第31話 Aまた会えたね1

Aまた会えたね




 あの人一人じゃ重過ぎる


 彼女と二人も重過ぎる


 彼にあいつにいっぱい来た


 いつの間にやら大きな輪だ




 香る花の花粉が飛んで僕がくしゃみを一つすると、びっくりした鳩が飛んでった。風がそよそよ流れて来たら、太陽が陰り代わりに月が遠くで薄っすら笑う。今日も今日とて花鳥風月。夜の月はにこやかに。風は優しく鳥は寝る。香しきは花の匂い。それでも今日は花鳥風月。時間は流れて明日も輝く。




 あれから十日ほど経った。正直かなりそわそわしている。オアシスがあるのがわかっているのに見つからない砂漠を歩いているようだ。




「兄貴。どうしたんですかさっきから。水でも飲みますか」


「うるさい。黙ってろ。大体何でお前に執行猶予があるんだよ」


「初犯扱いですし、サイコパスの診断貰ったので。あとは、組織の末端なので、知らず存ぜぬを貫けって師匠が」


「お前のどこがサイコパスだ。診断したやつ連れて来い」


「師匠を悪く言わないで下さいよ。それに俺、必要だったでしょ」


「もういらないから死ね」


「そんな殺生なー」




 僕は今、鹿島といる。小説を分業で書くことが決まったので、鹿島を再招集して執筆させたのだ。共同作業とは怖いものだ。一緒に書くことこそ無かったが、桃先生による書き方講座などは一緒に受ける必要があったし、総合監督は僕だから指示を出す必要はあった。そんなこんなで今も一緒にいるわけだけど、何もこれだけが理由ではない。






「さて、蜘蛛の糸の試練だな」




 先生が腕を組みながらそう言った。




「どういうことです」




 僕はわけがわからずにそう聞いた。




「鹿島大貴を参加させるということの意味さ」


「ああ……」




 自分から言い出したことなので、ある程度の覚悟は出来ている。しかし、改めて言われると、確かに複雑な話だ。




「花君を天国に連れて行くには鹿島も連れて行く必要がありそうだね」


「あいつを許せって言うんですか」


「いや、そんなことを言うつもりは毛頭もない。事件の元凶だからね。これでも私は君たちの味方だよ」




 先生が腕を解いてそう言った。




「じゃあどうしろと言うんですか」




 許さずしてどうするか……。見当もつかない。復讐心こそあれ、許すなど以ての外だ。




「私もわからない。ただここに報告書がある。かなり貴重なものだから、この部屋でだけ読んでくれ」


「何の報告書です」


「鹿島大貴の人格に関する『裏』報告書だ。実は君宛になっている」


「鹿島の。僕宛……」


「ああ。私は少し席を外すよ」




 そう言って、先生は出て行った。鹿島の報告書。どういうことだろう。僕は白と黒の境界で読んでみることにした。




【 お初にお目にかかります。と言っても文章だから見えませんね。じゃあなんだろ。普通に初めまして、で良いか。どうも鹿島大貴の人格診断をした者です。Sと名乗っておきます。この度は大変なご不幸をお悔やみ申し上げます。つきましてはこの報告書が貴方様のご傷心を回復させる一助になればと思い、ここに正確な情報を記しておきます。まずは鹿島大貴の情報を項目毎にまとめます。


 鹿島大貴


事件当時の性格


→自分をサイコパスだと思い、一般的にサイコパスと思われている行動をする。つまり、冷酷で残忍無慈悲、人の皮を被った悪魔として振る舞う。


本来の性格


→優しい、活動的、人に影響されやすい、真面目。


性格が変わったきっかけ


→中学生の時の下着泥棒事件が発端。犯人を特定し、仕返しをするがそのやり方が苛烈で周りの不興を買う。仲間内で行ったサイコパス診断で最も成績が良かったこと、下着泥棒事件での汚名が晴れてなかったことにより、サイコパスであるという噂が広まり、以降自分をサイコパスだと思い込むようになる。


診断結果


→普通の人間サイコパスではない


 以上が私Sが診断した鹿島大貴の記録になります。次に鹿島大貴に対する施術結果も報告します。


施術方法


→カウンセリング


施術結果


→本来の自分を取り戻し、本来の性格を再獲得する。今までの犯罪に対しての深い罪の意識と、謝罪の気持ちが強く表れる。診断員として鹿島大貴の再犯性は無いと判断する。そのため、報告ではサイコパスとすることによって、減刑を期待することにする。


 最後に私Sの意見を述べます。


 私と鹿島君は病院内で会っています。そして、病院でしか会うことが出来ないことを前提に聞いて下さると光栄です(私が病人のためです)。鹿島君が犯した罪は理由が何であれ、許し難き暴挙だと私も認識しています。その上で、ではどうして減刑に至る診断を報告したかは疑問に思う所でしょう。


 結論から言いますと、それが彼にとって一番きつい罪になりうるからです。疑問の次に疑問が出てくる。もどかしいですね。説明します。ただし、それを説明するには刑務所という所がどういう所かを説明しなければなりません。刑務所は罪を償う場所としては中程度のところです。所謂、とても辛いところ、きついところではありません。あそこは所詮、社会不適合者と呼ばれる人達が共同生活するところでしかありません。犯罪者同士だからひどいいじめやひどい扱いを受けるのではないか。それもありません。ゼロとは言いませんが、外の世界、社会と何ら変わりはありません。ほとんどは社会復帰への更生プログラムに入るため、かなり人間らしい生活をすることになります。よって刑務所内だけでの生活の辛さは小程度。刑務所に入った事実が社会生活でデメリットだから小程度。合わせて中程度くらいの辛さです。


