星育て

彩瀬あいり

星育て


 世界の果てにある雲海。その砂浜には今日もたくさんの星が散らばっていました。

 果ての海岸は、夜空を飾るちからが足りずに落ちてしまった星が辿り着く、さみしい場所。

 銀色のお月さまが見守るなか、ひとりの女の子が砂浜を歩いていました。かすかな光を放つ星のカケラを見つけると、大事そうに拾いあげます。

 ルナルナがそうやって星を集めていると、ちょうど頭上の星をお世話している<星使い>に、声をかけられました。


 ――やあい、星拾い。

 ――またそんな屑星を集めて。いったいどうしようってんだ。


 ルナルナよりも年上に見える男の子は、にやにやと笑っています。

 ぎゅっと口を結んで、ルナルナは言いました。


 ――屑星なんかじゃないわ。いつかきっと、立派な星になるもの。


 すると男の子は、さらにおかしそうに笑って、こう言うのです。


 ――そんなことあるもんか。ここいらにあるのは、星の残骸さ。

 ――輝いて、地上のみんなを楽しませることもできない、ただの石っころ。なんの役にも立ちはしないんだ。

 ――ああ、でも。そうか。おまえには似合いだな。


 男の子はぐるりと旋回すると、東のほうへ飛んでいきます。

 そろそろ夜明け。星使いも、眠りにつく時間でしょう。

 ルナルナは集めた星をカゴに入れると、歩いて家に戻ることにしました。



    *



 シャクシャクシャク。

 砕けた星が粉々になってできた砂浜を、ひたすら歩きながら考えます。

 雲の上の世界では、たいていのひとは空を駆けることができるのに、どうして自分はそれができないのか。

 歩くように飛行を覚えて、子どもたちはみんな<星使い>として、仕事をします。

 ある者は、夜空に光る星を磨く『星磨き』として。

 ある者は、夜空に映える星座をつくる『星繋ぎ』として。

 ある者は、夜空にひときわ輝く一等星を置く『星置き』として。

 月の女神さまとともに、夜の空を彩るのです。


 けれどルナルナは、空を駆けることができませんでした。

 きっといつか自分もと思っていたけれど、そんな機会はおとずれませんでした。

 見えない羽をたたみ、雨を降らせたり空に絵具を流したりする大人たちの仕事をすることもできず、途方にくれるルナルナに、おじいちゃんが言ったのです。


 ――わしといっしょに、星を育てよう。




 ルナルナのおじいちゃん。ヤードルードは、かつてたくさんの仕事をして、いまは引退して雲のはしっこで暮らしています。

 なにもないひろいお庭に畑をつくって、星を育てているのです。

 輝くことができなくなった星は、粉々の砂になって飛んでいって、世界の果てに降り積もっています。

 ヤードルードは果ての海岸で、まだほのかに輝く星のカケラを拾い集めて畑に蒔いて、そうしてもういちど輝かせるために育てているのです。


 はじめはルナルナも信じられませんでした。

 だってそんなことは、聞いたことがないからです。

 輝きを失った星は死んでしまったも同然で、まっくろになってもう二度と光ることはないのだと、大人たちはそう言っていました。

 けれどヤードルードは、ただただほほえんで、せっせと畑に星を蒔いていました。


 夜空を彩る星の光はいつだってピカピカの金色ですが、ヤードルードが集めてくる星のカケラは、ぼんやりと黄色く光る星や淡く白い光のものばかりです。

 それは、夜空に見放されてしまった、たくさんのひとを楽しませる星にはなれなかったものたち。

 屑星と呼ばれて打ち捨てられて、そのうちわずかにも輝くことがなくなってしまう、消えるのを待つものたちです。

 ヤードルードはそうやって、まだ死んではいない星たちを拾っては、せっせと畑に蒔いているのです。



 ひるまの太陽は、ひろい畑のすみずみまで光を分け与えます。

 たくさんの光を受けて、星は鈍色にびいろを放っています。

 ルナルナにはわかりません。

 こんなことに、いったいなんの意味があるのでしょう。

 けれど実際に夜になってからは、畑の景色が変わりました。

 暗闇に沈んだ畑のなかで、星のカケラたちが白くぼんやりと輝きを放ちはじめたのです。


 ――ごらん、ルナルナ。星はまだ死んでいないのだ。

 ――いまはこんなにちいさな光だけれど、太陽のちからをお借りして、いつかきっと天上の星となる日が来るだろう。

 ――わしは、その手助けがしたいのだよ。


 カケラたちの光はほのかなもので、夜空を彩るには、ちっとも足りません。

 『星磨き』が磨くには、ちいさく。

 『星繋ぎ』が形づくるには、いびつで。

 『星置き』が掲げるには、輝きに欠ける。

 すこしずつ、足りないものたち。

 それはなんだか、星使いになりそこなったルナルナのようで、ほうっておけないきもちになりました。


 星になれなかったカケラたちは、こうしてお月さまの下でほのかに輝いている。

 地上のひとたちを楽しませることはできなくても、空をいそがしそうに駆けている星使いたちの目には、ぼんやりと白く光って見えるのではないでしょうか。

 上空を駆けた星使いたちの影を見送りながら、ルナルナは思いました。


 星を育てよう。

 おじいちゃんといっしょに『星育て』をはじめようと、そう決めたのです。




 こうしてルナルナは、夜のうちに果ての海岸へ行っては、まだ死んでいない星のカケラを拾い集め、ひるまのうちにそれを蒔くようになりました。

 海岸を歩いて星を探すルナルナの姿を見て、子どもたちは笑います。

 空を駆けることもできず、うつくしい輝きを手にすることもなく、うすぼんやりとした光を集めるルナルナを「星拾い」と呼んで、笑うのです。

