第25話 いつか伝えるから


 リレーが終わり、そのままの流れで閉会式と続いて、教室に戻ってのこと。


「ふーっ、疲れたー!」


 達成感をこれでもかと両腕と共に声を上げて表現するのは朝比奈。

 教室の前の方でクラスメイトからの称賛を受け取って、上機嫌そうにニマニマとした笑顔を浮かべている。


「そうだね。でも、勝ててよかったよ」


 その隣の桐谷も同じように褒められているが、相変わらず爽やかな笑顔で対応していた。

 別れていたチームも関係なく、良い空気が作られている。


 リレーは二人が参加していた紅組が勝利した。


 二人を含めた選手の走りは見事なもので、走っている最中は怒号のような声援が常に飛び交っていた。

 白熱したリレーは本当に僅差で、最後まで目が離せない展開だった。


 もう体育祭自体は終わっていて、好きなタイミングで帰れるのだが、俺とユナは二人の手が空くのを少し待つことにしていた。

 数十分ほどして落ち着いたのか、クラスメイトは各々帰宅の準備を始める。

 中には二次会だー! と参加者を募集している強者もいて、あれだけ動いてよくそんな元気があるなと感心してしまった。


 二人の周囲から人が居なくなったところで、ユナと二人で尋ねてみる。


「お疲れ様、二人とも。凄かったな。あんなに速いとは思わなかった」

「ん。かっこよかった」

「エイジくんもユナちゃんもありがとー!」

「僕は自分にできることを勝つためにしただけだよ」

「誉め言葉くらい素直に受け取れって」

「……そうだね。ありがとう」


 謙遜するなと言外に伝えれば、桐谷も困ったように眉を下げながら笑う。


「二人は放課後どうする?」

「うーん……流石に疲れたし真っすぐ帰ろうかな」

「ユナもそうする」

「僕は二次会の方に行ってくるよ。楽しそうだし」

「私も行ってみようかなあ。そんな遅くまではいれないけど」


 桐谷と朝比奈はまだ元気が残っているらしい。

 帰宅部インドア派の俺たちとは体力もコミュ力も違うな。


 そういうことならと俺は二人と別れて、若干眠そうに欠伸を手で隠していたユナと帰るのだった。

 帰る途中にスーパーによって夕食の材料を買い込み、帰ってからユナを先に風呂に入れて、入れ替わりで汗を流す。


 体育祭で溜まった疲労のようなものが抜け出たようで一気に眠気が湧き上がってきたが、それに耐えつつ夕食を準備。

 つけ麺に薄いチャーシュー、焼いた長ネギ、豆苗をトッピングし、もう一品くらいはあった方がいいかと思ってもやしと千切りキャベツを塩昆布と和える。

 暑さで食欲がなくても塩気と冷たさの相乗効果で食べられるだろう。


 その予想通り俺もユナもぺろりと食べ終えて、食器を片付けてから身体を休めることにした。

 特にユナはかなりの眠気を感じているのか、ソファで俺の隣に座ったまま舟を漕いでいる。


 俺も正直、あんまり起きていられそうにない。


 風呂も入ったし腹も膨れた。

 家事も落ち着いたし、明日は休み……もう寝てしまってもいいのかもしれない。


「眠いなら、寝るか?」

「……ん」


 小さな返事。

 ユナは瞼を猫のように擦りながら立ち上がり、俺の部屋着の袖を引く。


 断る理由もない。

 足元のおぼついていないユナを支えつつベッドへ向かう。


 常夜灯をつけて寝転がる。

 隣り合ったユナの気配が、薄闇の中でも確かに感じられた。


「……今日、楽しかった」


 ぽつりと、そんな呟きが聞こえる。


 きっとそれはユナの本心で、少しずつ変わっている証。


「これからもずっと楽しいさ」

「……そうだといい。でも――」


 衣擦れ。

 左腕に感じた、人肌の感触。


 突然のそれに驚きながらも、ユナが抱き寄せたのだと遅れて察し、


「エイジがいてくれたら、それでいい」


 耳元で囁かれた言葉に、身体が固まってしまう。


 その意味を考え、ユナから頼られているんだと実感して嬉しくなると共に、ほんの少しだけ胸が痛む。


 俺はずっと、ユナと一緒にいられるのだろうか。

 隣にいて、いいのだろうか。


 迷いのようなものが胸の内に、煙のように立ち込める。


 叶うならそうありたいと、そうしたいと俺は思う。


「……頼むから他にも友達作ってくれよ」

「む。それはエイジも同じ。だけど、それでユナと一緒にいる時間が減るのは嫌」

「どれだけ友達がいても、一番大切なのは……ユナ、だからさ。心配とか、そういうのはしなくていい。俺こそユナに愛想をつかされないようにしないとな」

「そんなことしない。ユナもエイジが一番。ずっと、ずっと……昔から一緒にいたのは、いてくれたのはエイジだから」


 肩に何かが当たる。

 ちらりと横目で見てみれば、ユナが顔を埋めていた。


 さらりと流れた髪で表情は隠されているものの、静かな呼吸と雰囲気が安らいでいることを教えてくれる。


 昔から一緒にいたのは俺、か。

 本当は逆なのにな。


 小さい頃、閉じこもりがちだった俺と一緒にいてくれたのは、隣の家に住んでいた同い年の幼馴染――ユナだった。

 その頃のユナは好奇心も相まってか活発な女の子で、家族と一緒に色んな所に連れて行かれて、色んなことを経験した。


 楽しいことも、嬉しいことも、辛いこともあったけれど、どれもがいい思い出として残っている。


 今の俺があるのはユナのお陰だ。


「……それは俺のセリフだっての。優しすぎるんだよ、ユナは」


 なんとなく愛おしい気持ちが湧き上がって、空いていた右手でユナの頭を撫でる。


 貰ってばかりの関係は健全ではない。

 俺もユナになにかを与えられるようになりたい。


 これはその一歩。

 そして、自分が納得できたその日には――この想いを、伝えたい。


 ヘタレだと笑われてもそれでいい。


 100パーセント以上の好意を言葉で、行動で示してくるユナには敵わないなって思ってしまうけど。


「……寝てるし」


 すう、と聞こえてきた寝息に苦笑を浮かべつつ、今一度ユナの頭を優しく撫でて、自分勝手な希望と想いを呟く。


「――いつか伝えるから。ユナのことが好きだ、いつまでも一緒にいて欲しいって」



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一区切りつけた(と思っているので)いったんここで完結扱いにさせてください。急ですが、これまで応援していただきありがとうございました!


完結理由やこれからのことは近況ノートに書いておくので、興味がある方は覗いてみて下さい。

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引きこもりな幼馴染と二人だけの甘々同居生活始めます 海月くらげ@12月GA文庫『花嫁授業』 @Aoringo-_o

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