第4話 黒騎士
黒騎士―厨二病を患ったことがある全国、いや全世界の紳士淑女ならば一度は憧れただろうその称号。
本来の意味は概ね二つ。一つは主従関係を結んでいない騎士つまりは傭兵やフリーランス。二つ目は何らかの理由で出自を明かさず紋章を黒く塗り潰した騎士。
名前の由来は幾つかあって、その一つが、貧乏だったせいで鎧の整備もままならず、錆止めのために黒い塗料で塗ることが多かったから黒騎士と呼ばれていたなんて裏事情があったりするらしい。
そのなんだか物悲しい事実を知った時、俺はほんの少しだけ大人になってしまい、創作と現実の違いというものを叩きつけられた。
そんな俺がまさかのまさか、創作でしか味わうことしかできない異世界転生を果たすことになり、しかも今、黒騎士と呼ばれる存在になろうとしているとは……実際に直面していても理解も納得も出来そうもない。
「これで、紋章や装飾についてはきれいさっぱり隠してしまいやしたぜ、ディルク様」
騎士号を贈られて王子殿下の護衛に就いた時に、父から貰った鎧と盾。
いつも綺麗にピカピカになるまで磨き上げていたはずのその二つは、その形を変えられたうえで、かつての姿が想像も出来ないほどに黒く、光も反射しないようにくすんでしまっていた。
「どうです? どこからどうみても完全な黒騎士でしょうよ!」
胸を張って言い切る鍛冶屋の親方さんには悪いが、その呼び名はあまりに恥ずかしすぎる。
「いや、親方さん……ここは傭兵とかフリーランスとか……」
そこまでを言ったところで親方はクワッと目を見開いた。
「何を言ってらっしゃるんですかい!? ディルク様はいずれの日にか騎士として返り咲くと宣言なさったんでしょう!!? そんなお方が傭兵だの、フリーランスだのと名乗ってどうするんですかい!!?」
「いや、うん……ソウデスネ」
「でしょう!!」
満足げに頷く親方を見て俺は深く溜め息をついた。どうしてこうなった。
いや、原因には思いっきり心当たりがあるのだ。
もう一週間は経つのだろうか。
家族と別れの時間を過ごしていた俺は、その最後に「必ず功績を挙げて家族の下に戻る」と宣言した。その時のことを家族の誰かからか、それとも屋敷にいた使用人からか、はてまた情報収集のために誰か人を遣わせていたのかもしれないが、とにかく辺境伯閣下の耳に入ってしまったらしい。
夜が明け、家族よりも先に人目を避けるように屋敷を出ようとしたところを辺境伯閣下ご自身から呼び止められてしまい。こう提案されたのだ。
『もし、君がよければ私から君に望みをかなえるための良い方法を教えようじゃあないか。もっとも、君からすれば少しあざとい手法になってしまうが、ね?』と茶目っ気たっぷりに。
そんなふうに目上の人から誘われてしまっては受けないわけにもいかなかった。というより、母や姉がこっそりと窓からこちらの様子を窺っていたので断り切れなかった、というのもある。
そうして授けられた方法と言うのが『遍歴の黒騎士作戦』だ。
辺境伯閣下曰く。
「君はすでに騎士としての名誉を失っている」
「そんな元騎士がこの国の中だけで武名を立てても傭兵としてしか生きていく場はないだろう」
「だがしかし、諸国を自由騎士として遍歴し、苦難にある人々を救い、難敵を倒し、武名を打ち立てれば、聖教国ですら認めざるを得ないほど国際的に有名になれば、君の帰参は叶うだろう」
「しかし、聖教国と揉めてしまった君が何の偽装もせずに他国を渡り歩くのはほぼ不可能に違いない、そこで……」
「名を隠し、身分を隠し、姿を隠す、遍歴の黒騎士になるというのはどうだろうか」
と悪戯をするときの猫の様に眼を細めて、実に面白そうに笑いながらおっしゃったのだ。
結局、この世界の一般常識についてようやっとわかっている程度の自分の頭では貴族社会の機微だの動きだのといったことはてんでわからずに、辺境伯閣下の提案を吞まざるを得なかった。
閑話休題。
ということで王都で今まで何度もお世話になってきた
