第32話 Aまた会えたね2

Aまた会えたね




「ん。純ちゃん」




 僕はすぐに抱きついた。一瞬目が点になっている花が見えた。




「おめでとう。もう大丈夫なんだね」




 花の顔をしっかり確認したくて少し離れる。花は少し苦笑いしていた。




「花―――」




 なんでもいい。花だ。やっと花に会えたんだ。やっと花に触れられる。




「もう、純ちゃんたらー」




 花は当惑していたが嬉しそうだ。




「花―、花―、花―」




 揺り籠のように抱きつきながら揺さぶった。




「純ちゃ―ん」




 もっと、呼んで、花―。




「純ちゃん。離れなさい」




 と、花が急に怒声を張る。僕はびっくりして離れた。




「ターンアラウンド。アンドゴーバック」




 花が英語で怒る時は警戒レベル三(四まで)の時である。でも、一体何故怒ったのだろう。




「純さーん。先生が今は入るなって」




 鹿島が走って来る。




「どういうこと」


「なんか花さん曰く、全員揃ってから入って欲しいそうです」


「えっ、なんで」


「さあ」




 ともかく花が怒ったのもあって、外で待機することにする。少しすると先生も来た。


というかこいつこんなところまで来ているけど大丈夫かな。まさか中に入ったりしないよな。こいつと花はあれ以来接触していないはずだし、いくら花が全快したとはいえ、問題ありまくるんじゃないかな。




「ああ、すまん。待たせたね。師長に捕まってね。君たちが走っていくから」


「ああ、いえ、そのすみません。先生、どういう事なんですか」




 とりあえず事情を知っているだろう先生に聞く。




「うん。何やら見せたいものがあるそうだ」


「見せたいもの」


「何でしょうね」




 ……。




「先生。こいつも呼ばれているんですか」


「一応ね」


「一応って大丈夫なんですか」


「花君がしっかりメンバーに入れてたよ。報告書のこととか、君と仲良くしていることは伝えてあるからね」


「報告書。何のことです」


「「お前(君)は気にしなくていい」」




 そうか。花も受け入れるつもりなのか……。




「花君の言ったメンバーはこれだけだが。一応ご家族にも連絡を取っていて、それを待つかどうか」




 確かに家族を差し置いて会うのは気が引ける。……、さっきは会ったけど。




「花はなんか言ってなかった。そのことについて」


「いや、それが……。絶対に入れるな。特にお兄ちゃんは。だそうだ」




 武志に見せたくない何かか。一体なんだろう。




「花さんが良いなら、良いんじゃないですか」




 こいつに言われるとなんか腹立つけど、その通りだ。




「じゃあ(改めて)、入りますか」


「わかった」




 (改めて)三人で入ると、花は笑顔で迎えてくれた。先ほどのことがあるので、僕は大人しくした。




「皆、お待たせ」




 イヒヒーっと笑っている。さっきもそうだけど、何かを持っているわけではない。




「小説読ませて頂きました。とてもとても面白かったです」


「その節はすみませんでした」




 鹿島が勢いよく頭を下げた。先ほどまでの軽いノリとは違う。神妙な面持ちだ。




「うーん。許すつもりは一切ないけど、今はポジティブに考えているから。色んな人の愛を知ることが出来たって。私の人生に必要な道だったってことにしてあげる。絶対許さないけど」




 花らしい答えだ。十日かかるわけだ。




「ありがとうございます」




 鹿島が涙を流している。そう言えば、分業で呼びつけた時もこんな感じだった。




「これからは姉御って呼ばせて下さい」




 こういう変なところはあるんだけどね。




「えっ、やだ」




「この阿保にゃん」




 そこまで会話が進むと、阿保にゃん以外はあははと笑い出す。阿保にゃんはキョロキョロと見回していた。




「それにしても本当に良かったよ。最初からこうすれば良かったのかな」


「昏睡状態じゃ小説読めませんよ」


「いや、記憶を無くしてからだ」


「ああ、それは……、そうかも」


「手厳しいな」




 僕と花は笑った。




「僕との約束があったからね」




 ちょっとだけフォローする。先生には色々お世話になっている。




「花、また会えたね」




  僕は改めてそう言った。




「うん、また会えた」




  すると花も応えてくれる。




「本当に良かった」


「色々ありがとね」




 二人でへへっと笑った。




「花さん。見せたいものって何ですか。まさか花さんそのものじゃないですよね」




 全く空気の読めないやつだ。何も持っていないのだから、そういうことに決まってるだろうが。




「この阿保にゃーー」


「うん。これ」




 と思ったら、花が枕の下から何やら取り出した。どうやら作文用紙だ。




「皆の小説に感化されて、花も書いてみたんだよ。ちょっと時間かかっちゃった」




 ……、それで何日もかかったのか。




「皆と同じ感じで書いたつもりだから、分けて読んでも大丈夫だよ」




 三人で目を合わせる。先生は苦笑いをしていた。知っていたのだろう。とりあえず手分けして目を通してみることにした。




「これは……」




 程なくして先生が声を漏らす。




「すごいね……」




 僕もポツリと言った。




「これ、小学生の作文みたいですね」




 阿保にゃんが言ってはいけないことを言った。僕はすかさず殴って花の様子を見る。うきうきしていた顔はなくなって、顔を赤らめている。




「やっぱ、そうだよね……」




 一応自覚あり、か。それで武志に見せたくなかったのか。




「あの、花。僕らこれ書くのに一か月かかってるし、プロの先生にも指導してもらってるからさ」


「一か月も。しかもプロの先生に……。何それ卑怯じゃん。どおりで上手いと思った」




 花の七変化だ。今度は怒り始めた。




「いや、卑怯って、花のためを思って……」


「私も教わる」


「えっ」


「私も教えてもらう」




 よほど書きたいのだろうけど一体何故だろう。と、考えていると、肩を叩かれる。見ると先生が自分の持っている原稿を指さしていた。サブタイトルが「告白」となっている。そう言えば、僕たちの小説には花への告白シーンは書いていない。というのも既に夢で思い出していたからだ。なるほど、これを書きたかったのか。と、先生が耳打ちをしてくる。




