第2話 Overall Heroとパーティ機能

結局のところ、俺も可愛い子には弱いのだろうか。いや違う、そもそも女性全般苦手なのだ。元々長い間、引きこもっていたのも相まって、ミコトと会話できていることは奇跡といってもいいだろう。

ミコトに関していえば、あの時なぜか腹が立っていたのも原因の一つではある。そして、今も言い知れぬミコトへのイラ立ちは抑えられてはいない。


「桃様。お料理のご準備が整いましたよ」


ミコトが俺の部屋の襖をそっと開け、ちらりと俺の様子を襖の先で伺っている。

俺は先ほどの緊張がすっかりと解けコタツの中に入り、寝転がっていた。


「あー…まさかお前の家が民宿…いや、旅館だったとはなぁ…」


そう何を隠そうこのミコトという女の実家は、旅館であった。

もう少し早くこの話を聞いていれば、あんなに揉めることはなかったかもしれない。俺は、先ほどまでの自分の行動を振り返った。




時刻は18時15分。

地図によれば、歩いて2時間ほど行かなければ駅に着かないようなこの場所。

この河川敷で、俺は、先ほど襲ってきていた相手に引っ付かれていた。


「お願いしますぅ!なんでも!なんでもしますからぁ!」


まるで、ほしいものを買って貰えなかった子供のように懇願するミコトのその顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。


「いや…だから…そう言われてもさ…」


俺は自分のスマホで時刻を確認する。

このまま引っ付かれて泣きわめかれたら周りの目線も気になってくる。俺は周囲の反応には敏感だ。

いくらこの河川敷付近に人の気配がないからといって騒ぎ立てられると困る。


「それにな。お前、終電がなくなるとか言っときながら、ちゃんと23時まで電車あるじゃないか」


「うっ…そ…それはぁ…」


俺に言われたことが図星だったのか、罰が悪そうに口を尖らせて見せるミコト。顔立ちは整っているが、やはりどこか俺はこいつのことが気に入らなかった。


「はぁ…もういいよ。なんか色々あって疲れたし…でもお前には知ってること全部吐いてもらうからな」


何か目的があって東京に行くわけではないし、特に急ぐ旅でもない。

それよりも俺はこのリアルイベントである“Overall Hero”の内容が気になっている。

俺よりも遥かにイベント内容に詳しい様子のミコトに話しを聞いてから東京に行っても遅くはないだろう。


「わかりましたぁ!じゃあ早速行きましょ?」


元気を取り戻したのか、ミコトは崩れていた着物を直すと、すくっと立ち上がり、俺を案内するように歩みを進めた。

そして案内されるがまま、この旅館へと入り、今に至るというわけだ。


現在の時刻は、20時を過ぎた辺り。

先ほどとは打って変わって、外はすっかり真っ暗闇に包まれていた。


「で、竹中さん。部屋入ってきてよ。そこにいられると俺が竹中さんをいじめてるみたいだろ」


「は…はい…あと私の事はどうぞミコトとお呼びください」


女子を名前で呼ぶなどというそんな高等なことは出来そうにないので、お断りしようとも思ったが、うまい断り文句が見つからない。

ミコトは俺の言った通り、俺の傍まで寄ると、丁度俺の寝ているコタツの横に入った。

俺は、ミコトがコタツへと来たのを目線で確認すると、寝転がった状態から体を起こし、どけていた木の座椅子を引っ張り出し、座った。


「で、お前は、このアプリのこと知ってるんだよな?」


俺は自分のスマホでOverall Heroのアプリを開き、ミコトに見せるようにコタツのテーブルに置いた。


「はい。もちろんです」


ミコトも自分のスマホを取り出して俺と同じようにスマホをテーブルの上に置いた。

ミコトのスマホの画面にもOverall Heroであろうアプリが立ち上げられている。

俺はミコトのスマホの画面を覗いた。そこには、俺とは、まったく違うアプリの様相を呈していた。


「画面が違うな。本当にこれOverall Heroなのか?」


「タイトルは同じですが…まったく違いますね」


ミコトも俺のOverall Heroアプリをじっと眺めている。

この発言からすると、他のユーザーのアプリを見るのはミコトも初めてのようだった。


「お前は、このアプリ、どこからダウンロードした?」


「え…えっと…普通にストアから?」


「ストアからってことはoverheroのイベントページからじゃないんだな」


「overheroって、なんですか?」


とぼけた顔をするミコト。

このアプリをダウンロードしているということは、overheroを知らないということはないはずなのだが…。

俺はそう考えつつも、違和感を感じていた。


(そうだ。確かoverheroのページには、イベントの運営が違うという記載があったはず)


