第1話 かぐや姫とステータス
俺は、目の前の女。いや変人に話を聞いた。
この女の名前は、竹中 ミコトというらしい。そして通称“かぐや姫”。
確かに、そう名前を聞けば、竹の中、そして迦具夜比売命(かぐやひめのみこと)を思い浮かべれば、かぐや姫とあだ名がついてもおかしくはない。まあ顔だけは、美人であることだし。
少し自分の経緯と被るので同情はするが、こいつは俺とは違い自分のあだ名に不服はないらしい。
「―それで“Overall Hero”ってなんだ」
「それは知らないわ」
知らないのかよ。
いや俺もイベントの詳細を何度も確認したが、内容らしい内容は書いてなかった。どうすればクリアになるのかもわからないイベントである。
「私が知っているのは、あんたが桃太郎ってことと、このゲームによってそれぞれに能力が与えられたこと、それと―」
「い…いやちょっと待て」
桃太郎とゲームに認定されているのはとても不服だがさて置いて、能力が与えられた?
俺はそんなもの知らないぞ。しかし、この女が先ほど纏っていたオーラやこの壁の理由を考えれば、あり得る話しなのだろうか?
「それでなんで俺のことを殺すなんてことになるんだ?」
「あんたも参加者なんだから知ってるでしょ。このゲームをクリアすればお金と自分の望みが叶うのよ」
俺は、overheroでもらったメールの内容を思い出した。
そこには、こいつが言う通りクリアすれば、貰える特典も書いてあった。
それで俺は襲われているということになるんだろうか?
「いや待て。お前はクリア方法を知ってるのか?」
「はぁ…?当たり前だ。バーカ。だからこうして殺そうとしてるんでしょ」
つまりこういうことだろうか?
ゲームの参加者は、プレイヤーとなって他のプレイヤーを殺害し、他のプレイヤーがいなくなれば、このゲームがクリアとなる。
話しは見えてきたが、到底信じられる内容ではない。
「ばかばかしい。こんなこと信じてるのか?」
「信じるも何も、アンタもお金貰ったりしたでしょ?それに能力だって…」
そうその能力というものは、俺が貰った覚えはない。
何か使えるのかと手に少し力を込めてみるが、特に変わった様子はなかった。
しかし、このかぐや姫が言った通り、先ほどのオーラや壁が能力なのだというのであれば、納得はできる。少々現実味があるものではないが。
「じゃあ俺も能力が使えるっていうのか?」
「へぇ…使ったことないんだ?それは好都合」
ああ…そういえば、確かこいつは敵だった。
てっきりゲームのNPCキャラかチュートリアルで説明してくれるキャラなのかと勘違いを勝手にしていたところだった。女は、展開していたオーラを強くした。
「…ちなみに、“かぐや姫”さんはどういう能力を持ってんだ?」
「教えるわけないでしょうが」
敵に手のうちをばらすほどさすがに頭が足りないわけではないらしい。
俺は再び大きく振りかぶったその女の拳をまた避けた。
その拳の先を見ると、先ほどと同じようにピンクの煙のようなオーラが漂っている。先ほどと比べればそのオーラの量や放たれた時のスピードは増していた。
「だから避けるなって!」
「うーん。まあわかった。次は避けない」
殺意や敵意は俺の中にまるでなかったが、何か自分がゲームのキャラクターになっているようで少し楽しんでいる自分がいた。
女は俺の言葉を信じ、また大きく拳を俺のほうに向けるとパンチを繰り出した。
俺はその拳を今度は避けずに手で受け止めた。
パンチ自体は弱々しいものであったが、手に、ピンクのオーラが当たると、そのオーラ自体に感触はないが、何か変な気持ちになってくる。
「バカねぇ。もろに受け止めるなんて」
拳を引っ込めたかぐや姫は、妖艶な笑みを浮かべた。
確かに、オーラをもろに受けたのは間違いだったらしい。
段々と俺の視界は歪み、景色は目に入らず、かぐや姫の姿だけがぼんやりと見える。
ゲームの能力で考えれば、このかぐや姫の能力はどうやら精神攻撃系らしい。
しかし、視界は歪んでいるが不思議と気持ち悪さや吐き気などを感じる気配はない。
ただ自分の中にこみ上げてくる変な気持ちが段々と強くなっていくのがわかった。
「これは…きついな…」
思わず声に出てしまう。
ひどく火照り始める体に、体が勝手に動き出す。
リュックをその場に下ろすと、自分のシャツのボタンを外し始めた。
「そうでしょ?そうでしょ?そのまま逝き死になさい」
段々と鈍ってきている思考を払いのけ考える。
俺は、この女の能力というものが段々とわかってきた気がした。
(なるほど。18禁技ってわけか…)
進太郎の推測は当たっていた。
“かぐや姫”の能力の1つ。【月読命】は、人の心を掌握し、魅了する。というシンプルな効果だが、ミコトの能力の使い方は、かなり限定的であった。
(このままでは、この女の思惑通り、18禁な展開になってしまう…)
俺の上半身はすでに露出していた。