「純君っぽい口調で書いてあるよ」




 ……書いて欲しかったのか。




「ああー、僕も手伝うよ」


「ほんと」




 今度はキラキラしている。本当に可愛いな、花は。




「うん。一緒に書こう」




 まあ、それも楽しそうだ。




「花――――」




 と、急にけたたましい声が廊下から迫って来た。武志の声だ。




「やばい。みんな隠して」




 花が叫ぶ。しかし、動けたのは二人だけだった。




「花。記憶が戻ったって本当か」




 武志が入ってきて、すぐにそう言った。




「うん。まあね。来てくれてありがとう。もう帰っていいよ」




 目が右往左往しているのけど、これで誤魔化せているのだろうか。




「何言ってるんだよ。まだ来たばっかだぞ。うん。お前誰だ」




 しまった。武志と鹿島は初対面だ。事情も知らないだろう。というか話している間にパンチが飛んでいきそうである。




「あっ、どうも鹿島って言います。その節はごーー」




 僕は咄嗟に口を押えた。




「こいつの事は後で説明するよ」


「ああ」




 僕の行動を見て訝しんでいたけど、とりあえず納得してくれた。




「ああ、これが例の小説ってやつか。俺にも読ませてくれ」




 あっ。鹿島のやつが隠していなかった。




「うん。作者花になっているぞ。A楽しい毎日と通院。今日も一日楽しかったです。でも通院は嫌いです。なぜなら……。これが皆が書いたやつか」




 武志が見回すと、鹿島以外全員そっぽを向く。




「いや、これ花さんのです」




 鹿島がプライドがあったのか抗議をする。この阿保にゃんめ。




「えっ、花の。どういう……。ほぅ、そういうことか」




 武志にバレてしまったようだ。花が、気まずそうな顔をする。




「俺も書くぞ」




 と、一転。その言葉を聞いた瞬間、皆の視線が武志に集まった。




「花の作文が小学生みたいなのは昔から知ってる。後で思いっきりからかうからそれはそれでいい。それよりも皆で本にしようってんだろ。だから花も書いてる。俺も当事者の一人だ。俺も書く」




 何か話が飛躍しているような。




「ああ、いいね。それ、さすがお兄ちゃん」




 花が乗ってしまった。




「純はもうメンバーだから。あと二人もね」




 あっ、さっきのでもうメンバーになっているんだ……。っていうか初めて生で純って呼び捨てにされた。なんか良いな、この響き。いや、それどころじゃないか。




「俺はいいっすよ」




 鹿島が返事をしてしまう。まあ、こいつの立場を考えたら妥当か。




 そして皆で先生を見る。




「はぁ、仕事に支障のない範囲なら」


「よし、全員OK」




 なんか、選択する暇もなく話が纏まってしまった。




 そのあと、ワイワイと本について話し合いが始まった。先生はさすがにすぐに仕事に戻ったけど。




「先生。ちょっとだけいいですか」




 行く前に廊下で引き止めた。




「なんだい。手短に頼むよ」


「先生のサイト、アシスタントいりませんか」




 ずっと思っていたことだ。全てが落ち着いたら話そうと思っていた。




「アシスタント。どういうことだい」


「僕にアシスタントやらせて下さい」




 先生は目を見張った。そして僕の事を見回した。




「まだあの世界にいるつもりかい」




 先生ならそう言うと思った。




「はい。闇サイトを巡遊し、鹿島と一緒にいて、花と天国に来て、思ったことがあるんです。僕は少しでもあの闇にいる人を助けたい。そんな気持ちが芽生えたんです」


「蜘蛛の糸、か」


「はい、感銘を受けたので」


「桃が喜ぶよ。私も嬉しい」






 回る回る貴女は回る


 僕の周りを笑顔が回る


 あまりに踊って回り疲れて


 僕は貴方を立たせて消えた


 繰り返される旋律が


 この耳には心地よく


 貴女の選んだこの踊り


 頭の中で反芻す


 回りに回って


 世界が回る


 くるくる、ぐるぐる


 るるるるるーー




 あれが良くて、これがダメで


 そんな人生良くないはずで


 私はレールを歩いてた


 このレールは誰のもの


 きっと悪い奴のもの


 きっと天使の贈り物


 天使と悪魔の顔を持つ


 そんな私の想い人


 トンテンカッコン


 シュポポポポー




 あの人一人じゃ重過ぎる


 彼女と二人も重過ぎる


 彼にあいつにいっぱい来たら


 いつの間にやら大きな輪だ


 蜘蛛の糸を垂らすとき


 糸は真っ直ぐ降りていく


 闇に潜む善人を


 ただひたすら待っている


 僕と貴女が踊るもの


 それは回る輪舞曲


 一人じゃ踊れぬその踊り


 皆で踊れば楽しいね




 これはいつまでも続く輪舞曲


 僕と貴女の輪舞曲




 人生、山あり谷あり、だね

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僕と貴女の輪舞曲~純と花の再会~ 桃丞優綰 @you1wan

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