短編集
戸田 至(トダイタル)
さかなガール
木質調。カントリー風な内装の「ヘアサロン」にて。私は店看板を「閉店」の文字へうら返し、流れる音響のスイッチを消した。陽はすでに落ちていたけれど、
ドアが
「おつかれ~、今日も同じカット?」と私は声をかけた。
愛子は私のヘアサロンに毎月決まって訪れる。幼馴染のよしみという事で、水曜の閉店後にカットを頼まれている。特に不都合は無く、たまの息抜きに良いから長らくこの習慣を続けていた。このヘアサロンは愛子の通勤経路上には無いけれど、長年の顔見知りの方が気楽で良いと言ってここを選んでくれている。愛子を椅子に座らせてから、カットの準備をひととおりを終えると、いつも通りの注文を聞いた。いつも通りの小話をして過ごす。これはこれで私にとっても良い時間なのだ。毎度同じような髪型を保っている愛子は水族館の飼育員を勤めている。
「前回と同じでよろしく! ねえこれ見てよ!」と愛子はスマホの写真画面を見せてきた。
「へえ、何それ食べられるの?」
「食べないよ~。魚をすぐ食べようとしないでよ」
時折、魚の写真を見せてくる愛子に対して、どういう反応が正解なのかわからない。わからないけど、食料として
それから愛子は例の如く魚の
「でもさ~。その魚、なんか怖くない?」と私は聞いてみた。
暗い海底は、想像しただけで恐ろしく体が冷えるような感覚をおぼえる。生きられない環境を頭に思い描いた上で、恐怖を感じない人間はおかしい。愛子には平気なのだろうか。
「確かにちょっと怖いけど、ブログ当番、明日だからネタができてラッキー!」
「あぁ、あの水族館ブログね」
私は、愛子が勤めている水族館のブログを思い出した。愛子から毎度チェックするように言われているが、まったくと言っていいほど興味が湧かないのでめったに見ない。愛子が担当するときは余計に告知をされるので、そのたびに渋々と拝見をするのみだ。今日もその日になるだろう。
それから愛子は「ブログに書く内容について意見を求めたい」と言った始まり調子だったが、結局は深海の生態系のことだとか、光合成ができないだとかいう
今日の愛子はひときわ明るくて、話を聞いているだけで励まされる気がした。光のない深海の魚が回り回って地上を照らしだす事もあるのだ。私は、店の消灯と戸締りを終えてひんやりと暗い道路へ出た。帰り道を並んで照らす
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます