第3話 彦一と能力の開花

人混みの中。街を歩いて行く田舎者2人。

夏は本格的に始まっていることを思い出させてくれるような暑さを肌で感じると、額の汗を拭った。


「まさかこんなにも人が多いとは…」


「東京はいつもこんなものですよ」


隣で涼しい顔をしているミコト。

このミコトはその言い草から考えるに、何度も東京に来た事があるのだろうか。


「とりあえず、金はあるんだ。さっさと拠点の確保がしたい」


「私達の愛の巣ですね」


この暑さにこいつのテンションの組み合わせはかなり毒である。

早めに涼しいところに退避しなければならない。そうでなければ俺はこの女をこんな人混みの中でぶん殴ってしまいそうだ。


俺は慌てて、辺りを見回すと、一件の不動産屋が見つかり、急いでその中へと駆け込んだ。

店内からは涼しい風が俺を包んだ。今までの暑さが嘘のようである。

入るなり、不動産屋の人であろう人がお出迎えしてくる。

ご用件を聞かれたので一言。


「今すぐ住める家がほしいです」


そう答えた。

あまりにも突飛由もないことを言い出した俺ではあったが、店員は動揺することなく俺達を席に座らせると案内を始めた。

店員は、俺達が若いということで、何も俺達に言うことなく、アパートや賃貸マンションなどを進めてくるが、俺はその全てを一掃した。


「お金はあるんで、一括購入できる物件がほしいんですけど」


そう言うと、店員さんはやっとのことで俺に予算を尋ねてきた。

10億円全てを使いきるわけにもいかず、俺はその半分である5億円をその店員さんに提示した。

店員さんは慌てた様子で、俺達の対応に困っていると、少し偉そうな他の店員が横から口を挟んできた。


「僕が変わりましょう」


そいつはそう言うと、今まで対応していた店員さんをどけ、俺達の正面に座り込んだ。


「バタバタしてすみません。担当変わりました、私、天野と申します」


その男は、俺達に一礼すると、ガンガンと話を進めてきた。

どうやらやり手らしいその男は、俺達に希望の条件を聞くと、慣れた手さばきで、話を進めて行った。


「そうですねぇ。桃山様の予算ですと、かなり幅広い物件を提示できるとは思うのですが…。どうでしょうこのマンションなんかは…」


俺達に見せてきたいわゆるタワーマンションの図面であった。


「いわゆる高級マンションと呼ばれているものなんですが…うちではここが取り扱っている中で一番高い物件でして…」


見る限りでは、もちろん問題はない。価格も予算内であった。

俺は、このマンションに即決することに決めた。


「ちなみにここって今日から住めるんですか?」


「そうですね…。本当は少し厳しいのですが、私がなんとか致しましょう。少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


俺は頷くと、その店員は俺達の前から姿を消した。

5分ほど経った頃、天野は、戻ってきて、俺達にオッケーサインを出した。

その後の手続きは、書類を何枚か書いただけで終わり、天野にそのマンションの鍵を手渡された。

予想していた以上にあっさりと物件が確保できたため、俺達はその購入したマンションへと向かった。



時刻は19時。

今、俺達は部屋のリビングにあったソファに腰かけていた。


「あのさ。はっきり言うが、お前がこの家に住むことは認めてないよ」


「え?」


当たり前のように、居座っている目の前の女に俺は自分のスマホを眺めつつ言う。


「ですがさっき、契約書には2人で住む感じになってましたが…」


「暑さで朦朧としてたのもある。それは認める。だがはっきり言ってお前がいたら、俺はおちおち寝ることもできない」


「ど…どうしてですか?」


「だからっ!お前はっ!昨日のことを忘れたのか!」


俺は怒りを露わにし、ソファから立ち上がるとミコトの頬を抓った。


「引きこもりライフがお前のせいで崩れるんだよ。俺は忙しいんだ。overheroにもう2日もログインしてないんだぞ…」


俺にとっては死活問題なのである。2日もログインしていないイコールその分上位勢との差は開いていくだろう。2日でそれほどの開きはないが、今はこの家にネットも繋がっていない。最短でも3日はかかるという話なのだ。


「そ…そんなこと言われても…」


ミコトは俺の言葉に困った様子で抓られていた頬を摩っている。

いや、冷静になれば、イベントである“Overall Hero”に気を取られていたことは否めない。だからミコトを責めるのは筋違いであるが、俺はこの女のことが気に入らないので、つい苛立ちを隠せなくなってしまう。


