 怪獣になった器はどうなるのかな。

「怪獣のエネルギー源は欲求なのだ。器の欲求が満たされて活動出来なくなると器は元の姿に戻るのだ。例えばストレスが溜まっている人間を怪獣の器にする場合だと、物を壊したり戦うことでストレスを発散し満足すると元に戻るのだ。ストレスがなくなった器は気分がスッキリするのだ!」


 満足させないと元に戻せないのはしんどいかな。

 時間制限とかは無いのかな。

「顕現させるときに自由に決められるのだ」


 目が覚めなかったり、障害が残ったりするのかな。

「夢を見たような感覚が残るだけなのだ。怪獣になったことはすぐに忘れるのだ」


 害が無いのなら——

「ナルを怪獣にしてほしいかな」

「何故ナルなのだ!?」

「器がストレスを溜め込んでいるから」


 初めて私の部屋に連れてこられたときのこと——

 冷静を装っていたけれど身体は小さく震えていた。左手をぎゅっと握りしめ震えを抑えようとしていた。

 感情を押し殺し隣国の王女の頬を叩いた。ずっと我慢し続けていたから、あの状況でそれができた。


「我は優秀だからわかるのだ!」

「ナルはずっと黙っているけれど、わかるかな?」

「……我もわかるのじゃ」


「早速、怪獣を顕現させてみてほしいかな」

「任せるのだ!」


 交差点の真ん中に怪獣が突如現れざわつく通行人。大勢がスマホのカメラを怪獣に向ける。

「特撮!?」

「すげーっ!」


 誰一人として逃げようとしない。

 人がどんどん集まってくる。皆の表情は、笑顔。

 人気ひとけ人気が無いところに移動してから顕現させてもらえば良かったと反省する。


 問題は、ここに居るのは本物の怪獣だということ。

 怪獣は人間を攻撃する。


 まだ誰もそのことを知らない。

 尻尾で弾かれた人が宙を舞うのを見て初めて知る。

 ここに居ることが危険であると——


 悲鳴が木霊こだまする。

 あ、子どもが——咄嗟とっさに飛び出していた。

 痛い——怪獣の前足で薙ぎ払われ車に激突した。

 子どもは——大丈夫!? 良かった、外傷は無い。


 怪獣を見つめながら、どうしようかと考えていると子どもが声援をくれる。

「魔法少女のお姉ちゃん頑張って!!」

 怪獣を呼び出した手前、逃げるわけにはいかない。

 怪獣に向かって重い足取りで近付き、仕返しに蹴りを入れてみた。多分ノーダメージ。

 蹴られたことには気付いたようで薙ぎ払われる。


 痛い! すっごく痛い。

 私は魔法少女ではなくコスプレしているだけのただの人間。交通事故と同様の衝撃を何度も受けて耐えられるほどの強度はない。


 怪獣が私を敵と認識したようで私に向かってくる。怪獣には私の強度や痛かったか否かは関係ない。

 きっと人間が蚊などの虫を殺すのと同じ感性。

 邪魔だから始末する。そこに思慮しりょは存在しない。


 先程蹴りを入れた私の右足が気に入らないようで叩き潰される。多分、痛過ぎて相応の痛みを感じない。


 私の足を潰した怪獣の気持ちはわかる。ムカついた——ただそれだけ。私も今同じ感情を抱いている。私の足を叩き潰している手を殴る。


「お姉ちゃん頑張って!!」

 この声に釣られて声援が連鎖れんさしていく。

 いや——現実を見て欲しいかな。

 ただ殺されるだけなのはしゃくだからあらがっているだけ。


 私が怪獣の顕現を願ったから怪獣が現れた。

 だから、私が怪獣に殺されることは自業自得。

 私だけが死ぬのは構わない。

 でも、私のせいで誰かが死ぬのは後味が悪い——


 ナルは怪獣の中?

《いや。今あれを動かしておるのは怪獣じゃ。我は憑代が無いから不可視化して漂っておる》

 私を憑代にして戦ってほしいかな。

《……器の痛みがそのまま引き継がれるから嫌じゃ》

 痛いのが嫌なのは当然。私も嫌。それなら、私が能力を行使できるように今すぐに契約してほしいかな。代償は、ナルが決めたものを差し出す。


 今着ている衣装はナルとナンがくれたものだから不適切。今すぐに差し出せるもの——溢れ出ている血だけ。お願い、この血を担保に契約してほしいかな。


 この戦いが終わるまででいい。能力の使い方に慣れるまでの時間が惜しいから洗脳でも何でもしていい。ナルに私の全てを委ねる。だからお願い——


 交渉の時間すらも惜しい——主として命令する!