俺は、スマホから、overheroのイベントページに飛び、書いてあったページを読み込んだ。そこには確かに、このイベントの開催はoverheroの運営ではないとしっかりと書かれていた。


「お前は、どこからこのアプリのことを知ったんだ?」


「え?えっといつもやってるソシャゲですけど…」


「ちょっと見せてくれないか?」


ミコトは俺に言われるがまま、いつもやっていると言っていたアプリであろうものを立ち上げ、俺に見せてきた。

ミコトが見せてきたゲームは、俺でも知っていた有名なゲームで、セールスランキングでは常に10位以上をキープしている超メジャーなゲームであった。

ミコトは、そのアプリ内で、Overall Heroのことが書かれている記事を俺に見せた。そこの記事は俺が見た記事とは毛色が違っていたものの、内容はほぼ同じでようである。


「つまり、“Overall Hero”は様々な運営会社がそれぞれでアプリを開発してるってことになるのか?」


「まあ少なくとも、このゲームの運営と桃様がやっていたゲームの運営は違うものですし…そうなりますかね…」


謎は深まった。

もう一度、互いにOverall Heroを立ち上げた俺達は、それぞれでスマホを交換し、詳細を見合うことにした。


「うっ…」


俺はミコトのステータスが確認できる項目を見ていると、自分とのステータスの差に大きく開きがあることに気づいた。

ミコトにも俺と同じようにレアリティがつけられていたが、俺よりもレアリティが高い評価にいたミコトにまずショックを受けた。


「お前…URなのか…」


「はっ…いや、あのそれはっ…ゲームが勝手に…」


いや俺もそうだよ。だから落ち込んでいるんだよ。

そんなことを心の中で思っていても何の意味も成さない。


「あ…そうそう桃様、桃様のOverall Heroのこのパーティっていう項目にロックがかかっていたんですけど、解除されたみたいですよ」


「なんだって?」


俺はミコトから、自分のスマホを受け取ると、画面を見た。

そこには確かにパーティの項目がある。

しかし、先ほど確認した時までは、パーティという項目はなかったはずだ。

ゲームを再度立ち上げた時にアップデートされたのだろうか?

俺は恐る恐る、確認すべく、パーティの項目をタップした。

そこには、一般のソーシャルゲームのように4つの枠があり、そのうち2つはキャラクターで埋まっていた。

下には編成1と書かれた文字もある。その横には順に編成2、編成3、編成4と項目が続いているようであったので、あくまで推測だが、4つまでパーティを作れるということだろう。