「はぁ…ネットカフェってやつを探すしかないのか…」


俺は力なくソファに座りこむと、スマホの画面を見た。

いつの間にか届いていた通知をまずは確認する。予想通りOverall Heroからの通知であったため、アプリを開いた。

すると、ミコトと出会った時のような警告という文字がアプリに浮かんでいた。


「お…おいミコト。アプリに警告が…」


「い、今ミコトって…」


「いいから見ろ!」


俺はアプリの画面をぐっとミコトに近づけた。

笑顔だったミコトの顔は画面を見ると、途端に険しい顔に変わる。

俺は前のように画面をタップすると、“彦一接近中、戦闘に勝利して、報酬をゲットしよう!”の文字が浮かんだ。

俺は辺りを見回す。しかし、そこにはミコト以外の姿はない。部屋に置いてあった家具達があるだけ。

ミコトは自分のアプリでOverall Heroを確認し終えたのか、立ち上がると、あの時俺に見せたオーラのようなものを出し始めた。


「おい…急に何してんだお前」


「あ、すみません。ただこうすれば、大抵の者は姿を現すので…」


どうやら、ミコトは俺よりも経験値が豊富らしい。

確かに旅館で見たミコトのステータスのレベルは俺より10も高かった。

俺はミコトのことを放っておき、周囲を警戒すると、広い部屋の一角に足のようなものが現れた。


「おい。足見えてるぞ」


俺がその足が見えていることを指摘すると、消えていた体の部分に纏っていたマントのようなものを脱いだ。その男の全体が姿を現す。


「これはお恥ずかしい。先ほどはどうも。僕は、天野 彦一と申します」


そいつの姿は、確かに見覚えがあった。先ほどの不動産屋の男だ。


「で、あんたも俺を殺しに来たってこと?」


「いえいえ…違いますよ。僕の目的はただ一つ」


彦一は俺の後ろを指差しながら言った。


「かぐや姫があなたがほしい。ただそれだけです。お譲り願えますか?」


「え。いいよ」


つい条件反射で答えてしまったが、よく考えても答えは変わらなかった。


「いいわけないですよ桃様。この彦一とかいうやつめっちゃキモイし…」


俺の目に映っている彦一の姿は、結構イケてると思うのだが、中二病っぽい恰好がダメなのだろうか?

スーツにマントって着る人を選びそうな恰好だもんな…

でもそれなら、和服から着替えて普段着を着ているミコトも相当センスが悪い。

ミコトはTシャツにスカート。そして黒タイツを履いている。夏なのに明らかに季節外れである。


「では、仕方ありません。桃太郎を殺して、奪うと致しましょうか…」


「いやだからあげるって言ってるだろ。いらんわこんな女」


俺はミコトのほうをジト目で見た。ミコトはぽっと顔を赤くさせる。


「も…もしかして、桃様の性癖は寝取られというやつですか?それなら私は…いやでもこの男はちょっと…」


断じてそんなことはないが、そういう性癖にしておけば、このミコトはいなくなってくれるのだろうか。俺は、真剣に考えることにした。


「盛り上がっている所申し訳ありませんが、そろそろ始めさせて頂いてもよろしいですか?」


俺達の光景を目の当たりにして、イラついたのか、物凄く怒っている様子の彦一は俺を睨みつけている。


「お前の言い分はわかった。だが、戦うのであれば、下の広場で戦おう。部屋を汚したくない」


「いいでしょう」


俺の提案を受けた彦一は、素直に玄関から外へと立ち去って行く。あまりにも素直だったので、俺は玄関のドアをガチャリと締めた。


「え?桃様?行かないんですか?」


ミコトは俺の光景を見守っていた様子である。


「行かない。怖いし。透明になられたら勝ち目ないし。人は殺せないし」


俺は、戦争とは程遠い国、日本という国で生まれた男なのだ。いきなりこんな展開になられても俺は困るだけだ。

ミコトの時は、イラついていたのと、あと女だからと舐めていたというのが正直戦えていた理由である。

今回は、男。そして俺は奴にイラついているわけではない。

俺は元のソファに座った。


30分くらい経った頃だろうか、ネカフェを探し終え、そろそろ出かけようと思っていた頃、家のチャイムが何度も鳴り響いた。

俺は、家に備え付けられていたテレビドアフォンを付けた。


『桃太郎さぁん。怒りますよ?』


先ほど追い払った彦一が物凄い形相でインターホンを鳴らしている様子が映し出された。俺は通話のボタンをポチッと押した。


「かぐや姫なら、あとで郵送しときますので、それじゃあ」


『いやいやいや待て。僕は怒っているんですよ。桃太郎。もうかぐや姫だけじゃこの怒りは収まりません』


「いいか。お前1つだけ言っておくけどな。俺のことを桃太郎って言うんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ」


