アイデア置き場。

@IOTREST

吸血鬼の先輩(同期)と犬獣人の後輩、と人間。

カタカタとパソコンのキーボードがなる音が耳に入る。

僕はその音を合図にぐーっと1つ伸びをした。今まで見ていた画面をもう一度見る。

そこには、数字の羅列と物品名が書かれており、今まで見ていたものにもかかわらず、目眩がしそうであった。

作成していた書類はあらかた終わっているが、周りの音が耳に入ってきてしまい、僕は自分が疲れているのだと自覚した。

自覚してしまったら体が疲れを訴えかけて止まらない。腰が軋み、目がガラス玉になったみたいにピントが合わない。

とりあえず休憩を入れよう。

定時までは後1時間を切っているが、このままでは超えてしまいそうだ。

そう思い立ち上がると、隣にいた部下が話しかけてきた。


「田中さん。今お時間よろしいでしょうか。」


僕はそちらに顔を向ける。鋭さを感じさせる切れ長の深く透き通るような蒼い目に、すっと鼻筋の通った綺麗な女性がこちらを眼鏡で透かすようにして見ていた。


「うん。いいよ、氷見さんどうしたの?」


僕は答えて、彼女のパソコンの画面をのぞき込む。その際に目の端で耳がぴくぴくと小さく震えた。彼女の頭の上にあるその耳は人のそれではなく、大きく、ふさふさとした犬耳であった。


「ここの物品名がリストと違いまして、これはーという処理でよろしいでしょうか。」


「うん。それでOKだよ。あとはこのリストだと、該当はないけど他にもこの商事さんでは、ーとかーとかが…」


そう言いながら僕は入社してから5ヶ月ほどと、結構経つのに慣れない彼女の耳に目を取られながら説明する。

彼女は特異遺伝と呼ばれる古の妖怪や怪物の血を継いだとされる人種である。彼女は狼男だか、狼人だか分からないがその血を引いているそうである。

特異遺伝自体は珍しくなく、大昔に一通り、妖怪や怪物は人間と交わっていたらしい。そのため、ほとんどが外見にまで影響は出ないものの、特性を持ったものがたまに出るのである。僕の先輩で同期である女性も吸血鬼の特性を持っているが、強い個性の為、暴走しそうな時は血を固めた薬を用いているのだそうだ。

それを見ながらニコチンパッチでタバコを我慢する親父のようだと思ったのは記憶に新しい。

薬を用いるまでの強い個性はいるに入るが少ない。

しかし交わっておらず、純粋な人間も少ない。

僕のような先祖代々交わっていない人間は学校や会社全体で1人くらいの割合である。


「田中さん、お時間頂きありがとうございました。」


そう益体もなく考えているといつの間にか会話が終わっていた。彼女はお礼を言うとすました顔で作業に戻った。

僕はその横顔を見て思う。

彼女は全くと言っていいほど笑わない。とても丁寧な言動なのだが、気安さはない。高潔で洗練された雰囲気が冷たく感じ、近寄りがたく感じる。

遺物は排除される傾向にあるのか、彼女の同期やその先輩に仕事を押し付けられる場面もしばしば見かけるのだ。見かけたら止め、注意しているが、僕の知らないところで仕事が増えているため、止める気は無いようである。

普段の言動は冷たいが、誕生日のお祝いで一言かけてくれたり、お土産を買ってきてくれたりと、こまめにしてくれることから、良い子なのだ。何故それを分からないのかが僕にはわからなかった。


「いいよ。聞きたい事があったら、答えられる範囲で答えるからね。」


「はい。お気遣いありがとうございます。」


軽くフォローを入れ、会話を終わらせた僕は本来の目的である、休憩所に向かう。定時がだいぶんと迫ってきている。休憩挟んであんまり残らないようにしよう。そう思うと、自然と足が早まる。

そこでコンっと足に硬質なものがぶつかった気がした。からからと音がして、下を向いた時には視界の端でなにか動いたように感じたが、結局分からなかった。気のせいだと思うことにして僕は再び休憩所へと歩き出した。


その時に気づくべきだったのだ。

机の周りをしきりに見回している彼女に。

そして、僕が離れるのを見て笑みを浮かべる彼らに。





休憩所はベンチと自販機があるだけの簡素な場所である。時間からか、休憩している人はおらず、温かいを通り越した光がベンチを茜色に染めあげていた。

僕は窓を押し開ける。するとぶわっと空気が流れ込んでくる。少しだけ季節を代わったことを感じさせる風が疲れた頭から少しずつしこりをさらっていった。

セミがもう夏終わったのにご苦労なことで、ミンミンと鳴き出す。

自販機で、増えてきたあったか〜いを尻目に微糖のコーヒー缶を選ぶ。

がこん、と落ちてきたそれを手に取り、プルタブを開けた。

かこんと、どこか間抜けな音とふわりとコーヒーの香りが鼻をくすぐった。1口飲みながらベンチに座る。いつもより甘く感じる微糖を、こくりと味わって飲む。

詰まった息をふっと吐く。コーヒー缶を持ったままぐーっと猫のように伸びをした。それだけで今まで巡っていなかった部分に血管が入ったようにじわりと温かくなり、やがてそれが全身に回った。