 今すぐに全員を安全な場所へ転移させて!

 命令に意味があるか否かなんて知らないし、どうでもいい。出来ることはなりふり構わず何だってする。


 ナルは考える——

 リヤンが禁忌きんきを口にしたから。


 主従関係は、所詮しょせん上下の関係。

 我は神を裏切った。服従はしておったが、忠誠はしておらんかったからじゃ。忠誠なき服従は諸刃もろはの剣。

 要求に対する鬱憤うっぷんが溜まれば反旗はんきひるがえす。


 死に損ないの血に、悪魔に能力を行使させる価値は無い。リヤンの命令は理不尽りふじんな要求に該当がいとうする。


 禁忌は、命令ではなくリヤンが求めた契約——

《〝血の契約〟を結びたいのじゃな……》


 血の契約とは最高位悪魔のみが行えるとされる秘伝に属する禁術。主が配下に血を注ぐことで生命と運命を分かち合う儀式。配下は主に忠誠を宣誓せんせいする。主が命を落とすことを覚悟して結ぶ最も重い契約じゃ。


 しかし悪魔には実体が無い。憑代は使い捨ての器でしかないため契約を成す条件を満たした前例は無い。


 リヤンは契約条件を満たした——

 堕天使と魔王、最高位悪魔の魂を二つ有している。人間の身体を持つ最高位悪魔の頂点といえる。我に名を与えたことにより我との主従関係が成立している。

 そして、命を落とすことを覚悟している。


 史上初の契約例を作れる——

 我はリヤンに忠誠を誓うのじゃ。


 ナルはルシファーの姿で私のかたわらに顕現する。まるで、少年マンガの某奇妙な物語に出てくるス◯ンドのような——今は見た目を気にする時間が惜しい。

 きっと痛いのは嫌だから、隣で私に代わって能力を行使してくれるのだと解釈した。


 ナルの力を借り、付近にいる人たちをビルの屋上に転移させていく。無事に全員避難完了——


 立ち上がるために右足に少し荷重を掛けると激痛が走る。駄目だ、右足が使い物にならない。

 ナル、私を怪獣目掛けて飛ばして!

 右手を前方に伸ばし、人型のあんパンがパンチをするのと同じ姿勢で怪獣に突っ込む。


 ボキボキボキ——拳から手首にかけて骨が砕ける音がする。怪獣は多分ノーダメージ。怪獣に薙ぎ払われ再び車に叩きつけられる。想定していた結果と違う。

 ここから大逆転していくはずなのに——


 ナンが歩いてくる。

「何故……なのだ……何故……なのだ」


 パシーン!! 目前まで来たナンが私の頬を叩く。

「何故、ナルなのだ! 我ではなくナルを選んだのは何故なのだ! リヤンに認められるために我慢した。リヤンのために怪獣も用意した。それなのに……何故ナルなのだ!!」

 何度も何度も私の胸を叩く。でも、何故怒っているのかわからない——

「我は名前を貰ったときからずっとリヤンに忠誠を尽くしていたのだ。それなのに何故我を捨てるのだ!」

 捨てていない。そんなことしない。

「我とは〝血の契約〟を結んでくれないのだ! 傍に居るのはナルなのだ。我はリヤンにとって何なのだ」


 パシン、バシン、ドゴッ、バキッ——

 ナンは引きつった表情で私を叩き続ける。

「リヤンは痛いのが好きなのだ。ボロボロになることを望んでいるのだ。だから願いを叶えてやるのだ。衝撃を受ける度にダメージが倍増するようにしてあげたのだ。リヤンは嬉しくて、たくさん喜んでくれるはずなのだ!」


 ——めん。ごめん——ナンは私より痛くて苦しい。

 私は器のストレスに気を取られ、気持ちを蔑ろにした。大切にしている気になっていただけ、無意識で壊してしまった。競い合うことで辛うじて均衡きんこうを保っていた二人に私が差を付けた。