 どんなにバカにされても、ルナルナは星を拾い集めることをやめませんでした。

 海岸に転がっているちっぽけな光。

 ひとつひとつはちいさな光でも、それがたくさん集まれば立派な光の帯になることを、ルナルナは知っているからです。

 やがて、空を駆けていた星使いのひとりが畑の光に気がついて、ヤードルードに話をもちかけました。


 ――偉大なるヤードルード師。

 ――どうか、この星々をわけていただけませんか。


 そうしてカゴいっぱいに持ち帰ったちいさな星を、夜空へ流しました。

 星座のような形をつくらない星の集合体は、量が増えるたびに光の川となって、夜空を巡ります。

 やがて、星たちのあいだを縫うように、天に川がうまれました。

 ちらちらとまたたく星は、やわらかく夜空を彩ります。

 ルナルナは畑に立って見上げて、ほこらしいようなきもちになりました。

 そうしてますます、星を育てることに夢中になったのです。



    *



 ちいさな星を集めましょう。

 おひさまの光をいただいて、おおきくおおきく育てましょう。

 あなただって、輝ける。

 見上げてごらん、夜空に渡るおおきな川を。

 ちいさいからこそできることが、きっとある。

 一等星のように道しるべにならなくとも。

 星座のように、ひとびとを楽しませなくても。

 それらを支える星になればよい。



 畑に星を蒔きながら、ルナルナは囁きます。

 星たちのあいだを歩きながら、語りかけるのです。

 そんなふうに過ごしているうちに、乾いてひび割れた星の表面から芽吹き、光を求めて葉を広げていくようになりました。

 一枚、また一枚。両手をひろげるように空へ伸ばし、やがて畑は一面の星の苗となりました。

 風が渡り、ざわざわと葉っぱがたなびきます。

 畑のまんなかに立つルナルナの足もとでは、ちいさな白い花が揺れています。

 星の苗はぐんぐん成長して、いつのまにか花をつけるようになっていました。風に揺れて、シャラシャラと高い音色をひびかせます。

 星使いたちが空を駆ける時間になると、星の花は月の光を受けて淡く浮かび上がり、やっぱりシャラシャラと音を鳴らしているのです。


 早く芽が出ますように。

 おおきく葉が伸びますように。

 綺麗な花を咲かせますように。

 声をかけ、歌います。

 風に乗って畑ぜんぶに聞こえるように、ルナルナは風上に立って歌うのです。



 音を鳴らしながら揺れていた花はやがて落ち、そのあとにぷっくりとまるい星の実ができました。

 太陽の下で、実はゆっくりゆっくり育ちます。

 そうして、ひときわ輝くおおきな星が生まれました。

 川をつくるために星を受け取りにきた『星運び』は、輝く星を見て目を見張ります。


 ――やあ、これはおどろいた。まるで一等星のようじゃないか。


 どんなに磨いてもやがて輝きを失っていく星のかわりとして。

 欠けてしまった星座にくわえて、もとのかたちを取り戻す手段として。

 畑に実った星々は、夜空を彩るようになりました。

 とはいえ、もともとはちからの弱い星たちですから、すべてが実るわけではありません。

 発育不良で、ぼんやりとしか光らない実もあります。

 それらは風に揺られて、ぽろりとみずから茎から離れてしまいます。 


 かなしいきもちで眺めていたルナルナでしたが、とある夜。

 ひときわおおきく吹いた風が畑を渡ったとき、ちいさくて弱い星の実たちがいっせいに空へ向けて飛び立ちました。


 たくさんの光がルナルナの前を横切り、どこかへ飛んでゆきます。

 星の実はちいさな輝きを放ちながら風に乗り、果ての海岸を飛び越えて、その先へ。

 瞬きながら、地上へ向かいます。

 地上のひとびとは夜空を見上げて、おどろきました。


 ――わあ、たくさんの星が流れているよ。

 ――きれいだなあ。


 果ての海岸から、ときおりこぼれ落ちる星は、ひとつかふたつ。

 こんなにたくさんの星がいちどに流れるなんて、見たことがありませんでしたから、ひとびとはいっせいに夜空を見上げました。

 このときばかりは、美しいかたちをつくる星座も、なによりも光を放っている一等星も、目に映らなくなります。

 つぎつぎに降りそそぐ星たちに、ひとびとは瞳を輝かせました。


 わあ、すごいなあ、きれいだなあ。


 そのようすを空から眺めていたルナルナもおどろきました。

 星使いたちが「役にたたない」と笑った屑星が。

 あの、ちいさな光でしかない星たちが、ひとびとを楽しませ、よろこばせるだなんて。


 夜空に星があることはあたりまえで、わざわざ見上げるひとはすくなくなりました。

 けれど、夜空を飾れなかった弱い星たちが、こんなにもひとびとのきもちを惹きつけたのです。


 畑から飛び立っていく無数の星たち。

 星使いたちも作業の手を止めて、茫然とそれを見送ります。

 弱った星がすべて落ちてしまうまで「星降り」はつづき、地上のひとびとも、雲の上のひとたちも、みんなみんな、それを見つめていました。


 星が綺麗な、静かな夜でした。



    *



 ルナルナしかいなかったヤートルードの星畑には、あたらしい<星使い>が増えました。

 果ての海岸で星を集める『星集め』

 ちいさな星で川をつくる『星流し』

 蒔いた星のお世話をする『星育て』

 夜空を飾るだけではなく、ひとびとのこころを楽しませる、星使いのあたらしいおしごとです。


 夜空を流れる星たちは、『星育て』がお世話をしたかつての屑星たち。

 だいじにだいじに育てた、輝ける星。





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