もう一度息を深く吐き、天井を見上げる。

書類のことを考える余裕が出来てきた。あとは、あそことそこを入れて数値を確認…。

よし!やるか!と気合を入れて正面に顔を戻す。


「やあ。同期よ。サボりか?」


目の前に小柄な金髪がいた。そいつはニヤリと歯を、と言うより人より長いその牙を見せながら更に近づいてくる。

左右にゆらりゆららと揺れながら。


「金城さん…、朝とはえらい違いですね?朝は死にそうな顔だったのに。」


「今からが私の時間なのだよ。残念ながらもう帰る直前だが。」


その金髪は斜陽の光に照らされてキラキラと反射しており、とても綺麗であった。更に真ん丸で真っ赤な飴玉のような目に、イタズラっぽい光が点っており、蠱惑的とも取れるのであるが、中身を知っている僕には宝石が泥を被っているようでとても勿体なく感じた。


「ところで、今から帰宅する私に今日も辛い時間を頑張ったご褒美が欲しいのだよ。もう今週も終わりだ。最後にチュッとさせてくれ。」


「僕が拒否してもやりますよね?」


「先輩権限さ。」


「今は同期でしょ。」


そう言いながらさらに距離を詰める。もう顔の距離は鼻先まで近づいている。本当に拒否権は無いようで僕は諦めてネクタイを弛めた。

近づいた事で桃の甘ったるく、怪しい香りが僕を包む。が、僕のコーヒーとごちゃ混ぜになって、微妙な、もはや不快な匂いになった。

そんな僕の温度が下がった目には気づかず、彼女は慣れた手つきでボタンをぱちぱちと外していく。

柔らかく、少しひんやりとした手が襟からするりと入り込む。もう一方の手を背中にまわした。

脚は僕の足を挟み込むようにして、乗っかって、体は僕にしなだれかかり、預けた。彼女の柔らかな脚はしっかりと重みを伝え、僕の足にしびれを与えた。

しっかりと凹凸がある体は、僕の体に触れ形を変えて、その迫力で僕の背中にベンチをより食い込ませた。

彼女は興奮させようとしている。本人曰くその方が美味しい血が飲めるからだそうだ。

しかし、今僕はどちらかと言うと痛みと不快感が、快感に圧勝している。

もう完全に表情が苦悶に耐えていることに首筋しか見てない彼女は気づかない。そして首筋にしゃぶりついた。


「んっ、相変わらず、固い…緊張してるのかい?」


「別に…、もう慣れましたよ。」


「そうかい、私はこの固いのにも慣れてきたところさ」



そう言うと彼女は首筋に顔を近づけた。サラサラとした金髪が僕をくすぐる。トロリと桃のくどくなるような甘い匂いが襲う。何度やっても慣れず僕は毎回身を固めてしまう。

そんな僕に彼女は艶めかしい、吐息をひとつ漏らすと、彼女は首筋から肩にかけて、丁寧に舐った。ほぐすように、下拵えをするように。


「んじゅっ…、れ〜、んっ…ちゅぱっ、んんっ。ぷふっ」


丁寧に、しかし段々と荒々しく、必死に彼女は首筋にしゃぶりつく。最初は舐るった後こちらをちらりと見ていたが、その余裕もなくなり、僕の首筋しか目に入っていなかった。わざとらしい舐り方から、本能のままに吸い付くことに変わった。

それが僕の心臓を打つ。

舐め舐る音が聞こえる度、耳が痺れていくようで、残念な彼女に興奮している自分の単純さに嫌になってしまう。

一方、必死に食らいついてくる彼女が可愛く見え、舐められたところが熱く、弛緩していくのを心地よく感じた。


「んぷッ…、はっ、はぁ、しょっぱい…、…噛むから」


首筋から顔を離し、息を荒らげていた彼女は残った理性で確認ではなくただの事実として、発言し、歯を立てた。

何度も何度も口をつけては離し、つけては離しを繰り返す。歯を立て始めてから、興奮からか、背中に回された手は熱を帯び、力を増していく。

そしてついにつぷりと皮膚が裂ける感覚がある。

そこがとてもとても熱く感じる。じわじわと熱を持っていく首筋から、彼女の舌が僕の溢れ出る血を舐めとる。そして、傷口に吸い付く。彼女の艶かしい声が響く。首筋の熱が頭のてっぺんまで上り、ふわりと視界がぼやけた。


「んっ、んくっ、ちゅっ、んく、…?」


吸い付くことに必死になっていた彼女は不意に顔を上げ、何かを見つめた。

それを問おうとする前に、彼女は先程より激しく首筋に吸い付いた。

まるで見せつけるように、私のものだと主張するように、何度も舐めつけ、啜り、齧り着き、わざとらしく身体を揺すりながら、擦り付けるようにしながら、もはや食事には見えないそれを続ける。