 私は、悪気なく友人の心を崩壊させた。壊したことを気にもせず、何とも思わないなんて最低かな。


 ふわふわしてきた——意識が——

 まだ話の途中。意識を離してはいけない——

 痛みに集中し、意識を留めることに集中する。


 突如視界に入る怪獣。ナンが突進してくる怪獣に蹴りを入れると、怪獣は吹っ飛びビルの壁に激突する。

「取込み中なのだ。横取りは許さないのだ」


 怪獣を追撃ついげきし圧倒的かつ一方的な暴力で駆逐する。


「話の続きなのだ」

 私に馬乗りになり拳を振り上げるナル。


 呼吸する度にヒューヒューと音がする。

 限界かな——ナルの頭を掴み一気に引き寄せ喀血かっけつした血を浴びせる。

「げ……いやぐ……じで」

 声をつむぐ力はもう残っていない。


「……わからないのだ」


 怪獣から憑代を取り戻したナルが代弁だいべんする。

「『契約して』と言っているのじゃ」


 ナルの頭を鷲掴わしづかみにするナン。

「そんなことはわかるのだ! 今更何の契約をしたいのかがわからないのだ」


「〝血のさかずき〟。我が勝手にリヤンが〝血の契約〟を望んでいると勘違いしただけじゃ。じゃが、リヤンはお主にも血を与えた。もしもまだお主に忠誠を尽くす意思があるのなら、契約要件を満たしておるじゃろ」


 ナンの頭を鷲掴みにし、主張を続けるナル。

「悪魔とて、死んだ者を元に戻す術は有しておらん。じゃから今すぐに決めるのじゃ」

「もう遅いのだ!! 我はリヤンを殺そうとしているのだ。禁忌を犯したのだ。だから契約できないのだ」


「リヤンが今願っていることは何じゃ?」


 ナンは拳を振り上げ、リヤンの胸部に振り下ろす——


 ナンはナルの頭をリヤンの顔の前に引き寄せ、二人で喀血を浴びる。浴びた血を互いに舌で絡め取り体内に取込む。その後リヤン自身に付着している血を二人で絡め取る——


 リヤンは血を流し過ぎた。心臓の鼓動は弱い。

 生命活動が停止するのは時間の問題。


 対処のため、リヤンに憑依し内臓を修復する策が浮かぶ。問題点はここに二体の悪魔が居ること。


 一つの憑代に二体以上の悪魔が憑依することは無い。主導権の奪い合いになることが明らか。

 そのため、試みられたことも無い。


 リヤンを救いたい悪魔が二体居る。どちらが憑依するか——憑依する前に奪い合いをすることになる。


 悪魔は憑依する際、耳から体内に入る。何故そうするのか。最短かつ効率的に脳の制御を奪うため。

 身体の修復に脳の制御は不要。しかし、制御を放棄するわけにはいかないため、力の多くを無駄な処理に費やすことになる。


 放棄するわけにはいかないけれど、放棄したい。

 憑依以外の方法で身体を制御する方法——


「体内に魔素を循環させて、その魔素を制御すれば良いのだ」

「そんなことは知っているのじゃ」

 ナルが理解しないことに苛立つナン。

「説明するのが焦ったいから見ておるのだ」

 ナンが道路に落ちている釘を見つける。これでいいのだ。心臓までの最短距離にある突起とっきに突き刺し、したたる血に魔素を込める。魔素供給源の役割を得た突起をリヤンの口に入れ、血をのどの奥へと流し込む。


