第2話 アルフィ
「今、どこにいますか?」
スマホやPCがあれば多くの人とつながれる時代。思えば不思議な世界じゃないか。距離にとらわれずにツールさえあればだれとでも繋がれる世界。
ふっ、と雄一郎は自嘲気味に笑う。今どこにいるか、なんて聞けるのはそう言える相手がいる人だけの言葉だ。
自分の命がもう、さほど長くないと気付いた時、雄一郎は虚しさ半分で総合病院の中庭のベンチに座り日向ぼっこをしていた。
もうこの人生で彼との再会は無理かもしれないな……。思いを残したままこの世を発つのかと思っていたその時、散歩をしている高校生くらいだろうか、車いすに乗った少年と同じ年頃の少年が目に入る。
「無理じゃないよ。試してみて、結果がわかってからでも遅くないんじゃない? 本当にダメになった時に初めて“無理だったね”ってことでいいんじゃねぇの?」
車椅子を押すその少年の言葉が雄一郎の心に響いた。一瞬の出来事だ。
そうだ! まだできることがあるはずだ。私たちがこの世界で出会うことのできる方法が……。
そう思った瞬間、雄一郎の目はいつになくキラキラと輝いた。それは少年の頃、いや、まだ別の世界に生きていた頃、雄一郎になる以前、アルフィと呼ばれていた人物が良くしていた表情だったのかもしれない。
数日後には病室でPCに熱心に向かう雄一郎の姿をよく見かけるようになった。
「ずいぶんと熱心ですねぇ、何をなさっているんですか?」
懇意になった看護師たちがかわるがわる声をかけてゆく。
「いやぁ、年寄りの手習いなんて恥ずかしくてお話しできるようなものじゃないですよ」
いつものように穏やかに受け答える。その穏やかさとは裏腹に、その手はかなり速いスピードでキーボードの上を走っていた。
自分がこの世界にいるからには、きっと彼もこの世界、そう遠くないどこかにいるに違いない。雄一郎には確信があった。
いつの世に生まれ変わっても彼は必ず近くにいた。ただ、今回の人生ではまだ出会えていないだけだ。見つけなければ、自分の生命のあるうちに。時間はもう残りが限られているのだから。
雄一郎は何度か生まれ変わりを経験している。
何回かの生まれ変わりの経験の中、いつも必ず巡り合う人物がいた。一番初めは幼馴染でランディという名だったはずだ。ランディは雄一郎をアルフィと呼び、2人は近しい友人だった。魔法や薬草などが普通にある世界。両親を早くに亡くした二人は助け合って暮らしていたのだ。
ところが、周りの大人たちはそれを良しとせず、ランディは北の村、アルフィは東の村へと引き取られていった。だが二人はその後も手紙のやり取りや行き来を続け絆が途切れることはなかった。成長するとアルフィは村の大きな商家の後継ぎとして養子に入ることになった。同じ頃ランディは魔力の代わりに身に着けた豊富な薬草の知識でいっぱしの薬師になっていた。
ある日、アルフィは主人が自分の野望のためにアルフィを利用しようとしていること、それだけではなく高名な薬師となったランディまでも自分のために利用しようと算段していることに気づいてしまう。
なんとしてもそれは避けなければならなかった。大事な友人をそんな危険な目に合わせたり利用されてなるものか!