意識が少し遠くなる。彼女の抱きしめる手の必死さや吐息の熱さが、心地よく感じてきてしまっている。

これはまずいと僕の中の理性が警鐘を鳴らしているが、反して遅すぎだと返す体は動かない。

その時、大きく風が吹き、窓から吹き込む。

髪が最初よりも大きく靡き、強烈なその色香を浴びせられながら、一際大きく吸い上げた彼女に僕は意識を飛ばされた。





目を開けると、白い光が飛び込む。休憩室の天井の蛍光灯が僕を機械的に照らしていた。

その光に顔を顰めながら、長時間のベンチとの付き合いのせいで、痛んでいる体を起こす。

しぱしぱする目を擦り、頭を振り、なぜここにいるかを考える。

そして思い当たり、頭を抱える。


「吸いすぎだよ、先輩…。」


桃の香りや柔らかさで忘れていたが、単純に血を吸いすぎたのだ彼女は。

そして気絶してしまった僕は、定時少しすぎに帰れるはずだったのに、こんなとっぷり日が落ちてしまったと。

僕は空いた窓に目をやると、ぼうっと妖しく黄金色の月が見える。それが時間が流れていることをいやでも感じさせ、余計に体が痛む気がした。

ため息ひとつをつくと、目の端にふっと何か写った。

目をやると、付箋に書かれた彼女からのメッセージと、でかいビニール袋であった。


『これを読む頃には君は目を覚まし、過ぎた時間に愕然としているかもね。起きなかったんだしょうがないよ。今日はやけにノッてしまってね。ついつい吸いすぎてしまった。私は人に好物は分けないし、あげないタイプなのさ。

これはお詫びだよ。今度はゆっくり味わいたいから、またうちに遊びに来るといい。


P.S.君の血は今日も最高だったよ。私で滾ってく』


そこまで読んでから握りつぶす。謝ってるのか、煽っているのか分からない。あと、よく読んだら謝っている部分がない。何がしょうがないだ。

あと好物分けないと書いてるが、以前妹にウキウキで僕の血を飲ませたのを覚えているから、嘘である。

あと、あの人はいつまであの喋り方続けるのだろうか、大学の時はそんなことは無かったのに。

メモについて内心ツッコミながら、袋の中身を確認する。

カルパス、ハム、ビーフジャーキー、ソーセージ、ベーコン。

あらゆる肉の加工食品がでてきた。しかも外国製で英語やドイツ語?などで書かれており、美味しそうである。そういえばあの人の家はこういう系統の食品を取り扱ってる会社だったと思い出す。

嬉しいのだが、貰いすぎなくらいであるし、今度菓子折でも返そうと決める。


一息深呼吸をして、立ち上がると、飲みかけですっかり冷えて香りも消え失せたコーヒーを流し込むと、オフィスへ戻る。随分と長いひと休憩となったが、仕事がまだ残っている。

幸い1時間も掛からず終わるだろう。

ササッと終わらせて帰ろう。

そう思いながら、最低限の照明しか着いていないしんしんとした廊下を歩いていく。すると奥から物音がする。まだ誰か残っているのだろうか。僕の所属している総務課は社の1番奥の方にあり、周りに部署はない。少し背中に寒気を感じながら、歩みを進める。

総務課の前まで来ると、電気は消えていた。しかし、窓付きの扉の奥でガタガタと音がする。パソコンのディスプレイの光であろうか、少しだけ光が見えた。

恐ろしいが、誰がいるのか確認しなければならない。なぜなら僕の仕事用のパソコンや荷物その他諸々があるからだ。それらを回収しないと会社から出られない。

冷たくなっていく指先と、鼓動が肺を揺らす感覚を覚えながらドアノブに手をかける。心臓が肺を殴り付け、無意識に息が溢れ出す。中からの音は相変わらず聞こえており、カサカサ、ガタガタとバサバサと時折大きくなったり小さくなったりしながら、出続けている。

ゴクリとやけに聞こえる唾の飲む音を聞きながら、ゆっくりと力をかけ、回す。そして、少しずつ押す。幸い音はしない。そのままゆっくりと肩が痛くなるくらいの力みを感じながら耐えて押す。


キィ


少しだけ、しかし確実に蝶番が軋んだ。音が出た。

その途端あれだけ騒がしかった音が消えた。

もう、心臓は我慢することをやめて、音を出し始め、耳が聞こえなくなる。

もう、バレてるなら、先手必勝だ!

僕は、素早くドアを荒々しく開け、中に入る。

そして直ぐに、右にある照明のスイッチを入れた。


するとそこには


目がタンザナイトの様に深く蒼を湛え、漆黒の毛並みのスーツを着た人型の犬が、大きな爪で、



パソコンをしていた。



僕の頭はフリーズする。その犬の周りには、書類が大量に積み上がり、しかしそのほとんどが、ボロボロであった。

その犬はその場から動かずこちらを見て目を見開いていた。驚いているのだろうか。

そしてよくよく見てみると、その犬は見覚えのあるスーツに、見覚えのある眼鏡、そして、見覚えのある耳をしていた。


「氷見…さん…?」


その言葉を聞いてその犬、氷見さんはこちらに走ってきた。4足で。

その速さに面食らっていると、そのまま飛びついてきた。

僕は思い切り押し倒され、大きく背中を打つ。










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