 これだけでは不十分——大量に魔素を注入すればパンクする。それを避けるためには魔素を入れるのと同じ効率で排出できなければならない。

 リヤンの身体を見渡すと突起が二人分ある。二つの突起に釘を突き刺し、毒素と魔素の吸出口を作る。

「我らの憑代を魔素ポンプとして使うのだ」

 と言い、心臓から遠い方の突起を頬張る。


 ナルのために片方を空けている。それなのに隣に来ない。

「何をしておるのだ。早くするのだ」

「自分で突き刺すのは怖いのじゃ……」

 ナルに顔を寄せるナン。

「怖いと言っている余裕は無いのだ! 早くするのだ!」

 催促だけして魔素循環を再開しようとするナン。

「そんなことを言われても、痛いのは嫌なのじゃ」

「もう穴を開けたのだ。早くするのだ」

 視線を下げると血が滴っている。急いでリヤンの口に入れ、リヤンの突起を頬張る。


 憑代とリヤンの身体構造は同じ。

 破損箇所が憑代と同じになるよう構築していけば修復できる。破損している箇所は魔素の流れがとどこおるから検知できる。


 身体が三体あるから欠損けっそん情報の補完ほかんは可能。

 憑代にある破損——異形成いけいせいという表現がしっくりくる箇所もついでに修復する。

 血管と内臓ないぞうの修復が完了。分離した骨を繋ぎ合わせ最後に表面の欠損を補完する。


 身体は直した——にも関わらず苦しんでいる。

 魔素の流れは正常。魔素が足りていない可能性があるため、多めに供給してみたが改善はみられない。

「何故じゃ」

「わからないのだ」


 悩むナルとナン。

「人間の体内魔素許容量はどのくらいなんじゃろう」

「ほぼゼロなのだ。魔素を抜かないといけないのだ」


 二つの吸出口から魔素を吸引する。

 全て出しきるとリヤンはすやすやと眠りについた。吸出し口は、また使う機会があるかもしれないため魔素を固めた棒を差し込み塞ぐことにした。


 リヤンが眠っているのだから、歩いて拠点に戻る必要はない。三人は転移により瞬時に帰宅する。


 んー! よく寝た。両隣にはナルとナン。

 ここは——私の部屋。良かった、生きてる。


 そういえばナンが凄く怒っていた。どうやって仲直りしたのかな。怪獣、どうなったのかな。ナルの憑代がここに居るから、怪獣は誰かに倒されたのかな——


 ナンが言っていたことを思い出す。

『夢を見たような感覚が残るだけなのだ。怪獣になったことはすぐに忘れるのだ』

 忘れている最中だから記憶が不安定なのかな——


 消えてしまうもののことを考えても仕方ない。

 二人とも寝ているし、お風呂に入ろうかな。

 上着を脱ごうとすると——ブチっ!

「ゔーーっ……」

 痛い痛い痛い痛い!! 絶対千切れた。恐る恐るズキズキと痛む二つの部位を覗く——

 付いている——けれど身に覚えがない物まで付いている——これが引っかかったのかな。


 私は、これが何を意味する物のかを知っている。

 奴隷どれいの証。


 助けてもらう見返りに契約したのかな——

 私はやられる一方で動ける状態ではなかった。見返りに捧げる相応の何か——私自身だろうな。きっとナルかナン、二人のどちらかがご主人様——ご主人様を知らないなんてことがバレるわけにはいかない。怒らせたら、命が何個あっても足りない。


 一つ思い出した——ナンが怒っていた理由はナンを選ばなかったから。そのナンが隣に寝ているということは許してくれたということかな。ナンがご主人様?

 でもナンがご主人様なら、ナルが私の隣に寝るのを許すはずがない——私のご主人様は誰なのかな。


 奴隷は何体居ても良い。もしかしてナルにも——

 あった! ということは——

「リヤン。何をしておるんじゃ?」

 起こしちゃった! どうしよう、見たかったなんて言えないかな——

「言っても良いじゃろ」

 あわわわ。考えていること筒抜けなんだった。

「おかしな奴じゃのう……我はそなたの所有物なのじゃから好きにすれば良い」


「二人で何をしているのだ?」

 あらわになっている証を凝視するナン。見せてはいけないとか、何か問題があったかな——

「見せても問題は無いのだ。リヤンの吸出口から血が出ていることが問題なのだ」

 吸出口? 躊躇なく証を頬張るナン。

 そうだよね、吸うための物だからね。

「これで直ったのだ」

「我の方からも血が出ておるのじゃ」

 反対側の証をくわえるナル。そっちはナルのなのかな。うん、わかった。

「こっちも直ったのじゃ」


 なんだか胸が苦しくなってきた。何故かな——

「魔素を流したからなのだ。流した魔素はすぐに抜いたからじきに……ナル、どうしたのだ?」

 慌てて証を吸うナル。

「魔素を抜き忘れたのだな。我も手伝うのだ」

 反対側に吸い付くナン。


 苦しさが落ち着き、吸うのをやめたナンは自分の突起を凝視する。

「何故血が出ていたのだ? 我のは出ていないのだ」

 んっ!? 何故ナンにもあるのかな。

「頑張ったからあるのだ。必要な時はいつでも吸うと良いのだ」


 血が出ていた理由を答えてない。

「服に引っかかって切れたかな。棒だと引っかかるから、輪っかにしたい」

「イメージしてくれればその通りに変えられるのだ」

 衣装のときと同じかな。イメージすると証の形状が変わった。


「体内に魔素を保持できるようになればリヤンも能力を行使できるようになるから、特訓すると良いのだ。今の状態だと怪獣とまともに戦えないのだ」

 倒せる気がしないから、戦うのはもういいかな——


「諦めるのは良くないのだ。リヤンに致命傷を与えたのは我なのだ。怪獣は我ほど強くないのだ」

 ん??? 何故ナンが私に致命傷を与えたのかな?