俺は体が勝手に動いていくのを抑えることはできない。体はそのままベルトに手をかけている。このままであれば、俺はズボンを下ろし、この女を襲ってしまう可能性もある。それは絶対に避けなければならない。
「き…聞きたいことがある」
じっと俺の体を見つめていたミコトに俺は精一杯声を振り絞った。
「なに?」
ミコトは俺の発言に動揺していない。上半身を見つめていた目線は発言する俺の目を見つめる。
「お前の…ゲームをクリアしたら叶えたい望みってなんだ」
「それを聞いてどうするっていうの?」
ミコトの目的が知れたとしても、俺にはこの状況を打開することはできないだろう。しかし、こうも簡単に殺されてしまうのは本意ではない。元々、俺は軽い気持ちで家を出てきたのだ。こんなことになるなんて思いもよらなかった。
「このまま死ぬなんて納得できないからな…」
ベルトをカチャカチャ鳴らしてズホンを下ろそうとしている体。早くしないと全裸になってしまう。
「私の望みは、普通に恋愛がしたいなって…」
「なん…だと…」
俺はそんなことのために殺されるのか?
いや、このミコトが俺に嘘を言っている可能性もある。しかし、ここで嘘をついてもなんのメリットもないだろう。考えればわかる。完全に術中にハマって死にゆく俺に嘘を吐く理由なんてないのだ。
「納得できるか!!」
俺はついにズボンを下ろしてしまった。傍から見れば、パンツ一丁の変態野郎である。
「だ…だって仕方ないでしょ!お見合いとか進められても困るし…それに私の顔を見たらほとんどの男は逃げていっちゃうし…」
「意味がわからんわ!それで人を殺していい理由にはならんだろうが!」
俺はカッと目を見開いた。
すると体がふわっと軽くなったのを感じる。
どうやらなぜか術が解けた様子である。先ほど感じていた不自由な体の状態とは違い、手にきちんと力が入った。視界も段々と景色を感じ取れるようになっていく。
俺は、すぐに自分のズボンを履き直し、ベルトを締めた。
「え…な…なんで?」
俺が勝手な行動をしたことを不思議に思ったのだろう。“かぐや姫”ミコトは目をぎょっとさせて驚いていた。まさか自分の術が解けるなどとは思っていなかった様子。
チャンスは今しかない。
俺はミコトに、はったりをかますことを決めた。
「お前の変な術なんて効かねぇわ。アホ。最初から効いてたふりをしてただけだ」
「な…な…」
俺の発言にびびっているのか、余裕だった先ほどの姿とは違い大きく動揺しているミコト。俺はそのミコトに上半身裸のまま近づいていく。
「いいか。今は殺さないでおいてやる。だがな次、俺に襲いかかれば容赦はしない」
俺は、腰が抜けた様子でその場で座り込んでいたミコトに顔を寄せてそう言った。
「は…はひ…」
ミコトは力なくそう言うと、その場にへたり込んだまま動かなかった。
俺は、脱いだTシャツとパッチワークシャツを地面から拾うとそれを着込み、リュックを背負った。
先ほどの壁はどうやら解除されている様子であったので、俺は駅の方角に足を進める。
ズボンのポケットからスマホを取り出す。
画面をつけると通知が届いていた。全て“Overall Hero”からの通知だ。
俺は確認のため、アプリを起動する。
アプリのホーム画面の真ん中では喜んでいる2Dイラストの男がぴょんぴょんと笑顔で跳ねており、上のテロップには“桃太郎がかぐや姫に勝利しました”と流れている。
俺は構わず、クエストの項目のページをタップした。
“【クエスト達成】“かぐや姫”ミコトの攻撃を受ける”
“【クエスト達成】“かぐや姫”ミコトのスキルを受ける”
“【クエスト達成】“かぐや姫”ミコトのスキルを破る”
“【クエスト達成】“かぐや姫”ミコトを倒す”
“【デイリー達成】プレイヤーと会話する”
以上の項目が達成されており、俺はその全ての報酬を受け取る。
【100万円獲得】、【100万円獲得】、【100万円獲得】、【1000万獲得】、【50万獲得】
タップしたと同時に、システムにそんなメッセージが浮かぶ。
デイリーの達成とクエストの達成の差があまりないことには少し不満ではある。
しかし、今のこの現実は真実なのだと受け止めなければいけないだろう。俺は先ほどのことを考え、このアプリを信用することに決めた。
アプリのホーム画面のような場所に戻ると、先ほどとは違い、2Dキャラが何かオーラのようなものを出していた。その上には【levelup↑】と文字が表示されている。
まさかと思い、ステータスの項目をタップすると、キャラクターのステータス画面が表示されていた。
そのキャラクターは“桃太郎”と書かれ、それぞれ数値が記入されている。
そして、キャラクターの名前の右に、【Lv 13】と書かれているものがあった。
この画面は初見であるため、何のことかよくわからなかったが、もしかすれば、これが俺自身のステータスということになるのだろうか?
