第49話 気まずさはここから

 コトコトといい感じにスープが煮えてきた。

 火加減が難しいことはない。ぱっと見はかまどだが火加減は薪はなく炭でもなく、魔法だからだ。

 焦げることはない。じっくりとろ火で柔らかくなるがいい。とろとろの甘い玉ねぎ美味いよなぁ。



「トウくん帰ってきたのね! おかえり!」

「ただいま。怪我はないみたいですね」

「今日は大きいのは出なかったから平気」

「それはよかった」

「細々やってくるのも疲れるぞリア?」


 美味しくなったスープの入った鍋のそばでぐっすり眠っていた俺は知らない声に目を覚ました。

 目をこすりながら顔を上げると、この世界に来てはじめて見た女の子がいた。瞳ばかりが印象に残っていたが髪の色はクリーム色。頭の上でポニーテールに結んでいる。背丈はトウより少し高いくらい。その背丈ほどの杖を持っているのだが、魔法でも使うのだろうか? いや、打撃用ということもあるな。

 その隣にもうひとり知らない顔。明るい抹茶色の髪はショートカットにされていて首の後ろは刈り上げてある。声が中性的で胸もない為性別が分からない。背中に大きな大剣を背負っていた。手にはくたりとした布袋。

 ぼんやりと観察していたら水色の瞳がこちらを捉えた。くっと見開く水色。


「あ……!」

「えーっと。元気だった?」


 そんなことを聞くほど関わってないのだけど、どうしたって泣いていた顔しか思い出せないものだからつい聞いてしまった。


「はい。元気です!」


 手にしていた杖を握りしめて、くしゃりと泣きそうに笑った。確かに顔色を見れば青白くなくいい血色だ。なんだかすごくほっとした。


「それは良かった。心配だったから」


 彼女はゆっくりとこちらに近づいて来た。


「そんな、私、わたし、あなたに心配してもらう資格なんてないんです。ごめんなさい……」


 彼女の言っている言葉が分かる。あの時はただの音でしかなかったものが理解できる。あの時繰り返していたのはやっぱり「ごめんなさい」だったのか。

 すぐに音は聞き覚えのある言葉と成ったが、確かに聞こえた。


「謝らないで、別に俺なんともないから」

「そんなわけないわ。私が耐えられなくて、代わりにしてしまってごめんなさい」

「いや本当になんともな、いんだけど」


 そう! 全くなんともないんだよなーー! って言っていいかな!? 駄目かな!?

 彼女は俺に向かって頭を下げている。


「ごめんなさい」

「そんなことしないでいいから顔上げて!」


 触ったらセクハラだしどうしたらいいものかあわあわとしてしまう。

 視界の端でケーシャがぷるぷると肩を震わせて笑いをこらえていた。他人事だと思って!


「なんと言ったらいいのか……とりあえずご飯を食べようか」

「ごはん?」


 俺は逃げた。罵るがいい。



 作ったスープを美味しい、と食べてもらえて一安心した。

 一安心したところで自分が体験したことをどう説明したらいいかという問題がなくなったわけではない。

 言いたくないわけではない。俺だけ気楽に快適にごろごろとして過ごしてたのが気まずいだけだ。


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私はリア。隣はイーメです」


 俺と入れ代わったクリーム色の髪の毛の少女がそう示したのは一緒に帰ってきた明るい抹茶色の髪の人。


「もう一人帰ってくる予定だったんだけど、今夜一人では良くないという判断になったので」

「なるほど。えっと俺が瑛太。隣がケーシャでその隣がグロリアさん。後ろでまどろんでるのがロア」


 みんな改めて軽く挨拶をかわす。


「瑛太さん、また会えて良かったです」

「俺もそう思ってる」


 なんかこっちに来てはじめてちゃんと呼ばれたな。



 お腹を満たしつつ気まずさ仕方なし、と体験したことをかいつまんで話した。

 何かに襲われたことはなかった。襲われなかったから死なないかは分からない。食べることには困らなかった。

 快適にごろごろしてましたとは、やっぱりちょっと言えない。


「それから外に出たんだよ」

「えっ? 瑛太さんって遺跡から来たんじゃないんですか?」

「僕と一緒に町から森を通って来ましたよ」

「そっかー」


 入れ代わると遺跡に飛ばされるらしく、みんな同じルートでここにいるそうだ。


「これは俺が謝る流れでしょ? 何も起こってなくてごめんって」


 そう。自分の話だけでなく、そっちはどんな感じだったのかざっくり聞いたらトウが言っていた事とほぼ同じ事を経験したらしい。

 襲ってくる怪物。死ねない体。食べ物だけは尽きない。


「そんなことない。あんなこと体験しなくていいならそれが一番だもの」


 リアがにっこりと笑ってくれた。優しいな。


 そして新情報がひとつ。


「代わりを呼ぶと若返る?」

「みたいです」

「若返るというのが正しいか、子供になるというのが正しいか微妙だけどな」


 トウが子供とは思っていたが、言われてみればふたりもみんな子供と呼べそうな外見だ。


「それと目と髪の色が変わる。髪の色、暗い焦げ茶だったのにこの色だぞ? 緑ってどうなんだ」

「え」

「目もよく見ろ、金がかかった紅色なんだよ。気持ち悪い」

「そう? イーメの目の色私好きだよ」

「私の中ではありえないんだ。鏡を見るのが嫌になる」


 リアの水色も違う色だったんだろう。似合っているけど。


「瑛太はいいな。見慣れた色に近いままで」

「近いというか瑛太さんは変わっていないんじゃないですかね?」

「そうなのか?」


 じっと見られる。いつの間にかトウまで俺を瑛太、と呼ぶ。そういえばケーシャがエータ、って言ってたからか。……イントネーションが分かるとは、同郷?

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生贄に向くタイプ〜閉じ込められたのは快適空間でした 鶫夜湖 @tugmiyako

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