浴槽、塗り替えられて。

Ai_ne

私の中のあか

 赤い水面に映る自分の顔が、ひずんでいる。

 浴槽の中で、わたしはひとり、静かに浸かっていた。

 お湯はすっかり冷めていて、からだもふやけきっている。


 腹部の痛みは既に臨海を超えていた。

 鉄の匂いが、水の中から湧き上がるように霧散し、風呂中に充満していた。

 少し俯いて、ゆったり揺れる水の表面は徐々に、徐々に、徐々に。

 真っ赤に染まっていく。


 赤く。

 紅く。

 緋く。

 赫く。

 朱い。


 身を包む『あか』を認識した途端に、わたしの意識は霞んでいく。

 けれど、それに対となるように、わたしの気持ちは澄んでいた。


 ――あぁ、この世界は冷たいのに。

 ――ここに溜まった血はあたたかくて。


 最後に見えた自分の顔。とても綺麗に笑っていた。

 最後に舐めた自分の血。とても甘美なあじがした。

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浴槽、塗り替えられて。 Ai_ne @Ai_ne17

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