「あれは我の勘違いだったのだ。もう怒っていないから気にしなくて良いのだ!」

 曖昧だった記憶が鮮明になっていく——

 勘違いで死んじゃったら悔いが残るかな。

「我は気付いたのだ。リヤンが簡単に死なないために我が責任を持って特訓することで解決できるのだ!」


 苦しいのと痛いのは嫌かな。他の方法が良いかな。

「諦めるのだ。憑代になっている間は体内に魔素を貯めることはできるのだ。でも思考と身体の制御は奪われるのだ。だから身体を慣らしながら体内魔素許容量を上げていくのが良いと思うのだ」


 ナンが私のために色々考えてくれているのはわかる。それでも、他にもっと良い方法があるかもしれないという期待もある。

 だからナルの意見も聞きたいのだけれど——

「リヤンの体内には、もう魔素は無いのだ」

「それなら、何故まだ吸っているのかな?」

くわえていると落ち着くのじゃ」

「それなら仕方ないのだ」

「ん??? 何故仕方ないのかな?」

「悪魔の最優先は欲望なのだ。したいことを止めることはできないのだ」

「納得。それなら仕方ないかな」


「リヤン! 今、リヤンの記憶で怪獣と戦っている魔導機兵まどうきへいを見たのだ」

 今? 魔導機兵って?

「巨大な機械人形なのだ」

 魔法少女の後に放映している戦隊物のロボットの記憶かな。


「三人乗れる魔導機兵なら、我らがリヤンの体内に供給きょうきゅうする魔素を使って動かせるのだ」

 どうやって供給するのかな。

「魔素を混ぜた体液たいえきを口もしくは吸出口から注入するのだ。効率重視こうりつじゅうしなら心臓に近い吸出口が良いのだ」


 あぁ——薄々そうだと思っていたけれど——痛いよりは良いかな。

「決まりなのだ! 魔導機兵を取りに行くのだ」

 異世界へは生身で行けないと言っていたような——

「そうなのだ。だから一度霊魂れいこんになってもらうのだ」

 うぅ——戻って来れるのかな。

「戻ったという話は聞いたことが無いのだ。何故戻りたいのだ?」

 改めて考えてみると、理由は無い。でも死にたくはないかな。

「楽しいことが待っているのだ。何故悩むのかわからないのだ。リヤンが望めば我の手で一思いに殺してやるのだ」

 悪魔は殺せないと言っていたような——

「血の盃を交わしたからできるのだ。我にとってリヤンは何よりも優先すべきものなのだ」

 ナルも交わしたんだよね。私が優先されるのかな。

「ナル、咥えるのをやめて話に加わってほしいかな」

「……うむ」

 おー! もっと早く教えてほしかったかな。

「口が滑っただけなのだ。教えるつもりはなかったのだ」

「知られたくなかったのじゃ。こうなったら記憶を消すしかないのじゃ」


 それはやめてくれるかな。


「体は、肉体、エーテル体、感情アストラル体、精神メンタル体、コーザルで構成されておるのじゃ。肉体だけ分離してくれれば、後はなんとかするのじゃ」

 死ななくても良いということかな?

「うむ。意識を保った状態でリヤンの意思で肉体を動かせない状態になれば切り離せているのじゃ。明晰夢めいせきむを見るか幽体離脱ゆうたいりだつするのが手っ取り早いのじゃ」

 両方とも未経験かな。

「我に任せるのだ! 分離してやるのだ」

 嫌な予感しかしないかな——


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「寝るでないのだ! ところで、いつになったら分離できるのだ」

 寝かせてくれない——断眠だんみんを始めて五日目に突入。

 七十時間経過した頃から頭がふわふわしている。

 百時間経過してからは頭がガンガンして極度の苛々状態が続いている。

「肉体への刺激が無いから時間が掛かっているのかもしれないのじゃ。刺激を与え続け、刺激を感じなくなったら分離できたと判断できるのじゃ」

「叩き続ければ良いのだな」

 痛いのは嫌だ。感じなくなるまでは痛みが続く。

「痛いことはしないから安心するのじゃ」

 そう言い、証を咥えるナル。噛んだり引っ張ったりしながら私の反応を確認する。少し苦しい——

「知覚共有するために魔素を循環させておるのじゃ」

「我もするのだ! 効率が上がるのだ」

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