居候

「お前いつまでゴロゴロする気だよ」

 祝日の今日。友人宅のソファの上で雑誌や漫画を読みながら仕事の疲れを癒す。これもまた仕事の一環だろう。友人の小田おだとは大学からの付き合いで、俺が実家から出る「下準備の期間」の間だけとの約束で小田のアパートに泊まっている。妙に居心地が良いせいで賃貸探しが難航なんこうしていた。

「自宅のリビングでゆっくり過ごして、何が悪い?」

「居候が何を言いやがる。そこ、お前の寝床じゃねーぞ」

 今日は休日なのに機嫌が悪い。生真面目な奴なのはわかっているが、いつも以上に冗談が通じない。普通にイライラしているようだ。


 小田の家は広い。「家賃補助でいいところに住んでいる」という自慢話を聞いたときはしゃくにさわったが、住めば都ということで許した。初めて入った時は奇抜なインテリアに度肝を抜いたのを覚えている。十畳のフローリング部屋にはテレビもローテーブルもない。ソファベッドがひとつあるのみ。ソファを囲むように腰の高さほどのある本棚がいくつも配置されている。コの字が対になった形で置かれ、ソファへの通り道を2つ用意しているようだ。本棚は壁から離されていて壁側からも本を収納できる。本棚の上に赤茶色のクロスが掛けられているだけで何も載せられていない。内装のセオリーからは完全に逸脱いつだつしているのだが、不思議と長居したい気持ちになるのだ。


 これ以上小言を浴び続けるのも苦痛なので仕方なく伸びをして起きようとした。そのとき、棚の並びにある広辞苑に手が当たった。広辞苑は重い。しかし、手元の外箱は密度が低く軽い。持つとばさりと数冊が中で傾く感触があった。「なんだろう」と思いながら腰を上げてそれを手にとって確認してみると、中には数冊のな本が入っていた。

「あれ~、お前これ」と表紙を小田に向かって見せる。

 小田は「なんだよ」と言ってこっちを見にきた。

「あ!いやそれは!その……」

 小田は腕組みして天井のほうを向いてしまった。

 中学生みたいな反応しやがって、と思いながら反撃のチャンスを逃さないように注意して言葉を選ぶ。

「まあお前、年下好きそうだもんな。世話焼きなところあるじゃん」

 返事はない。

「それにしてもお前、もうちょっと隠す場所考えろよ」

「いや忘れてたんだよ処分するのを!昔のだから!」

 確認したら確かに発行年が古いようだ。しかし古い記憶にしてもだ、他人に恥部をさらすのは独特の気まずさがあるのだろう。その気持ちが痛いほど伝わってきたのでこれ以上掘り下げるのは止めにして、その形あるあやまちか古傷かわからないものを丁寧に元の位置に戻した。

 腹の虫は収まったようだが、小田はそれから少し無口になった。この儀式じみた空間にもう少し長いこと居座れそうで良かった。居候がいるうちに外箱の中身が片付けられることは無さそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

短編集 戸田 至(トダイタル) @maitya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