だとすれば、この数値を割り振ったのは誰なのか。謎は深まるばかりであった。
しかし、ゲーム脳であった俺は、まさにゲーム感覚で自分のことを客観視していた。
(この数値達は、低いのだろうか?高いのだろうか?
そして今の戦闘で何レベ上がったんだ?元々俺は何レベルだったんだ?
数値を比べる対象がいないし、そしてスキルの欄には何もない。
というか俺にレアリティをつけるな)
俺の項目であろうそのステータスカードのイラストの横にはSRというようなソーシャルゲームでよく見るレアリティがつけられていた。
そもそも、数値のこともよくわからないし、レアリティについてもよくわからない。そしてスキル、レベルについてもよくわからない。
俺が参加している“Overall Hero”というイベントの意味のわからなさに俺は頭を痛めた。
その時であった。
歩みを進めていた俺に、後方から声がかかったのだ。
「も…桃太郎様ー!!」
その声は、先ほど聞いた覚えがある女の声であった。
またいきなり殴られても困るので、俺は後ろを振り返った。
息を切らした様子の“かぐや姫”は俺に追いつくと、ゼェゼェと肩で息をする。
「ま…待ってください。ここから2時間も歩いたら日も暮れて、電車もなくなっちゃいますよ」
敵意はもうない様子であったので、俺はミコトに疑問を呈した。
「その前に何なんだよその喋り方は…」
「い…いや…だって…」
もじもじと体をくねらせるミコトに俺はじとっとした目線を配った。
「まあそれで、電車がないならどうするんだ?また俺を殺そうとしてんの?」
「ちっ違います。あの…急ぎでないなら…うちに泊まって行きませんか?」
「今まで殺意むき出しだった相手の家に?それはないだろ…」
「うっ…」
俺が冷たく言い放った結果だろうか。ミコトは俺の言葉に涙ぐむ。
いや、この反応は仕方ないのだ。それもそうだろう。いくらゲーム慣れしていて、このアプリやOverall Heroというイベントを少し楽しんだからといって、先ほどまで敵だった奴と慣れ合うほど俺は警戒心がないわけではない。
いくらゲーム内では勝利したといえど、こいつがまた襲ってこないとも言えない。
「でもぉ…桃太郎様にぃ…お詫びしたくてぇ…」
どこかの政治家の会見のように泣きじゃくるミコトに、俺は少しイラっとした。
泣いていたことに少し同情しようとも思っていたが、桃太郎と呼ばれることに腹が立ったのだ。
「桃太郎って呼ぶな。マジで殺すぞ」
「ひえ…」
涙が引っ込んだ様子のミコトは俺の目線に怯えた。
「で…では…なんとお呼びすればいいのでしょう…」
なんでこいつはこれからも俺と会話をする前提で話を進めているのだろうか。
いやしかし、もう一度桃太郎とこいつに言われたら、女といえどグーパンをかましてしまうくらいに余裕はない。
「“MoMo”でいいよ」
俺はoverheroで使っているハンドルネームを思い出し、ミコトに提案した。
このハンドルネームであれば、桃山のニックネームみたいなものであるため、外で呼ばれても恥ずかしさはない。
「桃様ですね…では、今後、そう呼ばせていただきます」
ミコトは何度か桃と噛みしめるように呟くと、笑顔を取り戻した。
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