『ほぉ…だったら早く外に出てきてくださいよ。桃太郎さぁん』


俺は、段々と彦一に対してイラついてきたので、挑発を受けることにした。

しかし、策はない。俺はミコトにも着いて来るように指示を出し、外へと出て行った。


「私が、【月読命】で殺しちゃいましょうか?」


「いやいい。あいつ俺のことを“桃太郎”って呼びやがったからな」


「どうしてそこまで名前にヘイトが高いんですか…」


マンションの下へと降りて行くと、すぐに目の前にある大き目の公園が姿を現した。

その真ん中に先ほどの彦一が立ってこちらの様子を見ている。俺は彦一がいるその広場に向かった。


「かぐや姫も連れてくるとは…どうやら腰抜けという噂は本当のようですね」


「その噂はどこから出てきたものなのか気になるが、別に真実だ。気にしない」


公園の真ん中に立った俺は、彦一に正面から見合った。

俺は拳をぐっと握った。


「壁、張っておきますね」


ミコトが後ろで何かをしている様子だったが、今はそちらに気を配っている余裕はない。


「なるほど。これがかぐや姫の…なんとまあ健気なこと…」


彦一は、ミコトが張ったであろう辺り一面の透明な壁を見渡した。


「殴られる準備はいいのか?」


「どこからでもどうぞ」


彦一は余裕な態度をしている。

俺は一気に間合いを詰め、彦一の顔を目掛けて拳を放った。が、拳はそのまま空を切った。

彦一は、自分のマントのようなものを使い、透明になったのだ。


「これがお前の能力か?」


「そう。これが僕の能力。【天狗の隠れ蓑】だよ」


「消える能力ってわけか」


俺は彦一の声がしたほうに振り返り、声を荒げた。


「ただ消えるわけではありませんよ…」


彦一は、俺の後ろから攻撃を仕掛けた。

俺がその声に気づき、振り返ると同時に顔に物凄い衝撃が走った。俺はよろける体を立て直し、頬を摩った。


(なるほど。消える攻撃か…)


見えない姿に、どこから来るかわからない攻撃。俺は、初めて恐怖を覚えるが、なんとか怒りでその恐怖をかき消した。


「あっ…桃様…。やはりここは私が…」


ミコトは俺の殴られていたところを見て、勝手に自身のスキルを発動させている。

そのスキルを察知したのか、どこからか彦一の声が聞こえた。


「僕の【天狗の隠れ蓑】に、精神攻撃は効きませんよ」


“かぐや姫”の能力の正体を知っているのか、彦一は気持ち悪い含み笑いをしながら言っている。


(だったら物理攻撃は効くってことか?姿が見えなきゃ意味ないが…)


引きこもりの癖に、いっちょ前に戦闘をこなす進太郎は考える。

しかしその間も彦一の猛攻は、収まらない。俺はその場から半歩引く。


(こういう時って、なんか目を閉じて気配を読み取るとかってあるよな…)


俺は、目を瞑ってみた。確かに五感が研ぎ澄まされたような感覚に陥る。

彦一は、そんな進太郎に再び攻撃を加えた。

見事にその攻撃がヒットした進太郎は、またぐっと痛みに耐え、膝をつくことはない。


(いや…この作戦はない)


冷静さを取り戻した俺は、体勢を立て直すが如くファイティングポーズを取った。

暗いのも相まって、一層敵の攻撃は見えない。しかし彦一は本当に俺を殺すつもりはないらしい。相手が、本気でかかってきているのであれば、俺はたちまち刃物か何かで刺されて戦闘不能になっていることだろう。


「消える攻撃。恐れ入ったよ。降参する」


「ダメですね。まだ僕の怒りは静まってませんよ」


今度は右わき腹に衝撃が走った。骨が軋む音が聞こえるくらいの痛みが体を駆ける。


(死ぬほど痛いんですけど…)


