第3話 素直な心



「だって君はいつも会う度に、暗に他の令嬢を勧めてきた」

「それは……ライネル様にとって私など、ただの地味な女でしょう。先の令嬢を横に置いても、ライネル様は他の令嬢たちに人気がありますし、他のご令嬢のお相手をされた方が楽しいのではないかと本当に思って」


 ライネル様はすごい方だ。そういう負い目が常にあった。

 本当は、私は先程の件で誤解して密かに傷付いた事へのちょっとした意趣返しと強がりでもあったけど、それは乙女の秘密である。


「でも俺は、別に特定の誰かと話し込んではいなかっただろ?」


 たしかにそこに、嘘はない。


 先の令嬢以外で、彼が他の令嬢たちと深く話し込んでいるのは見たことがなかった。誰に対しても平等だった。平等に、自然と優しかった。

 しかしそれがいけなかった。

 

「……優しくするのは、私にだけでいいのです」


 俯けば、呟いたようないじけているような声が口から洩れた。

 そんな自分を後から自覚し、猶の事恥ずかしくなる。激しく隠れたい衝動に駆られて、自身の両手で顔を覆った。しかしやんわりと、すぐに手首に他人の体温が触れる。


「そうか、君のソレは全部嫉妬だったか。可愛いすぎる」

「へっ?!」

「ちゃんと君の顔を見て、聞きたかった」


 俯いた私が不服だったのか、日々訓練で鍛えている騎士の腕力で一令嬢の細腕など容易に降ろされる。

 

「もう一度ちゃんと言う気はないのか」

「ないです!」


 どうしちゃったというのだろう。

 突然真顔でそんな事を言ったかと思えば、彼は眉尻を下げて「そうか……」と残念そうな声を出す。

 まるで捨てられた子犬のようだ。ズルい。そんな顔なんて一度もした事ないのに。


「因みにこのお茶会で、君が頻繁に『仕事に戻れば』と私を邪険にしていたのは?」

「そ、それは以前、彼の部下が偶々『隊長はどうやら明後日に、婚約者との定期的な約束があるらしい。そんな面倒な催しに付き合わされないといけないなんて、隊長が可哀想だ』と言っていたのを耳にして……」


 だから私は「私の事など気にせずに、どうかご自分のなさりたい事をなさってください」と彼に言っているつもりだった。まさかそれを『邪険にされている』と思われていたとは、露ほども思っていなかった。


「なるほど」


 急に彼の声がワントーン下がった。思わず顔を上げたところ、いつもじゃ絶対にありえない不穏な空気を纏った彼が、虚空に目を向けて言う。


「つまり俺は、その不用意な憶測を口走った部下を探して叩き潰せばいいんだな?」

「い、いえライネル様。そんな事しなくても――」

「いや必要だ。俺は一度も一瞬たりともそんな事を思った事なんてないのに、俺の可愛いエルテをそんな言葉で傷つけるなんて……万死に値する」

「やめてください! 流石に万死には値しません!」


 初めて彼に怒ったかもしれない。


「そうか?」

「そうです」

「そうか……」


 ちょっと残念そうなのは何故なのか。意外と子供っぽい一面もあったのだと思った次の瞬間、彼がフッと笑いかけてくる。


「やっと顔が見れたな、サリー」

「っ?!」


 私に何か怨みでもあるのか。レアすぎる微笑に心臓がドコンと音を立てて、そう思わずにはいられないような状況に陥る。

 彼の頬がわずかに上気している。向けられた瞳もひどく優しい。夢でも見ているのだろうか。彼の瞳の奥に、いつもの何倍もの甘い熱が灯っているような気がする。

 お陰で口元がアワアワと浮く。

 どうするのが私の心臓に正解なのか、分からない。


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