「おい…どうやら。俺達はパーティになったらしいぞ」


俺は、2つのキャラクターをじとっと眺めたあと、俺のイラストの横にミコトのイラストがあることに気づいていた俺は、自分の画面をミコトのほうに見せた。


「私のイラスト。そっちのほうが可愛くないですか?」


「問題はそこじゃねぇ!なんで俺とお前がパーティになってんだよ!」


ミコトはどうやら、俺とパーティを組むということより、自分の絵が気になっている様子である。不満そうに口を尖らせているその姿は、やはりあまり気に食わない。


「イラストはどうあれ、桃様とパーティを組めるなんて…とても喜ばしいことです」


「はぁ…なんか本格的にゲームキャラになってる気分でちょっと変な気分だ…」


不機嫌な様子から急に喜んでいる様子に変わったミコトのことを無視して、俺は呟いた。


「そうだ。お夕食を食べましょう?せっかく用意できているんですから」


「ん…まあそうだな…」


俺は、あまり考えすぎないよう、ミコトに言われた通り夕食を頂くことにしたのであった。




時刻は23時。

今日は早朝から起き、引きこもりの体には堪える運動量を消費したため、布団に横になると、眠気はすぐさまやってくる。

頭の中を整理しようとも思っていたこの時間はどうやら有効に使える兆しが見えなかった。

俺は目を瞑った。次、目を開けたらもう朝になっているだろうという確信と共に、意識は次第に薄れていった。


何時間か経った頃であろうか、布団に急激な重みを感じ、目を覚ました俺は、その重みの正体を探るべく目線を下げた。


「あ…起きちゃった…」


そこには、寝る恰好とは程遠い、えらく薄い下着を纏ったミコトの姿があった。

俺の布団の上に馬乗りである。


「何してるんだ?」


変な目覚め方をしてしまったため、いつもよりドスの効いた声が俺の口から出る。

その声にびびったのか、すぐに俺の布団からどくと正座の体制をとるミコト。


「あ…あの…ほ…本当に術が効かないのかと思いまして…。ちょっと試しに来たといいますか…」


「で…結果は…?」


俺は寝たままの体制を崩さず目線だけで、自分の不服な意思をミコトに伝えている。


「術は、かけられませんでした…」


「ふーん…。で、殺す気なのか?」


ミコトは俺の問いに大きく首を振るわせた。


「そ…そんなっ。そんなこと絶対しません。ただちょっと試してみたかっただけなんです…許してください」


「へぇ…で、その薄着の理由は?」


「これはぁ…そのぉ…」


俺は、そこまで聞いておいて途端に面倒になってしまう。

この女と会話しているだけでなぜか疲れてくるので、言い淀んでいたミコトを放って俺は目を瞑った。




朝、目が覚めると、隣にあった物体に手が当たった。

俺はその物体の感触に違和感を覚えると視線をその物体の方向へと移した。

予想通り、その物体の正体はなぜか俺の横ですやすやと寝ているミコトであった。

幸せそうな顔で寝ているミコトに特に驚くこともせず、ミコトを起こさぬよう、体を起こすと、軽くノビをした。

障子の奥にある窓の外を軽く眺めるが、この布団の場所からは、よく景色が見えない。

俺は布団から出て、服を着替えると、荷物を纏め、リュックを背負った。

部屋の鍵を受け付けの女将さんに渡し、朝食をとると、旅館のカウンターで財布にあった1万円札を女将さんに渡した。


「あら…お金なんていいのに…ミコトが世話になったみたいで悪いね…」


女将さんに話しかけられた。


「い…いえ…こちらこそお世話になりました」


「駅まで送っていこうか?」


その提案はとてもありがたい。俺は好意に甘えることにし、旅館のエントランスで女将さんの車を待つことにした。

何気なく置いてあった雑誌を手に取り、近くにあったソファに腰かけると、後ろのほうから声がかかった。


「なんで起こしてくれなかったんですか…」


えらく不機嫌そうなその声に、俺は手元の雑誌を読む手を止めず、そのまま声を出した。


「起こすも何も…勝手に部屋に入ってきたのはそっちだろ」


「そ…それはそうですが…。というかもう行くんですか?」


「挨拶、必要だったのか?」


「だ…だって着いて行くのにも準備ってものが…」


俺はそう発言したミコトに思わず、振り返ってしまった。


「着いてくるつもりなのか!?」


「え?ダメなんですか!?」


ミコトの顔を見ると、俺の言葉に物凄くショックを受けている。

いや、着いて来るというのは別に構わない。止める権利は俺にはないし、女将さんに送ってもらう以上、文句はない。

