第3話 家族水入らず
謁見が終わり、王が退室し、その後重臣や衛士達も全て出払っていったあとで、父とシェーンハイム辺境伯閣下がそっと俺の肩に手を当ててくれた。
そうしてシェーンハイム辺境伯の帝都屋敷に行く道すがら、伯爵はどうしてこのような沙汰になったかを教えてくれた。
別にバカ王子たちを殴り飛ばしたことは大きな問題にはならなかったそうだ。まあ、やつらはやつらで大問題につながることをしでかそうとしていたのだし、それと相殺で、といったところだったようだ。
問題は聖女を公然と罵倒、「あざとい」「小悪魔」と言ってしまったことだそうだ。
「あざとい」も「小悪魔」も日本人的な感覚で言うと良い意味にも悪い意味にもとれるまあイメージ重視な言葉で女子力高め? というかオトコをオとす方法を上手いこと使いこなしてる感があるというか、なんかそういうふわっとした感じで使えたわけではあるが。
この世界では思いっきり悪口でしかなった。
そもそも「あざとい」は貪欲、悪辣、小利口といった意味だし、「小悪魔」はまんま小さい悪魔だ。
そりゃ、聖女って呼ばれる方からしたら罵倒も罵倒、真正面からど真ん中に直球を投げ込まれたようなもんだ。
このことがレムレウス聖教国の耳にも入ってしまい「サー・ディルクに相応の罰が与えられないのであれば神罰を下しに行く」とまあ、俺をそれなりに重い刑にしなければ戦争しに行くぞ。と脅しかけられたということらしい。
さすがに王国も聖教国との一対一の戦争ならば引けを取らない、というか勝つ気満々なのだが、周辺国がこれを機に宣戦布告を仕掛けてくる可能性もあった。そこで已む無く俺の騎士号をはく奪し、貴族籍からも抜いて家族からも完全に引き離すことで重罰としたという流れだそうだ。
「なるほど……しかし、まさかこれほどの事になってしまうとは……」
自分でもびっくりである。
内乱一歩手前の大騒動を何とか鎮めようとしていたらまさか戦争の危機を引き起こしていたとは、これは控えめに言わなくてもとんでもないやらかし案件では?
「だが、君のおかげで国が割れることは防げた。お手柄だよ」
そう言って慰めてくれたのはヴォルフラム・フォン・シェーンハイム辺境伯爵閣下だ。
「しかし、殿下と側近の方々の婚約話は……」
「その話は最初から無かったことになったよ」
「……はい?」
「もっと言えば第三王子殿下とその側近などという存在は、この王国には存在しないんだ」
「……なんですと?」
思わず、言葉遣いがぞんざいになってしまったがそれもしょうがないだろう。ついこの間まで一年近くを共に過ごし、さらには大立ち回りを繰り広げた相手が存在しないとは一体全体どういうことなのだろうか。
「そのままの意味だよ。彼らは過去に遡ってその存在を王国の記録から抹消。王立学園にて君が戦った生徒五人はついこの間まで聖女様と一緒に聖教国から留学に来て、そして帰っていったことになった」
つまりは。
「永久国外追放、ということになる。今後何が起きても継承権争いに関われないよう入念に手を回した上での、な」
そういって深く息を吐いたのがわが父、リュック・フォン・レーヴェ男爵だ。
「ハッキリ言って、私はこの決定に未だ納得がいっていないよ。愛する我が子が懸命に内乱を回避しようとした結果が、このような結末だなんて……」
「父上……」
「卿の気持ちは痛いほど分かる……私も、今となっては後悔してばかりだよ。あの時、ディルク君を王都に連れて行き、騎士として推挙していなければこんなことにはなっていなかったのではないか、とね」
「しかし、それでは内乱が起きてしまったのかもしれません」
ふるふると力なく頭を横に振りながら答える父に、俺は何と声をかけたらいいのだろうか。
「かもしれない。だが、卿や家族からディルク君が奪われることはなかっただろう」