俺は、挑発に乗ってしまったことを軽く後悔した。

ミコトは、自分のスキルが効かないことがわかると祈るように俺を見守っている。


(なんでこいつらには能力があって、俺にはないんだ…羨ましすぎるわ。透明化)


こんなことを考えている間にも、どこからともなくパンチが繰り出され、俺の体にダメージを与えていく。俺はなすすべなく全ての攻撃を受け、ついに膝をついてしまった。


「こんなもんですか?桃太郎さぁん」


彦一のむかつく声がどこからかした。

俺は心の奥底から湧き出る深い怒りの感情に身を委ねた。


「俺を桃太郎って言ってんじゃねぇ!!」


地面に落ちていた小石を、咄嗟に拾い上げ、小鹿のような足で立ち上がると、力いっぱい正面に投げつけた。

彦一のいる場所などはわからなかったが、とにかく今は冷静さに欠けていた俺は、この苛立ちをどこかへぶつけたい一心であった。


綺麗なフォームで俺の腕から放たれた石は、見事に、超キレのいいスライダーのような角度で曲がり始めた。

俺は、自分で投げておきながら、その石の軌道にびっくりする。


何かを超スピードで追っている様子のその石は、ぐんぐんと曲がっていき、炎を纏うと、投げた時よりも段々と大きくなっていく。


自分の親指の先ほどしかなかった石は、野球ボールくらいの大きさになり、透明な何かに勢いよくぶつかり、爆発し、炎上した。


「ひっ!?ひぇっ!?」


血を口から吹きだした彦一は姿を現した。

石がぶつかり爆発した衝撃の痛みに、倒れ込んだ彦一は、這いつくばり自分のマントに燃え移った炎を消そうとしている。

しかし、彦一の願いはかなわず、そのマントは燃え尽き、塵となった。


「桃様。大丈夫ですか?」


戦闘が終わったと同時に俺に駆け寄ってくるミコト。俺は、その場にどさっと座り込んだ。


「大丈夫じゃない。見ろ。ここら辺絶対折れてる」


俺は左手で右の脇腹を指差しながら訴えた。彦一は、戦意が喪失したのか、燃えたマントの塵を寝た状態でかき集めている。


「彦一さん。俺の勝ちってことでいい?」


ボコボコになった顔で言うのも説得力はないが、彦一は何も発することなく、涙だけを流していた。


「び…病院…行きましょう。今、救急車を呼びますから…」


ミコトはスマホを取り出すと、慌てた様子でダイアルを押そうとしていた。だが、そのミコトの行動を当然どこからともなく現れた人が止めた。


「それはいけません」


暗闇から現れたように見えたその片メガネの執事風の老人は、ミコトのスマホをスっと手で抑えると、俺のほうを見た。


「私が治療致しますので、ご安心を」


そして、俺のほうに近づいてきたその異世界執事風の老人は俺の額の辺りに手をかざした。


「あ…あれ…」


すると、体の痛みがたちまち消えていく。

俺は両手や脇腹を確認し、全てが治っていることを見ると、その老人をそのままの状態で眺めた。


「な…何者ですか?」


「私は、Overall Hero運営担当の1人でございますよ。“MoMo”様」


俺はその言葉に目を見開き、よくその男を観察した。

明らかに場違いな執事のような恰好に、白い手袋。そして貴族のような振る舞い。

全てがこの世界にミスマッチしていたが、この男の言うことが真実なのであれば、色々と聞きたいことがある。


「今後、戦闘で怪我を負った場合、勝者には、私が治療致しますので、ご安心ください」


「今のどうやって治したんですか…?」


「ご質問はお答えしかねます。ゲームはまだ始まったばかりです。今ネタが全てわかってしまっても興ざめでしょう」


その執事風の男は、俺のことを見下ろしたあと、俺の3m先ほどで寝そべって泣いている彦一のことを見た。


「それでは、私はこれで…。どうぞ今後ともご贔屓に…」


何か彦一にアクションを起こすのかとも思ったが、そいつは俺達に一礼し、どこかへ消えて行ってしまった。


「それでこの人はどうするんですか?桃様…」


唖然と口を開いたままの俺に声をかけるミコト。

確かに今あったことが現実だったと思い知ると、彦一の処分を考えた。


「とりあえず、うちまで運ぶしかないな…」


俺はそう呟くと、彦一を抱え、マンションへと向かうのであった。
















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Overall Hero けーあーる @k_kuru

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