そうだ、ランディを遠ざければいい。
そう思いつくと、アルフィは別人のようにランディの前で振る舞った。今は、どう思われてもいい。とりあえず距離を取らせるのだ。この村に彼を近づけてはいけない。
アルフィの策はうまく働いた。実際ランディはアルフィを面と向かって非難したし、その瞳には悲しみと怒りのエネルギーが込められていたのを感じたのだから。こうして2人に決別の時が訪れた。
……これでいい。しばらく時をおいてその主人の元を離れることに成功したアルフィは自分が離れた後のランディに会いに行くことを決心した。事情を全て話し、ランディ自身の身を守るよう告げねばならない。アルフィは風の噂を頼りにランディが現在身を寄せている町の治癒士の元へと向かったのだった。
しかし、運命は時としてとても冷徹な振る舞いを見せる。ランディが住む町にたどり着いた頃、アルフィは追手の手にかかってしまう。
それもランディの目の前で。
薄れゆく意識の中で、アルフィは最期の力を振り絞り、ランディに話しかけた。消えいるようなささやき声の言葉をどれだけ理解してもらえたかはわからない。ランディの腕の中でアルフィはそっと目を閉じる。
ごめん、ランディ、なんだか眠いんだ。目が覚めたらゆっくり話そう。
そうつぶやきながらアルフィは永遠の眠りについたのだった。
何度か転生を繰り返したその後の人生。どの人生でもアルフィは必ずランディと出会ってきた。けれども思い出すタイミングも、人生の役割もあの時とは違っていたから、なかなかアルフィだった時のあの誤解は話すことが出来ずに終わっている。
その繰り返しの中で、ランディと和解をし、失われた時を取り戻すことはアルフィの悲願となった。
雄一郎の人生では自分はまだランディに出会うことすらできていない。生命の終わりが近付きつつある今、雄一郎は運命任せにすることをきっぱりとやめることにした。
自分の力でランディに、出会う!
そう決心すると2人の物語を小説にすることにした。
この話を読めばランディならば自分がここにいることに気づくだろう。
今はインターネットを通じて物語を届けられる時代だった。
これは、幸いなことだ。
連絡手段としてSNSも使えるかもしれないと、始めてみることにした。
現実は物語よりも奇なり、の言葉通り、実際に起こったことを体裁整えて書いているだけなのに物語の読者はどんどん増えていった。更新を待つ読者がいる。SNSでもはるか離れた場所に友人と呼べる人もできた。
意外にもこのことが雄一郎にとって新たな活力となっているらしい。医者も驚くほどに体調は安定していた。
時折、自分の目の黒いうちはもうダメかもしれないという思いが首をもたげくじけそうになることもあるが、全てをこの物語に託すと雄一郎は決めていた。それに、ランディならば気が付くに違いない。これが君と僕の間の物語だと。それに、自分がいなくなった後でも物語は残って伝え続けてくれるだろう。
物語をひたすら書き続け、中盤を過ぎた頃、雄一郎のSNSに一通のダイレクトメッセージが届いた。
来た!
雄一郎にはそれがランディからだとはっきりわかった。メッセージの送信者は山崎康介。彼は2人の間のことについて何も語ってはいなかった。
ただあなたの書いた物語について話したいことがある、とだけ伝えてきたのだった。
雄一郎は高鳴る胸、震える指で返信メッセージを送った。もちろん、まだ、あの時代のことは触れずにいる。まずは会わなければ。
1週間後の週末に、と約束を交わし、メッセージのやりとりは終わった。
それからの7日間は雄一郎にとってはあっという間の時間だった。初めてのデートを前にした中学生のような浮足立ち方じゃないか。
雄一郎は一人苦笑する。この日のために看護師さん達にからかわれながらも身なりをきちんと整えすべての準備は整っていた。
けれども、当日、ベッドに腰掛けソワソワと落ち着かない心持ちで扉を見つめる自分がいることにふと、気が付く。
「まるで、村の祭りの前の日みたいだ……」
幼かった頃、村の祭りが楽しみすぎて二人同じベッドで布団をかぶり眠れない夜を過ごしたことを思い出す。
そうしている間に扉の前に誰かが立っていることに気が付いた。
動く気配のないその様子に、彼だ、と確信すると雄一郎は扉に近付きゆっくりとそれに手をかけ深く息を吸い込んだ。
――私の物語は再び動き始めた。
雄一郎は心の奥から込み上げる何かを噛み締め、扉をゆっくりと開き始めた。
見たことのある物語 四葉ゆい @yotsuhayui
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