ちなみに黒騎士だなんだっていうのはあまりにもこっ恥ずかしいので上手いことを顔を隠して目立たないような傭兵チックな感じにしてもらいたかったのだが……親方的には俺が武勲を立てやすいように、少しでも目立つようにと配慮してくれてしまい、さらに黒騎士という響きに引っ張られてしまい……結果。
「よくお似合いですぞ!! ディルク様!!」
全身を真っ黒なフルプレートアーマーに包み込み、かつてそこに紋章があったことを匂わせる黒塗りの盾を持ち、そして柄の部分の装飾を削り取ったいかにも訳アリですと主張する剣を佩いた、自己主張が強すぎる出で立ちとなっていた。
親方はこちらを大絶賛で褒めてくれているが、それでも飾られている時から一目で、これかなり目立つよ! と叫びたくなる装備を身に着けた自分が今、はた目からどう見えるのか。……想像したくもない。
バイザーを上げて視界を確保しながら、とりあえず。
「ありがとう親方。でもディルク様、は止めてくれないか? もう俺は正規の騎士じゃないんだから」
「はっ!? そうでありましたな! しかしそれではなんと……」
「そうだな……じゃあ、」
ここは軽く偽名でも考えておこうか、と間を置いたのがマズかった
「いや、ここは黒騎士殿と呼ばせていただきましょう!!」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「いえ、御身は既に名を隠し、己がすべてを取り戻さんとする遍歴の自由騎士、我が工房においてもその正体は知らぬこととし、これよりは黒騎士殿と呼ばせてもらいましょう……いいなテメエら!!」
「「「ヘイ!! 親方!!」」」
工房にいたお弟子さんたちが声を揃えて大声で了承してしまい、それから俺はちょっとした調整の間ずっと黒騎士殿、黒騎士殿と呼ばれる羽目になってしまい、羞恥心で耐えられそうになくて鎧の中にそっと閉じこもっていた。
そうしてしばらく、朝方から昼前までかかった装備品の受け取りを終えた俺は全身フル武装のままで歩き始めた。
少しの間でよくわかった。
超目立つ!!
滅茶苦茶いろんな人からこっちをガン見される!!
なんかあっちこっちでひそひそ話されとるし……
「すまない、少しいいかな?」
真後ろから声をかけられたのでそのまま振り返ると、そこには首都の警備を一任されている衛兵隊の方々が立っていた。
「な、なにか?」
自分で言っといてなんだが、なにかもクソもないだろう。こんな格好をしている時点で怪しさ全開。日本だったら速攻でおまわりさんに取り囲まれて職務質問されておかしくない格好だ。
「いやなに、士官を希望してきたのだとは思うが、さすがに街中で武装されているとあまりにも物騒でねぇ、ちょっと顔みせてくれる?」
マズい……現在、住所不定無職でなおかつ身分はく奪された元騎士が王都をこんな格好でうろついているなんてバレたらいったいどんな疑いがかけられるかわかったもんじゃない。ここは何とかごまかさないと……
「おや、こんなところにいたのかね? 黒騎士殿」
今度は真横から声をかけられたので首だけでそちらを見ると、何やら
「乗りたまえ、貴殿に頼みたいことがある」
途端に真面目な顔をして馬車の扉を開ける元凶閣下のご厚意に甘えて、馬車に乗り込もうとしたところで、衛兵隊の隊長さんらしき人が歩み寄ってきた。
「失礼ながらシェーンハイム辺境伯閣下! そちらの男は一体!?」
「なに、私の十五年近い前からの知り合いだよ。故あって名と身分を隠して武者修行の旅を続けている……」
辺境伯閣下がタメをつくり。
「人呼んで遍歴の黒騎士、私の客人だ」
フッとニヒルな笑いを披露して馬車の中にその尊顔を隠した閣下は正面を向くと今にも笑いだしそうな顔で馬車のカーテンを閉めた。現にほら肩とかぷるぷる震わせてるし……
対する俺も恥ずかしくて恥ずかしくて死にそうになって身悶えながら、どうしたらこの辺境伯閣下に仕返しが出来るのかそればかりを考えて馬車に揺られることになった。
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