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 月ヶ瀬さんはシャベルを構えてエゴノキの根元を掘ろうした。

「待って、月ヶ瀬さん」

 彼女の腕を掴んで止める。

「どうした? 何か問題でも……」

「貸して。女の子に力仕事はさせられない。これは僕がすべき事だ。僕が掘る」

 月ヶ瀬さんは少し驚いた顔をしたけれど、何も言わずに、僕が持っていたスコップと引き替えにシャベルを渡してくれた。

 ズッシリと重い。

「気を付けて掘りたまえよ。あの鈴懸の樹から見える場所だ。心理的に言って、二本の樹に優しく抱かれるような位置で……違う、もう少し樹から離れた場所だ。水森蛍は植物の世話をしている。根を傷付けるような場所は掘らない」

 ここだ、と言って、月ヶ瀬さんは生えていた雑草を抜いた。

「最初はあまり気にせずシャベルを入れてしまって良い。通常、土葬にする場合は一メートル以上の深さの穴を掘って埋めるのが理想なのだが……」

 月ヶ瀬さんはそこで言葉を切り、エゴノキの樹を見上げて少し考え込んだ。

「この樹になるべく負担をかけまいとするなら、穴の深さは六十から七十センチといったところだな」

「うん、分かった」

 月ヶ瀬さんが抜いた雑草の後を目印にシャベルを入れる。握った柄を伝って、ザクリ、と地面を削る手応えを感じて身震いした。

「月ヶ瀬さん、怖くない?」

 僕は掘りながら月ヶ瀬さんに問い掛けた。彼女が怖がってなどいないという事は、問わずとも分かっていたけれど、僕が無言でいることに耐えられなかった。

「大丈夫だ。君こそ怖くないか?」

 王子様のように気遣われる。はは、と思わず笑ってしまった。

「怖くないよ。月ヶ瀬さんがいてくれるから……」

 ざく、ざく、とシャベルは土を削り続ける。

「ねえ、僕も推理を披露したいんだけど、聞いてくれる?」

 なんだね、と月ヶ瀬さんはどこぞの偉い教授のように言った。

「もしかして月ヶ瀬さんの誕生日って十二月二十四日なんじゃない?」

「今する話か?」

「答えてよ」

「正解だ。どうして分かった?」

「簡単だよ。君の名前が『柊』だからさ。お父さんかお母さんが、柊のクリスマスリースを見て名付けたんじゃない?」

「その通りだ。素晴らしい洞察力だ。君は探偵になれるぞ」

 ぷっ、と噴き出し二人で声を出して笑った。

「おかしいな。なんでこんな時に笑ってるんだろう。僕たち、バカな事をし過ぎていて頭がおかしくなってるんじゃないかな?」

「気にするな。人間は緊張すると無関係な与太話をして笑おうとするものなのさ。ノルアドレナリンやドーパミンの過剰分泌が続いて交感神経が優位になり過ぎると身体的に不都合があるのだ。だからセロトニンを分泌し副交感神経を働かせてバランスを取る。それが結果的に場違いな笑いとなって表出するだけだ。ただの生理的な防衛反応だよ」

「君が何を言ってるのか分からない」

 くはは、とお互いの喉から変な笑い声が零れる。

 その時――

 こつん、と硬い何かにシャベルの先が当たった。壊してしまわないようシャベルをスコップに持ち替え、慎重に土を除け、周りの土を掘り進める。白っぽい色が見えた。一気に掘り進めたくて焦れたが、傷を付けたいのか、と窘(たしな)められた。

 目当ての物を掘る足場を作る為に、月ヶ瀬さんの指示で、少し離れた場所から坂を作るように斜めに土を掘る。もどかしい。すぐにあの場所を掘りたい。だけど、傷を付けずに丁寧に掘るなら、こうしなければならないのだ。

 じわじわとそれは形を現していった。汗だくになって掘り続けるうち、やっと手の平ほどの大きさの白い部分が露出した。手で土を払う。滑らかに湾曲している。見えている少ない部分からでも、容易に球体に近い形状の物だと推察できる。

 一部から全体の大きさを想像して、涙が込み上げた。

 ああ、見付けてしまった――

「父さん……」

 ここに、この場所に、まるで導かれるように僕は来た。

 今にして思えば、ただ、この時の為に、僕は苦しんできたのだと思う。

 あらゆるすべては、ただ、この一事を成す為の呼び声だったのだ。

 僕は、父さんの頭蓋骨を掘り返す為だけに、きっと、ずっと呪縛されていたのだ。

 骨に当たらないよう細心の注意を払って、目当てのものから少し離れた場所から地面を掘り返していく。慎重に穴を広げ、その都度、大切なものを隠している邪魔な土を取り除く。ザクザクと、ザクザクと、音が響く。発掘と同じだ、と月ヶ瀬さんが言った。

「ゆっくり、優しく掘るんだ。焦るなよ。乱暴に触れると傷を付けてしまう」

「分かってる。うん。分かってるよ、月ヶ瀬さん……」

 長く苦しい神経をすり減らす作業の果てに、それは、やっと完全な姿を現した。

 両手で取り上げ、確認する。

 綺麗に歯の揃った人間の頭蓋骨だった。

 父さんの――

 七年も樹の下に埋められていたからなのか、骨の色は汚れて薄茶けてしまっていた。

 ぽっかりと空いた眼窩と目が合い、恐ろしいのと悲しいのとで嗚咽が漏れた。

「父さん、父さん、父さん……」

 後は、声を上げて泣きながら、手で、指で、土を拭った。

「父さん、待たせてごめん。七年もこんなところに居たんだね……」


   †††


 その後は、薔薇の花咲く庭にある煉瓦造りの瀟洒な水飲み場で骨を洗った。

 バケツに水を汲んで、土の詰まったままのそれを、そっと浸ける。

 優しくしようと思った。

 父さんが、痛くないように――

 何度も水を替え、その都度、汚れた水は森に撒いた。

 時折、散った薔薇の花弁が風に乗ってふわりと視界を掠める。

 まるで白い蝶が愛しく飛んでいるように、ふわりふわりと薔薇が舞う。

 そして、また風が吹き、枝鳴りが渡る。

 エメラルド色の森がさわさわと歌っているようだった。



   †††

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