その後の小話
「ったく、だから言っただろ?」
「………ごめんなさい」
へへって笑ってみたけど、へへじゃねぇって僕は怒られてる。
って言っても、ものすごい形相で本気で怒られてるんじゃなくて。
優しい顔。
ベッドの、布団の中から目のとこまでを出して、怒られてるのに僕は、どうしたってにやにやしちゃう。
怒ってるのは、5歳年下の、でもしっかり者の僕のコイビト、なっちゃん。
そのなっちゃんと僕は、長い長いお付き合いを経て、春からめでたく一緒に暮らし始めた。
なっちゃんの年の離れた弟であり、僕の初めての教え子でもある春くんの、中学卒業を待って。
お付き合いは確かに長かったんだけど、一緒に暮らすってなるのはまた別物。
しかも指輪も買って、結婚式もやるって決まってて、もう僕は明日死んじゃうんじゃないかってぐらいに幸せで嬉しくて、毎日とにかく、おはようと行ってらっしゃいの朝も、おかえりとおやすみの夜も、何なら帰りに何か買ってくものある?とか、今日ちょっと遅くなるとかの連絡にさえテンション上がりまくりの毎日だった。
プラスで4月はね、仕事が忙しいっていうのもあって、お約束の、熱出しパターン。
で、怒られてる僕。
今日は休みで、これまたあーだこーだ意見を出し合いながら決めて一緒に買った車で桜を見に出かける約束だったのに、ね。
「食欲は?」
「お腹すいたー」
「普通に………は、やめとくか。うどんにする?それともおかゆ?」
いつものようになっちゃんが、僕のおでこに熱冷ましのシートを貼って、そこに『早く熱が下がるおまじない』のちゅうをして、聞いてくれる。
「………やだ、なっちゃん」
「え?どっちもイヤ?さすがに熱のたびに同じじゃイヤか」
「違うよ、やだ、なっちゃんだよ。足りないよ」
「え?足りない?普通に食う?食える?」
「やだもう、なっちゃん。そうじゃなくて」
「ん?」
じゃなくて?
布団の上からなっちゃんが、好きって眼差しで僕を見ながら、僕の髪をふわふわ撫でる。
一緒に暮らし始めてから、初めての発熱。
今までだって、熱を出したときはひとり暮らしをしてた僕のうちに泊まってくれてたけど。
なっちゃんの左薬指の指輪。
視界に入ったそれが、堪らなく嬉しい。
「何でそこにそれとも俺?がない………いたっ」
ごつって。
なっちゃんのおでこに攻撃されて、痛いなあもうって、やっぱり笑っちゃう。
「昨夜散々喰われたっつーの」
「喰われたって、やだ、なっちゃん。昨夜喰われたのは僕だってば。もう無理って言ってるのになっちゃんってば離してくれなかったじゃんっ」
「ん、悪い。熱そのせいかも」
「ん?………やだ、なっちゃん。うそうそ。違うから大丈夫。熱はいつもの熱」
ごめんなって、今の今まで笑ってたなっちゃんが、一気にしゅんってなって言うから。
やだ、なっちゃんってば今日もかわいいって。
もうすっかり大人なのにね。
でも、思っちゃう。やだもう。かわいい、なっちゃんって。
「昨夜も燃えちゃったね」
布団からもぞもぞ手を出して、僕もなっちゃんの髪に触れる。
左手がつかまって。
同じ指輪に、キス。
「もうさすがに出ねぇ。で、いつものうどんでいい?」
「うん。お願いします」
出ねぇって、なっちゃん。
笑って。
笑って。
触れる唇。
「ちょっと待ってろ」
離れる唇。
「うん」
また触れる、唇。
お出かけはできなくなっちゃったけど。
今日も僕はなっちゃんにものすごーく愛されていて。
やだ、なっちゃん、だよ。
おしまい
キミガスキ みやぎ @miyagi0521
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