しかし、気に食わない相手とこれから何時間か共にしなければいけないと考えると、俺は冷や汗をかいてくる。


「いや…もういいや…お前と話してるとなんか疲れるし…反論する気も起きない」


「ひ…ひどい…」


俺から出た呟きのような文句はほとんどが真実である。

今日もミコトと話すのは、精神的にもそうだが、なぜか肉体的にも疲労感があった。

きっとこいつが、バカなのが原因だろうが…。


「桃山さん。お車の準備が…あら…?ミコト。何その大荷物」


車の準備ができたのか女将さんが、玄関から俺に声をかけにきた。しかし、ミコトの荷物を見て、女将さんの顔が怪訝な表情に変わる。


「お…お母さん。私この人と結婚するから家出て行くね」


「はぁ!?」


俺と女将さんの声は揃った。この女将さんとは気が合いそうである。


「何を言い出いたかて思やあ…」


女将さんは、慌てているのか怒っているのかそのどちらかはわからないが、方言が少し垣間見えていたのでミコトの発言に何か引っかかりがあるのは一目瞭然だ。


「すみませんねぇ桃山さん。うちの娘。ちょっとバカなもんで…」


「はい。存じております」


俺は、極力失礼がないように丁寧に答えると、雑誌を元あった場所へと仕舞い立ち上がった。しかし、ミコトは本気のようで、女将さんに突っかかって行った。


「お母さん!私本気なんだから!」


「本気って言ったってあんた。桃山さんの気持ちだってあるんだよ?」


「桃様だって、私のこと好きだもん!」


「え?そうなんですか?」


ミコトと話していた様子の女将さんに急に話を振られた。しかし、俺は大きく首を横に振った。

昨日までは敵対関係であったし、よくても知り合いか友達ぐらいの関係である俺とミコトは天地がひっくり返っても結婚だなんて絶対にあり得ない。というか絶対に嫌だと俺の意思が訴えていた。


「ほら…桃山さんだってこう言ってるし…あんただったらそこら辺の男いくらだって…」


「桃様は他の男と違うの!」


女将さんはとても困った様子でミコトと俺、両方に目を配りながら考え込んでいた。


「あんたがそこまで入れ込むなんてねぇ…。この男はお金持ってるの?」


なぜか俺が聞いてないとでも思っているのだろうか、女将さんは俺に失礼な話題をミコトに振っている。


「あるわよ。ね?桃様」


「う…うーん。あるにはあるけどさ…」


「いくらぐらい持ってるんだい?」


ずけずけとプライバシーに踏み込んでくる女将さん。

もう遠慮なんてなくなってきた様子であったので、俺は正直に答えることにした。


「えっと…今は10億とちょっと…ですかね…」


「ミコト。いってよし」


俺がそう言うと、女将さんはミコトにオッケーサインを出した。

結婚するつもりは毛頭ないのだが…。

しかし、あれよあれよと話しは進み、結局、車に乗れたのはそれから1時間後。

今は、女将さん、ミコト、俺の3人で車に乗っている。


「―いやそれにしてもいい人見つけたねぇ。ミコト」


「でしょ?桃様はとってもいい男なんだから」


女将さんはミコトとさっきから同じような話を繰り返している。

俺は次第に2人の会話が耳に入ってこなくなり、今はぶすっとしながら窓の外を眺めていた。

しばらくして、車が駅に到着すると、俺達2人は、新幹線へと乗り込むために、静岡駅に向かっていた。


「そういえば、お前、新幹線止めてたけど、あれはどんな技だ?」


電車に揺られているのがあまりにも暇であったがために、隣に座っていたミコトに話を振っていた。


「私の【月読命】は、人のみならず、物体にも効くんですよ」


「へぇそいつはすごいや」


それだけ情報が聞き出せれば、もはやミコトに詳細を尋ねるよりも自分で考えたほうが早いと判断し、俺はミコトの話を聞き流した。

俺が破ったミコトの【月読命】というスキルは、聞く限りではとても万能で恐ろしいものであるように感じる。

精神操作系の攻撃は、どの漫画やゲームでも最強格であるため、俺が勝ったのは奇跡といってもいいだろう。

それが物体にも効くというのであれば、使い方次第ではどんな能力よりも優れている。しかし、その術者がバカでは、どうしようもない。

俺は哀れみの目線をミコトに送った。ミコトは俺に哀れみを送られているとは思っていないのだろう。俺の目線ににこっとほほ笑んだ。


電車は時刻通り、静岡駅に到着すると俺達は予定通り新幹線へと乗り込んだ。

今度こそ東京へ向かうために。












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