「そう言って、自分を悪者にしようとするのは、閣下の悪い癖ですなぁ」
父が無理矢理に薄く笑みを作って伯爵に見せると、辺境伯は安心したようにひとつ頷いた。
そんな中で俺は自分に何が出来るだろうか、と一人深く考え込んでいた。
馬車が辺境伯の屋敷に着いたところで、家族が出迎えに来てくれていた。
母エーファ、長姉クララ、次女マリア、そして兄ベルティの四人が馬車の停留場で待ってくれていたのだ。
「みんなわぷっ……」
伯爵と父の後に続いて馬車を降りたところで母に思いっきり抱きしめられた。
「ディルク……」
泣きながら力強く抱きしめられるのを黙って受け入れて軽く母を抱きしめ返す。それだけで母の存在が強く感じられた。
「バカ、バカディルク……アンタ、なんで、」
横合いからこちらをぽかぽかと力なく叩いてくるのはクララ姉様だ。ちょっと気が強く、いつも心配していなかったと言いながらチラチラとこちらの様子を窺っていた姉が、今日だけは弱弱しく泣きながらとうとうこちらの肩に縋りついてきた。
「……」
その反対側から抱きしめてくるのがマリア姉様。いつも遠慮なしにこちらを構い倒してくるはずのマリア姉様も言葉が出てこないのかひたすら身体を寄せて抱きしめてきた。
そんな三人から少し離れたところでこれまた涙を流しているのが長兄のベルティ兄上だ。
「おま、お前は、よくやった、今回の件、悪いのは、お、お前、以外の……」
そこから先は声に出さず、飲み込むようにして上を向いてグッと堪えた兄上はそのまま何も言わずガシガシとこちらの頭を撫でてくれた。
「さあ、とりあえず中に入ろう。いつまでもここでこうしているわけにはいくまいて」
気が付くと、辺境伯の姿はすでになく。一人玄関の扉を開いた父が俺たちを屋敷の中に案内してくれた。
そこから先は家族水入らずの時間が流れた。広間には懐かしい一年ぶりの母と二人の姉が作ってくれた手料理が並んでいて、この一年で開拓領で起きたことを家族みんなから聞いて、そして思い出話に花を咲かせた。
話題の中心になるのはやはり俺のことだ。初めてゴブリンを吹っ飛ばしたときに家族みんなが驚いた話。マヨネーズを作ろうとして大失敗した話。備中鍬や足踏み脱穀機を作ろうとして山のようなごみを造った話。クララ姉様の初めての料理を盗み食いした話。マリア姉様に構われすぎた俺が逃げ出して、姉様に泣かれた話。ベルティ兄上が俺の話をしすぎて社交界で引かれた話……。
話題は尽きることなく誰かの口から昇って楽し気に消化されていく。
そうしていく中で、強く強く、自分の中の願望が形を造っていく。
ああ、家族と離れ離れになりたくない、と。
夕方に始まった穏やかでそして寂し気な団らんはやがて陽の光が去り、宵に向かい、夜が更けていく。
「そろそろ、寝るとしようか」
父のそんな声で、家族みんなが渋々といった様子で席を立つ。まあこれが自分たちの屋敷だ、というのならそれこそ朝までだらだらと話し続けても良かったのだろうけれど、ここは父の上役である辺境伯の屋敷だ。いつまでもこうして話をし続けるわけにはいかない。
だから、話が終わるこの時にこそ、俺は俺の願いを口にしなければいけない。しっかりと形にして、目指すべき目標にしなければいけない。
「あのさ、みんな」
一声をかけるとみんながこっちを向いた。
「俺、俺、さ……絶対に帰ってくるから」
涙が流れるのを抑えずに、言葉を続けた。
「もう一度ココに家族の輪の中に帰って来るよ、誰にも文句を言わせないくらい凄い功績を打ち立てて、絶対に……」
そこまでを言ったところでワッと一斉に家族全員に囲まれてしまって、俺たち一家は疲れ果てて眠ってしまうまでワンワンと泣き続けてしまった。
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