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絶望的だ。この辺り一帯の森は、蛍さんのお父さんの所有地なのだ。当てずっぽうで掘りまくって見つかるほど、甘くはないだろう。森中を掘り返していたら、目当てのものを見付けるまでに何年かかるか分からない。無理だ。出来るわけがない。
それなのに、月ヶ瀬さんは簡単に言った。
「掘ってみよう、君の心当たりの場所を」
「無理だよ。僕に心当たりの場所なんて無いよ」
月ヶ瀬さんは辛抱強く、噛んで含めるように僕を諭し始めた。
「あるさ。よく考えてみたまえ。水森蛍は事件の後、安定した仕事場である農協事務員を辞職し、デイトレーダーになった。何故だと思う?」
「家から出たくなかった?」
「そうだ。水森蛍はなるべく自宅から離れたくなかったのだ。何故だ?」
「見張っておきたいモノがあったから……」
「そうさ。だから、君の父上の頭蓋骨は水森邸の敷地内にある。床下も考えたが、候補から外す。この家のお高いフローリングを素人が剥いで元通り戻すなんてまず無理だ。業者に依頼すれば怪しまれる。屋内に無いという事は、所有地に埋めたという事以外考えられない。確かに森は広い。無作為に埋められた物をアテも無く探すのであれば、見付けられるわけはない。だが、諦めるな。水森蛍は思い入れのある物を、気持ちを込めて埋めたはずだ。ならば、思考を辿れば見付けられる。なるべく人目に付かない場所だが、同時に、水森蛍が常に見張っていられる場所だ。誰かに勝手に掘り返されたら困るからな。この家から十メートルと離れていないと思う。どこだと思う? 君は五か月間、水森蛍を見ていた。分かるはずだ。彼女が気にかけていた特定の場所が――」
「蛍さんが気にかけていた場所――」
「よく考えろ。思い出すんだ。そう何ヶ所も掘れない」
そうだ。それに時間がない。間違えるわけにはいかない。一度で当てなければ二度目のチャンスは無い。何も見つけられなかったら僕たちは今日の夕方には清里を後にしなければならない。庭を掘り返されれば、きっと蛍さんは宝物の場所を移してしまう。そうなったら、もうお手上げだ。
証拠が無ければ捜査もされない。
今を逃せば、僕たちにはもう何も見つけ出せない。
必ず見つけ出さなければ――
僕は必死にあの頃の事を思い出そうと試みた。蛍さんの横顔。寂しそうにどこかを見詰めている。決まってじっと見詰めていた場所があった。手を合わせたり、拝んだりはしていなかったけれど、祈るように立ち尽くしていた。
どこだ?
あれはどこだった?
必死で考えるうち、記憶がぼんやりと像を結んで行く。
その時、不意に、場違いにも、あの頃の自分の気持ちを思い出した。
ああ、僕は本当に蛍さんを好きだったのだ。あの人が好きだった。あれが初恋だった。
カチリ、と焦点が合った。
「鈴懸……」
「どこだ?」
「鈴懸の樹の根元だ。あそこから見える場所に骨は埋まってる」
月ヶ瀬さんは、ガレージの端にあったガーデニング用具入れを乱暴に蹴り開けた。中からシャベルと軍手を掴み取って颯爽と歩き出す。
「よし、行こう。時間がない。急げ」
僕もスコップと軍手を拝借して月ヶ瀬さんの後を追った。
†††
悠然と枝を広げた鈴懸の大きな樹――
その下で、七年前、蛍さんがしていたのと同じように幹に手を添え立ってみる。
「蛍さんはいつもここに立ってた。この樹に手をかけて、じっと、どこかを見ていた」
あの頃は、蛍さんが何をしているのか分からなかったけど、蛍さんはきっと父さんの頭蓋骨が埋まっている場所を見詰めていたのだ。手を合わせたり、跪いたりはしていなかったけど、それでも、祈っているのだと子供だった僕にも分かったから。
「でも、どこを見詰めていたのか、ハッキリとは分からない。手当たり次第に、この辺りを掘り返すしか……」
やっぱり無理だ、と絶望する。月ヶ瀬さんは家から十メートルも離れていないと言ったけど、それでも範囲が広過ぎる。この鈴懸の樹の下から見える場所なのは確かなのに、歯痒い。父さんを見付けてあげられないのだろうか。
見つけられなくていいのか――と、自問する。
見付けたい。見付けたいよ。だけど、ここから見える一帯をすべて掘り返すなんて出来るわけがない。無力感で腕が重くなる。
「無理だ。見付けられるわけない」
「いや、これだけ範囲が狭まっていれば大丈夫だ」
拳の裏で肩を叩かれた。
「ペットの墓を掘ろうとして先代が飼っていたペットの骨を見付けてしまった、というエピソードは意外と多い。人間は大切なものを埋める時、その場所が分からなくならないように目印を求めるものなのだ。埋められる場所が広くても、目印は多くない。自然、ここなら忘れない、と選択した場所が一致してしまうケースが頻繁に起こる」
刹那、月ヶ瀬さんは不埒に笑った。
「骨が呼ぶ――と言う人もいるがね」
ぞわっ、と鳥肌が立った。不随意の何かを感じる。きっと、それはある。
骨が呼ぶ。それが本当なら、呼んでよ、父さん――
そっと、月ヶ瀬さんが寄り添って来た。僕の見ている景色を一緒に見詰める。手を真っ直ぐに伸ばして指し示す。
「君が大切なモノを埋めるとしたら、どこにする?」
深く息を吸い、落ち着いて辺りを見渡した。どこも同じに見える。同じような樹が、同じような間隔で生えている。どこが特別という気もしない。どこも同じだ。同じ色に見える。だけど、一箇所だけ、不思議に心を惹かれる場所があった。
「あそこがいいな」
そこには、二本の若い樹が根元を寄り添わせるように生えていて、枝には白い花がいっぱいに咲いていた。
エゴノキだ。
「あそこなら花が慰めてくれるような気がする。僕なら、あそこに埋める」
可憐な小さな花が無数に下を向いて咲いている。まるで、樹の下にいる誰かに話し掛けているように、満開の花が鈴の束のように揺れてさんざめく。
美しい光景だ。瑞々しい緑の森。柔らかな若葉は風にそよぎ、細い光の糸のような木漏れ日が無数に射している。不意に、父さんが書いた童話の一節を思い出した。
――エメラルド色の森の奥に、一匹の虎がいました。
ここになら、あの虎と一角獣がいてもいいだろうと、甘く思った。
殺された虎は一角獣のいる森に埋められている……
それにしても。
すべてが運命のような気がする。
今の季節でなければ、エゴノキの花は咲いていなかっただろう。もしも違う季節に訪れていたなら、僕はきっと掘るべき場所を選べなかった。今、この季節に、月ヶ瀬さんに手を引かれて、ここに僕が来られたのは、ただの偶然なのだろうか。
いや、偶然なんかじゃない。
きっと、ここにいる。蛍さんの
†††
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