20「悪夢の再来」
「パスタとやらを寄越せ、その器ごとだ」
「うちはお持ち帰りはできないのですが……」
どうしてこうなった?ここは港町、屋台は労働者が通る道に並んでいる。なのにこのピシッとした服を着た男が屋台に来た。どうやらこの男は使い走りらしい、遠くで豪華な馬車が止まっているのが見える。おそらくは貴人が俺のパスタを買ってこいと命じたのだろう。
「ちっ」
男は舌打ちだけして奪うようにどんぶりごと持っていき銀貨二枚を足元に投げた。
「兄ちゃん、なんかしたのか?」
「いや、俺の店は評判の屋台かもしれないがそこまでとは思わんぞ」
「ちげーねえ。こんな匂いのキツイところ偉い方々が来るとは思えんからなぁ」
嫌な予感しかしない。アンにこっそりと耳打ちし麺がハケたら退散することを伝えた。
「考えすぎじゃないかなぁ。気まぐれだと思うし」
「俺もそうだとは思うが」
パスタはこのアベイロで流行っている。海風亭のパスタも俺が出す品よりも好きという人間も少なからずいる。固執される理由はないはずだ。それでも俺は今すぐとんずらしたいと思った。アンは俺の様子を見て心配するが逃げるつもりは全くないだろう。
「おい、フドーだな?一緒に来てもらうぞ」
「「なっ!?」」
いくらなんでもいきなりすぎるぞ!?
俺たちが宿に入ろうとすると二人の騎士らしき人物が近づいてきた。今思えば商業組合に登録してるからそこから情報を得たのかもしれない。騎士らは俺たちを犯罪者を連行するように馬車に詰め込んだ。
「降りろ」
「……ああ」
連行された先は予想通り立派な屋敷だった。誰もいない部屋に通され、メイドらしき人物にジロジロ見られ服を渡された。着替えろということらしい。着替えるときアンにはメイドが付いた、エチケットとして着替えを見ることはしなかった。いよいよ俺たちはここに連れてきた人物に会うことになる。
「お父様、例の料理人が来ましたわよ」
「これがか?」
貴族の当主らしき四十代の男と小学校高学年くらいの女の子がそこにはいた。二人とも首には白くてデカいフリフリが付いている。ちょっ、笑わせんなや!昔、歴史の教科書でそんな服装の奴に落書きした覚えあるぞ!
俺たちはひざまづけと命じられ、いくつか質問をされた。女の子の方はどうやら昼間パスタを買って食べた人物らしく領主の娘なようだ。会話の様子から察するにパスタが大変お気に召したようで父に食べさせたくて俺をここに連れてきた。ちなみにこの親子はタヌキのような丸くて小ぶりなけもみみをしている。
「おい、料理人。パスタとやらを今すぐ作れ」
「はい。かしこまりました」
この状況で返事ははい、以外の返事は無理だ。厨房へ向かおうとすると使用人に呼び止められる。お嬢さまからお言葉があるらしい。
「お前たちの秘密をお父様に喋られたくなければ我が家で働きなさい」
「あの、秘密とは?」
「わたくしは気に入った料理は器を取っておくの。それなのにあの器は目の前で煙のように消えたわ。お前、あやしい力を持っているわね?」
「!!」
このお嬢ちゃんマジかよ。俺がどんぶり消したことで追いかけてきたのか。あの時は時間が経ったから屋台ごとどんぶりを消しても問題ないと思った。それで足が付くとはな。タヌキ娘は俺にご執心らしい。あのタヌキおやじを満足させレシピだけ渡して終わりにしたかったんだがな。
「フドー……」
「よしよし、心配いらないぞ。いつも通りにやるだけでいいんだ」
悪夢再びと思ったが今は隣にアンがいる。きっと前よりは楽しく過ごせると自分に言い聞かせた。
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