21「ヴィリエナ侯爵家」
「うむ、確かにうまい」
「お気に召してよかったですわ、お父様」
この世界ではフォークが流通していない。だから木製のフォークをあらかじめ渡しておいたのだがどうしてそうなる?タヌキ親父は使用人にフォークで食べさせてもらっていた。襟巻のせいか?タヌキ耳とも相まって猫が動物病院に行った後に付けるアレにしか見えない。
「ところでお父様、この料理人を我が家で雇ってはどうでしょう?」
「続けてみろ」
続けてみろと言ったタヌキ親父の乗り気でない声に期待したい。どうかこのまま平穏に帰してください。やる気満々なタヌキ娘だったがタヌキ親父がそれで?とか我が家のメリットは?と質問する度に勢いが落ちてゆく。
「スノウ、お前は根回しを覚える必要がある。貴族の交渉というものは会話を切り出した時にはすでに勝ちが確定してなければならぬ」
「……」
「お前は女だ。しかし貴族には変わらぬ。己の感情で動くな」
「……はい」
父親は娘に教育をした。だがこれでは終わらなかった。
「一つだけよろしいですか?」
「なんだ?」
「この者は不思議な力を持っています」
「なに?」
その反応やめい。もちろん指を指されたのは俺。バラしてんじゃん、お嬢ちゃん!
「おい、お前。どんな力を持っているのか言え」
言い逃れは……できそうにない。なぜならどんぶりは屋台の付属品のような扱いで出すときは屋台ごと出す必要があるからだ。他の能力はできるだけ隠さないとと俺は屋台を出した。
「「「うわっ!!?」」」
「これが俺の能力です」
いきなりこんなデカいものが部屋の中に現れたのだ驚くのも仕方ない。タヌキ親父は使用人に命じ、屋台を調べさせる。
「見たこともないほどの輝きの鍋や網です。こんな鍛冶師がこの世に存在するとは思えません」
「うむぅ……」
他にも調べるが現代の技術が中世の科学レベルの世界の人間に理解できるはずもない。ただただ驚いているだけだった。
「これの他に能力はないか?」
「この屋台は火と水を出すことができます」
「やってみよ」
俺はコンロで火を付け、水道から水を出した。その様子に声が上がった。
「以上でございます」
「うむ」
タヌキ親父はなにやら考えているようだ。途中、お嬢さまが口を挟もうとするがタヌキ親父は長い間考えて結論を出した。
「一時、この二人の身柄は我が家で預かる。その後対応を考える」
どういうことかとは誰も聞ける雰囲気ではなかった。
「いや~すごかったっスね」
「そりゃあどうも」
俺たちが泊っているのは使用人用の屋敷だ。一応男女で分かれている。俺に絡んできたのはこの屋敷の料理人、まだ二十歳くらいの若者だ。
「あの食べさせてもらったパスタっていうのってもっと種類があるんスか?」
「街の方では結構流行ってるぞ」
少しでも心証をよくするために惜しげもなくレシピを教えることにした。どうせしばらくここにいないといけないのだ。金は期待できないがせめて居心地くらいはよくしよう。俺はここで働く気がないことも伝えておいた。
ここはヴィリエナ侯爵家、使用人の数は多い。一度に大勢の食事を一つの器で提供できるパスタは評判がよかった。屋台の存在を隠す必要がなかったことも大きい。
「使用人たちからの評判がいいみたいね」
「はい。ありがとうございます」
「お前、平民にしては礼儀正しいわね。商人でもやっていたの?」
「……ええ、昔修行をさせてもらっていました」
危ない危ない。貴族相手にぶっきらぼうにならないように気を付けてて怪しまれてしまうんじゃダメだろ。少しアンを見習ってよく変な言葉遣いになったりタメ口になったり工夫が必要だな。
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