 そんなところに長居されてもむしろ納得できないと思います。そもそも彼は現在、上記の事を加味すると刑務所は向いてません。思い出して欲しいのです。最初の報告を。彼は本来の自分を取り戻しています。そして普通の人間(社会不適合者でもなく、サイコパスでもない)という評価を得ています。更生プログラムなしに更生したわけです。つまり、社会に出ても良いという評価です。


 さて、話を戻します。そもそも彼は許されない罪を犯しました。それは償わせなければなりません。そこで、最重度の環境で償ってもらいたいと私は思っています。そのための布石としてのサイコパスという報告と、この報告書なのです。


 まず、サイコパスから。サイコパスの診断を受けるというのは、社会不適合者のレッテルを貼られることよりも辛いことなのです。サイコパスは人格障害の一つとして扱われています。そして、人格障害者は基本的に治らないものとして扱われます。故に、社会に出ればその評価は普通の犯罪者よりも遥かに低く、生き辛い事なのです。とは言え、自分から名乗らなければそこまでではないでしょう。そこで貴方が出てくるわけです。


 彼の罪を償いたいという思い。その意志は本物です。しかしそれも社会で普通の生活をしていれば、薄れていくものです。場合によっては償うことも忘れてしまうかもしれません。ただし、貴方が側にいればどうでしょう。私が知る限り、貴方と月風花に対する罪が彼にとって一番重い罪です。まず、償うことを忘れないことでしょう。そもそもに於いて、貴方たちが側にいるということが、彼にとって一番辛いはずです。そう思いませんか。もちろんそれは罪を償いたい彼にとっても嬉しい環境でもあるでしょう。しかし、私の目的は彼は最重度の環境で罪を償わせることなので、この提案をします。もっとも、選択は貴方の自由です。側に置きたくない心中もお察しします。無理は言いません。


 最悪、と言いますか、サイコパスである彼は病院を家とした生活になります(私がそう仕向けます)。そこで毎日私とは会いますので、償うことへのリマインドは私の方でもやっておきます。


 これから先、貴方方に最大の幸福が訪れることを祈って。


 追伸、この報告書はお手元に残らないので悪しからず。Sより】




 僕は報告書を置き、天井を仰ぎ見た。天井も白と黒が二分されている。




 蜘蛛の糸を思い出す。




 大悪人と一緒に糸の先の天国に行こうとした悪人たちは何を思って昇っていたのだろう。地獄での苦しみから逃れるためだけに昇っていたのか。いや、そしたらすぐに糸は重みに耐えかねて切れていたはず。ではなんだろう。純粋に罪を償う機会が欲しかっただけ……なのかもしれない。天国に行くための試練、か。結局僕はSの提案を受け入れることにした。






「兄貴、本読むのってどれくらいかかりますかね」




 その言葉を聞いて虫唾が走る。




 提案は受け入れたし、共同作業もしたけど、嫌悪感が消えたわけではない。




「ああーもう、兄貴って呼ぶな気持ち悪い。この阿保」




 ちょうどその時、目の前で猫が伸びをしていた。




「阿保にゃん」




 思い付きで言ってみる。




「えっ、いや、それは……」




 思ったよりも嫌そうな反応だった。




「じゃあお前も兄貴って呼ぶな」




 当然の交換条件だ。




「はい。わかりました」




 これで少し虫唾が走るのが減りそうだ。




「お前はどれくらいかかるんだよ」




 会話が無視された状態で終わるのは気持ち悪い。というか、僕自身も気になっていることだ。




「へっ」




「本だよ、本」




「俺は三日あれば大体ですかね」




 まあ、普通はそうだよな。僕も三日だ。




「だよな」




 花には今、出来上がった本を読んでもらっている。記憶をゆっくり取り戻しながらではあるので多少時間はかかると思っていたけど、もう十日。僕としてはかなり心配している。著者としてもそうだけど、彼氏としてもそうだ。先生曰く「順調だ」だそうだ。僕らが書いた量はせいぜい三万五千字程度で、普通の文庫本の三分の一程度だ。読み終わるのにそんなに時間がかかるものなのかと僕は心配なのである。




「君ら。こんなところにいたのか」




 先生が病院の中庭にいた僕らを捕まえた。




「ええ、落ち着かなくて」




「気持ちはわかるが携帯電話ぐらい出てくれ」




 言われて初めて携帯電話の存在を思い出す。確認してみると、確かに電話がたくさん来ていた。




「あっ、すみません」




 とりあえず謝る。




「それで、何の連絡なんですか」




 ドキドキしていた。先生がわざわざ自分から探す要件だ。何となく予想はついている。先生は一つ溜め息を吐いてから、笑顔になってこう言った。




「試みは大成功だ。花君の記憶は無事に戻った。身体も正常だ」




 ダッ。




 言葉を聞いた瞬間、僕は走っていた。




「待ってくれ、純くーー」




 後ろで先生が何か言っているけど、そんなのお構いなしだ。




 ガラガラッ。




「花」

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