19「異世界追憶」
この世界に来てからというもの現代日本の流通のチート具合を嫌というほど感じる。年中通してほとんどの食材が手に入れられること、安価で安定した価格、香辛料をはじめこちらでの希少食材が簡単に手に入れられること。こちらで不自由に思ったことはキリがないだろう。
「ラーメン屋だからかネギがあればと何度思ったことか……」
「ねえ、ネギってなにー?」
「独り言だ」
ここは本当に娯楽がないからな。夜はこうして思い返すことが多い。最初は黒狼の連中から調子に乗って金貨をふんだくったが稼ぐとなると金貨ってとんでもねーよな。なにしろ銅貨千枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だ。あのまま連中から金をふんだくったままだったらたちまち誰かに襲われていただろう。色々と協力してもらう代わりに金貨1枚分は食わせてやった。思い返せば随分と上手くやったもんだ。
いまだにラーメンはできないんだがな。かんすいを使った中華麺のコシに近いものはできた。ただ匂いが気になるからもうちょっといいものを探したい。
「ねーねー、明日の朝パンケーキにしよ」
「いいぞ」
マムルといいアンといい、女子は本当に甘いものが好きだな。最初にスキルで砂糖が出せるようになったのはいいが目立つから商売で使えないってのがな。俺の出せる調味料はほとんどそんなもんだ。しかし隠し味で使えるのはデカい。
「市場で木の実を買ってきてジャムも作ってよ」
「本当に甘いもん好きだよな。太ったんじゃね?」
「えっ?太った?」
アンはお腹周りに肉が付くことで逆にニヤニヤしている。この世界では太ることは富の象徴なのだ。多少肉付きがよくて血色がいい方がいいところのお嬢様みたいで憧れていたそうだ。流石にあと五キロも太ったらアウトだぞ?
「味噌汁も付けてやる」
「え~また~」
「味噌汁はいいぞ。屋台の仕事で動くからな朝から体を温めて塩分も摂れる」
「まあいーけど」
アンはすっかり味噌汁にも慣れたよな。こっちでは塩自体が貴重品でもあるからな。だから俺の屋台の値段が高くてもみんな文句言わないんだよな。港町のここならそんなことはないが安い屋台は下手したら塩を使ってないものが売られているからな。
黒狼の連中はマムル以外塩気がある肉だけ食いたいって感じだったんだよな。ハンターという体が資本の仕事だから仕方がないと思う。いや、ただの飲んだくれか?思い返せば最初にラーメンを食べさせたときも酔っ払ってたな。ひどいときは屋台に樽ごと酒を持ってきたこともあったわ。気のいい連中だったが今も元気にやってるかな。
アンは……寝てるな。義足が目に映ると思い出すがよく忘れそうになる。やっぱりこいつといると楽しいな。
夜の宿はとても静かだ。
蝋燭の火を消して俺も横になるとするか。続きを思い返していればそのうち眠くなるだろう。
出会った人物で強烈なヤツといえばやはり伯爵だろうな。あの特徴的なしゃべり方は人に顔を覚えさせるのには役に立っているのだろう。最後まで苦手な印象が拭えなかった。人としては関わりたくないタイプだ。伯爵は俺をずっと出世の道具として見ていたしな。
奥さんはよくわからなかったが伯爵の子供たちは素直な子たちだったな。どうやらおやつのスイーツはご褒美だったらしい。大変な喜びようだった。奥さんには毎日クッキーを用意しておけと言われたが。
伯爵家ではパスタを作ったりや色々な食材を試したがスイーツの試作も多かった。クッキー、クレープは簡単に作れたが他のものは難しかった。牛乳っぽいものはあまり手に入らなかったからだ。スイートポテトモドキやイモけんぴモドキを作ってお茶を濁しておいた。
試作をすると欲しくなる道具も出てくる。プリンをブリュレするときには松明を使った火加減が難しくて、いくつも焦がしたことものだ。完成品が出来た時の厨房中の驚きで大笑いしちまった。
王国まで逃げて麦粥も売ってたな。尻尾の生えたおっさんどもが尻尾をフリフリしたり一口目が思ったより熱くてビクッとしたり動きが大きい分面白かったな。アンも尻尾と耳がよく動く。特に目の前で作っているときにワクワクした顔でジッッと見つめてるときの動きがおもしろい。
あ~目の前でラーメン作って、けもみみどもをソワソワさせたいぜ。
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